地球に戻ったブルマを待っていたのは、カプセルコーポレーションの研究室の中で、タイムマシンの設計図を広げていたトランクスだった。
おかえりなさい、──と笑うトランクスに、ブルマは化粧が崩れるのも構わず(彼女は宇宙船でデンデと二人っきりだったにも関わらず、しっかりと化粧はしていた)、ボロボロと大粒の涙を零し、彼に抱きついて泣いて喜んだ。
デンデを紹介して、デンデにトランクスを紹介して──、アレやコレやと話したあと、これからするべきことを話そうとしたところで。
はた、と、ブルマはトランクスが広げている設計図の存在に気づいた。
「何よ、あんた? どうして、私がタイムマシン作るって知ってんのよ?」
「界王様が、俺が現世に帰る前に教えてくれたんです。
だから、今から母さんたちがしようとしていることも、知ってるよ。」
照れたように──それでいて、少し遠い目をしてトランクスが答える。
その息子の表情に、きっとあの世で悟空や悟飯に会ってきたからなのだろうと思ったブルマだったが──。
本当のところは、トランクスが遠い目をした理由は、ブルマが神龍から聞き出した内容を界王様から教えてもらった瞬間、その場に居た誰もが、「ぅわっ、ブルマさん、腹黒い!」と叫んだせいであった。
策略家とか、そういう言い方もあるのに、誰もが、「ずるい考え方しますね、さすがブルマさんっ!」だとか、「ひぇー、ブルマ、良くそんなセコイこと、考えつくな。」だとか──褒めてるのかけなしてるのか、良く分からないことを言ってくれたのが、トランクスは少し恥ずかしかったのだ。
なんというかブルマは、本当にたくましい、と──天津飯だけが、かろうじて柔らかな言い方をしてくれたっけ。
っていうか──母さんは一体、彼らが生きているときに、どういう生活をしていたのだろう……と、大分遠い目になってしまうような、彼らの認識に、ひたすら何も言えなかったのだ。
「んー? ちょっとトランクス。何、眉間に皺寄せてんのよ!
せっかくの母さん譲りの美貌が、台無しになるわよ。」
界王星であった切ないことを思い出している間に、ぐ、と眉が寄っていたらしい。
突然ブルマは息子の顔を覗き込むと、トランクスの眉間の皺に指を押し当てた。
「……いえ、なんでもありません、母さん。」
ぐ、と突きつけられた指先に、思わず顔を後方に退ける。
思わずデンデが、「美貌って……」と呟いていたが、それに引きつり笑いを浮かべるのはトランクスだけで、ブルマは全く気にした様子はない。
「そ? ならいいんだけど。
──ま、事情を知っているなら説明する必要はないわね。」
ブルマはニコリと微笑むと、さて、と腰に手を当てて、デンデを振り返る。
「それじゃ、私は今からタイムマシンを作り始めるわ。」
「お願いします、ブルマさん。
──と、あの……それで、どれくらいで完成するのでしょうか?」
軽く首を傾げて問いかけるデンデに、ブルマは笑顔で頷くと、
「材料の調達にもよるけど、半年もあれば完成するわ。」
「それでは、未来の僕を連れてくるのは、半年後ということですか?」
なるほど、と頷いたデンデに、トランクスが口を挟む。
「燃料のチャージに、八ヶ月はかかるから、おそらくは一年後くらいになると思います。」
そこで一瞬空を見上げるように視線を飛ばして──トランクスは、口元に苦い笑みを刻む。
空を見上げたからと言って、数日前まで居た界王星が見えるわけではないのだが、そうと分かっていても、見上げずにはいられなかったのだ。
生き返れる日を待っているだろう悟飯には、早くとも一年後に──と、そう約束してきた。
その日までは、酷く長く遠く感じるけれど──、きっと、世界を復興する手伝いのために、あっちこっちに走り回っていれば、月日なんて光陰のごとく過ぎていくに違いない。
悟飯さんが生き返るまでには──この世界を、少しでも復興しようと思う。
「確か、地球の一年というのは、365日でしたよね?」
遠い昔の記憶を掘り返しながら尋ねるデンデに、そう言えばナメック星の一年は、地球の1/3だったっけ、とブルマは思い出した。
「そうよー。その間は、うちに泊まってく?」
前みたいに大きな家はないけれど、それでも三人で十分に暮らせるスペースはある。
言いながら見回した室内は、いろんなガラクタまみれになっていて、快適とは言えない空間が広がっていたが、まぁ、片付ければデンデのスペースくらい作れるだろう。
