「気になることって……。」
 口に出して言えない「あの人」のことか、それとも。
「……シリウス?」
 意味深に視線を交し合ったロンとハーマイオニーの口から出てきた「名前」に──瞬間、ウィーズリーおばさんは、がばっ、と勢い良く顔を上げた。
 その目が、なんとも言えない光を宿しているのに気づいて、二人は、あぁ──と、溜息を噛み殺した。
 やっぱり彼女は、「ハリーの命を狙っている(ことになっている)シリウス=ブラック」のことに、納得していなかったのである。
「そう──そうよ、シリウス=ブラック……っ。
 ロンっ、本当にあの男を、信用しても大丈夫なの!?」
 かすかに血走った目で詰め寄る母に、ロンは思わず目線でハーマイオニーに助けを求めた。
 ダンブルドア先生に言われて、渋々納得した形のウィーズリーおばさんであったが、ハリーの命が掛かっていただけに、どうにも納得しきれないようであった。
 「母の心配」は、ダンブルドア先生の一言ですら、完全に払拭させることはできなかった、ということである。
「だ、大丈夫だよ、ママ! なんてったってシリウスは、ハリーにすっごく甘いんだからっ!」
 去年の事件でも、ロンとハーマイオニーは、シリウスのハリー可愛がりを目撃している──しかも今回は、それ以上の「ハリーが可愛いらしい」という事実を掴んでいた。
 ハリーが信頼しているシリウスを、母にいつまでも誤解してほしくないという思いをこめて、ロンは大ぶりな仕草でウィーズリーおばさんを覗き込んだ。
「何せ、シリウスは、ハリーに会うために、ネズミを食べて生活してたくらいなんだよっ!?」
 ロンにとっては、最大限の言葉のつもりであった。
 何せロンもハーマイオニーも、ハリーのためにネズミでなんとか過ごしていたシリウスに、(ある意味)感心していたのだから。
「そうですよ、おばさま。ハリーのファイアボルトだって、シリウスが……。」
 ハーマイオニーも、そんなロンを援護するように微笑みながらそう続けようとした瞬間、キラリ、と光ったウィーズリーおばさんの目を掠めた感情に一瞬早く気づいた。
 怒りに染まった目の色に、ハーマイオニーの優秀な頭脳が閃いた。
 すなわち……、
「ロンっ、まずいわっ! ネズミの話題は……っ!」
 小さく素早く口走った台詞に、ロンはしかし思い当たらなかったらしい。
 つい去年、ネズミがどうのと、クルックシャンクスに当たっていた事実を、スッカリ洗い流してしまったのだろうか?
「そう──そうだったの……やっぱりそうなのね…………。」
 ウィーズリーおばさんの口から零れた低い声に、ハーマイオニーは、あちゃぁ、と小さく呟いて、キュ、と大きな瞳を閉じた。
 ロンは、何が何なのかわかっていないような顔で、軽く首を傾げている。
「ママ?」
「シリウスが、うちのスキャバーズを食べたんだわっ!」
「………………っ!」
 キッ、と、目を厳しくさせて叫んだウィーズリーおばさんに、ぽかーん、と口を開いてロンはあっけに取られた。
 取られた後──クルリとハーマイオニーを見た。
 ロンの視線の先で、ハーマイオニーは頭痛を覚えたように額に手を当て、はぁ……と溜息を零していた。
「ハーマイオニー……ど、どうしよう?」
「どうしようって……あなたの母親じゃない。なんとかしたら?」
 やっぱり、シリウス=ブラックなんて、信じられないわっ!
 そう拳を握り締めて叫ぶ母に、ロンは途方にくれた顔になり、ハーマイオニーは呆れを満面に浮かべて軽く肩を竦めた。
 ロンは、興奮して「ハリーは私が守るわっ!」と叫んでいる母を見上げて、先ほど去ってきたばかりの部屋のドアを見やった。


────…………ゴメン、ハリー。
 ぼくにはどうしようもないよ。


 母に勝てないことを十分居るロンは、さっさと母を説得することを諦め、そ、と胸の前で手を合わせるのであった。
 そして、そんなロンを分かっているからこそ──はぁ、と……ハーマイオニーは重々しい溜息を零して、ゆるくかぶりを振ってみせるのであった。


BACK