2人とも何を聞いてきたのかは知らないが、ずいぶん血相が変わっている。
 そしてその2人は、天幕の入り口に突っ立ったまま、ハガキを見下ろしているテオを認めて、顔つきをピシリと厳しくさせた。
 最近の解放軍の勢いを思えば──つい先日は、ミルイヒが翻ったと聞いている──、悪い知らせが又入ったのではないかと、そう思っているに違いない。
 そんな彼らを振り返って、テオはヒラリとハガキを舞わせて──小さく、笑った。
 ──笑うしかできない自分が、どこか滑稽に感じながら。
「なんでもない。緊急の知らせでは、……ない、な。」
 舞ったハガキには、黒い枠。薄い灰色の菊の文様の箔押しが、いやに白々しく見える。
 あの子が何を考えているのか分からないことは、良くあったけれど。
「まったく、何を考えているのかは知らんが──。」
 言いながら、ふと思い浮かぶことがあった。
 年越しを、どうしても屋敷で取れないときに、年の明ける日の出を見ながら、「一年の抱負」を誓うとき──部下達を前に口に出していたものとは違う、心の中で呟いた言葉があった。
 ──来年は、スイと日の出を見れたらいい。
 それはもう……たぶん、一生叶わないことで。
 スイとともに日の出を見れない年は、スイの手で年賀状が送られてきて。前線の地で、密かにそれが楽しみだったのは──もう、遠い昔のようで。
 指先で、ぴん、とハガキを弾いた。
「律儀な……嫌がらせだ。」
「テオ様?」
 小さく呟いたテオの声が掠れていた気がして、思わず問いかけたアレンを、そ、とグレンシールの腕がとどめる。
 グレンシールは、テオの腕越しにハガキの文様を確かめて──それから、心の中で小さく吐き捨てる。
 ──あの「ぼっちゃん」の考えることは……ほんとうに、わからない。
「なんでもない。
 これはただの──……喪中ハガキだ。」
 言いながら、テオはなんでもないことのようにそれを、自分の天幕の端に置かれた小箱の上へおいた。
 白いハガキ。
 封筒の中に入っているわけでもなく、封蝋が垂らされているわけでもなく。
 誰が見てもいいように、わざと送られた──【スイ・マクドール】の刻印。
 嫌がらせかと思う。
 こんなものを受け取って、テオが疑われることを考えた上での行動なのかと疑いを持つ。
 けれど、それよりも何よりも。
 時々見せる、わが子の、純粋に無邪気なまでの天然を思い浮かべるに。

「──……まぁ、初めての経験に、面白がってるような気が……、しないでも、ない。」

 まったく、なんていうか。

「──はぁ?」
 意味が分からないと言いたげに首を傾けるアレンたちを肩越しに振り返って、テオはク、と口元を歪めて笑った。
「身近な人の死に、こんなブラックジョークをするあたり、ずいぶん悪趣味だと思うんだが──。」

 どちらかというと、あのこは。

 あまりに身近な人の死に、心の内が空虚すぎて。
 ──誰かに、叱ってもらいたいと、そう、思っているような……。

 このハガキを見下ろした途端、思い浮かんだ息子の顔が、泣きそうにゆがんだ顔だった。

「……アレン、グレンシール。
 ──少し、席を外す。しばらく頼むぞ。」

 ハガキをおいて、テオはマントを羽織り、目を瞬くアレンと、静かな瞳のグレンシールを一瞥して、天幕から出た。
 北の空は白々と青く、深い森の中でそれだけが鮮やかなパステルカラー。
 けれど、心は浮き立つばかりか、どんよりと雲って、今にも雪が降りそうな気がした。
 その中を、ただ無言で歩いて──そうして、少し切り立った見晴らしのいい崖の上までたどり着く。
 陣営からそれほど離れてはいない場所。森の中で、少しだけ開いた──南向きの崖。
 そこから、遠く見下ろしたはるか南の地に、うっすらと青い色が見えた気がした。
 それが、この目で見たこともない海ではなく──何度かスイたちとともにピクニックに向かった、巨大な湖のものだと言うのは、すぐに分かった。
 そして、テオはただその湖の色を見つめて、何もかもを堪えるように、ぐ、と目を閉じた。
 まるで見てきたかのように思い浮かぶ光景──もしかしたら、いつか来るかもしれないと思っていたこと。
 「彼」は必ず、スイを庇って死ぬのだと──そう、知っていた。
 そして、その瞬間、スイは必ず、泣くのだと。
 そのときは、自分が──その肩を抱き、背中を抱きとめ、慰めるのだろうと、漠然と思っていた。
 けれど。
 今、見下ろした手には、何も無い。
 見下ろした手に出来ることは、何一つとしてない。──いや。

「……俺に出来るのは……スイ。」

 囁くように呟く。
 今の自分に出来ること。
 それは。


「…………お前を、この手で──……グレミオの元に送ってやろう………………。」


 それが多分、あんな悪趣味なハガキを送ってきたスイへの、最高の……手向けになるのだと。
 それをスイが望んでいるのだと──テオは、空虚に感じる胸元に手を当てながら、漠然と、そう思った。



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