今年は暖冬だと言う言葉どおり、昼間はうららかな日差しが心地よい天気が続いていた。
日が差し込む窓のある部屋で座っていると、あまりの暖かさに転寝をしてしまいそうなほど、暖かい冬ではあった。
ただし、太陽が沈んだ後は、例年通りに冷え込みが厳しく──暖炉の火も心もとないような寒い日々が続くこともあった。
将軍二人が、グレッグミンスターのマクドール家を訪れたのは、そんな日が続いた翌日のことだった。
トラン共和国の美青年二人組みと言えば、一代目大統領の左右に控える、左将軍右将軍の名前で知れ渡る二人の名前が挙げられる。
烈火のごとく勇猛な戦いぶりで知られる、黒髪の青年、アレン。
クールで冷徹な判断力を有する、銀髪の青年、グレンシール。
二人は、まだこの国が赤月帝国と呼ばれていた頃からの既知であり、良きライバルであり、良き友であった。
彼ら二人の初めての上司が、それはすばらしい将軍で──今は亡いその人の墓標と志を胸に、彼らはその人の思いを繋いでいくため、今日も忙しい日々を過ごしていた。
もちろん、今の主に当たる大統領に不満があるわけではないし、彼の元で働くのはとても楽しいことではあった。
ただ、彼らにとって、この状況がすばらしくステキな土台であると言い切れない理由が、あった。
ソレというのが──、
「……は? レパントが倒れた?」
心の奥底から、「何言ってるんだ、お前ら?」という響きを宿した声音を発した、目の前の少年その人である。
軽く眉を顰めながら、手にした紅茶のカップを口に運ぶのを止めて、上目使いに見上げてくる少年──実はこの人こそ、2人が揃って頭を悩ませる原因の主である。
サラサラの漆黒の髪と、父親譲りの意思の強い眼差し。けれど今は、綺麗な琥珀色の瞳に宿るのは、誰をも魅了した「意思」ではなく、怪訝そうな色である。
つい3年前まで、破竹の勢いと言われた帝国解放軍のリーダーを見事に勤め上げ、務め終えると同時に行方をくらましてしまったのだが、つい最近、とある事件をきっかけに戻ってきた。
この少年こそ──トラン共和国大統領の、目下、「盲目の的」。
「はい、そうなんですよ、スイ様。」
歩くだけで女官達が黄色い悲鳴を上げる美貌を曇らせて、黒髪の美青年が少し上半身を傾けるようにして体を乗り出す。
「数日前から体調が悪そうではあったのですが、大統領ご自身がなんでもないとおっしゃるので……。」
自分達も、その言葉に甘える形になっていたのだ、と──辛そうに眉を顰める彼に、隣に座る銀髪の美青年もまた憂いた表情を灯した。
「昨日の夜、寝室で倒れられたところをアイリーンさんが発見いたしまして──スイ様には知らせないようにといわれたのですが……。」
苦い笑みを刻む二人の美青年──いつもは同じ任務を携えることのない二人であったが、今回ばかりは目的地が目的地ということで、万全を呈して揃ってやってきた。
その、万全を呈して相手しなくてはいけない人物は、ソファにドッシリと腰掛けて、柳眉を顰めている。
今年20歳になるはずの彼は、見た目も幼く麗しく──まだ少年期の只中に入ってもいないように見えた。
「つまり、忙しい時期だからと、レパントのその言葉に甘えた結果、気付いたら倒れてたってこと?
──はっ、それこそみっともないじゃないか。」
昔なじみと言うこともあってか、その話を聞く少年の言葉は辛辣だ。
そして、その声を聞く相手たちはというと、ただただ苦い笑みを刻むだけ。
スイは、そんな彼らの前で、優雅に紅茶のカップを空にしたあと、ニッコリと微笑んで見せた。
「──で、口止めされてたにも関わらず、僕にわざわざ言いに来た理由は、何かな?」
首を傾げるその仕草は、見た目とあいまって可愛らしく見えないこともなかったが──受けた青年2人の首筋に走った戦慄は、本物だった。
「……ぃえ、あの──。」
「まさか、レパントの仕事を僕に手伝ってほしいとか、そういう戯言は言わないだろう? 大統領一人が倒れたくらいで立ち行かないような、そんな雑な管理体制を組んでいる国そのものの未来が憂れうことから始めなくてはいけなくなるじゃないか。」
口篭る2人に、とろけるように微笑んでやって、スイはくだらない、と軽く肩を竦めた。
そして、足を組みかえて、ソファの背に体重を持たれかけさせると、頬杖を付いて、冷たい眼差しで2人を見下ろす。
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