──どこまでも続く宇宙は、まるで永遠のようだと思った。




「エイ……エン…………。」
 つたない言葉で、彼女のふっくらとした唇が言葉をつむぐ。
 幼い子供のように、軽く小首を傾げる様は、愛らしいそれ。
 しゃらり、と揺れる銀の髪が、強い照明の光の下で、キラキラと光を弾いている。
 白い肌が透き通るような少女は、あどけない表情に不思議そうな色を掃いて、もう一度呟いた。
「えいえん──……ダレもが求め、ダレもが手に入れられない、モノ……?」
 たどたどしく呟きながら、彼女は考える。
 けれど、答えはどこにもなく、少女は少し逡巡したあと、ふわり──と、その場を立ち去った。
 いつも欲しい答えをくれる、少年の元へと向かうために。




 航宙可潜艦──リヴァイアス。
 それは、多くの可能性を秘めた船。
 人類の未来を託された「ヴァイア船」の一つ。
 永い沈黙の末、「事故」により目覚めたこの船の可能性は、どのヴァイア船よりも強く、高かった。
 その直接的な原因は、今から約2年近く前に起こった「リヴァイアス号事件」である。
 精神的に不安定な年頃の少年少女たちだけを乗せた船、リヴァイアスの九ヶ月もの漂流──その間の戦いの記録が、誰もにリヴァイアスを圧倒的に魅せつけたのだ。
 それが故に、この船に期待は寄せられ、リヴァイアスを目覚めさせる直接の原因となった「子供達」のほぼ半数は、自分たちの運命を変えた船に、戻ってくることとなった。
 さまざまなことが起こり、痛みや苦しみ、そして小さな希望や喜びがあった場所。
 色んなことがあって、子供達は大きくなった。
 社会を学んだ。
 そうやってリヴァイアス社会を育んできた子供達は、二度とあのような失敗は繰り返すまいと、リヴァイアスについて──ひいてはヴァイアについての知識を学ぶこととなった。
 二度目の航海は、子供達だけではなく、大人も乗り込んでいる。それは、リーベ・デルタと同じように学習できるシステムを組み入れたがための教官達であったり、リヴァイアスと子供達を繋ぐ絆を調べるための研究員であったり、もしもの時の医療スタッフであったりした。
 けれど、リヴァイアスを九ヶ月もの間動かせていたのは、紛れもなく子供達であり、リフト艦に関しても付け焼刃の大人よりも、子供達の方がよっぽど通じていた。
 そのためか、船のメインスタッフのほとんどは、最初の航海時のメンバーばかりである。
 見た顔ばかりが広がる場所は、一種最初の航海と同じかと思うのだが、整備されたリヴァイアス内の空間が、それが違うと訴えている。
 ここ──当時はポイントを出さなくては物を支給されなかった食堂もまた、綺麗に整備され、暖かな雰囲気が保たれている。
 どこを見ても知っている顔ばかりであるということは変わらなかったが、そこだけは以前と格段に違う点であった。
 その、食堂の一角で。
「っていうわけなんだよね。」
 少し遅目のランチタイムを取る、明るい髪の少年と、
「へぇ。」
 気のない返事を口にしながら、コーヒーを啜る少年とが向かい合って座っていた。
 なぜか彼らの周囲に人は居なく、少し遠巻きに座る人の視線が集中している。
 それに気付いているのか気付いていないのか、先ほどから一向に食べるスピードの進まない少年が、拗ねたように唇を尖らせた。
「って、あのね、聞いてます、昂治君?」
 からん、と手にしたフォークを置いて、ジト目で見上げるように親友を見ると、相手は相手で、片目だけを眇めるようにして彼を見下ろす。
「イクミ。しゃべってる暇があるなら、さっさと食べろよ。昼休み、少ししかないんだろ?」
 少し呆れたような声音に、イクミは軽く返事を返して、再びフォークを手にした。
 まだ半分ほども残っている昼食は、正直言って胃に重かった。
 あれほど待ちわびていた昼食のはずなのに、お腹が空き過ぎて、食べれないのだ。それどころか、胃まで痛くなってきたような気がした。
「……あーあ、きっとこれは、ストレスだな。」
「────はぁ?」
 呟いたイクミに、思わず昂治はすっとんきょうな声を上げた。
 何がどうなってそういう話になるのかと、昂治はいぶかしげな顔になる。
 イクミは、がっくりと両肩を落とすと、
「胃がシクシク痛むんですよ。仕事仕事で、ぜんぜん心休まる暇もなくって、やっとの思いで取った昼休憩の安らぎも、昂治君は相手にしてくれないし……。」
「………………あのな、イクミ?」
 イジイジと、わざとらしいくらいいじけ始める親友に、諭すように昂治は話し掛ける。それでもイクミは顔を上げない。
「俺は、今日は休みなんだけど? そこを、今から昼を食べるから付き合えって言ったのは、イクミだろ?」
「だーかーらぁ! 昂治は優しさが足りないって言ってるの! 俺だって、普通に昼食食べたいよ? でも、できないから、せめて一人で食べたくないっていう気持ちをだねぇ。」
「リフト艦のメインのヤツラと食べたらいいじゃないか。」
 コーヒーを口元に運びながら、昂治が口にした言葉に──イクミは、微妙に顔を歪めた。
 彼は最近、良くこういう言い方をする。
 今までは決して口にしなかった言葉だ。
 その面子の中に含まれているただ一人を無視するかのように、口にはしなかった言葉だ。
 けれど、二度目の乗船以降、彼は平気で口にするようになった。
 まるで、前回に抱いていた意地も何もかもを、捨ててしまったように。
「いつも顔合わせてるヤツと食べても気分転換にはならないぜ。俺は、昂治君と食べたかったの。」
「そりゃ悪かったね。俺だけ先に食べてて。」
「…………〜〜だから、それは俺らの昼食時間が遅くなったからー。」
「イクミ。進んでない。」
 まるでいじめられているようだと、イクミの声が震える瞬間、昂治はカップを持っていた手とは逆の手で、トレイを指差す。


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