ヒューゴが決死の思い──というよりも、その場の雰囲気と勢い──で告白をしたその夜、ヒューゴは一人で客室に居た。
ヒューゴが言った言葉を律儀に守ってくれたクリスのおかげで、夕食が終わり、風呂から出た後も、レオもパーシヴァルもルイスもボルスもロランも、ヒューゴと一緒に酒を飲もうとやってくることはなかった。
おかげで、風呂上りのホカホカの体で、ぽつん、と──騎士団兵たちが集う宿舎から遠い客室の、妙に寒々しい静けさの中に一人放り出される格好になってしまって、ヒューゴは、ひどく人恋しくなってしまった。
確かに、疲れた体で居るときに、酒盛りをするのは、楽しいけど──困る。
クリスに言った言葉は本当だ。
だって、明日だって、朝も早くからブラス城を出立して、昼過ぎにはカラヤに到着していないといけないのだから、朝まで酒が残るような飲み方をするのは、よくない。
けど。
「……あんなこと、言わなかったら良かった。」
一人寂しく広い部屋の中にぽつねんと座り込んで──いつものクセで、冷たい床に直接座り込みながら、ヒューゴはポツリと呟いた。
あんなこと、という台詞が、「好き」という言葉に対してなのか、「酒盛り禁止」という言葉に対してなのかは、呟いたヒューゴ本人にすら分からない。
ただ分かることは。
この客室には自分しか居なくて。
たった一人で、感情をぶつける相手もいなくて。
「────…………。」
いつも賑やかなカラヤのクランと違う雰囲気とは全く違う空気に包まれていたら、どんどんとイヤな考えが胸を占め始めてきて、ヒューゴはとうとう堪えきれず、バッ、と立ち上がったかと思うと、客室を飛び出してしまった。
*
ブラス城の騎士団員は、なかなか取り締まりも厳しいらしく、ただ静かなばかりだ。
その静まり返ったブラス城の中──食堂の暖炉の中に続く抜け道を潜り抜けて、無事に城の外に出たヒューゴは、そのままほど近くの宿場町まで出かけることにした。
普通に旅をしている分には通り過ぎることしかない宿場町だが、こっそりと砦を抜け出した騎士団員がハメを外しに来ていることでも有名だ──というのは、この間ブラス城に泊まったときに、パーシヴァルから聞いた話だ。
部屋で酒盛りをする分にはいいけれど、それじゃおいしい酒が飲めないときは、部屋の窓から梯子を下ろして、抜け出してのみに来るのだと言っていた。
まさか自分も、それと似たようなことをするなんて思わなかったけど──だって、明日の夜まで我慢したら、慣れたカラヤのきつい酒をいくらでも飲めるのだ。
でも、今日はいてもたってもいられなかった。
あの静かな部屋の中に居たら、クリスに告白したときの……自分には見えなかったクリスの表情が、眼の前に浮かんでくるような気がして。
呆れていたかもしれない、実は、ナニを言うのだと怒っていたのかもしれない。
嬉しいと、そう口では言っていたけど、本当はひどく困っていたのかもしれない。
──だって。
「……友人って……、クリスさんにとったら、俺は、やっぱり……、子供でしかないのか……?」
あんなにはっきり「好き」だって言ったのに、クリスはそれが恋愛の意味だなんて、欠片とも思っていないようだった。
宿場町の明かりが見えるところまで走ってきて──少しだけあがった息で、温かそうに見える町の明かりを見つめた。
ヒューゴの言う「好き」と言う意味を、仲間として、友人としてでしか受け取らなかったということは──望みがないって言うことなのかと。
それとも、分かっていて、あんな風に言ったというのなら……。
「…………………………………………。」
考えたくないけれど、振られたってこと、なのだろうか。
ギュ、と眉間に皺を寄せて、ヒューゴは唇を噛み締めると、その考えを頭から振り払うように宿場町の中へと踏み込んだ。
そして、どこの店先なのかも確認せずに、とりあえず目についた酒場の中へと駆け込む。
ガラガラッ、と激しい音があがって開いた扉に、ハッ、と店の中に居た面々が顔をむけるが、ヒューゴはそれもかまわず、まっすぐにカウンターに向かうと、
「おじさんっ! この店で一番強い酒をください!」
ばんっ、と、両手を突いて、叫んだ。
とたん、どよどよどよっ、と周囲から驚きの声があがったが、ヒューゴはそれに背中を向けたまま、カウンターのスツールに腰をかける。
カウンターの中のおじさん──人のいい顔をした男は、驚いたようにヒューゴの身なりを見て……それから、かすかに顔を顰める。
そんなおじさんに、そう言えば、とヒューゴは今更ながらに冷静に頭の隅で思い出した。
あの戦いからこっち、グラスランドとゼクセンの関係は修復されてきてはいるが──それは、戦いに直接関わりあった兵士達同士の話だ。
実際、ゼクセンで戦いに直接関わりのなかった面々……町の人たちは、未だにグラスランド人を見ると、不快げに顔を顰める人もいる。
もちろん、そんな人たちばかりではないけれど──それでも、カラヤ兵に苦い思いをさせられた人たちは、どこにでも居る。
ヒューゴは今、風呂上りのために、ゼクセン人が普通に来ているようなシャツにズボンという姿だが──カラヤ独特の衣装を着ていないというだけで、見た目までもがゼクセン人になったわけではない。
特にヒューゴは、ごく普通のカラヤ人の外見をしているから、誰が見てもカラヤの人間だと分かることだろう。
眼の前の男達にしても──そしておそらく、この酒場の中に居るだろう面々にしてもそうだ。
──頭に血が上りすぎていて、マズイことをしただろうか?
ヒューゴは、今更ながらに自分の軽率さに苦虫を噛み潰して──ブラス城の騎士団員たちが、ヒューゴに対して普通の対応をしてくれたり、時には好意を見せてくれるから、ウッカリしていたと……揉め事が起きないうちに、くるりと踵を返して帰ったほうがいいだろうと、即決で決断したときだった。
「ちょっとヒューゴー。」
間延びした甲高い──どうしてココで聞えてくるんだと思う声が、かすかに緊迫した空気の中、端っこから響いてきた。
「…………──っ?」
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