そんな風に笑い顔を見せてくれるようになったのも、クリスと親しくなった証拠なのだと思うと──ヒューゴは、胸の中が少しだけ熱くなったような気がして、クリスから無理矢理視線をずらした。
ドキドキと、早くなった鼓動の音を耳にしながら、クリスに分からないように小さく呼吸を繰り返して。
「……っと……ヒューゴ、そろそろ行きましょう? この橋の上は、下から風が吹き込むから、日が暮れると寒くなるの。」
ふと頬に感じた風に、クリスが首を竦めて、夕日の中に消えるような淡い……甘い微笑を乗せて、さぁ、と促す。
時折クリスが見せる──「女」の表情に、ヒューゴは、キュ、と唇を噛み締めた。
普段のクリスは、団長としての騎士たる顔を崩そうとしない。
けれど、親しくなった相手には、時々こんな風に、柔らかな女言葉を使うと同時に、女性めいた優しい顔を見せる。
その顔を向けられた瞬間──先ほどから胸を襲っていた動悸が、切ない色をも伴うのを、ヒューゴは自覚していた。
──随分前から、この感情が、胸の中で渦巻いている。
行きましょう、と、ヒューゴに首を傾けて微笑んで、クリスが歩き出す──夕日に染まった華奢な背を見ながら、なぜか唐突に、口が開いた。
「クリスさん……っ。」
呼び止めながら、肩越しに振り向いたクリスが小首を傾げるのを見て──ナニを言いたいのか、分からないまま、ヒューゴは思わず口走っていた。
「俺……クリスさんのことが好きなんだ……っ!!」
一瞬──大きく見開いたクリスの目が、見えた気がした。
どくんどくん、と、胸が大きく鳴っている。
握り締めた手の平が、ジトリと汗を掻いていた。
口から零れた言葉が、空気の中で溶け込まず、コトン、と地面に落ちた気がして──ヒューゴは、言い知れない不安に、唇をわななかせる。
どうして口にしてしまったのか分からなくて、切なげに眉を寄せてクリスを見つめて……赤い色に染まった彼女の瞳が、ゆっくりと瞬くのを見ていられなくて、ヒューゴは視線を足先に落とした。
バクバクと、せわしない心臓が口から飛び出しそうだった。
ジンジンと、熱く火照る頬が、そのまま火を噴出しそうだった。
一瞬の沈黙。
──けど、その沈黙が長くて……痛いほど長く感じて、ヒューゴは、ぐ、と下唇を噛み締めた後、
「…………あの……その………………。」
好きっていうのは、「仲間として」なんだと、沈黙に耐え切れずに、そう「嘘」をつこうと顔をあげたとたん。
視線のすぐ先で、クリスが──淡く、優しく…………、
「……ありがとう、ヒューゴ。」
切ないくらいに、甘い顔で、微笑んでいた。
「────……クリ……っ。」
「…………………………ヒューゴがそう言ってくれるのは……、いちばん、うれしい。」
「クリスさん……。」
本当に嬉しそうに笑って、本当に大事そうに告げてくれるから。
ヒューゴは、言葉に詰まって、彼女の名前をただ口にすることしか出来なかった。
グ、と握った手の平が、今度は別の意味でジンワリと汗を滲ませるのを──ヒューゴは、漏れでそうになる歓声を堪えながら、感じた。
体の中から、アツイ熱が込み上げてくる。
「私も、ヒューゴが好きだ。」
クリスは、そんなヒューゴを後押しするように、少し恥かしそうに目を伏せて、笑った。
銀の乙女だとか、冷静な団長だとか──いろいろ言われた「英雄」の彼女ではなく、素の顔で、クリスはヒューゴに向けて、幼く見える全開の微笑を口元に上らせて。
「私たちは、お互いにとても大切な友人だと……、そう想っても、……いいって、ことよね?」
ヒューゴの天にも昇る心地を、一気に叩き落してくれた。
それも、悪気もなく。
「ありがとう、ヒューゴ。……私は、本当に嬉しい。」
──────本当に、本当に嬉しそうに………………そう、笑ってくれるから。
「…………………………………………。
…………………………………………。
……う、ぅぅ……うぅん…………。」
ひどく曖昧に、ヒューゴは笑って──頷くしかできなかった。
──────鈍感すぎるにも程があるんじゃないかなぁ、と。
実はこっそりとこの光景を見ていたルイスは、今夜あたり、クリスに男女の恋愛について、少しお話しなくてはならないだろうかと、真剣に考えてみたりするのであった。
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