聖夜 3
男勇者:ユーリル
痛いほど冷え込んでいた早朝がウソのように晴れ渡った穏やかな午後──エンドールの活気は、最高潮に達していた。
特にクリスマスの特別ミサと賛美歌が流れる教会の前と、その前の街道は人ゴミで溢れ返っていて、とてもではないが身動きが取れる状態ではない。
肩から飲み物や食べ物を吊るした売り子が、人ごみの中を掻き分けて走り回っていたのも、まだ朝の早い時間だけ──太陽が高く昇った今の時間になると、もうその姿も見当たらなかった。
真冬の只中だというのに、この区域だけが異様な熱気にさらされていて、誰も彼もが熱いため息を零している。
その最中、まだまだ盛り上がりはこれからだ、という時期にも関わらず、そんなお祭り騒ぎから一足先に開放された店があった。
──いや、正しく言うと、開放せざるを得なかった店、である。
「これが最後の品物ですよーっ!」
さすがに朝も早くから声を張り続けていたせいで、枯れて来て美声を内心辛く思いながらも、営業スマイルを絶やさずに叫んだロレンスに、一人の男があわてたように手を伸ばしてきた。
そのごつい手に握られたゴールドを受け取り、最後の品物をしっかりと手渡す。
「ありがとうございました!」
高らかにロレンスが告げた瞬間──店の売り子達の今日の仕事は、無事終了を迎えることが出来たのであった。
その瞬間をしっかりと目撃していた踊り子が、販売を完了させた瞬間、
「完売っ!!」
万歳っ、と両手を挙げて叫んだ。
良く響く娘の声に、同じように汗だくになって売り子をしていた面々が振り返り──そして、机の上にも、ダンボールの中にも、もう何も残っていないのを確認した瞬間……まだ目の前に、商品を買い求めようとした客がいるにも関わらず、
「やったーっ!!!」
思い切り良く歓声を上げて、飛び上がり喜び合ったのであった。
「来年からは、クリスマスブーツだけじゃなくって、飲み物とか軽食とかも売ったらどうですか、ネネさん? 結構売れそうですよ?」
ネネのお金預かり所の手前のスペース──先ほどまで人込みに溢れていた場所に置かれたテーブルを片付けながら、ユーリルがそう軽口を叩いた。
少し枯れたような声は、ツイ先ほどまで大声で叫んで「売り子」をしていたためだ。
戦闘時に乱戦になることなどしょっちゅうで、そのときに命令を飛ばしたりするために大声を出すことには慣れている、と思っていた──思ってはいたが、ここまで連続して大声なんて出したのは、生まれて初めてだったため、ガラガラになった喉が痛くてしょうがない。
思わず喉をさすったユーリルに、
「コレをなめるといいですよ。」
ロレンスがポケットの中から飴を取り出して一つ寄越してくれた。
喉がイガイガしていたユーリルは、喜んでそれを受け取り、ひょい、と口の中に放り込む。
甘い味が広がって、なんだか喉のイガイガが楽になったような気がした。
「そうですねぇ……冷たい飲み物とかを用意したら、きっと皆さん喜ばれそうですよね。」
穏やかに微笑むネネに、そうですよ、とユーリルは頷いてやる。
疲れは体の芯にドッシリと構えているように感じたが、そんな疲れも心地よくて、思わず微笑がこぼれた。
朝も早くから仕入れたばかりのクリスマスブーツや靴下に、ネネとミネアが作ったお菓子をせっせと詰め込み、ようやく開店準備が出来たのが日が昇って少しした頃。
そのときにはもう、目の前の教会には人が集まってきていて、ネネたちが店の前に品物を並べ始めると、興味半分にそれを眺めて行ってくれた。
そして、購入者が増え始め──同じくらい教会にも人が溢れ返り始め……気付けば完売、という、目が回るほどの忙しさだった。
「なにかもう、気付いたら、今、って感じですね。」
苦く笑いながら、ミネアは地面に落ちた包装紙やリボンをゴミ袋に入れながら、まだ汗が残っている項に手を入れる。
ファサリ、と掻き揚げた髪の隙間から、涼しげな風が飛び込んできて、思わずブルリと身を震わせてしまう。
喧騒の只中に居たときには、熱いくらいだと思っていたけれど、こうして喧騒の外に出てしまうと、逆に掻いた汗が急激に引いていって、寒いくらいだった。
「ホント、途中で前みたら、前の街道人込みで埋まってるんだぜ? 昨日よりも凄かった。」
あの人の波を思い出し、今更ながら一種の恐怖に駆られたユーリルが、コロリと飴を口の中で転がして呟くと、
「でも、昨日もそうでしたけど、並んでいる人、全てがこれを購入目的にしているわけではないんですよ? 何の行列なのか分からず並ぶ人だっていますし、教会へ続く行列だと信じている人もいますし、興味本位で並ぶ人も居ますしね。」
楽しそうに笑いながらネネがテキパキと後片付けの指示を出しながら答えてくれる。
少し離れたところで、大型のダンボールを壊しているライアンの傍で、マーニャが華麗に回し蹴りを決めながら、クルン、とターンしてネネの方を振り向いて片手を挙げた。
「それで言うとわたしは、今まさに、あの行列の中に入りたいわねっ!」
マーニャとライアンが揃って崩してくれていたダンボールを、バリバリと適当な大きさに切り刻んでいたアリーナが、そんな彼女の言葉を聴いて眉間に皺を寄せる。
「マーニャは、人込みが好きなの……?」
楽しいことは好きだけど、さすがにさっきのようなもみくちゃにされそうな喧騒はシバラク味わいたくない、と、正直な意見を口にするアリーナに、マーニャは茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせる。
そして、売り子のためにわざわざ着込んでいたメンツの中で一番寒そうな格好を指差し、目で人込みを示すと、
「あの中、暖かそうじゃないの。」
思わず誰もが、マーニャの格好と人込みとを見比べた。
売り子を始めた当初は、毛皮のコートを上に羽織っていたマーニャも、途中で熱くてしょうがなくなり、コートを乱暴に脱ぎ捨ててしまった。
その下に着込んでいた、真っ赤な布が派手な色を放つ衣装は、確かに人の目を引いた。
「マーニャの格好、寒そうだもんなぁ。」
袖のない短いワンピースは、胸元が大きく開いていて、胸元とスカートの裾とに、フワフワと白い綿状のものがついている。スラリと伸びた美脚と、しなやかな二の腕。細い首には赤いチョーカーと金色のベル──サンタクロースの衣装を模した女性版だと分からないわけではないが、上から纏うはずの同様のデザインのボレロを着こんでいないその出で立ちは、ある意味、目に毒だろう。
それでも、普段のマーニャの格好を見慣れているユーリルたちにしてみたら、「寒そう」という感想と、「派手そう」という感想以外、抱く余地もなかった。
「あら、でもその分、男性の集客には役に立ったじゃないの!」
カラカラと、楽しそうに笑うマーニャの台詞にウソが無いわけではない。
実際、彼女がコートを脱いだ瞬間、周辺の男達の視線が集中し、客が増したことは事実だ。
「姉さんは、格好が極端すぎるのよ!」
呆れたようにミネアが軽く肩を竦める。そんな彼女は、タートルネックのセーターにロングスカート、上からストールを纏った格好だ。姉とはいつもどおり天と地ほどにも違う質素さである。
真冬の寒い時期に、寒いと分かっている場所で、マーニャのような格好をしていること事態が間違っている。
「でも、襟元や裾のフワフワは暖かそうよね。」
同じようにセーターに身を包んだアリーナの台詞に、マーニャは胸元が大きく開いた部分についている白い綿をつまむと、
「びっみょうよー、コレ。」
ごわごわしていて肌さわり悪いし、と続ける。
「ま、でもいつものフンドシよりもあったかいんだろ?」
机の脚を片付けたところで、スコットとロレンスに机の処理を任せて、ユーリルもライアンの元に駆けつける。
まだたくさん残っているダンボールを破いて一つに結わえる作業は、たっぷりと残っているのだ。
コレを片付けないことには、ユーリルたちのクリスマスの自由時間は来ない。
「フンドシって言うなっ!」
バシッ! と、手にしたダンボールでやってきたユーリルの頭を殴りつけ、マーニャはそのままダンボールをアリーナへと放り投げた。
難なくユーリルを叩いたダンボールをキャッチしたアリーナは、それをバリバリと破いていく。
「……いってぇなー! 何すんだよっ!」
殴られた箇所を押さえて叫ぶユーリルに、マーニャは腰をかがめるようにして彼をジロリと睨みあげた。
「普段から殴られ慣れてるんだから、コレくらいで痛いとか言ってないのよ!」
「突然殴るから、とっさに体が受身の態勢を取れなかったんだよっ!」
「そーれもまた、なっさけないんじゃないのー?」
はっ、と鼻で笑ったマーニャに、ユーリルは軽く唇を尖らせる。
「──チェッ、どっからどう見てもふんどしじゃないか。」
誰がどうみても負け惜しみに聞こえない台詞に、マーニャは赤いマニキュアの塗られた指先を伸ばし、最近青年めいて引き締まってきたユーリルの頬を思い切りよく抓った。
「あぁーら、そういうことを言うのはこのお口かしらぁ?」
「いひゃひゃひゃっ!」
思いっきり立てられた爪と、捻られた頬の痛みに、ユーリルがあわてて身をよじる。
無理やりマーニャの指を剥がした後が、かすかに赤く腫れているような気がして、彼は頬を片手で抑えた。
「ったく、マーニャはすぐに手が出るんだからなー。」
ブツブツとぼやいて、マーニャから逃げるようにライアンの元へ駆けていくユーリルに、良く言うわ、とマーニャは片眉を上げる。
「今のはユーリルも悪いじゃないの。人の踊り子の服をよりにもよってライアンさんが履いているようなものと一緒にするなんて!」
ビシリ、と、ダンボールの端でユーリルとライアンを指し示して見せれば、黙々とダンボールを崩していたライアンが、なんとも言えない顔を見せて顔をあげた。
「いや──そこで俺を例に出されても困るんだが……。」
困ったようにため息を零すライアンの台詞に、一連の出来事を笑いながら見ていたアリーナが、目を大きく見開いて彼を見上げた。
「えっ、ライアンさんってフンドシなのっ!?」
驚きのあまり、手にしていたダンボールが景気よく真っ二つに裂けた。
続いて、
「えっ、マーニャって、ライアンさんのフンドシ見たことあるんだっ!?」
ユーリルまでもがそう叫んでくるから──、
「あぁっ! もうっ! さっきからフンドシフンドシって、公衆の面前でする会話じゃないでしょう、あなたたちっ!?」
褐色の肌でも分かるくらいに頬を赤く染めて、ミネアが手にしたゴミ袋を地面に叩きつけて怒鳴った。
その、女らしい恥じらいの表情を見やって──四人は無言で視線を絡ませた。
