カナンが心に秘めた「冒険者になる」という宣言も、時の流れと、変わりない日常にうずもれて、時々夢物語のように感じることがあったのだけど──それを忘れるなといわんばかりに、カナンはあの冒険で手に入れた力を、具現させる。
そのことに関しては、再三口を酸っぱくして言いつづけてきたのだが──さすがにカナンだって、本来なら一子にしか遺伝されないはずの幻獣を出せる力、というのを出してしまった重要性を分かっているだろうに──、さっぱり治る様子はない。
今のように、ぽん、と出して、そのまま側にくっつけたのを忘れたまま、部屋から出ようとしたことだって、一度や二度じゃないのだ。
「うーん──それはそのとき、兄上のだとか、父上のだとか言って誤魔化す。
いや、ペットとして買ったという手もあるか。」
「………………カナンさま〜?」
ふむ、と真面目に顎に手を当てて考えた答えは、セレストにとっては至極不快なものであったらしい。
眉間に青筋を立てて、彼は肩を震わせている。
そんな彼を前にしても、まるでどうじないあたり、毎日のように何かしでかしてはお小言を受けている「慣れ」としか言いようがなかった。
「そんな顔をするな。冗談に決まってるじゃないか。」
「冗談じゃなかったら、こっちが困ります。
──それで、一体、どこに居るのが、カナン様の……なのですか?」
さすがに「限定の単語」を口にするのははばかられたのか、セレストはあたりをうかがうようにして、カナンに尋ねる。
カナンは、もう一度顎に手を当てて、軽く首を傾げたと、キョロリとあたりに視線をさまよわせて──そのまましばらく動きを止めた。
「………………んん?」
なんだか、嫌な展開になりかけた気がして、セレストは目に力を込めてカナンを見下ろす。
カナンは、そんなセレストに気付いているのか気付いていないのか、あっさりと。
「すまん、セレスト。
あの中のようだ。」
ぴしり、と、悪気もない態度で、うようよと大量発生している「父上の幻獣」と「兄上の幻獣」を指差した。
「…………〜〜〜っ!?」
それの意味するところが何なのか、一瞬で考えつかなかったら、騎士団副団長などについてはいない。
ぱくぱくと口を開け閉めするセレストに、カナンは柳眉を顰める。
「困ったなぁ。他の幻獣が珍しいらしく、つい近づいてしまったらしいぞ。」
「らしいぞ、じゃなくって、らしいぞ、じゃなくって……っ! どうなさるおつもりなんですか、カナンさまっ!
だからあれほど、普段から気をつけるようにって申し上げたじゃないですか!」
「起きてしまったことはしょうがないじゃないか。」
反省もしていないような主君の態度に、セレストの口が何も叫び切れず、呼吸のみとなった溜息を零した。
それから、彼はことさら声を潜めるようにして、カナンを責める。
「しょうがないではありません。陛下やリグナム様が、幻獣を戻したときに、一体どうなさるおつもりなのですか?
カナン様の下に戻られる場面を見られてもまずい、かといって、他の幻獣が消えた後に残っていてもまずいんですよ?」
ひそひそと声をひそめての抗議に、カナンは笑顔で指を振った。
「ほら、あれがあるじゃないか、セレスト。」
「あれ?」
ほらほら、とせっつくように告げるカナンの嬉しそうな言葉に、けれどセレストは何も思い出せない。
眉を寄せて尋ねる彼に、こそこそと口元を近づけて、カナンは両手の人差し指と親指で、丸を描いた。
「封印のツボだ。
あれにまとめて封印すれば、どれが僕の幻獣なのか、誰にもわからないだろう?」
「………………〜〜〜〜っ!!」
ギルドの者達に騙されたあの時に、しっかりと手にしたままだったらしい封印のツボは、今もカナンの私室でひっそりと眠っている。
ソレを差しての言葉だと、良く──良く理解しているセレストの唇が、何か言いたげに開いては閉じた。
その結果、
「そんなことすれば、カナン様が反逆者扱いで、追われることになるんですよ!?」
苦痛に満ちた、苦い苦い声が零れたのも、仕方のないことで。
「ん……そうか、さすがに僕も、あれを二度も体験したくはないな。」
少し肩と顎を落とし、がっくりとうなだれるカナンの様子は、笑い声溢れるこの政にはまるでふさわしくなくて、セレストは頭痛を覚えたかのように溜息を押し殺して見せた。
「と、とにかく──その幻獣に、なんとか姿を隠してもらっていて、皆が居なくなってから、こそっと戻すとかは出来ないのですか?」
「……………………ああ、そういう穏便な方法もあったか。」
ぽつり、と呟いた言葉に、セレストの頬が引き攣った。
しかし、そんな従者の反応にはまるで気付かないまま、カナンは笑顔で彼を見上げた。
「しょうがないから、それで行くか。な、セレスト?」
「──……そうしてください、ぜひ。」
なんだかとても疲れて、それ以上言う言葉もないまま、セレストは空を仰ぐようにして、そう告げたのであった。