──、一方その頃。
「スイさまっ!! スイさまっ、どこですか、スイさまっ!!!」
「なにー、クレオ〜?」
スイが顔を出したのは、覗き込んだ部屋の中ではなく、その部屋の窓の外──桟に足を引っ掛けた状態で、表に投げ出していたらしい体が、ヒョイと戻ってくる。
それを認めた瞬間、さらにクラリとめまいを覚えたクレオが、掌を額に当てたが、そんなことで頭をクラクラさせている場合ではない。
「何、じゃありません、スイ様!! これは、どういうことなんですか!!」
バンッ、とクレオが前へ突き出したのは、一枚の白い紙。
間近で見れば、その上の部分に堂々と「請求書」と書かれているのが分かったことだろう。
──そう、請求書である。
「それって……えーっと──……?」
見覚えのないそれを、クレオが鬼気迫る表情で差し出してくるのを見ながら、スイは窓の桟に腰掛けて、緩く首を傾げる。
そのまましばらく考えた後、──あぁ、と、ぽん、と手を叩いた。
「そうだ、喪中ハガキだ、クレオ。」
「そうです……っ、喪中ハガキです、ぼっちゃん──……っ!」
久し振りに「ぼっちゃん」と呼んだクレオの声は、なぜかかすかに震えていた。
それがどうしてなのだろうと首を傾げながら、スイは窓枠の上からクレオを見返す。
「あ、もしかして、僕個人あての請求書なのに、間違えて解放軍側に回ってた? ゴメンゴメン。」
それで怒ってるのかな、と首を傾げて笑うスイに、そういう問題じゃないと、クレオはグシャリと手の中で請求書を握り潰した。
「……ぼっちゃん……っ、そういう問題ではありません!
どうして喪中ハガキなんて注文してるんですか!!?」
「いや、だってほら、毎年年賀状送ってるのに、今年に限ってこないなんて、心配させると悪いかなぁ〜? とか思って。
とりあえずソレを送っておけば、年賀状が届かなくっても、あ、喪中なんだ〜! って思ってくれるじゃない?
それに、僕がまだグレッグミンスターの屋敷にいると思ってるかもしれない人達も、年賀状を出さないと思うし。」
ねぇ? とあどけない表情で笑うスイの目元が、楽しそうにゆがんでいる。
それを認めて、クレオはフルフルと震える肩を堪えつつ……こほん、と咳払いをした。
「それ以前に──……っ、解放軍のリーダーなんてものに納まってるのに、年賀状なんて送れると思ってるんですかっ!? っというか、どういう状況なのか、きちんとわかって下さい、スイさまっ!!」
「年の初めの挨拶は、大切なものだってグレミオも言ってたもん。
そういうのをキチンとしないと、後々の関係にヒビが入るかもしれませんよー、って言ってたし。
今はほら、1人でも多く人材が欲しい時期でしょ〜? だから、そういうご挨拶は、ちゃんとやったほうがいいと思うんだ。」
えっへん、と胸を張るスイに、だからそういう問題じゃ……と、クレオはその場にしゃがみこみたくなった。
全く──あの男……っ。居たら便利なことこの上ないが、いなかったら居なかったで、面倒な……っ!
つい1ヵ月ほど前に、彼を失った衝撃に泣いて泣いてしょうがなかったことをスッカリ忘れて、クレオはグッ、と拳を握り締めた。
「それに──、ちゃんとグレミオに教えてもらったことをしないと。
……グレに、悪いじゃないか。」
不意に、トーンを落として──小さく笑ったスイの顔に、クレオは、何もいえなくなった。
少しだけ寂しい色を含んだ笑みは、あの後からスイが良く見せるようになった。
時々、1人で部屋の中で泣いているようだけれど、その時はスイは誰も近づかせない。
彼はあの時から、──誰の前でも、凛々しい軍主の顔ばかりを見せるようになったから。
「ぼっちゃん…………。」
「だから、年賀状は出せないから、喪中ハガキにしたんだ。
ちゃんと『我が家の主婦グレミオが亡くなりました』って書いたし!」
「違います! その書きかたは間違ってます!!!」
「……えっ、嘘っ!? 本当に!? だって、我が家の祖父の●●が……って書くって、印刷屋さんが言ってたよっ!!?」
「ですから、そういう風に書くものじゃなくって──……っ、あぁっ、もう! どうしてぼっちゃんは、そういうのを書く前にクレオに相談してくれないんですか!」
とうとう耐え切れず、床にしゃがみこんだクレオに、参ったなぁ、とスイは眉を落として、
「だって、グレの肩書きって言ったら、主婦以外にないって思ったから……。
──でも、もう送っちゃったしなぁ……もう遅いか。」
うーん、と唸るスイに、
「──送った!? って、このハガキ、これから来るんじゃなくって、もう送っちゃったんですかっ!!!?」
マズイっ! それでは本気で止めることが出来ない!
そんな悲壮な表情を浮かべるクレオに、全く頓着せず、スイはにこやかに大きく頷いて見せた。
「うん! 11月下旬から12月上旬までに送りなさいって書いてあったから、郵送の時間も考えて、こないだポストインしておいたよ!」
「だだだだ、誰に送ったんですかっ!!?」
せめて──せめて、送った相手が、遠くに住んでいたマクドール家の別荘の管理人とか、その類なら、なんとか! なんとかなるかもしれない!!
そんな思いで問いかけてクレオはしかし、すぐに自分が問いかけなかったら良かったと後悔することになる。
スイは悪びれない笑顔で、
「まず、毎年年賀状を送っていた相手として、ソニア様でしょ、カシムさまでしょ、クワンダさま。それからアイン・ジードにも送ったっけ。……あぁ、そうそう、父上にも送ったね!」
もう少し、自分の立場というものを自覚してください。
クレオは、心の奥底からそういうとともに、どうしてココにグレミオが居てくれないのだろうと──彼が居なくなって1ヵ月。
今日もまた、心の奥底からその事実を嘆き悲しむのであった。