ミネアが眦を吊り上げて叫んだ背後──ムッとする熱気に包まれた人込みから、何人かの好奇心たっぷりの目が注がれているのが、自分達よりも叫んだミネアのほうだと言うことは、やはり言わないほうがいいのだろう。
「ハイハイ、分かったわよ、ミーちゃん。だからきれいな顔をそんな風にゆがめないのよ。」
ヒョイ、と軽い動作で肩を竦めて、マーニャはミネアの傍に置いてあった毛皮のコートを手にした。
パタパタとコートに着いたホコリを払い取ると、惜しげもなくさらしていた肢体に羽織った。フカフカの毛皮に頬を埋めながら、チラリ、とユーリルに流し目をよこす。
「ユーリル? いーい? アレは、腰布って言うの! 今度フンドシなんて言ったら、あんたの腰にフンドシ巻いてやるからねっ!」
ジロリ、と色香溢れる眼差しで睨みつけた先──ユーリルが引きつった顔で眉をきつく寄せていた。
そんな彼の隣で、アリーナが不思議そうに首を傾げる。
「ユーリルは踊り子の服が装備できないと思うんだけど。」
とたん、プッ、と噴出したライアンに、アリーナは意味が分からないと眉を寄せた。
マーニャもマーニャで、苦虫を噛み潰したような表情で、笑いを必死にこらえているユーリルとミネアを睨みつけた後、はぁ、と盛大にため息を零した。
「とにかく、ユーリルがソッチやってくれるってんなら、あたしは先に着替えてくるわね。この後、プレゼント買いに行くんでしょ? みんなで。」
ヒラヒラと手を揺らしながら、さすがにこの格好で買い物に行くのは寒いわと、紅の引かれた唇で微笑むマーニャに、それが待っていたかと、ユーリルとアリーナが顔を輝かせる。
「よーしっ! 急いで片付けないとなっ!」
「ユーリルはヒモを掛けて行ってね! わたし、破いてくから。」
やる気を見せて袖を捲り上げるユーリルに、ハイ、とアリーナは積み上げられたダンボールの山を示しながら紐を手渡す。
「普通、逆じゃないのかよ?」
流れでそのヒモを受け取りつつ、ユーリルが疑問を零すと、
「そういう細かい作業よりは苦手なの。いつもクリフトブライがしてくれるの。」
アリーナが眉を寄せて答えた。
あっけらかんと言い切る口調に、今更ながら思い出す。
「あぁ、そっか。スッカリ忘れてたけど、そういやアリーナって、お姫様だったっけ。」
そりゃ、一緒にいる二人のお供が、こういう細かい作業はしてくれるだろう。
姫様がするなんてとんでもない、と、口を揃えて言うことは間違いない。
納得して、素直に山高く積み上げられたダンボールに取り掛かるユーリルに、うんうん、とアリーナも頷いて、再び分厚いダンボールを破る作業に取り掛かった。
ライアンは、そんな年若い男女の会話に、普通、王女様がダンボールを破り捨てるなんていう乱暴なこともしないのじゃないか、と疑問を抱いたようだが、目の前の少年と少女が楽しそうにしているので、口を挟まないことにした。
ただ黙々と、量が減っていくばかりのダンボールを崩し続けた。
マーニャは、そんな彼らをニヤニヤと見つめた。
まったく、見ていて飽きない「天然二人組み」だ。ココにクリフトが加わると、まったく持っておもしろい漫才が見れるのだが、その最後の常識の砦のようで、少し一本線が抜けている堅物は、残念なことに教会の中でミサの真っ最中だろう。
「姉さん、ちりとりとホウキを持ってきてくれる?」
あらかた片付いたゴミをまとめた袋をの口を閉めながら、突っ立ったままの姉にミネアが声をかける。
そのまま顔を上げて、マーニャが見ている方向が、アリーナたちから教会の方へと変わったのに気付いて、彼女も何気なく視線を教会へと移す。
人込みで溢れかえった教会は、人が出て行っているのか入っていっているのかすら区別がつかないほど混雑していた。
昨夜までは、時間が空いたらクリフトの様子でも見に行こうと話していたのだが、今日のこのような状態では、それも無理そうだった。
なんとか時間をかけて教会の中に入ったとしても、クリフトに出会える確率は、一体どれくらいだろうか。
「……今から掃くよりも、明日の朝掃いたほうがいいかもしれないわね。」
うんざりした心地でそうミネアが呟くと、大きなゴミを拾い終えたネネが、同じように頷く。
今キレイにしても、目の前の人込みからゴミが出ないとも限らないのだ。
あらかたゴミを拾い終えていたし、見た目はいつもと変わりない預かり所の風体を取り戻している──とは言っても、目の前の人込みでは、到底営業は出来そうになかったが。
どちらにしろ、クリスマスの飾りを明日には取らなくてはいけないのだから、明日まとめてやったほうがいいのでは、と言うミネアの意見には、ネネも賛成だった。
「そうですね……今日はこのくらいにして、後は明日にしましょうか。
ユーリルさんたちも、程ほどにしてそのままにしておいてくださいな。明日の朝、一緒にしてしまいますから。」
穏やかに声をかけて、ネネはブルリと体を震わせた。
いくらこの辺りは熱気に包まれているとは言っても、背後から吹き抜けてくる風がないわけではなく、動くのをやめた体は、急激に汗が引いたのも伴って、寒気すら感じた。
「何か暖かい飲み物でも入れましょう。」
片手にゴミ袋を持ち、さぁ、といざなうネネに、毛皮のコートに首をすくめさせながら、マーニャが楽しげに笑う。
「それと、軽く食べる物もね。」
「もぅっ、姉さんっ!」
たっぷりとゴミが詰まった袋を持ち上げながら、ミネアが怒った風に呟く。
「だってあんた、朝食を食べてからどれくらい経ってると思ってるのよ? 絶対ユーリルたちだっておなかすいてるってば! ね、ユーリル、アリーナ、ライアンっ!?」
声を張り上げて背後を振り返ると、ダンボールに足をかけながら、紐をグイグイと引っ張っていたユーリルが、肩ごしに顔をコチラに向かせて頷いてくれた。
「出来たら呼んでよっ! キリがいいところまでやってくからっ!」
「そうそう! 体が温まっているウチにやっておかないと、体が冷えちゃうわっ!」
同じように楽しげに跳ね上がったアリーナが叫び返してくれる。
ライアンは無言で片手を挙げることで彼ら二人に同意したことを示した。
そんな三人に、マーニャはヒョッコリと肩を竦めると、
「あの運動バカは放っておいて、先に中に入っちゃいましょ。待ってるとコッチが風邪を引いちゃうわ。」
そう諦め顔で告げる。
ミネアはそんな姉にくすくすと笑いながら、それじゃぁ、と立ち上がってスカートのホコリを払う。
端に置かれたままだったゴミ袋も手にしようとして──ふと、その手を止めた。
大きく目を見開いて、彼女はゴミ袋を置くと、壁際に置かれたままの──おそらくは、売っている最中に出たゴミを次々に放り込むのに使っていた──ゴミ袋の脇にしゃがみこんだ。
かと思うや否や、
「ネネさんっ! 大変です! わたし達、気付かなかったみたいですよ!」
がしっ、と、その両手に掴んだ物を、前に突き出した。
その、赤いキレイな布地に包まれた物体を認めた瞬間、
「クリスマスブーツっ!?」
思わずマーニャは、先ほどまで──本当につい先ほどまで自分達が売っていた品物に向けて、指を突きつけていた。
彼女の悲鳴に、ダンボールと楽しく向き合っていた格闘派達も驚いたようにコチラを向いた。
「えっ、ウソっ!? 売れ残りっ!!?」
「えええぇぇっ! 気付かなかったわよっ!?」
「それは……また。」
少し離れたところに居た三人にも良く見えるように、ミネアは立派なクリスマスブーツを掲げてみせた。
それも、安くで売っていた靴下入りのものや、小さな子供用のブーツのものでもない、ミネアの両手でしっかりと持たないともてないくらいの大きさの……たぶん、一番高い値段で売っていたクリスマスブーツだった。
キレイなリボンで結ばれたブーツからは、ネネ特製のフルーツタルトやクッキー、マフィンやマドレーヌなどが顔を覗かせていて、おまけのように小さな鈴までついている。
小さな靴下一個を売り逃したのならとにかく、まさか大きいこんなブーツを見逃すとは──。
「あっちゃー……すみません、ネネさん……っ。」
申し訳なさそうに顔をゆがめるユーリルたちに、あらあら、とネネは能天気な声を上げた。
「それはいいんですよ。知っていて除けておいたんですから。」
そうして、両手を差し出してミネアの手から、ドッシリと重いクリスマスブーツを受け取る。
大切そうにソレを撫でて──ネネは、茶目っ気たっぷりに微笑んでみせた。
「これは、今夜のパーティのプレゼント交換で使うんですよ。」
充分、クリスマスパーティのプレゼントになるだろうと、嫣然と笑うネネに、一同が大きく目を見開いた瞬間を狙って、さらにネネはシレッとしてこう続けてやった。
「クリフトさんの分の、プレゼントとして。」
ニコニコニコ……と、伊達に商人の妻をやっているわけじゃない、という笑顔を浮かべて告げてくれたネネに、
「────…………って……え、いや…………だから、クリフトの分って……?」
目を白黒させながら、ユーリルが最後に申し訳なさそうな顔で告げようとするのを、ぴたり、と掌を突きつけてネネはそれ以上言うのを阻んだ。
「だって、クリフトさんは、今日もお忙しくてプレゼントなんて買っている暇はないのでしょう? ですから、こうして代わりに用意しておいたんですよ。──もちろん、お代は後でクリフトさんから請求しますけれどね。」
ちゃっかりした一言を最後に付け加えるネネに、アリーナとユーリルは顔を見合わせた。
──そうだ、昨夜までは、もしクリフトが少しでも早く帰ってこれるなら、その時間に合わせればいいのだと、そう思っていた。
でも今朝、クリフトにはっきり断言されてしまったばかりなのだ。
「──あの……ネネさん。それは凄くありがたいんですけど……でも、クリフト、今夜は本当に遅くなるって言ってて…………。」
やっぱり、パーティには参加できないんじゃない、と。
苦い口調でユーリルとアリーナが告げるよりも早く。
「ええ、ですから、皆さん? さっさとプレゼントを買ってきて、仮眠を取っておかないと、眠くて大変ですよ。」
そう──笑みを深くして、宣言した。
思わず誰もが、目を大きく見張るようなことを、当然のように。
「────────………………って……。」
唖然として、口を開きっぱなしにしていたマーニャが、ごくん、と喉を上下させて、しれっとした顔をするネネを見上げた。
まさか、と思った。
もしかしたら、最初で最後になるみんなで迎えるクリスマスなのだから、せめて一同で揃って迎えたいと、そう言っていたのは確かだ。
けれど、だって──ネネたちには、商売だってあるし、ポポロだっている。
そんなワガママは通せないと、そう思っていたのに。
「せっかくですから、みんなで一緒にパーティをしましょう?