鷹揚に頷いてみせたブルマに、トランクスは苦笑を滲ませる。
「……それなんですけど、母さん。あの世でピッコロさんが、デンデが来るなら、神殿に案内してやってほしいって言ってたんですよ。」
「あら、ピッコロが?」
ぱちぱち、と目を瞬いたブルマは、珍しいわね、と続けて呟く。
「もしかして、前の神様が残したドラゴンボールの設計図とかが残ってるのかしら?」
「さぁ? どうでしょう?」
首を傾げてそう答えながらも、トランクスは分かっていた。
けれど、それをあえて口にすることはない。
トランクス自身、それが本当に正しい見解なのかどうか、わかりかねたからだ。
「それじゃ、トランクス。あんた、デンデ君を神殿に連れてってあげてよ。
ミスターポポにも、よろしく言っといてね。」
当然のように腰に手を当てて告げるブルマに、もちろんそのつもりであったトランクスは、快活な笑顔で頷く。
デンデは状況が分からないながらも、目をパチパチ瞬きながら、
「ミスターポポ、さん、ですか?」
小さく呟いて、どこかで聞いた覚えがあるような、ないような、と首を傾ける。
昔──20年以上前に「ここ」に居たときに、悟飯やクリリンたちからいろんなことを教えてもらった。
先に地球に先住していたピッコロからも、地球での過ごし方などを聞いたりもした。──その時に、耳にした名前の中に、あったような気もする。
「まぁ、会えば分かるわよ。一度見たらなっかなか忘れられない顔だから。」
ぱたぱた、と手を振るブルマの言い草に、トランクスは額に手を当てて、はぁ、と溜息を零す。
「母さん……。」
「それに──まぁ、そのほうがいいかもしれないわね。
ミスターポポも、ずっと一人のままだったんだもの。」
デンデ君と過ごせるなら、彼もきっと楽しいはずよ。
ニコリ、と笑ってそう軽い口調で続けた母に、トランクスは驚いたような視線を向けた。
自分が今口にした言葉に、「あら、私、なかなかいいこと言うじゃない。さっすがー。」と能天気に呟いているところから判断するに、特に深い意味もなく他意もなく、ブルマはそう口にしたのだろうけれど。
それはまさに、トランクスが推測していた「心理」そのものだった。
あの光景を──あの世で「正気に返った悟飯」が、現世でのことを語っている様子を見ていたわけでもないのに、ブルマはごく自然に、その結論に達してしまったのだ。
それも、他意もなく、考えもなく。
「母さんって──すごい。」
思わず、呆然と呟いたトランクスは、すぐに自分とデンデがココにいて、更にこれから悟飯も戻ってくる未来を作ったその人もまた、目の前の人の功績なのだと思い出して。
「──……ほんと、すごいや。」
くしゃり、と笑み崩れるようにして、囁くように、そう、呟いた。
デンデを背中に乗せて、舞空術で向かった神殿は、トランクスの記憶と何一つとして違わない姿をしていた。
石畳の上に舞い降りてデンデを下ろせば、気配を感じた神殿のただ一人の住人が、気配も薄く姿を見せる。
そして、その丸い目を軽く見開いて、そこに舞い降りたトランクスと──「ピッコロ」を若くしたような宇宙人の姿に、かすかな驚きを隠さなかった。
「トランクス。おまえ、生きてたのか。
──よかった。本当によかった。」
そう呟くと言うことは、トランクスがセルにより倒されたことを知っているのだろう。──いや、もしかしたら、トランクスのことを気にして、見守っていてくれたのかもしれない。
抑揚のない声で、それでも驚きを隠そうともしないミスターポポに、ペコリとトランクスは頭をさげる。
「ご無沙汰してます、ミスターポポ。
俺が今ここに居ることが出来るのは、母さんがナメック星に行ったからなんです。」
言いながら、心なしトランクスの背中に隠れようとしていたデンデを押し出す。
デンデは、躊躇うようにトランクスを見上げ、彼がコクリと頷くのを確認してから、ミスターポポに向かっておずおずと脚を踏み出した。
「ナメック星人。神様と同じ。なるほど。」
トランクスの簡潔な説明で、ミスターポポも大体のことを把握したらしい。
こっくりと頭を上下させたミスターポポは、続けて興味深げにデンデに視線を向けた。
「おれ、ミスターポポ。おまえは?」
