聖夜 2

男勇者:ユーリル





 クリスマスということで浮き足立っているエンドールの町の一角──西の端に位置する場所に、トルネコの自宅はある。
 普段はエンドールで唯一の銀行であり、同時に観光地の荷物預かり所もかねているネネの店は、生活に困らない程度の稼ぎはあったが、それほど込み合っているわけではなかった。
 何度かお世話になりに来たときも、ネネは客が居ない時間の方が多いからと、カウンターの中で編物をしたり、自分たちのためにお茶を淹れてくれたりしたものだった。
 けれど、今日はなぜかそうではなかった。
 いつものように、慣れた足取りでトルネコの家に向かったユーリルたちは、教会が近づくに連れて多くなる人ごみにうんざりしながら、なかなか進まない人ごみの中で、先ほど考えついたばかりのクリスマスパーティについて熱く相談しあっていた。
「とりあえず、はずせないのが王様ゲームよねっ!」
「姉さん…………。」
 パーティなんていう派手なものは、私にまかせなさい、とばかりに堂々と言い張るマーニャに、ミネアは疲れたようにため息を零す。
「王様ゲームって何?」
 なんだか、マーニャが力説するんだから、きっとろくでもないものなのだろう。
 そんな予感はするが、それでも興味はあった。
 ユーリルの村では、ゲーム、なんていうと、体を使った簡単なものや、釣りで勝負だとかそう言うものしかなかった。
 正直言って、このエンドールに初めて来たとき、カジノという意味自体が理解できなかったのだ。トランプだとか言うものも、占いだとか言うものも、何もかもから隔離されていたような村だったから。
 そりゃ、花占いや、そう言うことはしたけれど。
「くじを引いてね、王様って言うくじを引いた人が、なんでも命令できるの。」
「へー、マーニャが好きそうなゲームなんだ?」
 得意げに語るマーニャに、ユーリルは納得したように頷く。
 そんな彼にすかさず肘鉄を繰り出しながら、
「でも、命令ができるのは一回だけ。それもできる命令は、『何番のくじを引いた人は、肩をもめ』とかそういうのだけなの。」
 にんまり、と間近で笑うマーニャの顔に、よからぬたくらみを見た気がして、思わずミネアは己の額に手を当てた。
 その彼女の動作の意味を、ユーリルもまた知っていた。
 知ってはいたが、ソレよりも早く、マーニャの台詞に目をらんらんと輝かせたアリーナが身を乗り出してしまっていた。
「それ、面白そうねっ!!」
 満面に輝く表情を前に、マーニャは一瞬毒気を抜かれたような顔になったが、すぐに彼女は持ち前の色香あふれる笑みを零すと、
「で、っしょー?」
 意味深に──思いっきり意味深に笑って見せてくれた。
 と同時に、ユーリルもミネアも悟る。
 絶対、アリーナとクリフト相手に、何かやらかす気満々だ、と。
 まぁ、もともとマーニャは、アリーナとクリフトのことをせっつくのが好きらしいから、何かあるたびに何かしては失敗しているから、今回も例に洩れないだろうと、たやすく予測できたが。
「ねぇねぇ、ほかにもどういうゲームをするのっ!? あと、プレゼント交換っていうのもするんでしょっ!?」
 予測できないのは、その当の本人だけ。
 アリーナは、楽しそうにピョンピョンとその場で飛び跳ねてマーニャに先を催促する。
「まぁまぁ、落ち着きなさいよ。そろそろトルネコさんちに着くから、後はトルネコさんちで相談しないとね。」
 まずは、第一の関門──明日クリスマスパーティができるかどうか、でしょ?
 小さく含み笑いを零しながら、マーニャはツン、とアリーナの額をつついてやる。
「あ、ほんと。ようやくトルネコさんちだな。」
 マーニャにつつかれた額を抑えるアリーナの隣から、ユーリルが少し背伸びをして、すぐ近くに迫ったトルネコの家を認める。
 大きく幅が取られたエンドールの主街道が、これほど人で埋め尽くされるなんてことは本当に初めてだった。
 自分たちの進行方向が教会と同じ方角ということもあるだろうが──何せ、エンドール唯一の教会は、トルネコの家の斜め前に立っているのだ。それにしては、イヤに混みすぎだった。
「でも、ココからぜんぜん進まないみたいだわ。」
 ユーリルにように背伸びをして前を見渡せないミネアは、彼とは逆に足元を見て、一歩も進もうとしない前の人の足に、ソ、とため息を零す。
「教会は右手でしょ? なら、左に寄って、スルっ、って隙間から前に行けないかしら?」
 できれば、一刻も早くトルネコの家に行きたいと、ウズウズしながらそう提案するアリーナの台詞を、しかしアッサリとユーリルが否定する。
「無理無理。っていうか──あれ?」
 トン、と一度高く垂直にジャンプして前を見渡していたユーリルは、地面に落ちると同時に首をかしげる。
「何よ、どうかしたの?」
 人ごみのおかげで、寒さはなくなったけど、代わりに暑くなってきたわと零しながら、マーニャは毛皮のコートの襟首を大きく広げる。
 パタパタと手で仰いで中に風を呼び込もうとするけど、人の脂じみた風ばかり。
「なんかさ……この行列? …………トルネコさんの家に続いてるんだけど。」
「──────………………はぁっ!?」
 思い切り良く顔を歪めたマーニャに、ユーリルは途方にくれたような顔で、ホラ、と自分の右手を指で示す。
「向こうでスムーズに流れてるの、アレが教会に向かってる人みたいでさ、コッチのこの行列が、全部トルネコさんちに続いてる。」
 確かに、ユーリルの指先を目で追った先には、前へ動いていく人ごみの頭が見えないこともない。
 しかし、だからと言って、自分たちがうずもれているこの人ごみが、すべてトルネコの家に向かっているというのは──おかしすぎた。
 だって、トルネコの家は、今は銀行をしているだけのはずなのだ。
 本来、クリスマスイブという日を考えたら、確かにいつもよりは賑わっているかもしれないが、これほど混むというのは、おかしすぎる。
「──どれ?」
 アリーナは、ユーリルの肩に手を置いたかと思うと、身軽な動作でトンと飛び上がり、そのまま彼の肩に体重をかけて自分の体を持ち上げる。
「わっ──アリーナっ。」
 思わず肩にのしかかった彼女の体重に、いくら細身で軽いとは言え、せめて一言言ってくれと、ユーリルが悲鳴にも似た悪態をつく。
 そんな中、人ごみのなかからニョッキリと体を飛び出させたアリーナは、良く見える周囲にすかさず視線を走らせ──さきほどユーリルが言った通りの状況な事実に、大きく目を見開いた。
 道幅一杯に広がっていると思っていた人ごみは、実は道幅の半分ほどしかなかったことが見て取れた。ちょうど自分たちの居る位置が、その人ごみの真ん中だったから、道全部に広がっているように見えたのだろう。
 あまり動かない人ごみの列は、そのまま歪みを持ちながらも、まっすぐにトルネコの家に向かっていた。ちょうどアリーナたちの位置は、トルネコの家の──正しくは彼の店の出入り口まで10メートルほどの場所であった。
 ここからなら、入り口の様子も良く見える。
 少し目を凝らしただけで、トルネコの店がどういう状況なのか、ハッキリと見ることができた。
「どーぉ? アリーナ? やっぱりトルネコさんち?」
 アリーナの体重を必死で支えているユーリルの隣から、マーニャが顎を上げて尋ねてくる。
 そんな彼女に、コックリと頷いて、
「そうみたい。何か店の入り口で配っているわ──うーん、お金を払ってもらってるから、売ってるみたい……ネネさんと、ポポロくんと、戦士みたいな格好した人と、吟遊詩人っぽい人。」
 アリーナは、ひょい、と身軽に地面に降り立った。
 そのままの動作でユーリルの肩から手を離すと、彼はヤレヤレと肩に手を当て、身動きがまともに取れない人ごみの中で、軽く肩をゆすった。
「なるほど、クリスマスシーズンだと、銀行じゃそれほど人が入らないから、ちょっとした出店を店の前で初めたってワケね。」
「さっすがトルネコさんのしっかり者の奥さん。」
 ヒュー、と小さく口笛を吹いて、ユーリルは三人に向かって右手を指し示す。
「それじゃ、ココから抜け出そうぜ? このまま行って、売ってる何かを買ってもしょうがないだろ、僕らは?」
「それもそうね──無駄な時間だったわ…………。」
 考えて見ればわかることだったのだ。
 クリスマス当日ならとにかく、クリスマスイブの日に、教会が混んでいるはずはないのだと。
 あーあ、とため息を零しながらユーリルは、マーニャたちに道を作ってやるために混雑する中を率先して掻き分けた。
 そして、無事に一番最初に人ごみから抜け出て、ふぅ、と吐息を零した。
 続けて人ごみから出てきたアリーナが、ユーリルの背中でドンと額をぶつけてから、
「ぅわっ、寒いわね〜。」
 そのまま身をすくめるようにして、ユーリルの背中に隠れる。
「風除けにするなよ、アリーナ。」
 肩から背中のアリーナを見下ろすと、
「だって今日はクリフトが居ないから、寒いんだもの。」