ポポロも今日はしっかりと昼寝を取りますし、わたしも今から昼寝をとらせてもらいますから、わたし達のことは心配してくれなくても大丈夫!
後は、クリフトさんが帰ってくる頃を見計らって、お料理を温めるということくらいだと思いますけど。」
「──い、いいのっ!? ネネさん!!」
ダッ、と、破りかけていたダンボールを投げ捨てて、アリーナは彼女の元に駆け込んだ。
優しい母親の表情で微笑むネネの顔を、アリーナは大きな目を更に大きく見開いて見上げた。
「だって、クリフト、本当に帰ってくるの、遅くなるかも知れないのよ!? もしかしたら、日付も変わっちゃって、もうクリスマスって言えなくなるかもしれなくて……っ。」
ネネとポポロにしてみても、今年はせっかくトルネコが帰ってきて、一緒に迎えられるクリスマスなのだ。
そこに自分達がお邪魔していることですらも、申し訳ないという気持ちがあるというのに──その挙句、そこまで甘えて……うれしいけれど、本当にいいのかと。
「いいに決まってるじゃないですか。クリスマスの夜には、なんら変わりないんですから。──それに、クリスマスに自宅に神官さんがいらして、本格的なミサをしてくれる、なんて、とっておきの贅沢でしょう?」
くすくすと笑うネネの顔には、ちっとも迷惑そうな色は見えなくて──それどころか、この事実に驚愕している面々の顔を見れたのが、楽しくて楽しくてしょうがないように映った。
そんなネネに、
「いやはや……まったく、トルネコ殿の奥方だ。」
脱帽したよ、と、ライアンはにじみ出る微苦笑をかみ殺すことなく──やがてソレを満面の笑みに変えた。
「ありがとう、ネネさんっ!」
「良かった……。」
「あーあ、あの神官ったら、幸せモノじゃないの。」
笑顔でネネに感謝を述べるユーリルに、胸を撫で下ろすようにして喜ぶミネア、憎まれ口をたたきながらも口元に広がった笑みを隠せないマーニャ。
そんな一同の喜びように、ネネもうれしそうに頬をほころばせた。
──やっぱり、そう決めて良かった、と。
「クリフト殿、今日は本当にありがとうございました。」
穏やかな微笑を浮かべながら、エンドールの神父にそう声をかけられたのは、夜空に星が高く上る頃──澄み渡った冬の夜空が、見事に星に埋め尽くされた時間帯だった。
広い礼拝堂の掃除に不自由のないようにと、ところどころに飾られた蝋燭も、そろそろ消え入りそうに短く──教会内にはまだ十数名もの人間がいるにも関わらず、底冷えするような寒さが当たりを覆っている。
「──神父さま。」
手にしていた雑巾を持ち上げながら、クリフトは床に伏していた体を起こした。
神父は、疲れのにじんだ顔に、精一杯の微笑を浮かべて、そんな彼の元にひざまずく。
しゃがみこむと、掃除がしやすいようにと灯した蝋燭の明かりは届かず、薄暗闇に包まれた。
それでも、クリフトの隣に置かれたバケツの中は、暗闇の影のためではなく、黒く淀んでいるのが見て取れた。
「今日は、あなたのおかげで本当に助かりました。
おかげさまで、明日の朝の礼拝も無事に行えそうです。」
クリスマスは教会の大切な行事だ。
けれど、この日さえ何とかなれば、どうでもいいと言うわけではない。
明日の朝から訪れる礼拝者にも、いつもと同じような祈りをささげられる場を提供しなくてはいけない。そのために、今日の壮絶なまでの喧騒を朝まで残さないように、みな一生懸命走り回っていたのだ。
「いえ──とんでもありません。若輩な上に、少しの手助けにしかなれなくて……。こちらこそ、突然の申し出ですのに、ミサに加えていただいて、本当に感謝しております。」
そうすまなそうに告げるクリフトの手先も、寒さと冷たさにかじかんで真っ赤に染まっていた。
神父はそれを痛ましそうに見つめ、そ、と伸ばした手で雑巾を持ったままのクリフトの手を握り締めた。
同じように夜の寒さが入り込んだ教会の中で立ち回っていた神父の手は、クリフトの手と同じくらい冷えていた。
そうしても、お互いにぬくもりを伝えることなど出来るはずもなかったが、アカギレで皮膚がむけかけていた神父の手から伝わる、言葉には出来ないぬくもりを、クリフトは確かに感じ取った。
神父は、クリフトと目線を合わせて、苦笑を刻み込む。
「このまま泊まって行ってください、と言いたいところですが、そうすればまたあなたに甘えてしまいそうですから……どうぞ、旅のお仲間の下へお戻りください。」
何よりも、今のこの現状では、いつ泊まるための部屋を用意させることが出来るかすらわからない──おそらく、見習い神官達の間に粗末に敷いた毛布で、雑魚寝を進めるしかできないだろう。
だから、もう夜も遅くなってしまったけれど、お待ちしているだろう旅の仲間の下へ戻ってあげてください、と──そういう神父に、とんでもない、とクリフトは驚いたように頭を振った。
周囲を見渡すと、まだ忙しそうに右へ左へと走っている人の姿が見て取れた。まだ蜀台の磨きも終わっていないし、人の多さのために壊れてしまった扉もそのままになっている状態だ。
「そのような心使いは無用です──私たちは同じ神に仕える身。何の遠慮がありましょうか。最後まで、私にもお手伝いさせてください。」
神父の目を見据えて、きっぱりと言い切るクリフトの言葉は、心からの物で、それは神父にとっても酷く魅力的な台詞ではあった。
けれど、
「お言葉はとてもありがたいですし、ぜひ、と言いたいところですが──私たちも、あなたの言葉に甘えてばかりはいられませんから。」
神父はゆっくりとかぶりを振って、そうしながら視線を端々にいるエンドール教会に属する神官達を見回した。
「あなたが将来、ココに居てくださるというなら、どれだけでも引き止めましょうが──あまりにも有能すぎる方が、率先して働かれてしまうと……恥ずかしい話ですが、他の者の成長の妨げになってしまうか、と。」
最後の台詞は、コッソリとクリフトにだけ囁くように、片目を瞑って笑うように告げてくれる。
「そ、そんな──買いかぶりです……。」
かすかに頬を羞恥に赤らめて呟くクリフトに、はは、と神父は軽やかに笑った。
そして、もう一度クリフトの手をしっかりと握りしめると、
「本当に助かりましたよ、クリフトさん。
今度はぜひ、普段の日にいらっしゃってください。
そのときは、ゆっくりとあなたのお仲間さんたちともども、歓待させて頂きます。」
ぜひ、と──力を込めて促す神父に、クリフトは微笑を浮かべて、しっかりと頷いて見せた。
これから年末にかけて、教会も忙しい時期に入るのは分かっていたから、
「ぜひ──また、いつか。」
そう口で約定を交わすのであった。
神父と挨拶を終えた後、まだ教会内に残る者たちに辞意を示し、バケツや雑巾を片付け終えてから、クリフトは昨夜から缶詰状態だった教会を出た。
寒さが染み込んでくるような教会の中から表に出た瞬間、ヒュルリ、と冷えた空気を吸い込んだ風が吹いた。
その思わぬ冷ややかさに、クリフトは襟に頬を埋めるように首をすくめた。
はぁ、と吐いた息が白く顔の前を覆った。
すでに空は高くまで澄み渡り、星が淡い輝きをいくつも縫いとめている時刻──つい先ほどまで喧騒を宿してような気のする町は、今は遠くに笑い声が聞こえるばかりで、教会の周辺は耳を打つような静けさに満ちていた。
街道に足を踏み出すと、昨夜は左右に連なっていた出店が見る影もなく、今朝見たテントですら撤退していった後のようだった。
一体いつ、喧騒が止んだのかすら気付かなかった──それほど忙しかったのだと思うと、昨年の静かすぎるクリスマスが、フイに懐かしく思えた。
それと共に、脳裏に浮かび上がる一人の少女の姿。
早朝一度出会って、ソレっきり考える暇もなく別れた愛しい姫君……今日は、楽しく過ごすことができたのだろうか?