「あ、あの……、は、はじめまして。僕は、デンデと言います。」
ぺこり、と頭を下げるデンデに、トランクスはなんと説明しようかと顎に手を当てて、
「彼が、新しいドラゴンボールを作ってくれることになって──そのために、一緒に地球に来てくれたんです。」
「おお、では、デンデが新しい神様か。」
ぴょこん、と黒い丸い顔の両脇で両手をあげて驚く──喜んでいるのかもしれないが、表情が変わらないので分かりづらかった──、ミスターポポの言葉に、デンデが目を大きく見開く。
「神様、って……え、ええっ!!?」
聞いてないですよっ? と、目を白黒させながらトランクスとミスターポポの顔を交互に見やるデンデに、トランクスも軽く顔を顰める。
「ドラゴンボールを作る人が、神様、ってことになっちゃうんですか?」
「別に神様じゃなくてもいい。けど、神様だとミスターポポ、うれしい。」
「神様だなんて、そんな、とんでもないですっ。
僕は、ただ、ピッコロさんの代わりにドラゴンボールを……っ。」
恐縮したように首をすくめるデンデが早口に言えば、ミスターポポは理解したかのように鷹揚に頷き、
「なら、デンデ、新しい神様。
ピッコロ、神様と一つになった。ピッコロの代わりなら、デンデが新しい神様。」
決定、というように両手をあげるミスターポポに、ええっ、とデンデが目を丸くする。
彼は慌てたようにトランクスとミスターポポを交互に見やるが、戸惑った視線と表情を受けても、トランクスには何もしてやれることはない。
何せ彼は、神様が存在していた時期そのものを、全く知らないからだ。
「い、いいんですか? そんな理由で……。」
「かまわない。デンデ、神様に向いていると、ミスターポポも思う。」
大丈夫、と太鼓判を押されて、デンデは、はぁ、と生返事をした。
そうするしかなかったとも言う。
「そんなせわしなく決めなくてもいいと思うし……、とりあえずは、保留ってことでもいいんじゃないかな?」
トランクスもフォローも入れることもできず、ひとまずそう言って置くことにする。
「神様」という存在を知っている人間は、きっと、生きている人間の中では、ブルマくらいのものなのだろうけれど──ブルマに相談したとしても、「あら、いーんじゃないの? なっちゃったら、デンデ君。」で済んでしまいそうである。
一年後くらいに、上から悟飯さんが戻ってきたら、相談に乗ってもらえばいいとおもうよ、と、心の中でデンデに告げるだけですましておいた。
──結局は、デンデも「神様」になることを受け入れることになりそうだけれど。
「わかった。保留中。──で、デンデはこのままココに住むのか?」
くり、と、無表情のまま首を傾げて問いかけるミスターポポに、トランクスとデンデは顔を見合わせた。
「ピッコロさんは、そうは言ってなかった、けど……。」
でも。
先ほどの、ミスターポポの言葉を思い出すと──うれしい、と言ったその言葉の意味を考えると、そうではないというのも憚られた。
どうしよう、という意味を込めてデンデを見下ろせば、彼は少し考えるように首を傾げて、
「──そう、ですね。もし、ブルマさんもトランクスさんも許してくださるんでしたら、僕は、ここで一年を過ごしたいと思います。」
す、と顔をあげてそう告げた。
その双眸には、しっかりとした色が見えている。
真意を伺うようにトランクスが眉をかすかに寄せれば、デンデは明るい笑顔で二人を見上げた。
「僕、150年後に向けての修行をしたいんです。」
ここで、先代の神様もドラゴンボールを作ったというなら、それの資料やデータもあるはず。
それを使って、少しでも「未来」を確実にするために。
ぐ、と拳を握り締めて、意欲に燃えた瞳を光らせるデンデを見下ろして、ミスターポポは表情の乏しい顔に、精一杯の笑顔を浮かべると、
「神龍の模型、ミスターポポ、管理してる。
それ、見るか? きっと新しい神龍作るのに、役立つ。」
デンデを見下ろして、そう告げた。
「──……っ、は、はい!」
ミスターポポの言う言葉の意味を──つまりは、このままココに住んで修行に励め、という言葉を受け取って、デンデは耀くように笑って頷いた。
その返事を聞いて、ミスターポポは満足げに頷くと、
「では、デンデ、ミスターポポについてこい。」
クルリと振り返って、神殿の中に向かって歩き出した。
