ダンブルドア先生がおっしゃったことで、彼女が心労を感じているのは、二人とも分かっている。分かってはいたけれど、ここまであからさまにその色を宿しているのは、どうにか落ち着いてきた不安を、掻き立てられるような気すらした。
「ママ、ハリーなら大丈夫だよ。寝てるだけなんだから。」
 ロンは、心配性のママを安心させるように笑いかけると、彼もまたハリーの寝顔に視線を落とす。
 なんだか、そう思って見ていると、先ほどよりも安らかな眠りをむさぼっているように見えなくもなかった。
「きっと、明日の朝になったら、元気に目を覚ましてくれます。」
 ハーマイオニーもまた、微笑みを広げて力強く頷きながらそう告げた。
 そんな二人を、どこかまぶしいものでも見つめるかのような視線で見つめた後──ウィーズリーおばさんは、二人にソ、と囁く。
「さ、私たちも席を外しましょう。みんなもう先に出て行ったわ。」
 どこか苦しそうな色を乗せて微笑みながら、彼女は二人の肩を軽く叩いた。
「ううん……、ぼく、ココに残るよ。」
「私も、残ってます。」
 けれど、ロンもハーマイオニーも、小さくかぶりを振ってハリーに視線を落とした。
 せめて今だけは……ココに居たい。
 そう訴える二人をしかし、ウィーズリーおばさんは頭を振って止めた。
「ダメよ。あなたたちにも休息が必要よ。」
「でも……っ!」
 だから行きましょう、と、肩を強く押される。
「ハリーが起きたときに、あなたたち二人が疲れた顔をしていたらダメよ。
 さぁさ、出ましょう。」
 今度は、優しい押しだった。
 けれど、二人は互いの顔を見て──確かに疲れていてみっともない、と顔をクシャリと歪めて、渋々頷くしかなかった。
 名残惜しげにハリーの顔を振り返って、ロンとハーマイオニーの二人は、ウィーズリーおばさんの手に優しく導かれながら、部屋を出た。
 既に人気の無くなった廊下は、どこかヒンヤリとしていて、遠く聞こえるざわめきも遠い。
 どこか知らない場所に放り出されたような気がして、ロンは軽く首を竦める。
「暖かい飲み物でも飲んで、ベッドに入ればすぐにグッスリよ。」
 そんなハーマイオニーとロンの二人の背中をポンポンと叩いてやりながら、ウィーズリーおばさんは小さく微笑んだ。
 そのまま、後ろ髪引かれる思いを引きずっている二人を、寮まで導いていこうとして──ふ、と、彼女は足をとめた。
「ママ?」
 後ろから押す手がなくなったことにふと疑問を覚えて、ロンは首を傾げるようにして母を振り返った。
 すこし暗い色の目を伏せて、考え込むような表情を見せていたウィーズリーおばさんは、ためらうように目線を落として、床をジッと睨みつけている。
 そんな彼女に、おずおずとハーマイオニーが顔を覗かせた。
「おばさま、ご気分でも悪いのですか?」
──確かに、今日は色々ありすぎた。
 自分たちも頭がパニックして、ヒートしそうだと思うことが何度もあったのだ。
 それでも一生懸命乗り切ってきた。乗り切って、ココまで来た。
 しかも最後にあった「あれ」は──去年、ハリーの身の安全を誰よりも心配していたウィーズリーおばさんにしてみたら、衝撃以外の何者でもなかったはずだ。
 ──見事な体躯の黒い犬が、人の姿に戻ったときの、ウィーズリーおばさんの悲鳴は、今もハーマイオニーの耳にこびりついている。
「──……あぁ……ハーマイオニー……ありがとう、大丈夫よ。」
 フラフラとする頭を軽く振りながら、ウィーズリーおばさんは笑った。
 笑った後で、すぐに顔つきを険しくさせ──そう、先ほども見せていた暗い色を瞳に宿す。
「ただ、ちょっと……そう、どうしても気になることがあって……。」
 胸が苦しいというかのように、手の平を胸に当てて、ふぅ、と辛そうな息を吐く。
 ロンとハーマイオニーは、そんな彼女を前に、チラリと視線を交し合った。

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