「──大分、遅くなったな……。」
教会の正面──今朝見上げたっきり目にかかる機会のなかったトルネコの家を見上げれば、思わず声が零れた。
その無意識の呟きに、は、とクリフトは自嘲じみた笑みを零す。
何を今更──つい先ほどまでは、最後まで残って行くと、心からそう思っていたというのに、今朝のことを思い出せば、パーティが下火の時でもなんでもいいから、まだパーティの様相をしている間に間に合えばよかったと、考えてしまっている。
そんな風に後悔するくらいなら最初から、進んで掃除や片付けを引き受けなければ良かったのだ。
そう思うと同時、それでもやはり、ナニから手をつけていいか分からず、右往左往している人たちをそのままに立ち去ることは出来ないだろうと結論が浮かび上がる。
結局──。
「自業自得、かな。」
苦い笑みを唇に刻みながら、白い息を零して見上げる。
トルネコの家の一階は、すでに鎧戸も落とされ、ドアにも「CLOSED」の手書きの看板が下ろされている。
ただ、二階の一室だけは明かりが着いていた。
カーテンが閉められ、中の様子までは分からなかったが、煌々と照らされた様子から判断するに、ランプが一個灯されているだけの灯りではないようだった。
もしかしたら、まだパーティでもしているか──ライアンが今朝言ったように、飲み会に突入しているのかもしれない。
街道を渡りながら、その窓から地面に落ちた四角い灯りを見やる。
ランプの明かりだと言うことを示すように、ユラユラと揺れて見える窓の形に、昔の記憶がふとよみがえった。
クリスマスを終えたサランの町から城へと帰るときに見た、家族の暖かなクリスマスの様子──白い息を吐きながら、首に巻きつけたマフラーだけが唯一の防寒具──それでもあの頃は、城に帰れば、明日になれば姫様に会うことができると、そう思ってクリスマスの暗い夜道を城へと帰ったものだ。
あの頃も今も、自分がその窓の中の住人になれることはないと、知っている。
それでも──まだ幼い頃は、あの中で一緒にクリスマスを祝う日が、いつか来るかもしれないと、些細な夢を抱いたものだ。
それもまた、サランの神学校を卒業するころには、己の立場とアリーナの立場の意味を理解していたから、消え去ったものだけれど。
キン、と赤らみ痛む耳には、ただ静かな風音が届くだけ。
時折その風に乗って、カジノの方角から声が届いた。
その楽しそうな声に、クリフトはふと気付いて、もう一度トルネコの家の窓に視線を当てた。
灯りがついているのは、一つの部屋だけ。
まだパーティが続いているにしては、笑い声が聞こえない──そう、飲み会に突入しているにしても、アリーナとユーリルが酔いつぶれていたとしても、良く響く笑い声を発するマーニャの声がしないのはおかしい。
まだ、マーニャが酔いつぶれるほどの時間ではないはずなのだが……。
「まさか、パーティの途中でマーニャさん……カジノに行っていたりしないだろうな?」
一瞬そんな考えが浮かび、クリフトは苦い顔つきでカジノの方角へと視線を走らせた。
その視界に掠める、エンドール城の荘厳なかがり火。
思わず振り向いたクリフトは、古い城の外壁を浮かび上がらせるような神秘的な炎の色に、ハッ、と息を飲んだ。
いつも厳重な警備の中にあるエンドールの城は、必要最小限の明かりに照らし出されるばかり──賊除けとしての役割を果たすかがり火しか焚いたことがなかった。
なのに今日ばかりは、テラスにも、窓にも、色を模した炎が飾られていた。
さらに、エンドール城の周辺の木々には、小さな灯りがポツポツと明滅していて、カジノの派手で目に痛い有様とは異なる、優しい美しさに満ちていた。
教会でバタバタしている最中にも、花火が上がったらしいと、誰かが言っていた記憶があるが、それが一体イツのことなのか、イツ終わったのか、クリフトにはまるで記憶にない。
けれど、目を閉じれば、アリーナがトルネコの家の窓から、そんな花火やエンドールの城を見てはしゃぐ様子が手に取るように浮かんだ。
「…………………………。」
その場に居ない……その場にいることを望まなかった自分を、後悔する気持ちだってある。
けれど、それでも──何度同じ日にめぐっても、これほどむなしく悲しい思いを胸に抱くと分かっていても、きっと自分は同じことをしてしまうのだろう。
融通が利かないと、マーニャに扇で背中を叩かれることも分かっていたし、ブライが見て分かるように嫌味ったらしくため息をつくことも見ていたかのように思い浮かぶけれど。
アリーナが──だれよりも大切に、誰よりも幸せになってほしいと願う人が、悲しそうに瞳を揺らしたのだとしても。
自嘲じみた笑みを唇に刻みながら、そんな自分に自己嫌悪を覚えないわけじゃなかったけれど──自分の性分なのだからと、噛み殺した。
思い返せば、そんなことばかりしているような気がしないでもなかったが、それもまぁ、彼らが自分のワガママを許してくれるからこそ、通せる融通なのだろう。
もう一度教会を見上げて、トルネコの家の二階を見上げた。
はぁ、と零れた息が、強い北風になぶられていくのを目に留めて、クリフトはブルリと一度身震いした。
少し立ち止まっていたおかげで、寒さが足元から駆け上がってくるようだった。
かじかんできた足が、居ても立ってもいられないほどの冷たさを訴えてくる。
クリフトは、急いでトルネコの家の裏口へと足を向けた。
少し走れば、皮膚を打つような冷たい風が、むき出しの頬を嬲っていった。
良く見えない暗がりの道を走り、見慣れた扉が見えたときには、ホ、と安堵を覚える。
トルネコの家の扉の前には、小さなリーフが着いていた。
その上に、クリフトが来ることを考えてか、カンテラが一つかけられていた。
煌々と輝く明かりに、小さく笑みを零しながら、クリフトはソレを手にしてから、扉を叩いた。
扉を叩いてから、もしかしたら、トルネコたちが気付かないかもしれないと言うことに気付いて、一応ノブを回してみようと手を伸ばした瞬間だった。
ガチャッ。
伸ばした先で、ノブが捻られ、音を立てて内側に開かれる。
あ、と目を瞬き、それからスグに微笑を浮かべて、中からあけてくれた人物に、礼を述べようとした瞬間だった。
パーン!! パパパパン!!
「Marry X’mas!!!」
耳を貫く轟音と共に、火薬の匂いと華やかな柔らかな紙。
そして、楽しげに笑いを含んだ、聞きなれた複数の声が、目の前から降ってきたのは。
「────…………え?」
目を丸く見開いて、カンテラをかざしたまま呆然と見開くクリフトの目の端に、赤い何かが見えた。
ツン、と鼻を刺激するのは、火薬の匂いだ。
そう理解すると同時、自分がクラッカーの餌食になったのだと悟った。
悟ったのだけど。
──なぜ、クラッカー?
「クリフト、おっそーいっ!!」
疑問に思いながら、空いた手で髪に降りかかったクラッカーの紙を落とそうとすると、その腕に向かって、小柄な影が飛び出してきた。
かと思うや否やその影は、カンテラの下でイタズラげな微笑を広げて、グイ、と強くクリフトの腕を引っ張る。
その、白い面差しには良く覚えがあった。
「あ、アリーナさまっ!?」
頭には、白い綿がついた赤い三角帽子をかぶり、服装は温かそうな赤い布地に、やはり綿がついたもの──どうやら、サンタクロースの格好を真似ているらしいワンピースに身を包んだ彼女は、驚いたらしいクリフトに、してやったり、と唇をゆがめて笑った。
「まったくだよ。クリフト、ほんっと、真面目すぎっ! 一体、何時間、教会からお前が出てくるのを見張ってたと思ってるんだよっ!」
怒ったように扉を全開にして──でもニヤニヤと笑う顔はそのままに──、そう偉そうに叫ぶユーリルは、なぜか頭にトナカイのものらしい角をつけていた。
その隣で、充分クリフトを驚かすのに役立った用済みのクラッカーを揺らしながら、マーニャが昼間の扇情的なサンタレディの姿で、楽しそうに笑ってみせた。
「どーぉ? 驚いた?」
キュ、と吊り上るマーニャの紅の引かれた唇に、クリフトは呆れたように自分の左腕を掴んでいるアリーナと、扉を押さえて早く入れとせっつくユーリル、そして、クラッカーを持っているマーニャとミネア、ポポロを見やった。
ミネアはいつもと同じ格好だったが、その顔に浮かんでいるのは、すましたような──でも隠しきれない、楽しそうな表情だった。
ポポロはアリーナとおそろいの──けれど下はしっかりとサンタのズボンとブーツ姿だ。
「これは一体──どういうことなんですか?」
こんな時間までポポロが起きていることも驚いたが、早く中に入ろうとせかしてくるアリーナたちの格好にもビックリだ。
今日はクリスマスパーティじゃなくって、仮装パーティだったのかと首を捻りつつ、アリーナに引っ張られて扉の中に入る。
それを待っていたかのようにユーリルが扉を閉めると──トルネコの家の廊下が、たくさんの蝋燭で囲まれているのに気付いた。
「これは……。」
闇の中、にじむように浮かび上がる蝋燭の明かりと、それに照らし出される仲間達。
思わず唖然と呟くクリフトに、自信たっぷりのマーニャの顔が答える。
「すんごいでしょー? メラを調整するの、苦労したんだから。」
「姉さん……そういう夢のないこと言わないのよっ!」
すかさずミネアがそんな姉を小突き、さて、と改めたようにクリフトを振り向く。
「上に行きましょう? ブライさんもライアンさんもトルネコさんもネネさんもスコットさんもロレンスさんも! ──みんな、クリフトさんが帰ってくるのを待っていたんですよ!」
興奮した面持ちを隠せずに一気に名前を口走った後、にっこり、と微笑んだだろうミネアの言葉に、そうそう、とユーリルが頷く。
「クリフトの分のプレゼントも用意してあるんだから、クリフトはその体一つでオッケー。」
「さ、行きましょ、クリフトっ! 時間がもったいないものっ!!」
同じく楽しそうに笑うユーリルに、早く行こうと上を指し示すアリーナ。
ポポロまでもが、クリフトの服の裾を引っ張って、
「早く行かないと、ご馳走が冷めちゃうよ!」
──そう、叫ぶから。
「────…………もしかして…………待ってたんですか………………?」
まさか、と──そう思いながら、一同の顔を見回した。
だって、確かに自分は、今朝、ユーリルとアリーナに言ったはずだった。
どう考えても夜までには戻れないから、皆さんで愉しんで下さい、と。