ピッコロが死んでしまってから、石になってしまったドラゴンボールは、地球の各地に散らばったままであったが、神龍の元となる模型は傷一つなく残っていた。
美しい造形のそれに、デンデもトランクスも感動し、ミスターポポは褒められて照れたような顔になった──とは言っても、あまり表情が変わらないので、二人にはそれが分からなかったが。
「これを使えば、すぐにドラゴンボール、復活する。」
ことん、とテーブルの上に置かれた動かない龍の模型を示して告げるミスターポポに、トランクスは少し困ったように眉を寄せた。
「いえ、実は、今すぐドラゴンボールを復活させるわけではないんです。ミスターポポ。」
「しないのか?」
丸い目を驚いたように見開いて、ミスターポポは小首を傾げる。
てっきり、今すぐドラゴンボールを復活させて、この地球を元のように美しい姿に戻すとか、この1年で亡くなった人を生き返らせるとか──そういう願い事をするのだとばかり思っていたのだ。
今までのドラゴンボールの使い方を考えれば、そうなるはずだ。
そう半ば確信していたようなミスターポポの言外の言葉を理解して、トランクスは小さく息を詰める。
──そう、本来なら、そういう使い方をしなくてはいけない、はずなのだ。
自分たちが今しようとしていることは、ただの、自分本位の、自分勝手なことだ。
その事実を、神様の使者とも言える相手に責められているような気がして、つい、とトランクスは目線をずらす。
そんな彼を、ミスターポポは無言で見つめた。
何の感情も宿してない目──なのに、それに責められている気がするのは、きっと、自分たちが今からすることが私利私欲の塊でしかないことを知っているからだ。
そうして、何よりも。
ミスターポポに言われて、初めて、気付いた。
復活したドラゴンボールは、本来、そういう使われ方をすべきなのだ、と。
「……──。」
何と言っていいのか分からなくて、トランクスはクシャリと眉を寄せる。
きっとブルマなら──母なら、おくびれることもなく、はっきりというのだろう。
地球を元のようにするんじゃなくて、亡くなった人を蘇らせるのではなくて。
孫悟飯を、この世に呼び戻したいのだ、と。
けれど、母のように鉄面皮でもなければふてぶてしいわけでもないトランクスは、気軽にその一言を口に出すことはできなかった。
重くなった唇は揺れるばかりで、言葉を発せない。
たった一人で地球を守ってきたトランクスにとって、この星は、守るべき大切な星だ。
父や悟空たちが命をかけて守ってきた星。──それを引き継いで守ろうとした悟飯。その遺志を継いだ自分。
その、大切な星を、その星の人々を差し置いて、自分の大切な人を蘇らせようとするのは……、同じように大切な人々を失った人たちに対して、心苦しい。
悟飯さんが生き返る。
1年後には確実に訪れるだろう未来に心踊り、そんな簡単なことすら忘れていた自分に、トランクスは胸が重くなるのを感じた。
そのまま視線を落とし、瞳を歪めるトランクスに、デンデは不思議そうな顔で彼を見上げる。
「トランクスさん?」
戸惑ったようなデンデの声に、は、と我に返り、トランクスは慌てて繕うような笑顔を浮かべた。
「あ、う、うん。──その、どこからどう、話したらいいかと、思って。」
苦笑を滲ませて、トランクスは再び視線を彷徨わせるように神龍の模型に目を落とした。
白い石の塊となった模型。──美しいけれど、命が吹き込まれていない、ただの石像に過ぎない龍。
自分にはまるで分からないけれど、ここにはドラゴンボールの、ドラゴンボールたる全てが注ぎ込まれているのだろう。
ここにデンデが何かを施せば、すぐにドラゴンボールは蘇る。
そうしたら、ドラゴンボールを集めて、神龍を呼び出して、願い事を告げれば──数多くの「大切な人」を喪った人々が、喜びに満ちるのだ。
けれど、自分たちが願っていることを叶えるためには、それが出来ない。
それを、してあげることすら、許してあげられない。
苦しんできたのは、地球の人々だって同じだ。……いや、自分よりももっとずっと酷い目にあっている人たちだって居るだろう。
なのに、俺は、そんな人たちを救う機会を握りつぶして、自分の幸せを取り戻そうとしている。
本当にそれでいいのだろうか? ──本当にそんなことをして、俺も、悟飯さんも、後悔しないのだろうか?
