「──で、何の用?」
その、冴え冴えとした眼差しに、アレンとグレンシールはすばやく視線を交し合った。
そこで、互いに罪をなすりつけあうような動作が何度か繰り返された後、結局根負けしたアレンが、ガックリと両肩を落として──こう告げた。
「その──大統領は、今回の件でとても落胆しておりまして……。
できれば、優しい一言でも、かけてあげてくださらないかなぁ、と…………。」
「誰が? アイリーンが?」
ニッコリ笑顔で即時に返されて、モゴモゴ、と口の中に消えかけていたアレンの台詞は、完全に口の中に消えてしまった。
そんなアレンに気付いているだろうに、スイは朗らかに微笑み、膝の上で両手を組み合わせた。
「そうだね、アイリーンはレパントのとても良き理解者であり、妻である。きっと彼女が慰めれば、レパントもスグに回復するさ。
────もっとも、そこをドロ沼に突き落としてほしいって言うなら、協力しないでもないけど。」
「スイ様…………。」
ガックリ、と、アレンとグレンシールは、自分達が望む答えとは正反対の答えをくれた少年の前に、両肩を完全に落とさざるを得なかった。
──実を言わなくても、目の前の少年にはお見通しだったようだが、2人は彼に、「レパント大統領に心優しい言葉をかけるための見舞い」に来てくれ、とお願いに来たのだ。
本来なら、このような私事に、自分達が来ることはない。
だが、相手が相手であるのと、あまりのレパントの意気消沈ぶりに困ったアイリーンから「お願い」されて、しぶしぶ重い腰をあげたという次第であった。
アレンとグレンシールとて、レパントのことが嫌いなわけではない。それどころか、その人柄も先を見通す力にしても、初代大統領にふさわしい貫禄も──「レパント大統領」その人を、尊敬してすらいる。
ただ一つ、彼が、「トラン共和国1の、トランの英雄崇拝者」であることを除いたら。
「………………はぁ。」
目下、一番の悩みはソレであった。
トランの英雄と呼ばれる目の前の人物──スイ=マクドールが出奔して早や3年。
その月日は、丸々トラン領土がなんとか外交を果たすまでに回復する月日を示していた。
それでも、3年もの間にココまで復興できたのは、一重に初代大統領の手腕の成せる技だと、幹部の誰もが認めている。
そんな彼の弱点とも呼べるべき存在は、彼の愛妻であり、賢き夫人「アイリーン」くらいのものだと──そう、一部では噂されているのだが、そのアイリーン以上の影響力を持つ人物が、目の前の人物でもあった。
スイ=マクドールが実に3年ぶりに姿を現したとたん、同盟相手国である新同盟軍の軍主が目の前に居るにも関わらず、「大統領の座はぜひあなたにっ、今すぐにでも!」──と、言ったというくらいの傾倒ぶりである。
思わずテスラが頭痛を覚え、アレンとグレンシールは倒れそうになった一幕だ。
そこは何とかアイリーンが治めてくれたが、普通に考えたら、同盟国の軍主の目の前で、政権交代しようとする大統領、なんていうのは……はっきり言って、おかしい。その場で排斥にされてもおかしくはないくらいだ。
「──レパントが今、どれっくらい落ち込んでいようとも、僕は知らないよ? いい年して、自分の体力を過信した結果なんだから、自業自得じゃないか。」
諦めモードに入った将軍2人に、キッパリはっきりと引導を渡してやって、スイは部屋の片隅に控えていたグレミオに向かって空になったカップを掲げてみせた。
その動作に、新しい紅茶の準備をしていたグレミオは、すぐさまお盆を用意してやってくる。
そして、たっぷりとした質量のある絨毯の上に跪きながら、スイのカップに真新しい紅茶を注いでやりながら、困ったように主の顔を見上げた。
「ぼっちゃん、いいんじゃないですか、お見舞いくらい行ってやっても。」
そう言いながらお茶を入れてくれるグレミオに、スイは柳眉を顰めて嫌そうに唇を歪めた。
「そんなことをすれば、レパントの矜持が潰れるんじゃないの? ここは、僕は知らぬ存ぜぬを通したほうがいいと思うけど。
……実際、レパントはソレを望んでるんだし?」
正論である。
けれど、その正論を──しいては、レパントの命令を素直に受け入れられない事情というものが、アレンとグレンシールにもあった。
そして、スイ自身も、そのことは知っているはずだった。
「けど、レパントさん、すっごく落ち込んでいると思いますよ?
ぼっちゃんがグレッグミンスターに居る間は、一生懸命ぼっちゃんにイイトコを見せようとしていたのに、こんなことになって……余計に落ち込んでいると思うんです。
今頃、ぼっちゃんに知られて怒られたら……嫌われたらどうしようって、すごく不安に……情緒不安定に思っているんじゃないでしょうか?
グレミオなら、絶対、そう思いますし。」
コポコポコポ……と、心地よい音を立てながら、グレミオはアレンとグレンシールの冷めたお茶取り替えてやる。
「………………迷惑な、アイツ、今年いくつだよ………………っ。」
ちっ、と──レパントのまさに今の心境を代弁してくれただろうグレミオに、スイは舌打ちをする。
そんな彼を、すかさずグレミオは嗜めた。
「ぼっちゃん。男は、何歳になってもデリケートなものなんです。」
「ハイハイ、僕の心はもっとガラスハートだよー……………………と言ってもしょうがないか。」
ヒラヒラと手を振りながら軽口を叩くものの、グレミオの真摯な眼差しに根負けして──おそらくこのままだと、オヤツが抜きだとか、夕飯は質素なものだとかになりそうだと、スイはため息を零した。
何、どうせ相手は寝込んでいるのだ。それほど長い時間の面会になることはないだろう。
「…………分かったよ、しょうがない。」
カップをソーサーの上において、スイは降参だと言いたげに両手を挙げた。
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