 軽く唇を尖らせて、アリーナがそう反論してくる。
 それの意味は一体どういうことだと聞きたくなったが、伊達にユーリルも彼女たちと長く旅をしてはいない。
 クリフトが常にアリーナのために、風除けになっていたのだろうということくらいは想像がついた。そしてアリーナ自身も、それに気づいていたのだということも。
「前から思ってたけど、お前らってラブラブだよなー……。」
「クリフトとユーリルほどじゃないわよ。」
 思わずと言った風に呟きを零すと、打てば返るようにアリーナから返事が返ってきた。
 その内容に、ユーリルは整った眉を寄せていぶかしげに彼女を見下ろす。
「は? なんでソコで僕とクリフトになるんだよ?」
「だって、いっつも同じ部屋じゃない。」
「たまには違いますー。」
 そう否定した言葉こそが、いつも同じ部屋だと語っていることにユーリルは気づかない。
「でも、それも10日に1回くらいだわ。」
 アリーナは、そこはしっかりと理解してもらわないと、と、ビシリ、と彼に向かって睨み上げるように堂々と告げる。
「一ヶ月に3回も部屋が違ったら上等じゃないか。」
 売り言葉に買い言葉のように、一体何が上等なのかわからないまま、ユーリルも堂々と答えてやる。
 そんな二人の下に、マーニャとミネアも、遅れて人ごみの中から抜け出し──目の前で繰り広げられていた馬鹿馬鹿しい会話に、姉妹は揃って顔を見合わせた。
「あんたら……何、三角関係みたいな会話してんの……。」
 人が人ごみの中から生還してきたとたん、いちゃついているようにしか見えない格好で、話していることがソレかと、マーニャは胡乱げに二人を見つめる。
 ミネアは、ただ何もいわず苦笑を広げると、
「そういえば、クリフトさんもそろそろ戻っているかもしれませんね……。」
「戻ってきてくれてないと困るわよー。明日のパーティの打ち合わせしたいんだから。一体イツ、ミサが終わるのか聞かないとね。」
 ほら、行くわよ、とマーニャに急かされて、一行は教会へ歩いていく人たちの少数の流れに乗って、歩き出した。
 隣に並んでいるトルネコの店へと続く行列は、ムッと人いきれがすごかったが、ココは涼しげな風が吹いているばかり──ただ、教会の前だけは、イブの日に訪れる信者を狙ってのフリーマーケットのような出店が出ていた。
 そこで何人かが足をとめている以外は、特に混雑は見受けられない。
 これなら、そう待たされることなくこの教会の神父と会うことができただろう。
「アリーナ? ミサって何時くらいに終わるものなのよ?」
 故郷に居るときから、一緒にいたのなら、知っているだろうとマーニャは彼女を見下ろす。
 しかし、帰ってきたのは、
「さぁ?」
 あっけないほどあっけない、答えだった。
「────…………って、おい、アリーナ……。」
 さすがのユーリルも、それはおかしいと思ったらしい。
 露店に並べられたエンドールの教会の絵葉書を見ていた目を、隣の愛らしい少女に戻す。
「だって、私、クリスマスだけはクリフトと一緒に居たことないもの。」
 その彼女は、少し拗ねたように唇を尖らせて、上目遣いに三人を見上げた。
「クリフトは早朝から教会に篭りっきりだし、私も私で朝から禊だとかでグルグルだったし。」
 トルネコの家の裏手へと回る場所まで来ると、彩り良く飾られた教会の入り口が見えた。
 忙しそうに走りまわっている人間が、重そうな荷物を抱えている。
 それを一瞥してから、視線をトルネコの家の方に戻すと、店の窓の前に置かれたテーブルと、たくさんのダンボール箱が見えた。
 そこには、先ほどアリーナが言ったとおり、見覚えがあるような男が二人とポポロとネネが忙しそうに働いていた。
「そういえば、クリフトに会わなかったのって、クリスマスの日くらいだったかも?」
 それをボンヤリと見つめながら、小首を傾げるアリーナの言葉に、なんだかガックリ感を覚えないでもない。
「普通とは逆ね……アンタ達。」
 マーニャもアリーナの隣に立って、忙しそうなネネ達を見た。
 テーブルの上に置かれているのは、先ほどもクリスマスツリーのオーナメントで見た赤いブーツ。サンタの履くブーツだと聞いたものだ。
 なぜかソレが、大きいのから小さいのまでテーブルの上に乗っていた。
「どちらにしても、クリフトさんに聞かないと分からないってことですね。」
 ミネアも、どうしてあんな赤いブーツが売れるのだろうと──見ていると、大きいのと小さいのと、片方ずつ買っていっている客も居る。サンタの格好をするために購入するにしては、片方ずつ買ってどうするのだろうかと疑問に思わずにはいられない。
「そうだな。じゃ、とにかく家の中に居れてもらおうぜ。」
 ネネさんは忙しそうだから、裏口に回って、直接トルネコさんに開けてもらおうかと、ユーリルが顎で裏口へ続く道を示すと、そうね、とアリーナも頷く。
「──それから。」
「それから?」
 首を傾げて先を促すミネアに、うん、とユーリルは頷くと、
「なんでネネさんが赤いブーツを売っているのか、聞いて見よう。」
「………………あぁ…………それは結構重要ね………………。」
 そして、どうしてアレがそんなに売れているのか、それも聞いて見よう。
 四人は同時に頷き、売れ行きが素晴らしくよろしいサンタのブーツを見やった。
────そのブーツが、中にお菓子が入っている斬新なネネのアイデアだと知るのは、もう少し後のことである。













「すみません、それでは少し、休憩を頂きますね。」
 あわただしく礼拝堂を行き来する信者や神官がごった返す中、すまなそうに一礼する青年に、この教会の神父は穏やかな微笑を口元に広げて見せた。
「いえいえ、こちらこそ、本当に助かりました。
 どうぞ、ゆっくり休んできてくださいね。」
 本当は、このまま明日まで体を休めてくださいと、そういいたいところだけど──そう苦く語尾をにじませる神父の優しい笑みに、青年はゆるくかぶりを振った。
「いえ、今年が本当に大変なのは、わたしも良く分かってますから、微力ながら最後までお手伝いさせて頂きます。」
 それに、こういうのには慣れてますから──と、そう淡い微笑を昇らせる、本来なら客人にしか過ぎない他国の神官に、神父はすまなそうにうれしさと苦笑とを隠しきれない様子で目を伏せる。
「旅の最中、ミサに参加するために立ち寄っていただいたお客人に、本当に申し訳ないと思っておりますが──なにぶん人手不足なものですから……。」
 今年が忙しくなるということは、リック王子とモニカ姫の結婚式が長く続くことが決定したときから、良く分かっていたことであった。
 国王が盛大にクリスマスの祭りをしようと言うことも、数ヶ月前から打診があったし、そのことで町が活気つくのも予想の範疇だ。長年エンドールの教会に仕えていた神父としては、抜かりなく準備を進めていたつもりであった。
 ただ、今年は──思いも寄らない「影響」があったのだ。
 その思いもよらない「影響」のおかげで、予定していた人数では到底運営できない状態で、準備もまるで進まなく──本当に明日の朝から、ミサが開けるのだろうかと、気が気ではなかった。
 その上、準備を重ねて集めた人手も、ミサに関して十二分に熟知している人間ばかりではなく──進行状態も遅々とした状態で、本当にどうしようかと思っていたのだ。ここでミサを失敗などしたら、エンドール王の沽券に関わるではないか、と。
 そんなときだった──サントハイムの神官だと言う目の前の青年が、手伝いでも何でもしますから、ミサに参加させてほしいと……そう願い出たのは。
「仕方がありません……例年は、サントハイムと二分されていた観光客が、今年は全てコチラに来ているようですから……。」
 穏やかに……けれどどこか傷ついたように微笑み、青年は少しだけ目を伏せた。
 その表情に宿る憂いの色が何なのか、ミサに参加すると言った青年の身元から、神父はたやすく想像することができた。
 そう──クリスマスのミサに参加するとなれば、サントハイムのサランの教会か、エンドールの教会か、と観光客は二分されてしまうのが常だった。
 けれど、二年ほど前──サントハイムの王女がこのエンドールの武術大会で優勝した年、サントハイムの城の住民は忽然と神隠しにあってしまった。
 その年──城下町サランでは、クリスマス祭を自粛することになった。
 しめやかなクリスマスのミサ──それもサントハイムの住民の帰還を願う気持ちが込められたソレは、サランの盛大なクリスマスミサを目的にしていた観光客には、大層面白くなかったらしく……今年は、サントハイムでクリスマスを愉しんでいた人のほとんどが、エンドールに流れ込んできていた。
 おかげで、世界中の観光客が流れ込んできたかのような騒ぎなのである。
 明日のミサに参加する人数も膨れ上がり、当日参加するだろう人数を考えると、手配していた何もかもが足りなさ過ぎる状態で、ただただ、走り回りながらも途方に暮れるしかなかった。
