「……ふぅ……しかし、こう連続で戦闘が続くと、辛いね……。」
 空を目指すことを決めたリュウの目指す先を──まず目指さなくてはならないだろう場所目掛けて進んでいた一行は、前に立ちふさがる強敵ディクとの戦いの連続に、ダイブ疲弊しきっていた。
 荒い呼吸と共に、銃を握り続けた指先の強張りを解していたリンが、そう小さく零して眼を閉じた。
 空気の汚染が酷い地域は、視界が霧がかったように悪く、よく見据えないと敵を射程内に捕えることも出来ない。
 そのため、普段以上に神経をすり減らす結果となってしまい、緊張の連続を体験した体も、ずっと銃を握っていた指も、そして見据えていた眼も、何もかもが凝りすぎている。
「ここなら、休めそうだし、少し休んでいこう。」
 地下奥深くまで続く迷路のような部屋の残骸の一室──壁で四方を囲まれている部屋の中には、野良ディクの気配もない。いつから打ち捨てられているのか分からないベッドも、埃臭いだけで使えそうだった。
 一晩──……とは言っても、空がない地下の世界には、朝という概念がないのだけど──休むくらいのことは出来そうだった。
 リュウは、壁に背を預けて今にも倒れそうなリンにそう提案してみせる。
「そうだな。」
 リンはそんな彼の言葉に頷いて、銃を久し振りにホルスターに戻した。
「ニーナ。部屋から外には出ちゃダメだよ。」
 一番体力がない少女は、戦闘が終わるたびに辛そうに胸に手を当てて、荒い呼吸を無理に飲み込んでいたものだが──子供というか何というか、休憩だと聞いた途端に、ちょろちょろと部屋の中を歩き始める。
 落ち着かないのだろうと、リンは苦笑を噛み殺しながらニーナに声をかけておく。
 ニーナは、片方の顔を覆っている前髪を揺らして、こくん、と小さく頷いた。
 そしてそのまま、頼りない足取りでリュウの元へ行くと、彼の隣にチョコンと座る。
 そんな懐いている様子が可愛くて、リンは思わず口元をほころばせて微笑んで見せた。
 リュウは、ニーナの華奢な手が自分の腕にかけられたのを見て、一瞬眼を細めたかと思うと、そ、と……壊れ物を扱うかのような手つきで、彼女の手を握り返す。
 大きく眼を見開くニーナが、ゆっくりと瞬きをして──それから彼女は、はにかむように笑い返す。
 リュウも、そんなニーナに笑い返して、一度頷くと、キュ、と唇を結んだ。
 その強い眼差しが見つめるのは、この部屋の天井……そこよりも高く頭上にあるだろう、まだ見ぬ「空」の光景。
 なんとなくリンも視線を上へと──天井へとあげて、そこで、はた、と気付いた。
「そういえばリュウ? あんた、さっきゾンビに抱きつかれてたろ?」
「──……抱きつかれてなんかない。ぶつかっただけだ。」
 むっ、としたように軽く睨み揚げてくる少年の視線をサラリと交わし──であった当初は、何を考えているのか分からない、静かな顔をしていることが多かったが、今は信頼してくれているためか、年相応の顔も見せてくれるようになった。……単に不器用で、ボロが出てきただけかもしれないけど。
「おんなじだよ。くっついたんだから。」
 バッサリとリュウの言い分を切り捨てて、リンは壁に預けていた背を剥がし取る。
 そしてそのまま、床に座り込んでいるリュウとニーナの前に膝をつき、クイ、と彼の襟首を掴むと、無造作にその服へ顔を近づけた。
「り、リン!?」
 驚いたように声をあげるリュウに、リンは間近で眉をきつく絞って見せた。
「ああ、やっぱりだ。」
「やっぱり?」
「??」
 低く唸るように呟くリンに、リュウが当惑した声をあげ、ニーナが首を傾げる。
 そんな二人に、リンは溜息を零して見せると、
「匂い、移ってる。」
 何ともいえない苦い顔で、リュウの襟首を剥がし取った。
「────…………俺には、わからないけど。」
「そりゃ、当事者だから分からないだろうさ。
 ──この辺りも、ゾンビの匂いで凄いからね。
 でも、ここを出たら、ソレ、目立つよ?」
 ニーナは、そのリンの言葉に、同じように自分もリュウの襟元へと顔を近づける。
 そして、くんくん、と鼻を動かせて──すぐさま、ムゥゥ、と鼻の頭に皺を寄せて、唇を引き絞った。
 大きな眼が泣きそうに潤んだのを見て、慌ててリュウは自分の服の襟を引き寄せ、きゅ、と胸元で服を握り締める。
「そんなに酷いか? 匂い?」
「ま、それを言えば、ここまで汗だくになって戦ってきて、血がこびり付いていたりとかしてるから──私達の体臭じたい、酷いけど……その匂いは、それ以上。」
 例えて言うならば、体を洗う機会がないまま、ひたすら汗だくになって一ヶ月過ごしたときのような。
 指を立ててそう説明するリンに、リュウは心底嫌そうな顔になって、慌てたように自分の服に顔を近づける。
 しかし、その異臭を放っている本人が匂いに気付くはずも無く、彼はあきらめたように溜息を零した。
「──……水が浸水していた辺りまで戻って、洗ってこようかな?」
 参ったなぁ、と小さく呟く言葉に、リンは彼が言う「浸水していた辺り」のことを思い出して、バカを言う、と鼻を鳴らした。
「あんなところの水で洗ったら、余計に酷くなるよ。──濁ってて、底もまともに見えやしないじゃないか。
 というか、あそこの水がそれほど綺麗だったら、とっくの昔に水浴びしてるよ、私が。」
 普通の地底湖の水ならとにかく、色々ごちゃごちゃと廃れた物が置かれているものの上に浸水してきた水なのだ。澄んだ水というわけじゃないソレで洗って、綺麗になれるわけがない。
 街でやっているように、そんな水でも飲み水に加工するための機械を持っているわけでもないのだ。
「そうだな……そういや、俺、最下層区出てから、一度も体を洗ってないし。」
「────……それはお相子だよ。私も、あの襲撃以来、装備付け替える以外で服を変えたこともない。」
 戦闘に扮する身としては、当たり前といえば当たり前のことなのだけど、そうあえて口にしてしまうと、お互いに気が滅入った。
 やはり、バイオ公社に進入したとき、ちょっとばかり施設を使わせてもらえばよかったのだ──もちろん、無断で。
 そうすれば、リュウなんて「あの襲撃」で落ちたときからずっと鎧を脱げない状態のまま、なんていうしゃれにならない現状にはなっていなかっただろうし、リンにしてみても、頭が蒸してしょうがない、なんてグチグチ言いながら歩くなんてこともなかったはずなのだ。
「──も、絶対、トリニティ・ピットに戻ったら、真っ先に体を洗う。」
 きゅ、と唇を横に引いてそう呟くリンに、リュウは小さな苦笑を零して見せた



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