それは、とてもよく晴れた日のことだった。








 出来上がったばかりのタイムマシンに──人類の最後の希望に乗って、過去の世界へ旅立ったのが、今から3年近くも前のことだ。
 心臓病の薬を悟空に渡して、また「3年後に来ます!」と約束をした日から、丸っと1年。
 その間に、トランクスも何もしていなかったわけではなかった。
 彼らの足手まといにならないように修行をしなくてはいけないと、毎日、がんばって修行をしていた。
 同時に、この世界でも情報収集が出来たらと思い、様々な方面から情報を収集することにした。
 ──そんな中で。
 最初は、ただの好奇心だったのだ。
 過去の世界で出会った父の姿──遠目に見ていた父の、誇り高いその姿を、もう一度見て見たいと、そう思ったのがきっかけ。
 瓦礫の中に埋もれた西の都のカプセルコーポレーションの中。
 探ってみれば、過去の世界で見かけたものが、ガラクタ同然に無造作に積まれていた。
 ベジータが着ていたサイヤ人の戦闘服の予備らしきもの。
 悟空が地球に帰るのに使った宇宙船──壊れているけれど。
 それから──それから。

 見つけたのは、ほんの偶然だった。

 生前のブリーフ博士が、重力室だか宇宙船だかと作るために走り書きをしたのだろう、落書きのような紙の山があった。
 落書きのようにしか見えないソレは、今の世界には訳に立たないものばかりだ。
 重力室で戦闘能力をあげようにも、作った先から壊されてしまうのが分かっている。
 宇宙船だって同じだ。
 だから、それらは、平和になったときに使えるかもしれないからと、ブルマが取っておいてあるのだろう。
 平和になったとき以外に、使用価値はないものだ、と。
 そう分かっていながらも、つい、一枚一枚に目を通してしまったのは、「これ」を作った理由が、ベジータにあるからだと知っていたからだ。
 重力室も、宇宙船も──ベジータが関わっているのだと思ったら、そのすべてに目を通したくなったのだ。
 そう思って、目を通していった、その書類の中の一つに。
 精密機械の設計図らしい、良くわからない符号が書かれた紙を見つけた。
 最初は、なんだこれ、と思っただけだった。
 けれど、トランクスはすぐに気づく。

 その手跡は、ブリーフ博士のものではないことに。


【人造人間19号 設計図】


 書かれたその走り書きのメモの右下に──、見慣れない、けれど、生まれたときからずっと呪いの言葉を吐き続けていた人の名前があった。
 どうして、だとか、なぜこれがここに、だとか、考える余裕はなかった。
 トランクスはそれを両手で握り締め……、研究室で今もタイムマシンのエネルギーチャージを行っているであろう母の元に駆けつけた。
 もしかしたら、これが──人類を救う手段になるのかもしれないと、そう確信しながら。























「父さん──、最期に、見つけたとか叫んでいたけど……アレは、きっと、ゲロの研究所のことだったのね。」
 小さく呟いて──ブルマは、両手に抱えた花束を、そ、と自分の父の名が刻まれた墓の前に置いた。
 その平原には、見渡す限りの墓石があった。──墓石と呼べる形ですらない。
 墓の形をさせてしまえば、それらはすべてあの人造人間に壊されてしまったからだ。
 だから、置かれているのは、小石のような石が一つだけ──そこに、骨なり遺品なりを埋められた人の名前が、マジックが書きなぐられているだけの、そんな粗末な墓だ。
 ブルマの父であるブリーフ博士も、最期は肉片一つ見つからなかった。
 そのために、この中に残っているのは、壁にぶつかり砕けかけためがねだけ。
「ジェットフライヤーで飛び出して、すぐに戻ってくるって言ってたっけ。」
 なるほど、とブルマは、あのときの行動が今更ながらに繋がったことに、ふ、と自嘲めいた笑みを零した。
 あの時は──本当に色々と大変で。
 戦士たちはみな死に絶え──悟飯はまだ幼く、スーパーサイヤ人になったばかりで、不安定な精神状況が多かった。
 自分にはトランクスがいて、町はいつも人造人間に襲われていた。
 だから父は──自分ひとりでなんとかしなくてはと、飛び出していったのかもしれない。
 いつも飄々としていてつかみ所のない父だったけれど、やる時はやる男だったのだ。
 そうして、その通りに──ゲロの研究所を見つけて、そこに飛び込んで。
 きっと、人造人間の設計図を見つけて、それを攫って帰ってきたのだ。これが人類の救いになるに違いないと、そう信じて。
 けれど。
 きっと、それを人造人間に悟られてしまったのだ。
「その直後だったよね。──西の都が、壊滅的なまでに壊されてしまったのは。」
 父もその時に死んでしまった。
 ブルマたちは、悟飯の導きでパオズ山近くまで避難するのが精一杯だった。
 悟飯に抱きかかえられながら振り返った西の都が──爆発してしまったあの光景。
 父さん、母さん、と、喉も裂けよと叫んだブルマの腕の中で、耳が痛いくらいに泣いたトランクスの声。
 あれを──ブルマはきっと、一生、忘れられないと思った。
 そして実際、今でもアリアリと思い出せるくらいに、忘れていない。
「ありがとう、父さん。
 人造人間は──壊れたよ。」
 そう──それは、本当にあっけない最期だった。
 設計図をじっくりと眺めて見つけた「人造人間の弱点」──機械部分を停止させるために、緊急停止装置を作った。
 小さなリモコン一つで、本当にあの人造人間を止めることが出来るのかと、心から不安に思ったものだった。
 けれど、やるしかないのだと。
 トランクスに託し、祈るように願った。
 一つ間違えれば──自分は、トランクスを失うだろうと。
 そんな恐怖と戦いながら。
 でも……父が残した形見は、正しかった。
 ボタンを押せば、あの二つの人形は、完全に動かなくなった。
 そして──もう、二度と動かないのだ。
 トランクスが、完全に壊してしまったから。
 その動力源になる部分も、誰かに悪用されないように、ブルマがその手で完全に解体してしまった。
 もう世界は、狂気に怯えることなんてない。
「……これから、この世界は──、きっと、すばらしい世界になるわ。」
 キュ、と──苦い笑みを払拭するように、ブルマは口元を歪ませて笑った。
 結局、自分がタイムマシンを作った意味はあったのかしら、と思わないでもない──……苦い気持ちは心の中にあったけれど。
 でも、この緊急停止装置があれば、悟空たちが生きている世界も、確実に救われるのだ。
 それはそれで、いいことをしたっぽいよわね、と。
 吹き抜ける風に髪を思うがままに任せながら、ブルマは伸ばしっぱなしの髪を掴むと、
「髪の毛も切って、さっぱりしようかしら!」
 新しい人生が、自分たちの前に待っているんだもの、と。
 明るく──心から明るく、笑い飛ばした。