私のことはかまわなくてもいいから、だからその分だけ、愉しんで……そうして、後でどれほど楽しかったのか、教えてほしい、と。
なのに──どうして、と、そう呟いたクリフトに、
「あったりまえじゃん。」
ユーリルが、コツン、と肩をぶつけてきて、すぐ間近で照れたように笑った。
「だって僕たち、仲間じゃないか。」
「……………………っ。」
一瞬、めまいを覚えたかと思った。
当たり前のように──でも少し恥ずかしげに笑ったユーリルの言葉が、自分の中で不意に重みを持ったようで……痛くて、熱くて。
何と返せばいいのか、分からなくて……ただ、目を大きく見開く。
「せっかくの楽しいクリスマスパーティなんだから、顔だけでもイイ男は欲しいじゃないのー?」
ヒョイ、と肩を竦めたマーニャの軽口に、また姉さんは……っ、とミネアが小さくかぶりを振ってからため息を零す。
それから、ミネアも目元をほころばせてクリフトを見上げた。
「ネネさんたちが、ぜひにと、そうおっしゃってくださったんです。
──そうしたら、満場一致で……クリフトをさんを待とうって、決まったんですよ。」
どこか自慢するように笑うミネアに、クリフトはとっさに片手で自分の口元を押さえた。
そうしないと、なんだか居ても立ってもいられないような気がしたのだ。
「そうよ、クリフト。早く行きましょう! みんな待ってるわっ!」
グイっ、と、再びアリーナに腕を引かれる。
その強引な力に、クリフトはよろけるように足を進めた。
そこへすかさず、ポポロが後ろにまわり、グイグイとクリフトの足を押した。
「早く早くっ!」
そんな小さな少年を振り返り、戸惑うクリフトの肩を、ぽん、とマーニャが軽く叩いた。
そして、彼の手からカンテラを奪うと、もう一方の手を彼の腕に絡める。
しだれかかるように肩口に額を押し付けて、くすくすと笑った。
「ほんっと、世話が焼けるわね、あんたは。」
アーモンド型の瞳が、ニッコリと笑みを描き、クリフトを見上げた。
「──マーニャさん……、みなさん…………ありがとうございます……。」
少し照れたように笑うクリフトの顔を、ジ、と見上げていたアリーナが、
「あ、クリフトったら、少しやつれてる。」
不意に手を伸ばしてきて、その頬に触れた。
ハッ、と身を引こうとするが、右手はマーニャに取られているので身動きできない。
アリーナの手のひらが、そ、とクリフトの頬を包み込み、彼女は愛らしい容貌に困ったような笑みを浮かべて見せた。
「あんまり無理しないでね? クリフトったら、いっつも自分のことは二の次なんだから。」
寄せられた眉が、心配の色を濃く見せていて、クリフトは淡く微笑んでそれに頷いた。
「はい──気をつけます。」
「どーだか。」
すかさず、ぼそ、と右手を取ったマーニャから小さな突込みが返って来たが、クリフトはそんなマーニャをチラリと見下ろし、
「マーニャさんの、『もうカジノには行きません』宣言よりは重みがあると思いますが?」
そう、笑って言ってやった。
「なぁーによっ、この堅物神官っ!」
とたん、マーニャが右手に持ったカンテラを振り上げようとするのに、前を歩いていたミネアが、慌てたように振り返って叫んだ。
「姉さんっ! 危ないじゃないっ!!」
悲鳴に近い声に、おっと、とマーニャはカンテラをすかさず手元に引き寄せた。
そうして、しれっとして言うことが、
「ま、クリスマスだし?」
「──って、それ、どういう意味があるんだよ、マーニャ?」
先に階段の上まで上りきっていたユーリルが振り返って胡乱げに尋ねる。
そんな彼には、ヒラヒラと手を振ってやりながら、
「派手でもOK!」
「──────…………姉さんは年中派手じゃないの。」
思わず額に手を当てて突っ込んだミネアの気持ちも、分からないでもない。
ユーリルは、言えてる、と楽しそうに笑って──クリフトが階段の上まで来るのを待ってから、パーティ会場へと続く扉を開く。
そして一足先に中に入って、
「クリフトやっと到着っ!」
そう、高々と告げた。
とたん、中から安堵のため息にも似た笑い声が降ってくる。
ミネアに導かれ、左右を固めるマーニャとアリーナに促され、扉の前に立った瞬間、
「まったくお前は! なんで家の前でジッと止まっていたりするんじゃっ! さっさと中に入ってこんかっ!」
ブライの叱責が、とんだ。
あぁ──あれを見られていたのだと、バツの悪い顔を浮かべる。
そんなクリフトを見ながら、だから来るのが遅いと思った、とユーリルが軽く肩をすくめて見せた。
「おやおや、両手に花じゃないですか、クリフトさん。」
ノンビリと、トルネコが手にしたクラッカーを、一瞬遅れでパンッと鳴らす。
パラパラと飛び散ったクラッカーの中身に、ネネが楽しげにコロコロ笑い、ポポロがそんな父と母向けて飛び出した。
「クリフト殿。外は寒かっただろう? さ、中に入るといい。」
ライアンが重々しく促し、クリフトを中へと導く。
中に入った瞬間、背後でパタン、と扉が閉まり、スルリとマーニャとアリーナの腕がクリフトから離れた。
ようやく自由になった腕に、ホッと安堵を覚えるやら、何かもの寂しさを覚えるやらで、苦笑をかみ殺しながらライアンの傍へと歩み寄った。
グルリと見回すと、12人が輪を描いて座る部屋は、少し手狭に感じないこともなかったが、暖かさと明るさだけは十二分に満ちていた。
「さぁて、それじゃ、クリフトが来たところで、クリスマスパーティって言うのを、はじめるかっ!」
「ユーリル。その、『って言うのを』は、いらないから。」
パタパタ、と手を振って告げるマーニャに、うっさいな、と言わんばかりにユーリルが大きく眉を寄せた。
そこでドッと笑い声が湧き上がって──パーティが、始まった。
「かんぱーいっ!!」
その声も、カチンと鳴らすグラスの音も、何もかもが目新しいようで、何もかもが愛しくて。
遠い昔──夢見ていた風景そのもののような、優しい時間だと、思った。
「ねぇ、クリフト?」
綺麗な琥珀色のグラスをユラユラと揺らして眺めるクリフトに、アリーナが切り分けてもらったばかりのケーキを持ってやってくる。
「あ……、何かお食べになりますか、姫様?」
気が利かなかった……食事を取ってやらなくてはいけないじゃないか、と、慌てて腰をあげようとするクリフトを押しとどめて、アリーナはケーキにフォークを突き刺して笑った。
「ううん、そうじゃなくって──あのね、今日、一緒にパーティできて、私は良かったと思うよ、って、言いたかったの。」
「────…………アリーナさま?」
笑いながら、手持ち無沙汰にケーキをもう一度突き刺して、そこでようやくアリーナはケーキの破片を口に運んだ。
パクリ、と食いついて、キュ、と目を閉じて──それから本当においしそうに頬をほころばせながら、彼女は満面の笑顔を浮かべて見せた。
「また、来年もこうやって、一緒にパーティできたらいいね。」
ニッコリと、ほころぶように笑う彼女の言葉に、一瞬、クリフトは言葉を詰まらせた。
そんな彼の一瞬の沈黙に気づかず、アリーナはもう一刺しケーキにフォークを差し込むと、
「みんなで、また同じように。」
大切そうにそう続けて──パクリ、ともう一口ケーキを口に含んだ。
クリフトは、そんな彼女をマジマジと見下ろした。
たった一人の大切な姫君は、そのすみれ色の瞳を、まっすぐに前に当てている。
12人も入れば少し窮屈に感じる部屋の中、ところ狭しといくつかのグループに分かれている仲間達──。
ユーリルはミネアと真剣にカードをめくっていたし、マーニャは上機嫌でクリスマス用のステップだと、簡単な踊りをスコットに教えていた。
ネネはブライ相手に酌をしながら楽しそうに笑っていたし、ポポロとトルネコとロレンスが三人でクリスマスの歌を歌いだすと、それを楽しそうに聞きながら、ライアンが酒を傾ける。
そんな彼らを見つめながら、クリフトも瞳を細めて、アリーナに小さく頷いて見せた。
「──そうですね、来年も、一緒に……できたらいいですね。」
ただ浮かんでくる穏やかな微笑を消すこともできず──様々な可能性を訴える知識を、今ばかりは見て見なかったフリをして、クリフトはアリーナの言葉を繰り返すように呟いた。
それで満足だったらしいアリーナが、うん、と頷くのに、同じように微笑み返した。
来年も同じように旅をしていたら、また同じようにクリスマスを迎えられたらいい。
もし、みんな別々の場所にいたとしても、こうしてまた集まって、クリスマスを楽しめたらいい。
「来年も、再来年も、ずっと──こうやって、クリフトがミサを終わるのを待っていたら、一緒にクリスマスが出来るんだもの。」
ケーキの一番大きな部分──イチゴのついたそこを、アリーナはフォークで突き刺して、はい、とクリフトの目の前に差し出した。
「──アリーナさま……。」
その丸くて赤いイチゴをマジマジと見つめるクリフトの唇に、ツン、とイチゴを突きつけて、アリーナは少しだけ寂しそうに笑った。
「もっと早く気づけば、もっと早く──、一緒に楽しめたね、クリフト。」
彼女が示唆するのが、今日のことなのか、それとも──それ以前のことなのか、クリフトには分からなかったけれど……、そんな彼女の言葉がうれしくて、クリフトは柔らかな眼差しを彼女に向けて、微笑んだ。
「……………………はい。」
そ、と開いた唇に、アリーナがフォークごとケーキを差し入れる。
口の中に広がる甘い味と少しすっぱいイチゴの味が、柔らかなスポンジケーキと一緒にホロリと解ける。
不意に胸に広がった気持ちが、その甘酸っぱいイチゴケーキのせいかのか、それとも彼女の差し出したモノのおかげなのか、分からないまま、目を伏せた。
「おーいっ、クリフト、アリーナっ! そんなとこでいちゃついてないで、ゲームやろうぜ、ゲームっ!!」
自分には少し甘すぎる気のするケーキを粗食し終えたところで、ユーリルが部屋の中央──ツリーの近くから叫んだ。
「そうそうっ、2人っきりでムード出すのは、パーティの後にしなさい、パーティの後にっ!」
マーニャも、いつのまにかそんなユーリルの隣に立ってパタパタと扇で顔を扇いでいる。
「イチャ…………って……別にいちゃついてなんかいませんよ?」
かすかに目元が赤くなるのを隠すように憮然として告げると、アリーナも当たり前だと言うようにしあたり顔で頷いてくれた。
「そうよ。クリフトは甘いケーキが苦手だから、イチゴと一緒なら食べれるかと思って、イチゴのついている部分をあげただけなのよ?
