のどかな──なんとものどかな景色は、昼寝をしたい場所ナンバー5に入る、農場国のいつもの光景だった。
一面を染め上げる黄金色の穂先が、ゆらゆらと揺れる広大な農地。
それらを前にして、上等の衣服に身を包む二人の男性が、両手を広げている。
以前には感じ取れなかった──感じ取れることすら知らなかった、空気のゆれる感触が、少年の背中を駆けあがった。
けれども、少年のその些細な変化は誰も気付かず、その場に集まった全てのものの視線は、前方に当てられていた。
凛々しい青年と、愛嬌たっぷりの男性へと、注がれている。
それを感じ取りながら、彼は知らず片手を自分の肩に食い込ませていた。
うぁん、うわぁん、と頭の中で何かが鳴り響いていた。
それが何なのかと、細い眉を顰めた瞬間。
しゅっぽーん!
なんだかマヌケな、というと悪いのだが、そう以外形容できないような音と共に、少年の兄と父の体から、可愛らしい丸い物が無数に飛び出して行った。
それらは、見ているこちらが微笑みを零しそうになる愛嬌で、せっせと稲刈りを進めていく。
少年はそれを見ながら──毎年恒例の王族稲刈り手伝い、の光景を見ながら、ああ、と小さく呟いた。
そして、食い込ませていた肩から手を離すと、
「そうか。出たがってるのかもしれんな。」
ぽつり、と小さく呟いたのであった。
その言葉を聞きとがめる者は誰も居なく、また意味を理解できるものも、誰もいない──はずだったのだが。
「出さないで下さいよ、カナン様。」
いつのまにか隣に立っていた青年が、低くご注意をもたらしてくれた。
少し驚いた目を横に向けると、小さな頃から自分の世話役についていた青年が、目を眇めてカナンを見下ろしていた。
空から降り注ぐ太陽の光が、少し目に痛い。
「まだ何も言っていないじゃないか。セレスト。」
やや憮然とした口調をにじませると、彼は重々承知しているとでも言いたげに頷いた。
「ええ、まだ、何もおっしゃっていませんね。」
嫌に、「まだ」に力がこもっていた。
やはり、伊達に長年付き合ってはいないのだろう。
しかも、ただの付き合いだけではなく、時々「パートナー」という付き合いまでしている。
そのため、さらにツーカーの距離を縮めてしまったようである。
それは、「パートナー」としては最適な距離だが、こういう時は非常に邪魔な距離であった。
「なら、何も言うな。」
つん、と顎を逸らして答えると、セレストはいつものように自分のこめかみを解すような動作をしたあと。
「なら、何もしないでくださいね?」
「……僕が何もしなくても、勝手に出てくるかもしれんがな。」
小さく答えた声は、こっそりと口元を覆った手によって、聞こえないはずであった。
けれども、こう言うときだけは地獄耳になるセレストは、きりり、と眉を顰めた。
お小言を聞くのはごめんだと、カナンは不意に自分の両手を叩いた。
「ああ、セレスト! すっかり忘れていた。」
そして、満面の笑顔で、彼を振り仰ぐ。
こういう笑顔の時の自分が、セレストを身構えさせるとわかっていての、笑顔であった。
現に、彼は何を言い出すのかと、しっかりと身構えている。
そんな自分付きの世話役であり、冒険時には頼りになるパートナーであるセレストに、カナンは一番効果的だと分かっている表情で、
「僕の幻獣なんだがな。
朝から飛び出して行ったきり、戻ってこないんだった。」
あっさりと、本日のジョーカーを出してあげた。
瞬間のセレストの顔といったら、「今日の絵日記」に書きたくなるくらいであった。
「な……なななな…………っ。」
けれど、それ以上叫ばないのは、やはりカナンが王族としてここに立っているからであり──そう、こうしている間にも、国民やゴシップ記者などには注目されているはずなのである──、誰が耳をそばだてているかも分からないからである。
「なんでっ、それを早く言ってくださらないんですか! というか、何を朝から出しているのですか!!」
すばやくカナンに顔を寄せて、小さく叫ぶセレストに、少年は間近に見える端正な顔に笑ってやった。
「いや、ほら、朝から忙しそうだっただろう? だから、つい、ぽん、と出てしまったものを、そのままにしてしまってな。
それに、セレストも忙しそうだったし。」
忙しいのは忙しい。
何せ、今日は騎士団がこぞって城下の守りを強化せねばならないのだ。
若くして副団長という身分であるセレストとしては、どうしても、忙しくなってしまうのだ。
確かにカナンのお守り役をしているセレストであるが、一応、本来の任務は騎士団の副団長なのだから。
こう見えても、騎士団ナンバー2の実力の主なのであるから。
「だからって、何もそのままにしておいて──! もし、誰かに見つかったらどうなさるおつもりなのですか!!」
「あの事件」のことは、未だに誰にも告げておらず、二人だけの秘密になっている。