 その数日後に。
  世界の救世主である息子が、見知らぬ生命体に殺されてしまうなんて、思いもせずに。
















 その事実を認識した瞬間、トランクスの喉から迸ったのは、慟哭だった。
 声にならない絶叫は、彼の喉を震わし、周囲の空気を弾けさせる。
 バチバチと金色の火花が散り、トランクスの髪が舞い上がり、まばゆい光を放つ。
「こ、これ、落ち着け! 落ち着かんか、トランクス!」
 はるか頭上から聞こえる慌てたような声も耳に入らず、トランクスは両目から血の涙がこぼれるのではないかと思うくらい、絶叫した。
 悲しみと憎しみ、苛立ちと絶望、狂気にも近いその叫び声に、くぅ、と閻魔大王は大きく顔を歪める。
 閻魔大王の執務室に居た鬼たちは、慌てふためき、大王の背後にこっそりと隠れる。
 大量の紙が巻き上がり、目に見えない波動が周囲を圧迫しても──それでも、トランクスは慟哭をやめなかった。
 さもあらん。
 世界を救い、過去の世界の人たちへ、人造人間を退治したことを告げ、その方法を伝授しようと──タイムマシンに乗ろうとした思った矢先に、彼は…………殺されてしまったのだから。
 しかも、その殺した相手が、タイムマシンに乗ってトランクスたちの過去へと向かってしまっているのだ。
 人造人間を壊すための手助けをするどころか、彼らを苦しめる手伝いをしてしまったことになるのだ。
 これを後悔せずに──この事実に嘆き悲しまずに、何を悲しめというのだろう。
 運命は、なんと残酷なことか。
 閻魔大王ですら、そう思わずにはいられなかった。
 目の前の青年は、本当にがんばったのだ。
 師である孫悟飯を──地球を何度も救った孫悟空の息子を失い、地球にたった一人残された戦士として、ずっと戦ってきた。
 毎日、死との背中合わせで戦い続け……そうしてようやく、世界を救ったのだ。
 なのに。
「ドクターゲロを地獄送りにしたが、もっと酷い地獄に送ってやればよかったな。」
 まさか、こんな結末が待っているなんて、思っても見なかった。
 頭を抱えて嘆きたくなるのは、閻魔大王として同じことだ。
 死後の世界を司る者として、こんな悲劇を何度も見てはきたが──この子のパターンも、可哀想でしょうがない。
 それでも、仕事は仕事。
 死者へ言えることは、同じことばかりだ。
「トランクス、落ち着きなさい。」
 威厳たっぷりにそう言い放てば、とたんに、シュン、と小さな音がして、トランクスの全身を覆っていた金色の光が収まった。
 けれど、その姿はしおれた花のようで──双眸には、まるで力が宿っていなかった。
 この世界ではない場所を見ているその顔は……あぁ、数年前にやってきた、孫悟飯のものと、そっくりではないか。
 そう思うと同時、閻魔大王は、孫悟飯の「今」を思い出して、ぐ、と眉を寄せる。
「トランクス、わしの声が聞こえておるな?」
 静かに問いかければ、トランクスは閻魔大王の心に宿った危惧に反するように、のろのろと顔をあげた。
 その容貌に覇気は全くない。
 ただ、茫洋と……憔悴しているように見えた。
「お前は、死んだのだ。その事実は、もう変えようがない。──わかるな?」
 噛んで含めるように言い聞かせれば、トランクスは一瞬、クシャリ、と泣きそうに顔をゆがめたが──ぐ、と拳を握り締めて、小さく頷く。
「──……はい。」
「本来なら、魂だけの姿となり、お前は天国に行くことになる。」
「………………。」
 歪んだ双眸が、自分を責めているだろうことは、閻魔大王にも分かった。
 高潔な彼のことだ。
 過去の世界を危険にさらした自分が、天国でのうのうとするなんて、と──そう思っているに違いない。
 けれど、地球の平和に貢献した彼を──たとえ一時の平和であろうとも、平和をもたらした彼を地獄に落とすわけには行かないのだ。
「だが、お前が為したことは、高く評価されるべき点が多いことと、お前自身が優れた武術家であることから、特別にお前には、肉体が与えられる。」
「──……肉体?」
 何を言われているのか分からない、というような表情で顔をあげる青年に、そうだ、と閻魔大王は頷く。
 そうして、心ここにあらず、と言った表情の青年にも分かりやすいように──過去、孫悟空にしたのと同じように、噛み砕いて説明をしてやった。
 つまり、死後の姿でありながらも、特別に肉体を持ち、あの世で年老いることもなく、住み続けることが出来るのだ、と。
 しかし、トランクスは、それに関して興味が引かれないようだった。
 それはそうだろう。──今、彼はものすごく後悔をしている。自分を責めているのだ。
 なのに、記憶を持ったまま肉体も残されるなんて……まるで拷問のようだと、そう思ってしまっても仕方が無いのだ。
「地球からも、過去に何人か肉体を持った人間が出ているぞ。
 例えば、一番最近のだと──孫悟飯とかな。」
 メモなど見ずとも、言葉に出すことが出来る名前を漏らせば、ぴくん、とトランクスの肩が跳ねた。
 は、と見上げるその顔には、少しだけ生気がともって見えた。
「ご、はん……、さん?」
 揺れる双眸に、切望と期待、そして同時に、自分への責めと不安が見え隠れしている。
 死んだ人間とは二度と会えない。
 もしあったとしても、肉体を持ったままで会えることなど、ものすごく稀だ。
 けれど──彼はそれが出来るのだ。