そう思うのに……良心は、今ここでデンデにドラゴンボールを蘇らせてもらって、地球を元のように戻してくれと、人造人間に倒された人々を生き返らせてくれと、そう願うことが正しいと、そう言っているのに。
──ぐ、と、胸元を握り締めて、トランクスは泣きそうに顔を歪める。
「……なのに、俺は…………っ。」
それよりも何よりも、あの人に蘇って欲しいと、そう願っている。
もう一度彼とこの世界で生きていけるという希望を抱いてしまった今は──その願いを、決して諦めきれない自分が居る。
「と、トランクスさん……。」
彼が何かを苦悶しているらしいのはわかっても、具体的に何を苦悶しているのか分からず、デンデは困惑した目をトランクスに向ける。
そんな青年を、無言でミスターポポは見詰める。──かと思うや否や、
「トランクス。おまえ、ブルマにもベジータにも似てない。」
唐突に、そう呟いた。
「──……ぇ?」
「お前は、一人でいろいろ、抱え込みすぎる。
悩んでも、答えが出ないこともある。そんなときは、相談しろ。
ミスターポポ、こう見えても、長い長い間神様に仕えてる。智恵くらいなら、貸せるぞ。」
表情も宿していないように見える黒い瞳が、まっすぐにトランクスを見つめた。
それはけれど、トランクスを責めているというよりも、心配しているように見えた。
呆然と目を瞬くトランクスの隣で、デンデも両手を握り締めて、
「そ、そうですよ、トランクスさん! ぼくだって、頼りないかもしれませんけど、一緒に悩ませてください!
ぼ、ぼくだって……、仲間なんですからっ。」
キリ、と真摯な目でまっすぐに見つめてきてくれた。
──そういうデンデの方こそ、界王様から聞いた内容が本当だというのなら、ずいぶん高いリスクを払っているに違いないおに。
その相手から気遣われて、それどころか力になりたい、とまで言われて──トランクスは、ますます自分のいたらなさに、顔をゆがめたくなった。
「──……。」
グ、とこぶしを握るトランクスに、ミスターポポはさらに言葉を紡ぐ。
「トランクス。おまえは、生き返ったことを、後悔してるのか?」
抑揚のない声で問いかけられて、トランクスはバッ、と顔を跳ね上げる。
「い、いえっ、そんなことは、決して……っ!」
母が、無謀なことを押してでもやり遂げた結果が、今の自分自身だ。
それを、後悔する、だなんて──言えるはずがないし、言いたくなどなかった。
あの地に……界王星で、みんなと一緒に過ごす、というのは、確かにひどく魅力的で……今でも、心の片隅で、あのままあそこにいてもよかったかもしれない、と思っているのは本当だ。
でも、それは、本当にほんの少しだけ、だ。──それよりも何よりも、母が……自分ならば決して実行でできないだろう道を、たやすく示し、強引に引っ張ってくれる母が用意してくれた道の方が、ずっと、ずっと、自分にとっては魅力的で、できるなら、それをかなえたいと思っている。
否、できるなら、なんかじゃない。──何に変えても、そんな未来を、手にしたい、と、心から思っている。
──……でも。
それでも、トランクスは、この星をたった一人で守ってきた戦士だからこそ、ふんぎりがつかないのだ。
守ってきたこの星よりも、たった一人の師匠を取るのか、と。
そう問いかけられたら、是、と胸を張って、答えることが、できないのだ。
この星は……、悟空さんが守り、悟飯さんが命をかけて俺に託してくれた、たった一つの「まもるべきもの」なのだから。
「なら、デンデを連れてきたことを、後悔してるのか?」
「……違い、ます。」
ふるり、と頭を振るのに、一瞬のためらいが生まれたのは、デンデがここにいる理由を知っているからだ。
彼は、「悟飯を生き返らせる」ためにここにいる。そういって、母が連れて帰ってきたからだ。
頭の中がいっぱいになって、どうしたらいいのかわからなくなって、ぐ、と唇をかみしめるトランクスを、デンデが心配そうに見上げる。
「……トランクス、言ってくれなくては、ミスターポポ、お前の心は読めない。」
お手上げだ、というように、ミスターポポが手を上にあげて告げる。
デンデとミスターポポの視線を受けて、トランクスは、そ、とまつ毛を伏せてから、喉がギュと締め付けられるような苦しさを覚えた。
ミスターポポは、ひどく苦しそうな表情のトランクスを見下ろして、それから自分が持ってきた龍の模型を見やり、あ、というように軽く目を見張った。
「もしかして、ドラゴンボールにかかわることか、トランクス?」