 そんなエンドールの教会にとって、当時のミサの参加を願い出る「神官」の存在は、本当にありがたかった。それも、聞けばサントハイムでミサの準備や当日の礼式も手伝ったことがあるという、本格的な「神官」である。
 恥ずかしながらと、手伝いを願い出て──快く引き受けてくれた青年とともども、アッチへ走り、コッチへ走りと動き回り、気付いた時にはもう、日が暮れかけようとしていた。
「いえ、それも予測できたことのはずなのですが──恥ずかしながら、目の前のことにばかり気を奪われて、まるで考えてもおらず……わたしもまだまだですねぇ……。」
 苦い笑みを刻んで──それから神父は、あぁ、と表情を緩めて青年を見上げた。
「本当なら、ココまで手伝ってくれただけで十分だといいたいところなのですが──。」
 彼が来てくれて、テキパキと指示をして、なおかつ自分も動くという、文句なしの助っ人になってくれて、本当に助かったのだ。
「いえ、最後までお手伝いさせて頂きます。
 旅の仲間に事情を話してきましたら、すぐに戻って参りますので。」
 きっぱりと言い切り、青年はそれ以上の神父のすまなそうな顔を見ているのもいたたまれなくて、もう一度一礼してから、教会を出た。
 教会に入る前は、程よく暖かな日差しが照りつけていた空も、今はもう暗い色を宿し始めていて、太陽も大きく西に傾いていた。
 教会の敷地内から外に出ると、目の前の店がスッキリと片付いていた。
 確か、ブライたちと一緒にコチラの方角へ向かってきたときは、人でごった返していたように思えたが、全てはけてしまったようだった。
 あまりの人の賑わいように、一体ナニがあったのかと驚いていたトルネコの顔を思い出して、クリフトは小さく微笑んだ。
 夕暮れ間近になって、少し肌寒い気のする風が、ヒュルリと彼の頬をなでていった。
 東西に走る主街道沿いには、これから夜も寒くなるというのに、出店の人々が店終いをすることもなく残っていた。
 それらを覗き見る観光客だろう人間達の群れも、昼間見たときと同じように引く気配を見せない。
 まだクリスマスは明日だというのに、何を楽しみに見ることがあるのだろう?
 そんな素朴な疑問を覚えつつ、クリフトは軽い足取りで街道を渡った。
 そして目の前のトルネコの店の入り口へと歩み寄る。
 彼の自宅への出入り口が裏にあるのは知っていたが、とりあえず自分がやってきたということを中にいるトルネコの妻に挨拶しておくべきだろうと思ったのだ。もしかしたら、誰かが一緒に店番をしているかもしれない。
 トルネコの店に近づくと、窓やドアに可愛らしくクリスマスの装飾がされているのが見えた。
 その扉の中央に、小さな取っ掛かりが付けられていて、そこからスノーマンのアミグルミがぶら下げられていた。
 「彼」の首からは、赤と金と白の毛糸で結わえられたプレートが下がっていて、『本日の分は完売しました』と書かれていた。
「……完売?」
 確か、ネネがしているのは、お金預かり所じゃなかったのだろうか?
 そんな疑問を覚えながら、扉を開いた。
 簡単に開いた扉の中から、ムワッと生暖かい風が吹いてくる。
 それと同時、
「いらっしゃいませー。ネネ特製のクリスマスブーツは、また明日の朝から販売予定ですよー。」
 ネネの声ではなく、聞きなれた男の声がした。
 扉を完全に開ききるよりも先に、ちょうど正面にあるカウンターの中で、のんびりとくつろいでいる男の姿を認めることができた。
 妻のお手製の料理でたっぷりと幸せ太りした見本のような、穏やかな風体の男──トルネコである。
「あれ、クリフトさん。遅いお帰りでしたね。ユーリルさんたちはもう戻ってますよ。」
 ニコニコと微笑んで、トルネコは中に入ってくださいと手で招き入れる。
 中に入れば、店の中を温めている細長いストーブが、パチパチと赤い火を焚いているのと、ガラン、とした店内のカウンターに、見慣れない二人の男が肘をかけているのが見えた。
 トルネコの前にも、その男二人の前にもカップが置かれていて、ホカホカと暖かそうな湯気を放っている。
 その光景だけを区切り取ると、ちょっとした立ち飲みカフェにいるような錯覚がする。
「こんにちは、お客様ですか?」
 後ろ手にドアを閉めると、寒い風はもう身にしみては来ず、代わりにあたたかさにジンジンと耳と指先が火照るのを覚えた。
 トルネコと親しげに話していたらしい男二人に一礼しながら、クリフトがそう尋ねると、男の片割れ──戦士風の格好をした方がカップを片手に掲げながら、
「いんや、雇われ店員だ。……5日間限定の。」
 そう挨拶してみせる。
「わたしもそうです。」
 もう片割れの男も──こちらは、吟遊詩人風の穏やかな物腰の男だ──、両手でカップを持ちながら軽く頭を下げてくれた。
 戦士風の男は、クリスマスで人が多くなっているため、物騒なことになりはしないかと、ネネが不安を感じて雇ったのだろうと簡単に想像はついたが、もう片方の男に関しては分からなかった。
「そうなんですか。」
 そう口にしながらも、不思議そうに首を傾げるクリフトを、笑いながらトルネコはカウンターまで招きながら、
「スコットさんとロレンスさんです。ほら、前にお話したでしょう? 銀の女神像を取りに行くときに協力してくれたのだと。」
 そう説明してくれた。
 出会った当初に仲間達からは、自分が旅に出たいきさつを良く聞いている。特にトルネコに関しては、話し上手に、いろいろとおもしろい話をしてくれたものだった。その中に、確かに二人の名前も出てきた。5日間で400ゴールドで雇える戦士のスコットと、5日間で600ゴールドもかかる魔法も仕えるロレンス。どちらを雇おうかと真剣に悩んだけれど、ネネに心配だから気をつけて、と言われたから、いっそ二人とも雇ってしまおうと、二人ともを雇ったのだといっていた。
 そして、5日間ではもったいないと考えて、4日目の夜から6日目の夜まで洞窟の中で過ごして、時間の感覚を無くさせたから、1日得しただとかなんだとか言って笑っていたのだった。
「あぁ、そうでしたか、お二人がトルネコさんがお店を持つときのお手伝いをなさった……。」
 色々と助けになってくれて、本当に助かったのだと、トルネコが言っていたのを思い出しながら微笑みかけると、照れたように戦士風の男──スコットが笑った。
「手伝いというか……まぁ、今もこうして時々、ネネさんに雇われてるってワケだ。
 最近じゃ、用心棒というよりも、店の手伝いだな。」
「そうそう。スコットさんったら、最近じゃお客さんの相手もうまくなって、この間なんて、雇われているときでもないのに、店に入っていくお客さんに、『いらっしゃいませ』って言ったそうなんですよ。」
「なっ、なんでお前が知ってるんだよっ!」
「さて、どうしてでしょうねぇ?」
 そらっとぼけるロレンスに、あははは、とトルネコは豪快に笑った。
 そんなトルネコに、おまえか、とスコットは笑いをにじませた顔で睨みを聞かせたが、そらっとぼけるのが得意なトルネコは、そのまま視線を泳がせて、
「あぁ、そうです、クリフトさん。皆さん上にいらっしゃいますよ。
 明日のパーティの相談を、ネネと一緒にしていますから、行ってあげてください。」
 今、思い出したかというように、いそいそとカウンターと店側を繋ぐドアを開いた。
「明日のパーティ……ですか?」
 開かれたドアの内側に招かれながら、クリフトはいぶかしげに眉に皺を寄せる。
 明日、エンドールの城を開放したり、パレードみたいなことを行うという話を、神父から伺ってはいたが、実際どういうものなのかは詳しく聞くことはできなかった。
 ただそれを聞いて、アリーナはサントハイムでは決してありえないクリスマスに心躍らされることだろうと、そう思ったくらいだ。──同時に、ユーリルやマーニャと一緒にハメを外しすぎないように、ブライとミネアにお願いしなくてはと思ったが。
 そのことにについての相談というのは、どういうことなのだろうと、クリフトが疑問を口に出すよりも先に、
「明日の夜、トルネコさんちの二階でクリスマスパーティをするんだとさ。俺とロレンスも呼ばれてるんだ。」
「明日は朝からトルネコさんとわたしたちが店番をして、その間にネネさんがとびっきりおいしい料理を作ってくれるんだそうですよ。あと、プレゼント交換もあるらしいですから、可愛らしいお嬢さんたちが喜ぶようなものを買ってさしあげないとね。」
 イタズラげに片目を瞑ってみせるロレンスに、クリフトはどこか困惑したような表情を宿して──トルネコを見た。
 その彼の顔に、トルネコはオヤと片眉をあげる。
 マーニャたちが帰ってくるなり、ネネに提案したこのパーティの企画は、聞いたブライやライアンもどこかウキウキした様子だったから、てっきりクリフトもそうなるのだと思っていた。ブライもアリーナも何も言わなかったから、神官であるクリフトも、パーティをすることに戒律が関わってくることはないだろうと判断していたのだが、違ったのだろうか?
