最近、まともに寝ていない。
 理由のひとつは、忙しいせい。
 夜遅くまで喧々囂々と話し合い。
 朝早くから見回り。
 そして短い睡眠時間、熟睡できないまま、悪夢にうなされる。

「…………だるい……………………。」

 目覚めて、天井が見える。
 それを見つめる瞼が重くて、両腕と両足がズッシリとシーツに沈んで行きそうで。
 体中が鉛をつけたように感じる。
 目を閉じると、グラグラと体中が傾いでいる。
 シーツの上に横たわった体とは、まったく別の次元で、体が叫んでいる。

「────疲れたぁ…………。」

 零れ出る吐息すらだるくて、そのまま唇から零れた息の熱さに、体が溶けてしまいそうな感覚を覚えた。
 このまま、シーツに顔を埋めて、前後不覚になるほど眠ってしまいたいと思う。
 夢も見ないほど深く、眠りたいと体も心も訴えている。
 なのに。





 コンコン





 小さな音。
 その瞬間、フッ、と、意識が鮮明になる。
 今の今まで、たゆたっていた意識が、飛び起きる。
 気づいたら、ベッドサイドに腰掛けて、素早く寝癖を直そうとして──気づく。
 寝返りすら打たないほどの浅すぎる眠り。
 寝癖などつくはずもない。
「開いてる。」
 そう答えて、そのまま床の上に素足で降り立つ。
 ベッドサイドに置かれたキャストテーブルに置かれた水差しに手を伸ばし、水差しに蓋をするようにひっくり返されたコップを手に取る。
 そのコップの中に水を注ぎ込んでいると、
「おはようございます、ぼっちゃん〜。」
 朝には不似合いな、どこか緊迫した室内に、浮かれた男の声がした。
 目覚めた瞬間から緊迫な雰囲気を持つ室内もどうかと思うが、それを一色する朗らかな声も、声だ。
「ん、おはよう、グレミオ。」
 水をコップの中に注ぎ込みながら、そう答えると、グレミオがいそいそとスイに近づいてきた。
 スイは手元のコップの中身を一気にあおると、生ぬるいソレが、喉を通っていく感覚に眉を寄せた。

──きもちわるい

「ぼっちゃん。」
 まともな水であると言う感覚も持てずに、空になったコップをテーブルの上に戻すと、グレミオが不意に真摯な声でスイを呼ぶ。
 視線をやると、着替えを手にした彼が、心配そうな色を載せて覗き込んできていた。
「なに、グレミオ?」
 淡く微笑んで、スイは首をかしげる。
──大丈夫、体はだるくない。
 大丈夫、笑える。
「何、じゃないですよ。」
 なのに、グレミオはそんなスイの努力を無駄にするように、ス、と手のひらを伸ばしてきて、少しコケタ気のする頬に手を当てた。
 スリ、と、摩られると、グレミオの手にざらついた感触が返ってきて、彼は眉の皺を濃くした。
 スイは、その皺を認めた瞬間、しまった──と、小さく唇をゆがめた。
 そのスイの顔を見下ろして、グレミオはコツン、と彼の額に自分の額をくっつけた。
「ほら、少し熱を持ってます。」
「大丈夫だよ。」
 小さく笑って、片手でグレミオの手を払いのける。


次へ