まだ残っているご飯は、湯気も立てていない。もう大分冷めてしまったのだろう。
「…………。」
「ちゃんと食べないと、体力もたないぞ? リフト艦……結構大変なんだろ?」
心配の色を含めて見てくれる瞳が、少しだけ揺れている。
こういう表情をするとき、彼が自分だけを指しているわけじゃないことを、イクミは経験上良く知っていた。
前は、どちらかというと、意地で表に出さないようにしていたようだけど、今は無意識ににじみ出てきているのだ。
おにいちゃんってのは、苦労性だね。
イクミが軽くそう思ってしまうのは、自分もまた「弟」の立場であるせいかもしれない。
「まぁ、ね。その分、充実感はあるんだけどさ。
やっぱ、他のトコみたいに、シフト制じゃないのがキツイな。」
「しょうがないさ。メインパイロットは、代えが居ないんだから。」
ほら、そういう顔。
苦笑にも似た顔は、以前なら嫉妬の色が見え隠れしていた。
なのに今は、心配の色ばかりが見える。
誰を心配しているのかは──追及する気もないけど。
「…………イクミ、食べ切れないなら、タッパーに詰めてもらうか? リフト艦で、お腹すいたときにでも摘めるように。」
「────。」
少し眉を曇らせて尋ねる彼に、イクミは少し拍子抜けしたような気持ちになった。
「昂治君、おばさん臭い。」
「…………〜〜! あのなっ!」
とっさに昂治が言い返そうとした瞬間。
ふわり
空気が、舞い降りた。
は、と目を見開く気配がする。
あたりの人々が、息を飲むのが分かった。
その変化に気付かないのは、おそらくは──……ただ一人だけ。
「あ…………。」
小さく呟いたイクミの視界に、昂治の顔と──そして、彼の後ろに現れた美少女とが映った。
メタルパープルの奇妙な衣装に身を包んだ、不思議な少女。
彼女は、何もない空間から現れ、そのまま宙に浮かぶ。
「ん……?」
異変を感じたらしい昂治が、軽く顔をしかめたと同時、彼女は細く華奢な腕を伸ばし、スルリ、と彼の背中から抱きつく。
首に腕を回し、背中に身体を密着させるようにして、彼の顔を覗き込んだ。
「コウジ……。」
愛らしい声は、良く知ったモノ。
突如現れた少女の存在に──彼女が何者なのか、誰もが分かっているはずなのに、それでも衝撃は存在していて、思わず誰もが絶句した中。
「あれ──ネーヤ。」
いともあっさりと、彼女に名を呼ばれた少年は、その少女の名を口にした。
首を傾げるようにして、彼女と間近に目線を合わせる。
「どうかしたの、ネーヤ? 困った顔してる。」
イクミや他の者達には、無表情に近い仮面を被っているようにしか見えない少女であったが、昂治にはその区別が分かるらしい。
彼は、心配そうな顔で、自分にべっとりとくっつく少女を見る。
彼女は、困ったように小首を傾げると、しばらくしてから、コクン、と頷いた。
「ワカラナイ……わからないの、コウジ。」
「何が?」
同じく小首を傾げて問う昂治が、ネーヤのサラサラと触れる髪を撫でてやる。
その彼の動作に、少し落ちついたのだろう。
彼女は、たどたどしく言葉をつむぎ始める。
「エイエン……宇宙が、エイエンに似てるって……。
ダレもが求め、ダレもが手に入れられない、モノ。
エイエンって、なに?」
「永遠? …………えーっと……それは、ダレからの情報っすか?」
イクミが眉を顰めるて尋ねるのに、ネーヤはフルフルと頭を振る。
どうやら全く分からないらしかった。
昂治は、それに少し考えるように唇を歪めてから、
「ごめん、ネーヤ。俺にも分からないよ。」
答えを自分に求める少女に、笑いかける。
苦笑にも似た微笑みは、彼に良く似合っていた。
「コウジも、わからないの?」
「うん──すごく、難しいことだと思うから。」
大切に、大切に言葉をつむごうとする彼の言葉は、優しさに満ちている。
ネーヤは、少し瞳を細めて、彼の言葉を身体に感じさせる。
「ムズカシイ……。」
「そう。答えは、一つじゃないと思うし、決められることでもないと思うんだ。」
「??」
「えーっと──そうだな。
それは、多分……これから俺達がみんなで、探して行くもの、かな?」
「ミンナ?」
「そう。」
「ネーヤも?」
「うん、ネーヤも。」
「コウジも?」
「そう、俺も。……皆。」
ネーヤは、紫水晶の瞳を瞬かせて、彼の海色の目を見つめた。
そうして、ゆっくりゆっくりと呟く。
「探す──皆で。
エイエン。
手に入るけど、入らない。」
無表情のまま、軽く首を傾げると、
「うん……なんとなく、わかったような、キがする。
アリガトウ、コウジ。」
ニコ、と、笑った。