 アリーナから話を聞いて、サントハイムのクリスマスはなんて厳粛なのだろうと思ってはいたが──後からブライから話を聞いたところによると、そういう厳粛なのは貴族や王族達くらいで、市井の者たちは、このエンドールのように盛り上がっているのだという──、神官達にもクリスマスに関する戒律か何かがあるのだろうか?
 そう不安な顔になったトルネコに、いいえ、とクリフトはゆるくかぶりを振った。
「そうではなくて──その、パーティなんてことになるなんて予想もしていなかったものですから………………。」
 てっきり、みんな揃って町に繰り出すものだとばかり思っていた。アリーナにとっては、もしかしたら最初で最後になるかもしれない、仲間達と過ごす「普通の」クリスマスなのだ。エンドールの豪華でステキなクリスマスの雰囲気を味わって、一生の思い出になるのだと思っていた。
 クリフト自身も、家族のクリスマスなんてものとは縁がなかったから、スッカリ忘れていた──家族のクリスマスなんていう存在は。
「そうですよね……トルネコさんの家なんですから、皆さんでパーティをするってことも……あったんですよね…………。」
 そして、どうやら自分もソレに参加することは、知らないうちにアリーナたちの中では決定されているらしい。
 そう思えば、これから言わなければいけないことが、イヤに億劫に感じた。
 感じたけれど──言わなくてはいけない。
「ええ、もしかして、都合が悪いとか?」
 口を重く感じたクリフトを助けるように、トルネコが先んじて言葉を発してくれた。
 困ったような顔で自分の顔を覗き込むトルネコに、えぇ、と短く答えて、苦笑をかみ殺しながらクリフトは告げる。
「実は……少し休憩したら、明日の夜まで…………戻ってこれそうにないんです…………。」
 自分で招いた事ながら、なんてもったいないことをしてしまうのだろう──そう思わずにはいられなかったけれど。
 そこで融通を利かせられるわけじゃないのが、自分の性分なのは、クリフトもイヤになるくらい自覚していた。
 もしかしたら──最初で最後の、「普通の」クリスマスを、アリーナたちと一緒に迎えられたかもしれないのに、あえて自分でソレを反故にする道を選んでしまう。
 でも、だからと言って、エンドールの教会のあの様をほうっておくことも、クリフトには出来なかった。
「おや──それは…………アリーナさんたち、残念がりますねぇ…………。」
「ええ、ですが、それもまた、神官としての勤めですから。」
 苦い笑みを広げて、せっかくのお誘いですけど──と、まずはトルネコに断りを入れて、クリフトはトルネコがあけてくれたカウンターの裏口から、待っているだろう仲間達に、同じ説明をするために店から出て行った。
 それを、トルネコは本当に残念そうに見送りながら、
「せっかくのクリスマスですけど、残念ですねぇ……。」
 毎日が戦いの日々の中にある自分達は、こういうゆっくりした楽しいひと時を味わえるのも、本当に稀だ。
 せっかくのクリスマスを、一緒に過ごせる機会に恵まれたというのに──ラブチャンスだって満載なのに、と、つくづく恋愛に関しては頑固だとしか思いようのないクリフトにため息をつかずにいられなかった。
「こういうときに、雰囲気に酔わせて告白しちゃえばいいと思うんだけどねぇ……。」
「なんだ、あの神官は、3人のうちの誰かにほれてるのかっ!?」
 トルネコの独り言に過激に反応して、ぐぐっ、と身を乗り出すスコットに、
「ほれてる相手がミネアさんじゃなかったらいいですねぇ、スコットさん。」
 のほほーんと最後のコーヒーの一滴を飲み込みながら、ロレンスが微笑んだ。
「えっ、スコットさんはミネアさんがタイプなんですかっ!?」
 思わず叫んだトルネコに、
「違うっ、ただ尊敬しているだけだっ!」
 あわててその口をふさごうと身を乗り出してくるスコットに、そういうことをしているから疑われるんですよ、と、アッサリサックリと呟いて、ロレンスは涼しげな顔をして、ご馳走様、と、空になったカップをカウンターの上に置いたのであった。













 窓の外から、清楚ながらもクリスマスの色に飾られた教会が見えた。
 普段は質実剛健を旨とする教会も、クリスマスばかりはそうと言っていられないのか、他の理由からか、かがり火が正面に焚かれ、教会の中からも蝋燭の明かりが漏れているのが見えた。
 太陽はすでに落ち込み、辺りは薄闇に包まれている。
 いつもは、昼間の賑わいからは信じられないほど静けさを宿すエンドールの西側であったが、今日ばかりは勝手が違った。
 普段はカジノがある東側──正面入り口側の方が賑わいを宿しているのに対し、西側はシンと耳打つ静けさが広がっている。
 なのに今日は、足早に自宅に帰ろうとする人の姿も見えないほど、ごった返している──夜になるほどに人が増えているようにも見えた。
「寒いのに、良く集まってるなー?」
 ぼんやりと、手にした折り紙を持ちながら、窓の外を眺めていたら、フイに顔の上に影が落ちた。
 目線を揚げて見上げると、窓に片手を付いてかがみこむようにして外を見つめているユーリルの顔があった。
 部屋の中は、煌々とした明るさに包まれ、暖炉の中で火は途絶えることはない。
 広めの部屋は、すでに半分ほどの飾りつけが終えていて、台所ではネネとミネアが二人揃って、明日の店先に出す「商品」と、パーティに使うお菓子作りに励んでいるはずだった。
「──……でも、人がたくさん集まれば、温かいもの。」
 見上げたユーリルの頬に、濃い影が落ちているのをぼんやりと目に移してから、アリーナはもう一度窓の外に視線を移した。
 先ほどから、飾りつけ用のレイを作るために手渡された折り紙は、まるで進むことはなかった。
 たくさんのランプが置かれた出店の商品を覗き込む人の影も、ナニが楽しいのか二人寄り添い笑いあう恋人同士も、窓を隔てたすぐむこうの出来事なのに、遠い世界の出来事のような気がした。
「そりゃ──そうだけど。
 そのまま窓際に居たら寒いぜ? カーテン閉めて、コッチ来れば?」
 見下ろしてくるユーリルに、窓にコツンと額を預けたまま、アリーナは小さく笑う。
「少しくらい涼しい方がいいわ。なんだかさっきからずーっと興奮して、ほっぺがあったかいもの。」
「興奮してるって割りには、浮かない顔だけどな。」
 どこか拗ねたように視線をチラリと窓の外に飛ばすユーリルの、視線の先にナニがあるのか分かっていたから、アリーナはそんな彼をジロリと睨みあげてみせた。
「それはユーリルだってそうじゃない。」
 ようやく窓の外を見つめる体勢から体を室内に戻した。
 すると、頬に触れていた空気が熱を帯びた気がして、窓ごしの冷気に頬か冷えていたのだと言う事実を今更ながらに知った。
「僕が? 初めてのクリスマスなのに?」
「その言い方が拗ねてるって言うんです。」
 すかさずアリーナは、この場に居ない青年の「口真似」をしてやって、つん、と顎を上げた。
「…………にてねぇ……っ。」
 ユーリルは、窓に当てた手が冷たいと、それに息を吹きかけながら、苦い顔で呟く。
「えっ、ウソっ! 似てるわよっ!」
 すかさず壁にもたれていた上半身を上げて叫ぶアリーナに、ユーリルはしたり顔で説明してやる。
「似てないっ、アイツはな、もっとこう、呆れたように言うんだよ。『その言い方が拗ねてるって言うんですよ』って、こうだ。」
「違うわよっ。ユーリルの方が似てないっ!」
「似てるってっ、絶対っ!」
 窓際で、そんな不毛な言い争いを始める若い二人に、室内で明日のパーティのための飾りつけに粉塵していた残るメンバーは、呆れたようにため息を零す。
「なんであの二人は、クリフトの物真似であんなにムキになってんのよ?」
 モンバーバラで踊り子として君臨し続けた日々を回顧するように、飾りつけに妥協を許さないマーニャは、片手に持ったメガホンで自分の肩を叩きながら、眉を寄せる。
 そんな彼女にこき使われている最中のライアンは、背の高さを利用して、高い場所にレイとモールを貼り付ける役割だ。彼のおかげで、ずいぶん部屋は豪奢に鮮やかに飾り立てられている。
「さて──やはり、クリフト殿がパーティに出られないのが残念なのだろうな。」
 つい先ほど教会に手伝いをしに戻ったクリフトを、それはそれは恨めしそうにアリーナとユーリルの二人は窓から彼の背を見送ったのだ。
 教会に入る手前で、クリフトが背中にゾクリと殺気を覚えて振り返ったのは、二人の恨みがましい念に違いあるまい。
「あぁら、このマーニャさまが一緒にパーティしてあげるって言うのに、あんた達はそれじゃぁ不服だって言うのかしらっ!?」
 腰にメガホンを当てて、堂々と胸を張って尋ねるマーニャに、床の上に敷かれた絨毯の上に座ったブライが答えてやった。
「全員でやりたかったんじゃろ。」
「あら、おじいちゃん、案外アリーナったら、気付いたのかもしれないじゃないのっ。」
 ここは一気に、お姉さんとしてそれを応援するべきだわ、と、潔く燃えるマーニャに、ブライはそれを歯牙にかける様子もなく続けた。
「姫様にとったら、コレが最初で最後の、クリスマスになるかもしれんからの。」
 感情が篭っていないように感じたのは、ブライが感情を出さないように、さり気に呟いたからに他ならない。
 クリスマスといえば、市井にさえ出たらめでたくも楽しいお祭りだけど、城の中のクリスマスしか知らない姫にとったら、数ある年中行事の一つにしか過ぎない。
 けれど、来年からはソレが違って見えてくるだろう。
 楽しかったクリスマスもあるけれど、自分には義務があるから、目の前の厳粛なる行事をこなさなければならないのだと──たぶん今まで以上に、行事がつまらなく思えるに違いない。
「……………………サントハイムは、それほど厳粛なのですか。」
 両手に次に飾る予定だったリーフを手にしながら、静かに尋ねるライアンに、ブライは小さく頷いた見せた。
「姫様が女王にお立ちになり、行事を変えていけばそうではなくなろうが──何年かかるか……ましてや、在位中に適うかどうかも分からぬな。」
 それを思えば、せめて今年くらいは一緒に過ごしてやれと、クリフトに説教してやりたい気分は満載であったが──、普段は姫様が第一だと言うくせに、こう言うときは、そうじゃない。
「まったく、野暮天じゃの。」
 毒々しく呟いたブライの台詞に、トルネコが小さく笑った。
「まぁ、でもそれがクリフトさんのいいところじゃないですか。」
 言いながら彼は、丸くて器用な指先で、赤鼻のトナカイの飾りを、ツリーの枝先に結わえた。
 さすがに女手一つだと、店先のツリーを飾るのが精一杯だったらしく、家の中にはなかったのだ。その事実を少し申し訳なく思いながら、トルネコは飛び跳ねて喜ぶポポロと一緒に、ツリーを派手に飾りつけ中というわけである。
「いいところねぇ……。」
 ふん、と鼻先でその台詞を吹き飛ばしてやりながら、マーニャもわからないでもなかった。
 何せクリフトは、生真面目で堅物で頑固と来る、「神官さま」そのものだ。
 そこがクリフトの欠点であると同時に美徳でもあることを、マーニャたちも良く知っている。時折硬すぎて、反発を覚えないでもないけれど、そんな彼の性格もまた愛すべき長所であることも知っている。
 知ってはいるのだけど。
「クリスマスくらい融通利かせろって言うか、ねぇ?」
「仕方がないだろう、神官なのだから、クリスマスに教会に行くのは当たり前だ。」
 困ったものだと、ヤレヤレとかぶりを振るマーニャに、ライアンが理解できないと言いたげに眉を寄せて意見を零す。
 そんな彼に、あぁ、ここにも野暮天候補こと、堅物が居た、と小さく呟いて、マーニャは軽く肩を竦める。
「だからって、イブの昼間からクリスマス当日の真夜中まで、教会に詰めている神官なんて、初めて聞いたわ。田舎の神父さんだって、クリスマスの夜中には、家族と一緒にパーティするってご時世なのよ、今は。」
 コンコン、とメガホンで肩を叩きながら、うーむ、とマーニャは顎に手を当てる。
 もしかしたら、このメンツで来年もクリスマスを迎えているかもしれない──その可能性はある。何せ自分達の旅がどれくらい掛かるものなのかわかってもいないのだ。
 けれど、来年もきちんとしたクリスマスを送れるとは限らない。
 それを思えば、もしかしたら一生に一度あるかないかの、愛する姫君と送れるクリスマスパーティになるはずなのだ。にも関わらず、それよりも、教会で手伝うほうを取るか、普通っ!?
