太陽の真下で、改めて自分の姿を見下ろしてみると、なんだか気恥ずかしくて──ミリアはため息を零して手持ち無沙汰に裾を引き寄せる。
 そんな彼女の仕草に、カミーユは小さな微笑を零す。
「良く似合ってると思うけどね、わたしは。
 ミリアは、そういう色は嫌い?」
 ひょい、と顔を覗き込まれて、ミリアはもう一度自分が着ている浴衣を見下ろす。
 キレイに染まった赤の色。その中に舞う白い蝶が、かわいらしい。
「──色は、好きですが……わたしには、似合わない模様だな、と。」
 苦い笑みを吐く彼女に、カミーユは目を瞬き──それから、満面の笑みを零して見せた。
 どこかその笑みが、意地が悪いそれに見えると、顎を引いたミリアに向かって、
「んもーっ、可愛いなー、ミリアはっ!
 これであたしよりも年上で、副団長なんだって言うから、アッチの男は見る目があるというのか、ないっていうのかっ!」
 がばぁっ、と思い切り良く、かつ強引に、正面から抱きついてきた。
 フワリ、と鼻先を掠めた彼女の髪と衝撃に、ようやくミリアはカミーユに抱き疲れているという事実を悟った。
「なっ、なっ……か、カミーユっ!?」
 押し付けられるやわかな肢体と、心地よい体温。
 目の前を掠める彼女の髪から漂う甘い香水の香り。
 勢い良く抱きついてきたカミーユの体を抱きとめ切れず、何歩か後退したミリアは、あわてて彼女の細い腰に手を当てて、自分の体も必死で支える。
 カミーユは、間近にミリアの整った顔を見上げて、にやりと笑う。
「自信持てって! あんたは充分可愛い。
 っていうか、本気で酒場には近づいちゃダメだからね。」
 最後の一言だけ、笑ってない目でそう告げる。
 ミリアは、ワケが分からないまま、目を白黒させて、スルリと外されるカミーユの腕を見つめた。
 彼女の腰から手を離すと、フワリとカミーユの紺色の裾が揺れる。
「久し振りのお祭り騒ぎで、みんな浮かれてるからね……。」
 かつん、と、下駄の音を響かせて、カミーユは小さく笑う。
「浮かれすぎだと思うけど……。」
 そんなカミーユの後ろで、ミリアは履いたばかりの下駄の具合を確かめつつ、そうぼやいてみせる。
 ──事実、朝も早くから爆竹だの、くす玉だのと、そこら中でパレードでもするかのような騒ぎなのだ……ただの花火大会だと言うのに。
「──たまには、こういうのも、いいさ……。」
 少しだけ切なそうな目になる彼女が、何を見て、何を考えているのかは分からない。
 フイ、と、本拠地を見上げるカミーユの目が、かすかに揺れている──その視線の先に、軍主の部屋があるのを認めながら、ミリアはため息を零す。
 たまには、というか、この解放軍はいつもこんな感じじゃないのか、と──ミリアはそう反論しかけたが……その言葉を、あえて口の中に飲み込んだ。
 かく言う自分もまた、解放軍の一員として……強制的にではあるが、このような格好をしているのだ。人のことは言えない。
 しかし、──と、ミリアはもう一度自分の姿を見下ろす。
 派手ではないと、似合っていると、そうカミーユは言うけれど──やはり、自分らしくない姿なのは確かだった。
「──……こんな姿、団長には見せられない…………。」
 頭痛に近い感情を覚えて、そのまましゃがみこみたくなる。
 正しくは、団長だけではなく、竜騎士の誰にも、だ。
 そう考えれば、本拠地に団長達が居ない事実に、なんだか救われた気がしないでもない。
「どうして? 可愛いって、誉めてもらえばいいじゃないか。」
 カミーユが顔を向けてくるのに、なんともいえない心地で緩くかぶりを振ってみせる。
「そんなこと、とんでもない。」
 そう、まったく持って、とんでもなかった。
 このような姿を見られるくらいなら──と、クシャクシャ、と指先を髪にうずめるミリアに、
「こらこら、せっかくの髪が乱れるぞ。」
 そんな苦い声音と供に、とカミーユのものではない手が伸びてきた。
 その手は、ミリアの頭を止めると、ズレかけたかんざしをすばやく手直ししてくれる。
「あ、すまな……。」
 そういえば、髪にも付け毛が……と、思い出し振り仰いだミリアの視線の先──、
