瞬間、グレミオがホッと胸を撫で下ろし、アレンとグレンシールが顔を輝かせる。
「『何をバカみたいなことをやってるんだ』という思いを堪えて、ニッコリ笑顔で、『無理しちゃダメじゃないか、レパント……加減はどうなの?』と、猫を被って笑ってやればいいんだろう、早い話が。」
ひょい、と肩を竦めて告げてくれたスイの言葉に、やや引きつりを覚えないでもなかったが、ソレこそがアレンとグレンシールが求めるものだった。
情緒不安定で、ゲッソリと落ち込みモードに入ってしまったレパントを、とにかく元気付けてほしいのだ。
その特効薬こそが、「スイ=マクドール」その人の、「ねぎらい」であることを、誰もが信じて疑っていなかった……そう、病は気からだと、リュウカンですら断言したのだ。
「それじゃ、さっそくレパントさんのお見舞いの準備をしてきますね!」
ぱふっ、と両手を叩いて立ち上がったグレミオに、スイはおざなりに手を振って、目の前の将軍2人に視線を向けた。
「非公式で処理しておいてよ……後々面倒だから。」
そして、できることなら、見舞いに行く前にレパントに睡眠薬でも持っておいて、意識が朦朧としている中での対面、というのが一番好ましい。
────さすがにその言葉は、喉の奥に飲み込み、口にすることはなかったけれど。
「…………レパントの見舞いなんて、面倒だなぁ………………。」
そう、嫌そうに呟くことだけは、忘れなかった。
「…………ずいぶんと、老けたね…………。」
ギシリ、と……鈍い音を立てて、スイは天蓋付きの巨大なベッドの中央に寝かされている男の顔を覗き込んだ。
天蓋、なんていうものが似合わなさそうな屈強な男は、戦地を駆け抜けていた頃の数倍は、やせ衰えたように見えた。
それでも、目を開いていれば、その前を見据える輝きに、何倍も巨大に見えるのだろう。
けれど、今はコケタ頬ばかりが目立つ、ただの中年オヤジにしか見えなかった。
日に焼けた凛々しい肌は、少したるみ、色もあせてきている。
赤鬼と恐れられた厳しい風貌は、少し和らぎ……今は顔色が悪く、白髪が混じった眉が辛そうに潜められていた。
「さきほど、薬が効いてきて眠られたばかりですじゃ……。」
無駄に広い部屋の片隅で、薬臭いにおいを纏わせた老人が、声を出すのもはばかるように小さく呟く。
そんな彼を振り返り、スイは小さく頷く。
「ありがとう、リュウカン。
僕が来るのを見計らったように薬を盛ってくれたんだね。」
二コリ、と微笑む顔に邪気は見当たらない。
心からの言葉だと分かるからこそ、リュウカンは苦いものを飲み込みざるを得なかった。
「──まぁ、スイ殿が来られると分かっていたら、無理にでも起きていようとしただろうがの。」
「…………興奮して、熱が上がるほうが、風邪引きには問題だろう? なら、このままでいい。」
手を伸ばして、穏かに眠る男の頬に指先を触れさせる。
少し熱さが伝わる顔は、汗ばんでいた。
「──自分の体力を過信しないように、そう伝えておいてくれるかな?」
軽く首を傾げて、スイはリュウカンにそう告げる。
そしてそのまま、ベッドからスルリと滑り降りた。
「もう帰られるんですか? 起きるまで居てやったら、きっと大喜びで生きる気力も涌いてくるでしょうに。」
軽口を叩くのは、思ったよりもレパントの様態が悪いわけではないからだろう。
結局は、過労から来る疲れのせいで、風邪を引いてしまった、というだけで……リュウカンの見立てでは、2、3日寝ていれば直るとのことだ。
ただ、本人が酷く気落ちしていて、このままでは体力が戻るのに時間がかかりそうだと、誰も彼もが危惧していただけで。
「帰るよ──その代わり、また元気になったら顔を見せに来る。」
ヒラリ、と手を振って、スイは小さく笑った。
「あんまり心配かけるなって……そう怒ってやるから、って……伝えといて。
──それで、充分?」
顔を傾けて、リュウカンにイタズラっぽく笑って見せるスイのその言葉が、本心からのものなのか、それとも社交辞令なのか、リュウカンには判断できなかった。
それでも。
「──充分だと思いますよ。」
きっとレパントは、そんなスイの言葉を喜ぶだろう。
そう思って、リュウカンは大きく頷いてやった。
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