 クリフトの気持ちを知っているマーニャにしてみれば、イライラして理解できない状態だ。
「ったぁく、野暮天大王ね、クリフトはっ!」
 ぎゅむっ、とメガホンを握り締めながらマーニャが肩を怒らせながら──八つ当たりに近い感情だと、一応の自覚は持ちつつ──叫んだ瞬間、
「マーニャっ! わたしの方が似てるわよねっ!?」
「だから、アリーナのは甘ったるすぎるんだってば。クリフトはもう少しクールだっ!」
「ユーリルのは、バカみたいじゃないのよっ!」
「それ、僕がそうだって言うのかっ!?」
 窓際でまだ言い争っていた二人が、揃ってマーニャたちのいる部屋の中央までやってきた。
 そして、叫んだ台詞に。
「────…………あんたら…………まだやってたの………………。」
 思わず、そう零さずにはいられないマーニャであった。















 クリスマス──聖者の聖誕祭の朝は、朝露をきらめかせる太陽の輝きと共に、やってきた。
 うっすらと東の空が輝き始め、まだ霧が落ちるピンと張り詰めた朝の空気の中──昨夜遅くまで賑わっていた主街道は、まだ朝も早い時間だと言うのに、すでにもう何人かの人間が出店の準備をしていた。
 宿は観光客で一杯で、出店のためにエンドールに赴いた者たちは、風よけのための簡素なテントと寝袋だけで夜露をしのいだのだろう。
 出店のあった場所には、分厚い布が広げられ、その上にキラキラと輝く水滴が落ちていた。
 まだ朝日が昇ったばかりだというのに、いくつかのテントからは顔がわからないほどに着膨れしる人が何人か顔を出していた。寒そうに鼻の頭を赤らめ、体を揺さぶるその仕草に、何か覚えがあって、思わずクリフトは唇に笑みを刷いた。──そう、旅の最中の自分たちの仕草に良く似ている。
 そう言う彼自身も、起きたばかりの目が、凍えるばかりの空気の冷たさに、頭の芯まで冷えていくように覚めて行くのを感じていた。
 ブルリと身を震わせて、うっすらと靄がかかるような中を、良く日が照りそうな場所まで歩いていく。
 教会の主街道沿いに当たる場所に、手にしていた水桶を置いた。
 水桶の中には、分厚い氷が入っていて、表面が白くくすんでいる──昨夜、拭き掃除をしていたときに使っていた水を、誰かが捨て忘れたらしいものだ。
 朝──信者が来る前にもう一度拭き掃除を行おうとしたクリフトは、見事なまでに凍り付いてしまった水桶の中身にため息を零し、少しでも氷が溶けるようにと、太陽が昇りだした外へと持ち出してきたのだ。
 本当は、お湯をかけるのが一番いいのだろうが──昨夜からかがり火を大量に使っていたため、できることなら焚き火の節約をしたかった。
 かじかんだ赤い指先に息を吹きかけると、くっきりと濃い白の靄が空気の中に消えた。
 鼻の頭も耳の先も、キリキリと音がしそうに寒くて、クリフトは身をすくませるようにして、寒いけれども風が吹くことのない礼拝堂で、今朝の掃除と祈りをすませようと、きびすを返そうとした。
 その目に、ふと斜め前の家が目に入った。
 分厚いカーテンを締め切られた、まだ眠りの中にあるような風体の店──トルネコの家だ。
 はぁ、と吐いた息が空に向かって白く溶け込んでいく。
「────…………今日という日が、姫様にとって思い出に残るような楽しい日になればいいのですが……。」
 知らず右手で胸の前を抑える。
 抑えた下──上着の内側には、彼の信仰の証である十字架が治められている。
 それをなぞるように親指と人差し指で軽く撫でさすった。
 その仕草に特別な意味はなかったけれど、十字架に触れながら呟いた言葉は、神様に届く願いのような気がした。
 サントハイムは、魔法に関しても神の教えに関しても、ほかの国に群を見ないほどぬきんでている。国王の血筋には予知夢を見るほどの類まれな感応力を持つ者が生まれやすく、国の領土には、時折、天空に住むといわれるエルフが舞い降りてくる場所もあるほどだ。
 そのためか、クリスマスの聖誕祭は、他所の国よりも世俗性を嫌う傾向が大きかった。
 アリーナがこの年になるまで、クリスマスがただの国家行事だと思っていたのもそのためだ。
 クリフトは、サランの町にも出入りしていたから、クリスマスが重要な行事という意味合いを持つほかに、世俗性を持った楽しい祭りであるということも知っている──もちろんブライもだ。
 昨年、せっかくだからアリーナに世俗のクリスマスというのを楽しませてやることもできた。サントハイムの一件で、自分たちに分かる程度ではあったが、彼女が落ち込んでいたのが分かっていたので、それで少しでも元気になればと──そう、町のにぎやかなクリスマスを教えてやることもできた。
 けれど、月日など関係のない旅の空の下……今日がクリスマスだと気づいたときはちょうど、町と町の中間地点で、どう考えても野宿が決定的な場所であったのだ。
 そのため、アリーナもブライも、その日は朝からクリフトの祈りの声に耳を傾け、聖者の生誕を祝っただけのクリスマスだった。
 でも、今年は違う。
 今年は、行事に関して口うるさいブライや、神の戒律に関しては譲れないクリフトだけしかお供がいないクリスマスではない。
 世俗のクリスマスを知ってはいても詳しくはない宮廷魔術師のブライや、神官のクリフトよりも、ずっとクリスマスに詳しい人が傍に居てくれているのだ。
「きっと、楽しいクリスマスになるんでしょうね……。」
 今夜、パーティをするのだと、アリーナもユーリルも嬉しそうに言っていた。
 ポポロから出入り口に飾る「レイ」の作り方を教えてもらったのだと、たくさんの折り紙を膝の上に載せて、本当に嬉しそうに笑っていたアリーナ。
 ツリーの飾りつけをするのに、真剣な顔でポポロと一緒にオーナメントの入った箱を覗き込んでいたユーリル。
 なんだかんだで、楽しそうな様子を隠せなかったマーニャと、そんなマーニャにこき使われているライアンと。
 そして、こういうクリスマスもいいものじゃと、穏やかに笑っていたブライ。
 クリフトが出れないと言ったときの、みんなの残念そうな顔は、とてもすまなく思ったけれど、同時に嬉しくもあった。
 だからと言って、それじゃぁ、とパーティに出ることを選ぶほど、自分は器用でも融通が利くわけでもなかったが。
