ヒラヒラと揺れるハッピを上から羽織ってやってくる人影があったのだ。
 その人物は、風に銀の髪を舞わせながら、自分に気付いてくれたらしいバレリアとカミーユに手を振ってみせる。
 近づいてくる美貌に浮かぶのは──壮絶なまでの妖艶な微笑み。
 それを認めた瞬間、カミーユはクルリとミリアを見やって──うそ臭い笑顔を満面に浮かべて、
「ミリア。ハッピでもいいけど──どうせ着るなら、正しいハッピの着方をしなくちゃだめだよ。」
 そう、首をかしげて顔を覗き込んでやる。
 覗きこまれた張本人はというと、驚いたように──突然言い分を変えたカミーユに、何があったのかと大きく目を見開く。
 バレリアは、カミーユが言いたいことを悟って、ぽん、と、ミリアの肩に手を置くと、こちらもにっこりとうそ臭く笑ってみせる。
「そう。──あんな風に着こなさないとな?」
 そして指差し示してみせる先──浴衣三人娘の下に、軽い足取りでやってくる、美女が居た。
「あんな風って……………………って……………………てぇぇぇぇっっ!!!?」
「まだこんなところに居たの、ミリア、カミーユ、バレリア?」
 目がこぼれるほどに凝視するミリアをサラリと受けながし、悠然と──嫣然と微笑む色香あふれる美女は、甘い声でそう呼びかける。
 同じ女でありながら、背筋がゾクゾクと震えるような色っぽい声が、辺りに響いた。
 あけた口がふさがらないミリアの、かすかに紅潮した頬に、うっとりと微笑みかけながら、軽やかな足取りで三人娘の前に降り立った美女は、軽く首をかしげた。
 そうすると、白い項からむき出しの肩へとこぼれおちる銀の髪が、見とれるばかりの色艶をかもし出す。
 思わずビクンと肩を震わせる三人に、声の主はしっとりとした声で更に続けた。
「スイが探していたわよ? そろそろ湖岸へ出発するから、出発組みは集まってと。」
 うふふふ、と、続けて笑うその濃厚な色香に、くらくらとめまいを覚えそうになる。
 普段の格好も格好な美女ではあったが──今日のコレは、ある意味痛烈に武器であった。
 ハッピを軽く肩からかけて、半分ほど肩をはだけさせている。
 白い鎖骨から続くふくよかな胸まで何も身につけず、胸元に巻かれているのは真っ白いサラシだけ──しかも、わざとらしく切れ目まで入れてある辺り、さすがである。
 下半身を覆うのは、短い短パン一枚。その下は素足で、足に下駄を引っ掛けているだけ──はっきり言って、自慢のプロポーションをさらしすぎな様子であった。
「…………ジーン…………。」
 遠くで見ても、悩殺度は激しかったが、こうして近くで見ると、ボリュームのある胸元だの、引き締まった腰だの、伸びやかな脚だの──上から羽織ったハッピが揺れるたびに見え隠れする体のラインだの…………はっきり言って、歩く凶器だった。
 バレリアが疲れたように名を呼ぶのに、なぁに、とジーンが首を傾げる。
 同じ女の自分達でも、思わず悩殺されそうな仕草に、バレリアは額に手を当ててため息を付かずにはいられなかった。
「それは……なんでそういう格好をしているんだ?」
「あら、似合ってない?
 やっぱりハッピは、上半身裸に、おなかにさらしを巻くんだって聞いてものだから……ふふふ。」
 さすがは、解放軍「裏が怖い人」ベスト10に入るだけのつわものである。
 くるり、と目の前で一回転してくれるジーンの──同じ仕草をしたカミーユに比べて、甘い毒を吐きまくる仕草に、バレリアは息も絶え絶えの吐息しか零せなかった。
「──で、ミリア? ハッピ、着るの?」
 あえてジーンから視線をそらし、そうたずねてくるカミーユが見やった先──ミリアは、顔を蒼白にして口元を手で押さえていた。
「…………するわけないだろ…………。」
 ジロリ、と睨み付けられて、更には低いドスの効いた声のプレゼントまで貰った。
「だろうね。──ま、あきらめて、そのかわいらしい格好で、私たちと一緒に本拠地で花火でも眺めようよ? 空中庭園でお茶でもしながらって言うのも、なかなかいいかもね。」
 カミーユは、そんな彼女に小さく笑い声を立てながら、そう提案してみる。
 空中庭園は、できることなら普段は避けていた場所ではあるが──やはり空に近い方が、キレイに見えるに違いないと、そう思ったのである。
 バレリアも、カミーユの案には賛成だったようで、
「そうだね……湖岸には出店も出ると聞いたけど、スイ様も行かれるらしいから、避けたほうがいいと思うし。」
「あら、それじゃ、二人とも居残り派なの? 残念ねぇ……色々用意していたのに……。」
 ジーンが首を傾げるのに、バレリアもカミーユも口には出さず突っ込む。
 だから、居残り派なんでしょう、と。
「……って、二人?」
 そこで話を終わらせるには、少々ひっ掛かった台詞に、ミリアは軽く首を傾げて眉を寄せる。
 湖岸はきっと、人が多いに違いない。
 そう思えば、ひっそりとおとなしく解放軍陣営にいたいのだけど、と、そう願うミリアの心を、アッサリとジーンは崩してくれた。
「ええ、スイが、ミリアには『竜洞騎士団』に向かって欲しいって、伝言を頼まれているの。」
「──────………………んなっ!!!!?」
 にっこり微笑みつきで言われた内容は、とてもではないが聞けることではなかった。
 というよりも、ついさっき、「竜騎士や団長に見られなくてホッとしている」とまで思ったことである。
「なっ、なぜっ!? どうして私が竜洞騎士団に行く必要があるんですかっ!?」
 あわてて詰め寄ったミリアに、ジーンは唇に手を当てながら微笑むと、
「ええ、今日、花火大会があるってことを、スッカリ竜洞騎士団に伝えるのを忘れていたらしいの。──ほら、花火って、音も大きいし、空も光るでしょう? 竜たちに影響があったら困るだろう、って。」
「って、それは大丈夫ですと、私が先日そう答えたはずですが……っ。」
 当惑もあらわに──できることなら、こんな格好で竜洞騎士団になど行きたくないと、心から反論してみるのだが。
「ええ、だから決行になったんだけど──その、一番重要な、『竜洞騎士団にこのことを伝える』っていうのを、スッカリ忘れてたみたいなのよ。
 火炎槍で遊べるってことに、浮かれてて。」
 居残り派としては、最後のジーンの朗らかな一言が異様に気になるところであったが、ミリアの耳には入っていなかった。
 彼女がココで重要と感じたのは、「すっかり忘れていた」の部分である。
──当たり前だが、火薬を膨大に使う「花火」なんて代物は、竜洞騎士団にはない。
 だから、突然花火が上がったりなどしたら、竜騎士たちは慌てふためくはずだ──どこで戦闘が起きたのだろうか、と。
 よって、花火が始まる前に行かなくてはいけないのも、確かだ。




次へ