……もう後少しすれば、日も暮れ始める時間だ。
花火が始まるのは、日が暮れて二刻ほどした頃だとか言っていた。
そう、考えれば──これは、計画的犯行か? と、疑いたくなるのも仕方がない。
「────……つまり、時間がない、と…………。」
早馬で知らせようにも、時間が足りない。
だから、自分がスラッシュを駆って行ってくれと──そう軍主は言っているわけだ。
ガックリと肩を落としながら呟くミリアに、本当にすまなそうにジーンが眉を寄せる。
「ええ、それで、お願いしたいわけなのよ。
ミリアなら、土地勘もあるし──もし何か不都合があっても、対処できるでしょう、と。」
「良かったじゃない、ミリア。」
にやり、と笑うカミーユの顔を見上げて──ああ、とミリアは思う。
────面白がっている。さっき、自分がイヤだと言ったのを聞いていたくせに、面白がっている、と。
「せっかくだし、ヨシュア団長にもその姿を見てもらえばいいだろうしね。」
笑うバレリアは、心からの好意で言っている。
そしてジーンの微笑みは──あまりにも深すぎて意味を読み取れない。
「──……仕方、ないですよね…………。」
小さく、小さく──どこかうつろに呟いて、ミリアは乱暴に前髪を掻きあげる。
その仕草に、あ、と、バレリアとカミーユから非難の声が飛んだが、かまっている余裕はない。
どうせ、スラッシュに乗れば、豪風乱れる上空で髪などクシャクシャになるのだ。
「その用件は、私が承りましたと、そうスイ様にお伝え下さい。」
ミリアは、諦めの笑みを浮かべつつ──もう一度、自分が着ている服を見下ろした。
……着替えている暇はない。
上空の風の具合で、迂回しなければいけない状態になったら、今から出発してギリギリと言ったところだろう。
どうせなら、もっと早く言ってくれれば良かったのにと──ミリアは、そこにも軍主の策略めいたものが働いているような気がしてならなかった。
くい、と、顎を上げると、彼女はスラッシュを呼ぶために口に指をくわえる。
竜騎士ならば誰もが使う指笛だ。
ピィィィー……っ。
軽やかに風に乗り響く音に、間をおかず風を打ち鳴らす音が聞こえた。
「スラッシュっ!」
一声叫ぶと、答えるように鳴く声がする。
ミリアは、その場から数歩前に出ると、上空の光りを妨げる巨大な影を見上げた。
その物体は、迷うことなくミリアの目の前に、脚をつける。
バサバサと巻き上がる風に、ミリアの髪も浴衣の裾も乱れる。
「──……っ。」
小さく息を呑んで、ミリアは自分の目の前に首を傾けてくるスラッシュに微笑みかける。
鞍の準備はしてなかったが、手綱は掛かったままだった。
ココから竜洞騎士団までなら、手綱だけでも大丈夫だろう。
そう判断すると、ミリアは愛竜の首を撫で上げ、
「行くぞ。」
いつものように、愛竜の隣から、乗り上げようとした。
浴衣の裾を、思い切り良く左右に開いて、スラッシュの前脚を借りて──……、
「って、ミリア、ミリアーっ!! ダメっ! それはダメーっ!!」
そのまま、スラッシュに跨ろうとするミリアに、血相を変えたカミーユとバレリアが近づいてくる。
跨る前に、下駄が邪魔だと気付いたミリアが、一度スラッシュの脚から降りた所へ、二人がかけよってきた。
「ダメって……いや、だって、着替える暇はないから、見苦しいがこうしか……。」
それとも、鞍を持ってきて、横に跨るしかないか──と、ミリアが眉間に皺を寄せるのに、
「いやっ、というか、どうしてもスラッシュで行かなくてはいけないのかっ!?」
バレリアが、それはさすがにまずいだろうと、ミリアに眉をしかめて見せる。
何せ、浴衣、である。着崩れることだってある。
その上、普通に乗っていても髪が乱れるほど強い風を受ける竜の上──向こうに付いたとき、今のジーンのような目の害になっていることは、わざわざ想像することもないくらい、はっきりしていた。
「って、ミリアっ! あなた、キンバリーに着付けてもらったんだから、下、何にも履いてないんじゃなかっただろうっ!? そんなもので、乗り付けたら、本当にしゃれじゃすまないよ!?」
カミーユも、頼むからそれだけは止めてくれと、そう声を大にして叫ぶ。
「──本当にしゃれにならないじゃないか……っ。」
ばっちん、と、バレリアが音を立てて額に手を当てるのに、ミリアはそれでも──と、顔をしかめて告げる。
「時間がない以上は、仕方がない。」
────そこへ、
「あら、いいじゃないのかしら? スラッシュに乗って行きたいのなら、それでも。」
ジーンが、のんびりと頬に手を当てながら微笑む。
だから、そういう、目の害になる格好を当たり前のようにしているあなたは黙っててください、と──カミーユとバレリアがこめかみに血を集結させながら叫ぼうとした。
それを、待っていたかのように。
「それじゃぁ私、地下一階で待機してもらっているビッキーに、テレポートはいらないわって、伝えてくるわね。その帰りに、スラッシュの鞍を持ってきてあげるわ?」
悠然と微笑んで──言った。
「よしっ! ミリアっ! そうと決まったら、その姿のお披露目に行くわよっ!」
がしっ、と首に回された腕を振り払うこともできず、
「一刻くらいは時間があるんじゃないのか? テレポートなら一瞬だし。」
笑うバレリアまで隣についてくれたり、
「えっ、いやっ、私は、それならもう着替えておきたいというか……っ!」
あわてて腕を振りほどこうにも、逃げようにも、左右をがっしりと固められていては、もう遅かった。
「まずはどこに回ろう? やっぱり、女同士で浴衣の見せ合いはしておくべきだと思うんだけど。」
「そうだな──みんな、中央ホールに集まっていたと思うぞ。ほら、湖岸に行く人間が船に乗るはずだし。」
「なら、まずはソコだねっ!」
人が多いところには出たくないと、そう訴えるミリアをあっさりと却下して、引きずるように連れて行くカミーユとバレリアに。
「……うふふふふ……楽しいわねぇ…………。」
残されたジーンが、軽い足取りで付いていくのであった。
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