「………………姫様と一緒にパーティなんて…………最初で最後のチャンスだったのかもしれないな……。」
 思わずホロリと零れた言葉に、はっ、とクリフトは唇をかみ締め、フルリとかぶりを振る。
 何を期待しているのだろうと、何を残念がっているのだろうと、己を戒めるように右手で十字を切り、左手で十字架を握る。
 短く心の中で呟いた懺悔の言葉は、決して口にすることはなかったが、数日前から胸に抱いていたものと同じ言葉だ。
 クリスマスが特別だと解釈する世俗の言葉に、動かされてしまった自分のおろかな恋心の、囁きだ。
 昨年、生まれてはじめてアリーナと共にクリスマスを過ごしたから、少しだけ贅沢な虫がうずいてしまっているのだ。
 恋というのは、そういうものだと、懺悔を聞くことで知ってはいた。
 見ているだけで満足のはずなのに、自分を見てもらえれば、話したくなり、触れたくなり、自分の物にしたくなる。
 どんどん湧き出る要求こそ、強欲な人間のソレ。
 神官の己が、それに屈しそうになるのが──欲を律することができないのが、痛い。
 毎日会っていて、毎日言葉を交わしていて……たった1日、クリスマスだけは顔をあわせることができない。
 それは、初めて会ったときからずっと続いていたことだ。
 彼女は朝から行事であわただしくて。
 自分は朝からミサの準備や聖誕祭の進行に手が離せなくて。
 普通の行事なら、いつもどちらかが忙しいだけだから、必ずどこかで顔をあわせることができた。
 でもこの日ばかりは、決して顔をあわせることはない。
 まだ若輩者のクリフトのクリスマスの役目はサランのミサの補佐だ。
 城から出ることがかなわないアリーナに会えるはずはなく──クリスマスの片付けもすべて終えて城に戻ることにはもう真夜中、疲れ果てた彼女は寝ているのがいつものパターン。
 それが、昨年だけは違った。
 朝起きて顔をあわせ、特別な祈りを彼女と共に唱えた。
 たったそれだけのことなのに、毎日会える嬉しさを覚えてしまったのは、失敗だったのかもしれない。
「──……たった1日のことなのに……これで城に帰って、大丈夫なのかな。」
 城に帰ったら、巡礼の旅に出たいと、そう国王に言わなくてはいけない。
 それは、旅を始めてからずっと思っていたことだった。
 アリーナに近づけば近づくほど、律することができなくなる心が、本能が怖かった。
 小さい頃と違って、同じ空間を共有するほどに、その距離から離れることができなくなる自分が苦しかった。
 はぁ、とため息を一つ零して、まだ1日は始まったばかりじゃないか、と己の頬を軽く叩いて叱咤し、クリフトは教会に戻ろうと、今度こそ踵を返す。
 未練たらしくトルネコの屋敷を見上げていても、アリーナの姿が見えるわけじゃないだろう。昨夜は遅くまで明かりがともっているのが見えたから、きっとその時間までパーティの準備や打ち合わせをしていたに違いないし、今朝はずいぶん冷え込んでいるから、誰も彼もが布団から出るのが遅くなることは間違いないだろう。
 そう思えば、思わず口元に微笑みがこぼれ出た。
 一番布団にしがみつくのは、きっとユーリルとマーニャだ。あの二人は、そういう最後の最後で未練たらしいところが姉弟のようにそっくりなのだ。
 そして、どれほど寒くても、あっさりと布団から出るのが────。
「クリフトっ!!」
 ちょうど頭に浮かんでいた人の声が、不意に後ろから聞こえた。
 太陽の弱い朝日が照らし出す張り詰めた空気の中──リン、と響く高らかな声を、聞き間違えるはずはない。
 思わず足をとめ、振り向いた先──トルネコの家の裏口から駆け寄ってくるのは、紛れも無くアリーナその人だった。
「おっはよーっ! 早いのねっ!」
 弾んだ調子で駆け寄ってきた彼女は、白い息を盛大に唇から吐いた。
 見ているこちらが寒気を覚えるような白い肌を、厚手の長袖のシャツと膝下のスパッツで包み込んだだけの、冷え渡る早朝に着ているにしては、寒々しい格好だ。
「おはようございます──アリーナさま。」
 はぁ、と吐いた息が白く視界を覆った。
 でもそれも一瞬のこと。すぐに晴れた視界は、先ほどよりも近くに駆け寄ってきたアリーナの姿を映し出す。
 彼女は身軽な動作で街道をこちら側へ渡ってくると、教会へと戻りかけていたクリフトの前に立った。
「今日は寒いわね。」
 ニッコリと笑う彼女の顔は、いつもと変わりない。
「そう思うのでしたら、きちんと上着と手袋とマフラーをしてください。」
 できればイヤーマッフルも。
 思わずそう小言を零してしまうのは、桶の中の水が凍りつくほど寒い中だというのに、薄着にしか見えない格好をしているアリーナの肌が、血の気を失っているかのように白く見えるからだ。
 それが、頼りない太陽の光と、朝露の靄のせいだと分かってはいたけれど。
「大丈夫よ、すぐに暖かくなるもの。」
 言いながらアリーナは、その場で駆け足を始める。
 さすがに突っ立っているのは寒いのだろう、剥き出しの足には鳥肌が立っているのが見えた。
「早朝の訓練も結構ですが、もう少し日が昇ってから出直したほうがよろしいのではないですか? あまりにも寒い中で体を無理矢理動かしても、体に負担がかかりますよ。」
 眉根を寄せてそう忠告すると、アリーナは目の前で体を伸ばしながら、あら、と笑った。
「そういうクリフトだって、どうせ今から教会の掃除でもするんでしょう?」
 表も教会の中も、寒さは変らないじゃないの、と、白い息を吐きながら言うアリーナに、クリフトは小さくため息を零す。
「姫様がこれからする物と、運動量が違います。体を温めたとしても、冷えてしまったらお風邪を召しますよ?」
 冷え込みが激しい朝から、突然運動をすれば筋肉や筋が悲鳴を上げる。
 体が温まっても、少し運動を止めればすぐに体が冷え込んで、風邪を引いてしまう。
 そう忠告をしたつもりだったのだけど、
「大丈夫よ。すぐにトルネコさんの店の中に入るから。ネネさんが暖炉に火を入れてくれるわ。」
 アリーナの返事は、あっけらかんとした台詞だった。
「すぐにって……一体いつまで朝の運動をなさるおつもりなのですか?」
 冬だから日が昇る時間は、確かに遅い。
 けれど、まだ朝日はようやく顔を見せたばかりの時間帯だ。
 いくらネネたちでも、店を開くのはマダマダ後ではないのか?