クリスマスにはケーキを食べなきゃダメだって、トルネコさんが教えてくれたんだからっ!」
ビシリっ、と、突きつけるようにアリーナが告げた台詞に、ユーリルは無言で自分の額に手を当てて、少し考え込むような動作をした後、チラリ、とトルネコを見上げた。
「──こういう場合、トルネコさんナイスっていうべき? それとも、アリーナって天然って言うべき?」
「うーん……見てみなかったフリをするべきなんじゃないでしょうか。」
恰幅のいい腹を撫でながら、トルネコもなんともいえない顔である。
そしてこのとき、一同は決してブライを見ることはなかった。
ブライの、非常に複雑な心をおもんかばったというのは、口に出さなくても分かることであろう。
夜も更けゆき……気づけば、空に瞬く星の光が薄れはじめていた。
もうそろそろ、起きつづけて24時間になるかと、ライアンは窓の外をチラリと見ながら思った。──徹夜をするのは慣れているが、こういう風にバカ騒ぎして徹夜するのなんて、一体何年ぶりだろう。
「さっすがにホワイトクリスマスにはならなかったわね。」
くすくすと笑みを零しながら、上気した頬に生ぬるいグラスを当てる。
特別に冷たい感触なワケではなかったが、そのかすかな冷ややかさが頬に心地よかったらしい──彼女は目を閉じて、天井を仰いだ。
死屍累々──さすがに日常的に酒をたしなみなれているマーニャとライアンはまだグラスの中身を交し合っていたが、ほかの面々ともなると、悲惨だった。
「ホワイトクリスマスが見たかったのなら、バトランドにすれば良かったな。」
まだ半分以上中身が残るグラスを揺らして、ライアンがポツリと呟く。
マーニャは、あら、と投げ出した足を引き寄せながら、目元を揺るめるようにして笑う。
「それなら、来年はバトランドにすればいいじゃないの。そうねー……もし来年、全部終わった後だったらー、あたしのステージが終わって、アリーナの式典? が終わって……それから、あんたのミサが終わったあとに集合ね、神官っ!」
突然、バタンっ、と背中から床に倒れて、マーニャは喉をのけぞらせて視線の先にいるクリフトを呼んだ。
突如話を降られて、端っこの方で片付けをしていたクリフトが驚いたように目を瞬いた。
「──って……何の話ですか?」
疲れたような顔がにじみ出るクリフトに、ライアンは軽く眉を顰める。
「疲れたのなら、ユーリル殿の隣ででも寝たらどうだ?」
クイ、と顎でしゃくった先──慣れない酒にさっさと酔いつぶれたユーリルが、ポポロと同じ毛布に包まって眠っている。その隣にロレンス、トルネコが寝て、更に隣にネネが寝ている。
少し離れたところでは、アリーナとブライが少し前の夢の世界へと旅立ってしまっていた。
後残るのは、飲み会のメンバーと、酒が飲めないクリフト、そしてなんだかんだで酒に強いミネアとスコットは、端っこの方で飲み比べに入っている状態だ──あちらもそろそろやばそうだ。
「はぁ──少し片付けてからにします。」
「あんたもまじめよねー。
えーっと……だぁかぁらぁ、来年の話ー。
さっき……んー、だいぶ前にアリーナとしてたじゃないー? 来年もクリスマスパーティしよーって。」
少しろれつの回らない口調で、へらり、とマーニャは笑った。
それは確かに、ゲーム大会が始める前に、アリーナが嬉しそうに頬をほころばせて提案したことだった。
「──聞いてたんですか?」
「聞こえたのー。」
盗み聞きじゃないわよ、と注意を飛ばして、マーニャは仰向けに寝転がっていた体をゴロンと寝返りを打たせて、そのままうつぶせになって笑った。
いつものいたずらげな笑みではなく、優しい光の宿る──めったに彼女が見せない、けれど彼女の本質がにじみ出る、暖かな微笑みだ。
「あんたも、なんでもかんでも自分で背負い込んじゃわないで、たまにはこうやって、甘えてよねー?
ユーリルやアリーナだって、すんごい、さびしがってたんだから。」
「…………………………マーニャさん…………。」
とろん、と酒がいい具合に回って、眠そうに目を瞬くマーニャの名を呼ぶ。
呼んでおきながら、歯がゆい思いでその先の言葉を続けることが出来なかった。
それを返事がないと思ったのか、マーニャは軽く眉を顰めると、
「いーいっ!? 来年も、一緒にクリスマス、するんだからね!?
覚えてらっしゃいっ!」
そう、剣呑に捨て台詞を吐いた。
威勢のいい言葉を吐くだけ吐いたかと思うと、気合がそこで崩れたのか、ふにゃり、と顎が落ちる。
「覚えてらっしゃいって…………。」
とろとろと、まぶたを落とし始めるマーニャを見ながら、クリフトはなんと答えたらいいのかと眉を寄せた。
「来年はバトランドだな。」
ライアンが、クツクツと喉を揺らしながら、楽しそうにそう告げてくれる。
思わず振り返ったクリフトに、ようやく中身が半分ほど減った琥珀色の液体をランプに透かした。
「そういう……約束もいい。」
囁くように低くライアンが零した瞬間、コトン、と、マーニャの頭が落ちた。
「──……あ、マーニャさん……。」
「寝たようだな……。」
言いながら、ライアンも赤く染まった頬を撫でつつ、グラスを床に置いた。
チラリと視線を走らせると、ミネアも壁に凭れ掛かって眠りのハザマに入っていて、スコットは仰向けに豪快に倒れていた。
「向こうもお開きのようだ。
俺もそろそろ寝るとするか……さすがに、辛い。」
「──そうですね、それでは、毛布をかけて、ランプを消しましょうか。」
立ち上がるライアンにランプを任せて、クリフトはこんな時のために、ネネが積み上げておいてくれた毛布を、部屋の隅から抱え揚げてきた。
マーニャ、ミネア、スコットそれぞれに毛布をかけてやってから戻ると、ライアンが端で毛布に体を包ませているところだった。
シン、と静まり返った部屋の中は、入ってきたときとはまるで別世界のように感じる。
ただ、耳を澄ませば四方八方から規則正しい寝息が聞こえたけれど。
「おやすみ。」
「──おやすみなさい、ライアンさん。」
軽く片手を挙げて挨拶をしてくれたライアンは、その手が毛布の中に消えたかと思うと、数呼吸もしないうちに寝息を零し始めた。
ただ一人、ポツン、と残されたクリフトは、まだ乱れているボードゲームの後や、食べ物の後を見回した。
片付けでもいいけれど、そんなことをすれば誰かが目を覚ましてしまうだろう。
なら、自分も寝てしまおうと、毛布を一枚引きずり寄せる。
そうして──もう一度、部屋の中を見回した。
宴の後の光景は、いつも胸に寂しさを呼び込むものばかりだと、そう思っていた。
なのに今、一人残されて、先に眠る仲間たちの、穏やかな寝息と表情を見ていると、寂しいなんていう感情とは違う思いが込み上げてきた。
熱い──……そして、それはとても優しい、想い。
「…………………………っ……。」
なんと表現していいのか分からない、ただ熱い感情に──沸きあがってくる思いを押し殺すように、静かにまつげを伏せた。
震える睫が、高ぶる感情をあらわしている。
クリスマスの夜──聖者の聖誕祭の大切な夜。
「──全ての人に、幸福な眠りが訪れるように……。」
小さく祈り、十字を切る。
己の願いよりも何よりも、ただ好きな人が──大切な人たちが幸せになれるように祈る。
それは、誰にでもできることだけど……それでも、それ以外、この想いを形にする方法を知らなかった。
だからこそクリフトは、今日最後に、彼らのために祈った。
────望むだけでは手に入らない、大切な…………かけがえのない仲間たちのために。
Marry X'mas For You
はい──少しでも楽しんでいただけたでしょうか? 8人で初めて迎えるクリスマス──サントハイム組を中心に送るクリアリ風味になるはずが、なぜかクリアリを応援する勇者とマーニャとになり、そして結果的に、クリフトに甘い仲間達の話になりました。──いやー、うちのクリフトさん、好かれてますね〜(笑)。
そんなこんなで、このページだけ少し加筆修正されております。
せっかくですので、SSSダイアリーで書いていた「プレゼント探しコネタ」と、「パーティゲームのコネタ」も下にアップしておきました。よろしかったらあわせて御覧くださいませv。
ウキウキな状態でみんなでプレゼント探し♪ の巻き
アリーナ「クリスマスのプレゼントかー……何にしようかしら?」
ユーリル「マフラーとかってどうだよ? 寒いし。」
マーニャ「でもソレ、普通に旅に出たら使わなくなるんじゃないの? 言っておくけど、ハバリアの辺りじゃ、クリスマスだからって雪が降るわけじゃないのよ? 分かってる、ユーリル?」
ライアン「しかし、みんなでプレゼント交換するものを、一緒になって選んでいるのもおかしいな──わたしは別行動をすることにしよう。」
マーニャ「とか言ってライアンさんっ! 変なものを選んでくるんじゃないでしょうねっ!?」
ミネア「ねえさんっ! 失礼でしょうっ!」
マーニャ「だってライアンったら、この間、適当に見繕ってきてって言ったら、凄いものを買ってきてくれたんだからねっ。」
ブライ「そりゃ、ライアン殿に化粧品の買出しを頼むマーニャ殿が間違っておるんじゃい。」
アリーナ「でも、色々あるわよね〜♪ なんだか楽しくなっちゃう!」