問いかけた瞬間、トランクスの肩が微かに跳ね上がり、あぁ、やはりそうなのか、とミスターポポは悟った。
デンデも驚いたようにトランクスを見上げて、──それから、困ったように触角をショボンと落とした。
「あの、もしかしてトランクスさんは、僕が……悟飯さんを蘇らせるのは無理だと、そう……不安に思ってるんでしょうか?」
「孫悟飯を、よみがえらせる?」
ミスターポポが、驚いたようにデンデを見下ろし、それから視線をトランクスに戻した。
孫悟飯。──今から、何年も前に死んだ男の名前だ。
ミスターポポにとっても、重要な位置にあった人間の男の名前でもある。
ドラゴンボールでよみがえらせられるのは、一年以内に死んだ人間だけだ。──だけだった、はずだ。
今から20年も前に無くなったドラゴンボールだけれど、「神様」と長く一緒に暮らしていたミスターポポには、当時のドラゴンボールの「条件」を思い出すのは、たやすかった。
それでいうなら、孫悟飯はよみがえれない。──その、はずなのだが。
無言で視線をデンデに向けるミスターポポの視線を横顔に受けながら、デンデは、悲しそうに、さみしそうに──でも、それも仕方がない、というように小さく唇を震わせて、ギュとこぶしを握り締めて、トランクスを見上げた。
「た、確かに、今の僕の力では、そのような強力なドラゴンボールを生み出すことはできません。
けど──僕は、頑張って修行します。何年、何十年、──何百年かかっても、必ず、……悟飯さんを蘇らせることができるドラゴンボールを、生み出しますから。」
だから──……、僕を、信じてくれませんかっ?
そう、まっすぐに、真摯に訴えるデンデに、ミスターポポは、ほう、と感心したようにうなずく。
目の前に立つ、小さな青年は、どうやら「神様」よりもずっと優秀なドラゴンボールを生み出す能力を持っているらしい。
トランクスは、まっすぐに自分を見つめるデンデを見下ろし、──いいえ、と、小さくつぶやいた。
苦しそうに、呑み込めない激情を喉から振り絞るように、低く、小さく、続ける。
「……信じていない、わけでは、ないんです。
むしろ、信じているからこそ──デンデさんが、それほどの強い力を持つと、信じているからこそ、ぼくは……っ。
…………あなたの、その力を、…………俺たちが望むことだけに使ってしまっていいのかと、そう………………、思うんです……………………っ。」
眉を寄せて、唇を震わせて、どうしたらいいのかと、どこにぶつけることもできない憤りを必死に堪えるトランクスを、ミスターポポは困惑気味に見つめる。
「本当は、この星を──人が住みやすい星にしたり、たくさんの命を救うことに使う方が、いいって、わかってるんです。デンデさんには、その力がある。
──……でも、……それでもっ!」
言葉にしてしまえば、抑えが利かなくなった。
頭の中に、過去の世界で見たたくさんのビルが立ち並ぶ光景がよみがえる。
タイムマシンから見下ろした、美し青の世界と、たくさんの数えきれないくらいの都市、輝く光。
人の手でそれを取り戻そうとしたら、10年、20年……いや、もっとかかるかもしれない復興を、神龍に願えば、すぐにでも叶うかもしれない。
人造人間によって失われた命。そして、復興途中で充実しない医療施設や住居の不備などで失われるかもしれない命。
それらを、救うことができるのに──それらにすべて目を閉じて……それでも、俺は。
「………………悟飯さんに、……生きていてほしいと、そう、…………思うんです。」
可能性なんてなかったら、そんな考えにとらわれずに、空にいる悟飯達が見守ってくれているのだから、一人でも頑張って星を守っていこうと、そう思えたかもしれない。
けど、──また再び、巡り合えって。
彼が蘇る可能性が高いのだと、そう、知ってしまったら。
──兄のように、父のように……母以外で、一番自分に近かった人を。
一番、自分があこがれていた人を。
ただ、一人の、盟友となるはずだった──自分の成長が遅かったばかりに、たった一人、死に向かわせてしまった人と。
かなうなら、もう一度。
今度は、二人で、この星を守っていきたいと。
「……悟飯さん、に──……っ、あの人が守った、この星を……っ。
見せて、あげたいと、……そう、思うんです──……っ。」
そして今度は。
『俺が見れなかった世界を、トランクスが変わりに見てきてくれないか?』
一緒に。
平和になった世界を、一緒に、見て。
幸せに、生きて。
そうして、ずっと、ずっと先に。
──……空で待つ、悟空さんたちのもとに、行ってくれたらいいと、心から、思うのだ。