 心配そうな声音でそう尋ねるクリフトに、なぜかアリーナは首を傾げる。
「いつまでって──……。」
 少し考えるような間をおいたあと、不意に彼女は背後を振り返った。
 トルネコの家の隣──裏口から続く草で整えられた道に向き合った。
 そこには、クリフトも良く見知った仲間たちが二人、ブラブラと歩いてくるところだった。
 アリーナが朝稽古を誰かに付き合ってもらうのだとしたら、この二人以外はいないだろうと思われる面子だったので、彼女のあとから二人が出てくるのは、別に不思議はない光景だった。
「ねーぇ、ユーリル、ライアンさんっ! ブーツがイツ届くって言ってたかしら、ネネさんっ!?」
 澄んだ空気の中、良く響く声でそう叫んだアリーナの台詞の中身が、少しばかり、不思議だっただけで。
「…………ブーツ?」
 何の話なのだろうと、眉を寄せてクリフトは寒そうに身を縮めて歩いてくるユーリルとライアンを見た。
 この二人は、アリーナと違って暖かそうな上着を羽織り、ユーリルに至ってはマフラーまで巻いていた。
「あっれ? クリフトっ!?」
 街道沿いまで歩み寄ってきたユーリルは、すぐにアリーナが話している相手が誰なのかに気づいたらしい。
 ゆっくりとした足取りを駆け足に変えて、数歩で街道を渡りきった。
「なんだよ、もしかしてブーツの搬入を手伝ってくれるとか?」
 ニッコリと微笑むユーリルが告げた言葉の内容も、何が何なのかわからないクリフトには理解できなくて、知らず眉間に皺が寄った。
 そこへ更に、
「おはよう、クリフト殿。ブーツの搬入は、あと半時ほど後だと聞いているが──クリフト殿も一緒に朝の訓練でもしますかな?」
 ゆったりと歩み寄ってきたライアンにまでそう言われ……クリフトは、困ったような微笑を唇に浮かべた。
「いえ──これから私は礼拝堂の清掃をして、聖書の準備やリストのチェックなどの仕事がありますので、ご一緒することは出来ないのですが………………ブーツの搬入って……トルネコさんのお店はいつから靴を売るようになったんですか……………………?」
 ブーツ、と言われて思いついたのは、マーニャが寒い冬の最中に購入した革のブーツくらいのものだったので、クリスマスシーズンのために、期間限定でブーツを売るようにしたのだろうかと──真顔で尋ねるクリフトに。
「──ぷっ! ち、違うって! 違う違うっ!!」
 思わず吹き出したユーリルは、ジロリ、とクリフトに睨まれて、慌てて口元を押さえ込む。
 その隣でアリーナは、すでに寒さをしのぐためにすばやく一人組み手に入っているのが見えた。
 そんな風に急激に体を動かすよりも、まず体をほぐすことから始めてください、とアリーナに向かって小言を零してから、クリフトはようやくあたりを照らし出してきた朝日に頬が少し温まってきたのを感じた。あと2、3刻ほどもすれば、穏やかな冬の日差しを感じることが出来るだろう。
「ネネさんがさ、工場でブーツとか靴下の失敗作っていうか、アウトレット品? ってヤツを安く譲ってもらって、ソレでサンタブーツ作って、手作りお菓子の袋詰をその中に詰めて売ってるんだよ。」
 ネネがトルネコの太鼓判つきの商売上手なのは、仲間たちの中では知らぬ者はいない。
 さらにネネの作るお菓子や料理がおいしくてほっぺが落ちそうになる、というのは、トルネコの体格を見ていたら誰もが想像がつくことだった。
「そうそう! 昨日来たときに売っていたのよ! 始めはお店の中で、一個とか二個とか、売っていたらしいんだけど、すぐに売り切れちゃって、昨日なんか、100個全部完売しちゃったらしいの!」
 ぴょんっ、と飛び跳ねて、アリーナが顔に喜色を浮かべて叫ぶ。
 そういえば、とクリフトが思い出すのは、トルネコの家の前で並んでいた人たちの群れだ。
 このエンドールに着いたばかりの時間帯には、まだほんの10人かそれくらいの人数しか集まっていなかったはずだが──途中で神父様が、なにやら前がすごい騒ぎですねぇ、と呟いていたような気がする。
「いや──私たちがトルネコどのの家に着いた時には、ネネ殿がまだ袋に詰めている最中でしてな。本日分のブーツは完成していなかったのだが、それでも待っていた人がいて……あんまりにも人数が多くなってきたから、店の前に机を出して販売したほどなんだ。」
 ライアンが苦笑をにじませながら説明してくれるのに、それほど、とクリフトは驚いたように目を瞬く。
「それで、今日はクリスマス本番ですから──たくさん仕入れて……それを姫様たちがお手伝いする、ということですか。」
 話の筋立てさえ分かれば、クリフトにもことのからくりは解けた。
 つまり、せっかくのクリスマスだから、何か特別の商品でも片手間に売ろうと思ったネネが、自慢のクッキーやタルトなどを焼くことを想いついたのだろう。
 けれど、そのままでは売るには少し弱い。だから、何か目玉になるような物を、と考え、「クリスマスブーツ」に目をつけたと言うところだろう。
 少しのクッキーとタルトの一切れなどを袋に包み、それをラッピング代わりに靴下やブーツの中に入れてやるのだ。そうすれば、「サンタクロース」の話にも見合った、プレゼントの出来上がり、と言うわけだろう。
 本当にソレを実践するあたりが、さすが、と言う一言に尽きるが。
「そうそう。ネネさんには今夜のパーティでお世話になるから、少しでも手伝わないとな。」
 パーティ、と口にして、嬉しそうに笑うユーリルに、クリフトは、そうですね、と穏やかに微笑んで同意してやる。
「それに、みんな本当に嬉しそうに買っていってくれるんですって!」
 今日は私も一緒に売るの、と、嬉しそうに顔をほころばせるアリーナに、やはり同じように穏やかに微笑みかけてやった。
「商品売るのなんて、俺も初めて。」
「私もよ! 砂漠のバザーを見たときから、ずーっとやってみたかったの!」
 ハァ、と白い息を零して笑うアリーナの、輝くばかりの微笑みに、クリフトも心が温かくなるような感情を覚えて、良かったですね、と2人に笑いかけた。
 それから、少しだけいたずらげな目になって、ちらり、とライアンを見上げると、囁くように彼に向かってこう告げた。
「ライアンさん。お2人とも、ずいぶんと舞い上がっているみたいですから、舞い上がりすぎて失敗したりしないように……しっかりと、見張っていてあげてくださいね。」
 もちろん、わざとらしく2人に聞こえるように、神妙な顔つきで。
 すると、ライアンは笑いをこらえるような顔で──それでも同じように神妙な顔を作って、こう答えてくれた。
「うむ、分かった。ネネ殿にもそのように伝えよう。」
 とたん、
「って、それどういう意味だよ、クリフトっ!」
「ライアンさんもひどいわっ! そんな風に言うことないじゃないっ!」
 可愛らしく噛み付くように、ライアンとクリフトに叫んだ。
「あはははは、いや、すまないっ。」
 笑ってアリーナの非難をかわすライアンと、
「そのままの意味ですよ、ユーリル。」
 しれっとした顔で──でも唇に笑みを刻んだまま、クリフトは答える。
「言っておくけど、昨日トルネコさんからきっちり商売の基本だって受けたんだからな、僕はっ!」
「沈黙は金なり、ですか? それとも、時は金なり、ですか?」