ユーリル「そうだよな。あ、でも──そうだな。やっぱり旅の中でも邪魔にならなくて使えそうなものの方がいいのかな?」
アリーナ「それだと、ハンカチだとかそういうのになるんじゃない? でも新しいハンカチは、この間クリフトに貰ったし。」
ユーリル「あぁ……夜なべしてアリーナの名前刺繍したヤツ……。」
ブライ「何っ!? あやつめっ、そのようなものを姫様に……っ!?」
ミネア「ユーリル? そういう紛らわしい台詞を言っては、ブライさんが動揺しちゃうでしょう? クリフトさんは、あなたとアリーナが良く自分のハンカチを取り違えるから、わざわざ、あなたとアリーナの分の名前を刺繍してあげたんじゃないの!」
ユーリル「愛の差を感じるんだけど、このハンカチ。」
アリーナ「そうそう、おそろいなのよね、ユーリルと。」
マーニャ「あー……おそろいなのに、愛の差を感じるわね…………その刺繍の糸の色とか。」
ライアン「マメだな……クリフト殿は。」
ミネア「確か、神学校ではそういうのを一通り学ぶそうですよ。そう言ってました。」
アリーナ「となると、やっぱりクリフトのプレゼントは台所用品一式が一番ってことねっ! お玉とかお鍋とかどうかしらっ!?」
ユーリル「あ、いいかも! この間、鍋に穴が開きそうだとかぼやいてたし。」
マーニャ「って、コラコラ二人とも! そりゃクリフトとミネアはそれを貰ったらうれしいだろうけど、あたしはそんなもの貰ってもうれしくないっ! プレゼント交換は、好きな相手にプレゼントできるわけじゃないんだから、もー少し、普通の人が貰ってうれしそうなものをプレゼントしなさいっ!」
アリーナ「えっ、たとえばどういうの?」
マーニャ「そうねー、わたしならカバンとか、そうそう、あそこの靴なんかもいいわね〜。」
ブライ「そういう個人向きのはダメじゃな。──まぁ、そうじゃの、自分が貰ってうれしいものとかにしておくのがいいと思いますぞ。マッサージ叩きなんてものは、誰が貰っても案外使いそうじゃしのぉ。」
ライアン「ブライ殿はそれで決定ですか? そうですね、それじゃ私は…………。」
アリーナ「自分が貰ってうれしいもの、ね。うん、分かる気がするわ。(←十中八九ダンベルとかタオルになりそうな予感)」
ユーリル「よし、それじゃ僕もそういうのを探してくるよ! じゃ、後でトルネコさんちの前でねっ!(←コッチは食べ物を買ってきそうな予感)」
マーニャ「ハイハイ、それじゃあたしも、ちょーっと行って来るかしらね〜。」
ミネア「って姉さんっ、そこでどうしてカジノの方角に行くのっ!!」
マーニャ「ヤーね、カジノにも、魔法の聖水とかあるじゃないのvv」
ミネア「──コインもないくせに、交換なんて出来ないでしょうっ!!」
ちなみに予想としては、ブライがマッサージ器、ライアンが無難に薬草セット(笑)、ミネアが民芸品のお守り、ネネがクッキー詰め合わせ、ポポロとトルネコが一緒に買いに行って、ハーモニカのアクセサリー(男女兼用)とオカリナ(笑)、アリーナがダンベル、ユーリルがおいしそうなお土産食べ物、マーニャが新しい道具袋。実際に何を買ってきたのかは、買ってきた張本人しか分かりません(笑)。
パーティ中ゲーム編
マーニャ「さぁ、盛り上がってきたところで、王様ゲームに行って見よーっ!!」
ユーリル「おーっ!! ──で、どうやってやるんだよ、王様ゲームって?」
ミネア「くすくす……今こちらに用意した、このクジを一人ずつ引くんですよ。最初に引いた人のほうが有利ですから、順番に──それから、王様以外の人は、ナニを引いたのか、他の人には内緒にしてくださいね。」
アリーナ「分かったわっ! 言っている王様自身も、自分が誰に命令するのか分からない状態なのね?」
トルネコ「そういうことですな。ま、ポポロもおりますから、お手柔らかに、皆さん。」
ネネ「少しくらいのハメなら、外しても結構ですけどね。」
ポポロ「ね?」
ロレンス「それでは最初にジャンケンをしましょうか。」
ブライ「あんまりきついことは言わんでほしいのぉ、若い衆。」
アリーナ「さすがに組み手の相手とかはお願いできないわよねー。」
クリフト「そうですね──さすがにソレは。」
ユーリル「すぐに出来ることじゃないとダメなのか? 王様になった人って。」
マーニャ「んふふー、内容によるわね。ま、常識的判定で行けばイイってこと。」
ミネア「姉さんの口から出た常識って、一体どこまで非常識なことなのかしら……まったく。」
マーニャ「ミーちゃん、あんた、もしかしてもうお酒回ってる? ずいぶん辛口じゃないの。」
ミネア「クリスマスだから、ちょっと口のハメも外してるだけです。」
マーニャ「……言うようになったわ、まったく。ユーリルの影響ねっ。」
ユーリル「ってちょっと待ってよっ! なんでそこで僕の影響になるんだよっ!」
クリフト「はいはい、お二人とも、ジャンケンに加わらないんでしたら、最後になりますよ。」
マーニャ「さりげに仕切ってるわね、クリフト……ハイハイ、加わるわよ。」
ユーリル「待って待ってっ! えーっと……それじゃ、じゃーんけーん…………。」
ブライ「んむっ……どうやら一番初めの『王様』は、わしのようじゃの。」
マーニャ「んーっ、悔しい〜っ! 絶対最初の命令は、『アレ』だって決めてたのにーっ!!」
アリーナ「それじゃ、ブライが言うのねっ。じい! 相手が私だからって、遠慮なんかしないで、ドンドン言ってねっ!」
クリフト「──────…………。」
ユーリル「あっ、クリフト、ちょっと顔が赤い。」
クリフト「気のせいです。」
ユーリル「気のせいじゃないって、ホラ。」
クリフト「だったら、少し熱くて顔がほてってるんですっ。」
ユーリル「お前、ほんっと、アリーナのことになると顔に出やすいよなー。」
クリフト「……………………そういうユーリルだって、顔がにやけてるじゃないですか。」
ユーリル「これはいいんだよ。別にお前みたいに下心があるわけじゃないんだから。」
クリフト「──言いましたね。」
ユーリル「……うっ…………ライアンさん、ちょっと席変わって。」
ライアン「は? どうかなされたか、ユーリル殿?」
ユーリル「いや、クリフトの微笑みが怖い。」
クリフト「──まったく、何もしませんよ、失礼ですね。
……ただ、横がユーリルですから、マーニャさんが王様になったときとか、ユーリルの番号を教えることはできるな、と思っただけですよ。」
ユーリル「ライアンさん、やっぱり席変わって〜っ!!」
ブライ「何をやっとるんじゃ、ソコは……さて、みんなクジは引いてもらえたかの?」
ミネア「ええ、行き渡りましたわ。どうぞ、ブライさん。」
トルネコ「お手柔らかに頼みますよ〜……さすがに夜のエンドールの街を一周走るとか、辛いですからねー。」
マーニャ「カジノで一発当てるまで帰ってくるな、とかでもOKよ!」
ミネア「姉さんっ!」
ブライ「そうじゃの……それじゃぁ…………。」
ロレンス「この瞬間が一番緊張しますねぇ……。」
スコット「『王様』にもよるとは思うがな。」
ブライ「──5番の人が。」
マーニャ「あーあ、外れた。」
ユーリル「……んー、僕も違うかな。クリフトはー?」
クリフト「まだブライ様が最後までおっしゃってないのに、人のを覗き込まないでください。」
ユーリル「なんだよ、ケチ。」
アリーナ「私は違ったわ。クリフトは何番?」
クリフト「姫様まで…………。」
ブライ「わしの肩をもむ。」
ポポロ「はいっ!!」
トルネコ「おお、ポポロだったのか。」
ネネ「頑張って揉んでらっしゃい。」
マーニャおじいちゃんの肩は骨と皮ばっかりだから、気をつけてね〜。」
ブライ「余計なお世話じゃわい。」
ポポロ「大丈夫? 痛くない?」
ブライ「ふぉっふぉっふぉ、ぜんぜん平気じゃ。」
ユーリル「あぁ、そーだよな。アリーナの肩揉みに比べたら……。」
アリーナ「ユーリルー? 私、ちゃんと手加減しているわよ、ユーリルと違ってっ!」
ユーリル「この間、アリーナがブライさんの肩を揉んでいたら、すっごく痛がられてたじゃないか!」
アリーナ「痛気持ちイイのがいいのよ。」
ユーリル「いや、あの痛がり様は尋常じゃなかった。」
マーニャ「そういうユーリルの『指圧』だって、相当痛いわよ?」
ユーリル「指圧って、痛いところを抑えるから指圧って言うんだろ?」
クリフト「………………………………………………。」
ミネア「──……今度、私がコツをお教えしますわ、二人とも……。」
クリフト「そうですね……幸いにして、マーニャさんとかライアンさんとかトルネコさんとか、マッサージには適している体の方も揃ってますし。」
マーニャ「えっ、何よ、私も入るのっ!? そりゃ、あたしが年増だって言いたいのか、こらっ!」
クリフト「誰もそんなこと言ってないじゃないですか……。マーニャさんは、いっつも、肩が凝っただの、腰が痛いだのと言っているのを思い出しただけですよ。」
ブライ「おお、もうこのくらいでいいぞ、ポポロ君。」
ポポロ「肩、痛いの無くなった? ブライおじいちゃん?」
ブライ「ふぉっふぉっふぉ、ぜーんぜん楽になったよ。ありがとう。」
ネネ「──なんだか孫とおじいちゃんって感じで、いいわね。」
トルネコ「本当に──……トムじいさんを思い出すなぁ…………。」
マーニャ「なんか最初っからほのぼの路線で行っちゃったわね。」