「せっかく似合っているのに、そんなもったいないことを言っちゃダメだね。」
 満面の微笑を貼り付けた女性が一人、臙脂の浴衣に身を包んで立っていた。
 豪奢な髪を一つに結わえてアップした様は、誰か別人を見ているような錯覚を二人に与える──が、確かに彼女の声は、見知った女性のものだった。
「バレリア……?」
 口をあけて、カミーユが名を問うと、美女はゆっくりとうなずく。
「ああ、さきほど機具の確認を終えて、着替え終わったところだ。
 カミーユもミリアも、キレイに仕立ててもらったんだな。」
 そういう彼女自身が、なんともいえないオーラをまとっているじゃないか、と、そう思いながら、ミリアはしみじみと自分の浴衣を見下ろす。
────やはり、この色は、派手だ。
「慣れないなりに頑張ってみたんだよ。ほら──帯もなかなかキレイだろ?」
 袖を持って、クルン、と一回りするカミーユに、バレリアは本当だと笑う。
 いつもはもう少し落ち着いた雰囲気がある彼女だが、お祭りと言うことと、いつもと違う服装だということから、少し浮かれているのかもしれない。
 微笑みが、柔らかにバレリアの美貌を引き立てていた。
「祭りには華やかさが必要だと、私もこのような格好にさせられてしまったんだけど──……どうも、着慣れない服装だと、肩が凝るな。」
「確かに、それは言えてる。」
 うんうん、と大きくうなずいて同意するミリアに、バレリアはイタズラっぽく笑ってみせる。
「だからと言って、どこか人が見えない場所で、コッソリ脱いでいるって言うのはナシだからな、ミリア?」
「……なっ……!」
「あ、その顔はするつもりだったね?」
 とっさに顔色を変えてしまった、普段はクールな副団長に、カミーユも悪乗りするように身を乗り出して、意地悪く笑った。
 ミリアは、そんなバレリアとカミーユを見やり、眉を寄せて反論する。
「けれど、この姿だと、いざと言うときに動きにくいでしょう? なら、同じお祭りスタイルにしろというなら、ハッピに着替えたほうがいいと思うのですが……。」
 ミリアだとて、花火に興味がないわけではない。
 夜空を彩る饗宴は見たいと思うし、一緒に涼みながら花を見上げるのは楽しいだろうと思う。
 思うのだが──それにいたる過程が、どうにも恥ずかしくてしょうがないのだ。
 暗くなりさえすれば、自分の姿に目を留める人間など居ないだろうから、何も思うことはないのだが、いかんせん、今はまだ日も高い時間帯である。
 こんな時間から、こんな派手な格好をして歩いていたら──誰かに声をかけられるかけられないという話以前に、顔から火が出るほどに恥ずかしかった。
 これを、なんと説明していいのか分からず、ミリアは袖をもてあそびながらため息を零さずにはいられなかった。
 カミーユは、そんな彼女にハァ、とため息を零し、これだよ、とバレリアに耳打ちする。
「絶対、もったいないと思うんだけど。」
「確かに、似合っているのにねぇ……。」
 苦笑をかみ殺しながら同意するバレリアに、だろう? とカミーユが軽く肩を竦める。
 せっかく彼女に似合いそうな浴衣を見繕って、それに合いそうな下駄まで用意して、キンバリーに頼んで着付けまでしてもらったというのに……もったいない、と、二人がため息を零すのに気付かず──ミリアは、落ち着かない様子で浴衣を見下ろしている。
 キレイで手触りの良い布地は、こうして着ているのが勿体無いばかりで、可愛い娘が着れば、それはさぞかし見ごたえがあるだろうとは思う。
 問題は、どうしてそれを着ているのが自分なのか──という点なのだ。
「やはり、今からでも遅くないから、スイ様に頼んでハッピに着替えさせてもらおうか……。」 真剣な表情でミリアがそう呟くのに、またこの子はっ! と、カミーユが口を開こうとした瞬間であった。
 バレリアが、砦へと繋がる岩場を見て──あ、と、小さく呟いた。
 思わずカミーユもその方向を見て………………あんぐりと口を開く。



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