──もしかしたら、そのほうがずっと、辛いかもしれないけれど。

「ああ、そうだ。他にも、ピッコロ、クリリン、ヤムチャ、天津飯、餃子、──もちろん、孫悟空もいるぞ。」
 並び立てて説明してやれば、トランクスは目をうつろに彷徨わせて──どうやら、孫悟飯と孫悟空以外は、イマイチわからないようだった。
 まぁ、トランクスが物心着く前に死んだやつらばかりだから、しょうがないのだろうが。
「お前の父のベジータは、残念ながら地獄行きだったからな。──もう魂からも記憶を抜かれおり、会うこともできないが、お前の祖父と祖母なら天国にいるから……。」
 会って話をすることもできるだろう。姿は持っていないが、魂の形でなら、話すことができるぞ、と。
 そう続ける閻魔大王の言葉に、トランクスはゆっくりを目を瞬き──そうして、ゆっくりと息を吐いていく。
 吐いて、吸って──吐いて。
 自分の感情をコントロールするかのような仕草を、閻魔大王は静かに待った。
「──……わ、かりました。
 ソレで俺は──どうしたらいいんでしょうか?」
 トランクスが顔をあげたときには、まだ不安定さが残っていたものの……戦士の色が強く出た、厳しい表情になっていた。
 それを認めて、閻魔大王は、ようやく本題に入れるか、と、にぃ、と笑って見せたのであった。












NEXT



補足説明→
 この世界のトランクスは、悟空に心臓病を渡した後の時点で、分岐点に入った、ということにしてみました。

 どうしようか悩んだんですが(どっちにしても結果は変わらないのですが・笑)、最初のトランクスがやってきた「さらに3年後の未来から来ようとした」という点を考えるに、やっぱ、心臓病の薬を渡すイベントはクリアした後なんだろうーな、と。
 だって、タイムマシンが出来てるのに、さらに3年……チャージ時間を入れると4年か、も始動させない、っていうのは、やっぱりないんじゃないかなぁ、と。
 このときのトランクス達って、タイムマシンが唯一の希望、みたいなところがあったので、出来上がったら早速使うのは使うと思うんですよねー。
 で、その後、再びチャージするまでの間に、人造人間を倒す秘策を見つけたんじゃないかな、と。
 ということで、悟空の心臓病を渡したところまでは同じだということでお願いします。──まぁ、そうじゃなくても話しは通じるんですけどね……。


 でもちょっぴり、「セルにトランクスが殺された未来→実は悟飯が生きていて、二人でがんばって人造人間を倒した未来→どうせタイムマシン作ったんだし、孫君が生きてる未来も作りましょうよ!的展開→トランクスがタイムマシンに乗り込んだ→トランクスが殺される→悟飯、瀕死ながらも生き残る→」っていう展開でもいいかなぁ(萌)とか思いました。