 涼しげな顔をしながらつついてやると、ユーリルは図星だったのか小さく唸って視線を少し逸らした。
 そんな彼に──またトルネコもまた、アバウトな商売の基本を教えたものだと、呆れた心地でクリフトは助言をしてやる。
「まぁ、ユーリルなら、ただ笑ってありがとうございます、って言っていれば大丈夫だとは思いますけど。」
「────……クリフト…………っ。」
 結構本気の助言だったのだが、ユーリルには納得できなかったらしい。
 怒ったように名を呼ばれて、クリフトはキョトンと目を瞬かせる。
「あ……あぁ、すみません。」
 思わず、素で謝るクリフトに、いいけど、と、ユーリルはため息を零した。
 そんなユーリルの足元に伸びた影が、陰影が濃くなっているのに気づき、クリフトは視線を東へとやった。
 教会から桶を持って出てきたときには薄暗かったあたりも、太陽がスッカリと顔を覗かせたおかげか、柔らかな日差しに照らし出されてしまっていた。
 思ったよりも、ずいぶん時間を食ってしまったらしい。
「──すみません、私は今から仕事がありますので……。」
 苦笑をにじませながら、三人に向かって名残惜しげに頭を下げると、邪魔して悪かったな、とユーリルが片手を挙げて答えてくれる。
 それに、いいえ、とかぶりを振って立ち去ろうとした瞬間、クンッ、と、服が後方に引かれた。
「あっ、待って、クリフト!」
 同時に、背後からかけられる声──それが誰のモノかなんて、考えるよりも先に体が反応していた。
「アリーナさま?」
 振り返った先には、思ったとおりの愛しい姫君が、服の裾を指先でつまみながら、自分を見上げていた。
 大きく零れそうなほど愛らしいすみれ色の瞳を瞬かせて、彼女はクリフトに逃げられないうちに、と、早口に告げる。
「昨日、今日の夜まで帰ってこれないって言っていたけど、どれくらいだったら帰ってこれるの?」
 もし、少し早く帰れるようなら、一緒にパーティが出来るじゃない?
 そう暗に込められた意味に、クリフトもユーリルもライアンも気づかないわけではない。
 初めてのクリスマスパーティで、浮かれている気持ちがあるのは、アリーナもユーリルも一緒だ。
 同時に、せっかくのパーティなのに、仲間が一人参加できないことを、とてもがっかりしているのも、おんなじ。
 だから、
「そうだよな。少しくらい遅くなっても、別にいいと思うし。」
 もし、クリフトが参加できるようなら、それが一番いいのじゃないか、と、ユーリルもアリーナに同意を示してクリフトを見た。
 ミサの準備だ後片付けだと、忙しいのは忙しいのだろうが、結局終わってしまいさえすれば、後の片付けを最後まで手伝う義務は、クリフトには無いはずだ。
 だったら、アリーナに甘いクリフトのことだ──2人揃って「お願い」すれば、後片付けもほどほどにして帰ってくるのではないか、と、ユーリルもそう思ったわけなのだが。
 同時に、それっくらい器用で融通が利けば、野暮天大王なんて渾名を、昨夜マーニャからつけられることもないか、と気づいたが。
「────……とは言いましても……会合自体が終わるのが8時くらいだと言っていましたから、それから片付けをして──────日付が変るかどうか位になると思いますよ?」
 案の定、帰ってきた返事は、後片付けをほどほどにして帰る、という考えが頭からない、きっちりとした返事だった。
 ──まぁ、これで今夜も教会に泊まっていく、と言わないだけマシだといえばマシだろうが。
「そのくらいの時間だと──ポポロ君も寝ているだろうし、宴は最高潮を通り過ぎて、飲み会になっているあたりだな…………。」
 ライアンも渋い顔でひげを手持ち無沙汰に触るのに、アリーナもガックリと両肩を落とした。
「せっかく、クリフトも一緒にパーティできると思ったのに……プレゼント交換だってするのよ?」
 ココで、「それじゃぁ、適当に終わらせて早く駆け付けるようにします」と言えなくては、惚れてる女がいる男じゃない!
 マーニャがいたら、堂々とそうせっついているところなのだろうが、あいにく彼女は今もトルネコ家のベッドの住人。
 この寒い早朝の空気とは縁のない女性であった。
「そうだぜ。王様ゲームだってするって言ってたし、ネネさんがおいしいお菓子だって焼いてくれるって言ってたし、僕だってクリフトがクリームシチューとか作ってくれるとばっかり思ってたのに。」
 ユーリルも、さり気に自分の意見を主張してみるが、アリーナほど説得力がないのは分かりきっていることである。
 案の定、クリフトは苦い笑みを顔満面に広げて、
「すみません──どうぞ私にかまわず、皆さんで楽しんでください。
 そうして、姫様、ユーリル? どれほど楽しかったのか、後で私にも教えてくださいね。」
 そう──……悟りきった神官の顔で、優しげに告げてくれるのであった。
 そんな風に言われては、これ以上我侭を言うわけにも行かない。
 ユーリルもアリーナも、お互いに顔を見合わせて──はぁ、とため息を零すと、
「分かったわ、クリフト──トルネコさんに、クリフトは真夜中に帰ってくるって伝えておくから、今日は帰ってきてね?」
「パーティのごちそうもお前の分をとっておくから、さ。」
 そう、妥協せざるを得なかった。
「はい、ありがとうございます。」
 嬉しそうに──たったそれだけしかしてやれないのにもかかわらず、本当に嬉しそうに笑う神官が、ヒラリと身を翻して教会へと入っていくのを、なんともいえない心地で3人で見送った。
「……みんなでクリスマスパーティがしたかったのに。」
 唇から零れる白い息よりも寒い心地で呟くと、ユーリルがそれに同意してくれた。
「それは誰だって同じだと思うぜ。」
「その、『みんな』の中に、クリフトも入っているって、ちゃんと分かってるのかしら、クリフトは……っ。」
 呟いている間に、イライラとした心地が混じってきたらしいアリーナが、ヒュンッ、と繰り出したこぶしをヒョイと避けながら、ユーリルもうんうんと頷く。
「分かってないよなー、アイツは。せっかく僕が、ツイスターゲームとか言うのを2人でやらせようって思ってたのに……。」
 ユーリルの口から語られた言葉に、ソレじゃ、マーニャの「王様ゲーム」と何も変らないのでは? とライアンは思ったが、あえて口に出すことはなかった。
「──まぁ、仕方がないだろう。今日ばかりは、神官としての勤めを優先する日なのだろうしな。」
 代わりに口にしたのは、クリフトを弁護する言葉だった。
 そんな年上のライアンの台詞に、分からないでもなかったのだけど──ユーリルとアリーナは、お互いの視線を合わせると、
「…………さすがに日付が変っちゃうと、トルネコさんちに迷惑がかかるもんな。」
「そうよね……。」
 そう……あきらめたようにため息を一つ、零すのであった。
 まだ、どこか釈然としない気持ちを抱きながら。




NEXT






第二部です。なにやらウチの神官さんは、堅物すぎてイライラしますね(笑)。
でも、それじゃぁ、ココは譲ろうだとか出来ないのがうちのクリフトさんなのです──……そんな彼だから、みんなしょうがないなぁ、って骨を折ってくれるのかもしれないです。
不器用すぎて見ていられないんですね(笑)。