ロレンス「それじゃ、皆さんクジを戻してくださいね。混ぜます。」
スコット「クジの1番から順番に引くのか、次は?」
ミネア「そうですね、そうしましょう。そして最後が今王様だったブライさんで。」
マーニャ「ならあたしからだわ。えいっ! ………………また数字ー?」
クリフト「じゃ、次は私ですね。」
ユーリル「その次僕……って、あ、王様♪」
アリーナ「えぇっ、いいなーっ!」
ミネア「さ、皆さん、引いてください。」
ユーリル「クリフト、何番?」
クリフト「王様の癖に覗き込まないで下さいよ、ユーリル……っ。」
ユーリル「いいじゃん、当ててやるから。」
ミネア「はいはい、ダメですよ、ズルはっ。」
マーニャ「そうよ、そういうのはね、こういう風に、分からないようにやるのよっ!」
ライアン「──……マーニャ殿……それはすり替えと言うのじゃないかな?」
マーニャ「あら、分かった? 今の?」
トルネコ「ぷっ、あっはっはっはっはっ! さぁって……みんなに行き渡ったみたいですねぇ……っ。」
クリフト「そうですね、どうぞ、ユーリル。」
ユーリル「うーん……………………。
──────……………………。」
アリーナ「うんっ! 何っ!?」
ユーリル「…………………………。」
ブライ「ほれ、しゃきっとせんかい! 戦闘中は、ハキハキと指示を下しておるじゃろうがっ!」
ユーリル「って言われても──なんか何にも思い浮かばないし……。
クリフト「……ユーリル、好きな番号は?」
ユーリル「えーっと……8?」
ライアン「あぁ、私だな。」
ユーリル「って、今のアリなんすかっ!?」
マーニャ「アリね。」
ミネア「アリですねー。」
ライアン「で、私は何をすればいいのかな?」
ユーリル「えーっと………………。」
クリフト「──なんで私を見るんですか?」
ユーリル「いや、なんとなく。」
アリーナ「! それじゃ、ユーリル、今、何が食べたいっ!?」
ユーリル「は? 今? えーっと……食べるというか、喉が渇いたからジュースが欲しいけど。」
ライアン「では、どうぞ、ユーリル王。オレンジジュースになります。」
ユーリル「え、あ、どうも…………って、何っ!? もしかして僕、これで王様終わりっ!!?」
クリフト「良かったですね、ユーリル王。」
マーニャ「……ぷっ! あはははははははっ!!!」
ミネア「ふふふ……。」
トルネコ「あっはっはっはっはっ!!」
ライアン「あっはっはっは。」
ブライ「ふぉっふぉっふぉっふぉっふぉ。まったく、姫様とクリフトの見事な連携プレーじゃのぉ。」
アリーナ「良かったわね、王様っ!」
ユーリル「良くない〜っ!! くそっ、こうなったら、次、覚えてろよ、アリーナっ、クリフトっ!」
マーニャ「まっかせっなさーいっ!」
アリーナ「えっ、どうしてソコでマーニャが答えるのっ!?」
────そして少しの後
マーニャ「よっしゃーっ!! 王様ゲットーっ!!」
ミネア「あぁ……ついに姉さんに王様が……っ。」
ライアン「お手柔らかに頼むぞ、マーニャ殿。」
マーニャ「もちろんもちろん、まっかせっなさーい♪」
ユーリル「んー……。」
クリフト「ユーリル。人の番号を見ないように!」
ユーリル「だって、マーニャの王様だぜ? 気になるじゃん。」
アリーナ「何をするのかしら? ワクワクするわね♪」
トルネコ「さぁ、皆さん引き終わりましたよ。マーニャさん、どうぞ!」
マーニャ「んんー……コホン。それじゃ、1番っ!」
アリーナ「あっ、私っ!」
クリフト「………………いやな予感がする。」
ユーリル「ん。」
クリフト「て、ユーリルさん。何、指を広げてるんですか?」
ユーリル「いや、指の運動、指の運動♪」
マーニャ「の人が、5番の人に、ほっぺにチュウしなさい♪」
アリーナ「えっ、そういうのってアリなのっ!!?」
ブライ「1番が姫様ということは、ひ、姫様が誰かにせ、接吻をすると言うことかっ!?」
マーニャ「やーね、アリよアリ! だって、遠慮してほっぺにチュウにしてやったじゃないの。」
ユーリル「王様に奉仕させるだけが命令じゃないんだなー、ふーん。」
クリフト「また棒読みな台詞を吐きますね、ユーリル……っ。」
ユーリル「まぁまぁ、アリーナからのクリスマスプレゼントだと思えばいいだろ?」
クリフト「クリスマスプレゼントって……もし、5番の人がスコットさんとかロレンスさんだったらどうするつもりなんですかっ!」
ユーリル「って……は?」
ネネ「あら……5番っていうと、私ですね。」
クリフト「──……ほぉ……良かった…………。」
ブライ「はぁ……まったく、心臓に悪いわい。」
マーニャ「…………ちょっと、ユーリル?」
ユーリル「──あれ? ちょっとクリフト、ゴメン。」
クリフト「って、なんなんですか、一体。」
ユーリル「──────…………あ、ごめん、マーニャ。
クリフトの番号、6番だった。」
マーニャ「ユーリルーっ!!」
クリフト「ほほぉ……二人とも、グルだったってことですか?」
マーニャ「うっ。」
ユーリル「えっ、いや、そんなことはないんだけど、あるっていうか、なんていうか。」
アリーナ「ネネさん、ほっぺた貸してね。」
ネネ「くすくす……はい、どうぞ。」
チュ。
アリーナ「ふふ……なんだかくすぐったいわね。」
ネネ「ええ、そうですね……。」
アリーナ「ほっぺにキスなんて、本当に久し振りで──なんだか、うれしかった。
ありがとう、マーニャ。」
マーニャ「え、あ、あぁ……うん、どういたしまして。」
ユーリル「なんか喜ばれてもな……。」
クリフト「まったく、後で覚えててくださいよ、二人とも。」
マーニャ「ちょっとちょっと、お遊びじゃないのよー。」
クリフト「だからこそ余計に、怒ってるんじゃないですかっ。」
ユーリル「……せっかくクリフトのうろたえる姿が見えると思ったのに、失敗だったなぁ。」
マーニャ「そうね……。」
ミネア「今度は、もっと巧妙に仕掛けないとダメよ、二人ともっ!」
マーニャ「ぅわっ、ってあんた、一口噛むの?」
ミネア「うふふ──たまにはソレもいいじゃないの。」
トルネコ「それじゃ、次は──王様ゲームをやめて、ツイスターゲームっていうのは、どうでしょう?」
マーニャ「ふふ……トルネコさん、やるわね……っ!」
クリフト「──────……………………またあの人たちは…………っ。」
アリーナ「え、何々? もう王様ゲームは終わりなの?」
ネネ「次は体を使ったゲームだそうですよ。アリーナさんもそういう方がお好きでしょう?」
アリーナ「うんっ! 大好き!!」
スコット「……だがこの場合、男と女が組み合わせになると、非常に嬉し恥ずかしい。」
ロレンス「じゃ、スコットさんだけ、男同士でやればいいんじゃないですか?」
スコット「誰も女性とやりたくないとは言ってないだろうがっ!」
クリフト「──……姫様。いいですか、姫様は、絶対にっ! ミネアさんとネネさんとポポロ君とブライさま以外とは、参加してはいけませんからねっ!」
アリーナ「えっ、でも、体を動かすゲームなら、ユーリルとかライアンさんとかとの方が楽しそうだわ。」
クリフト「それほど体を動かすゲームじゃないから、大丈夫です。
あぁ……それから、マーニャさんとも、絶対に、しないでくださいねっ。」
マーニャ「ソコ! 神官、横暴ーっ! そんなこと言っていると、あたしと組ますわよっ!?」
クリフト「どうぞ? 別に私はかまいませんよ。」
ユーリル「マーニャっ! 僕が許すから、遠慮なくやっちゃってくださいっ!」
クリフト「って、ユーリルっ! 何言ってるんですかっ!」
ブライ「いつもの格好じゃない分、強気に出たのはいいが、墓穴堀りじゃのー。」
マーニャ「ふっふっふ……覚悟なさい、一番初めは、あたしとあんたよっ!!」
ミネア「姉さん……どうして指がワキワキしているのか、聞きたいんだけど?」
マーニャ「意気込みよっ!!」
トルネコ「あはははは──ポポロもいますから、お手柔らかに頼みますよー、マーニャさん。」
マーニャ「──あ、そっか、そうね……チッ。」
クリフト「チって……何する気だったんですか…………本当に………………。」
ユーリル「え、何する気だったんだろ?」
アリーナ「クリフト、頑張ってねっ! わたし、遣り方わからないから、じっくり見てるわっ!」
ユーリル「うん、そーだな。一緒に見てようか、アリーナ。」
ポポロ「僕もー!」
クリフト「…………ユーリル……顔が、にやけてますよ……っ。」
ユーリル「え、そう? 気のせい気のせい(笑)。」
マーニャ「さぁっ! どーんと来いっ、クリフトっ!!」
ミネア「……はぁ…………。」
ブライ「ま、たまにはクリフトにゃ、荒療治も必要じゃろ。ほれ、とっとと行って来い。」
クリフト「………………はい、わかりましたけど…………後生ですから、アリーナさまは…………他所を向いていてくれると、ほんっとうに、ありがたいんですけど…………。」
マーニャ「しのごの言わないっ! さっさと来るっ!」
こうして──夜は更けていく。
書いててとても楽しかったです。こういう、ウッカリな勇者さん好きですよv(笑) 女勇者だと、クリフトはなんだかんだ言って彼女に甘くなりますが、男勇者には、ある意味容赦がないというか……心を許しあっている友人同士って感じで♪