ブラス城の中央を抜ける街道の橋の上──夕焼けが辺りを茜色に染めて、眼の前の麗人の白い肌も、ほんのりと赤く染まって見えた。
 月の光の下で、綺麗に輝く銀色の髪は、夕焼けの色を帯びて、いつもと違う色を見せていた。
 いつだったか──あの戦いの中で見た巨大な夕日に包まれたときは、銀色の髪と白い肌、そして今も身につけている銀の鎧のすべてが、真っ赤に染まっていて……まるで炎に包まれたあの日の彼女のようだと、苦々しい思いを抱いたものだけど。
 でも、今、橋の上で。
 ヒューゴの眼の前で、いつもキッチリと結わえている髪を、ほんの少しだけほつれさせた彼女は──茜色の輝きを身にまとって、とても綺麗に見えた。
「……日が暮れてしまったな。」
 小さく呟いた唇は、いつも色気一つない素の色だけれど、今だけは夕日に照らされて、赤く染まっているように見えた。
「ヒューゴ、さすがにもう帰れまい。今日は泊まって行くのだろう?」
 小首を傾げて、当たり前のように問いかけてくるクリスに、ヒューゴはハッとしたように肩を小さく跳ねさせた。
 無意識のうちにクリスの唇に見入っていた自分に唐突に気付いて、頬の辺りに熱が集まるのを感じた。
 こんなに一気に赤くなったら、クリスさんに不審に思われるんじゃないかと、手の平をギュと握ったが、クリスは不思議そうに首を傾げるばかり。
「どうした、ヒューゴ? もしかして、これからカラヤまで帰るツモリじゃないだろうな? ──さすがに夜中に外に出るのは、危険だぞ?」
 ヒューゴがブラス城に泊まるのは、コレが初めてというわけではない。
 カラヤとブラス城の距離は、それほど遠いわけではないが、さすがに時間が遅くなれば、強引に帰るという無茶はしない。
 今はまだ夕方だが、それでもカラヤに着く頃には夜中に近いことを思えば、泊まっていった方が安全だろうと──そう問いかけるクリスに、ヒューゴはぎこちなく笑って見せた。
「そ、そう、だね……。その……部屋が空いてないなら、納屋の隅でもいいから、貸してくれるかな?」
 顔をあげて、心配そうな色を滲ませるクリスのすみれ色の瞳を見返し──その目が、かすかな赤い色を宿しているのを認めて、ヒューゴは自分の手を見下ろす。
 夕日のおかげで、肌の色がいつもよりも赤い色を宿している。
 クリスのように真っ白な肌ならとにかく、自分のような色だと──こんな赤い色に染まった中では、少しくらい顔を赤くしても気付かれないのかもしれない。
 特にクリスさんは、超がつくほど鈍感だから。
「納屋の隅だなんてとんでもない。炎の英雄殿に馬と同衾させたとなったら、私が批難されるじゃないか。」
 鈴が鳴るような軽やかな笑い声をあげながら、クリスがおどけたように首を竦める。
 そんな──であった頃には到底見ることが適わなかったクリスの、親しみを込めた言葉に、ヒューゴは、ホ、と肩から力を抜いた。
 気付かないうちに肩や体に緊張が走っていたらしいと、今更ながらに悟る。
 ビュッデヒュッケ城に居たときは、クリスと二人きりになるのは嫌いだった。
 ナニを話していいか分からなかったし、お互いに気まずくて、お互いに視線を逸らしあって──互いの存在を、視界に入れること自体を、逸らしていた。
 でも、最近はそんなこともなくなっていた。
 まるで違う自分たちの存在を、お互いのことを、少しでも知って距離を埋めようとするように、こうして時々会うようになって──当然それは「ゼクセンの騎士団長」と「カラヤの族長」という立場の、公的なものばかりだったけれど──、距離は、間違いなく縮まった。
 夜遅くまで酒を飲み交わすことだってあったし、一緒に買い物に行くことだってあった。
 公私ともに、なかなか好調な付き合いをしていると思う。
「って言うけど、また前回みたいなことになるのはゴメンだよ、クリスさん。」
 それくらいなら、納屋のほうがマシだと、憮然として呟くヒューゴに、クリスは瞳を瞬かせて──それから、プッ、と小さく噴出した。
「クリスさん!」
「……い、いや……すまない。──大丈夫だ、レオやパーシヴァル達には、ちゃんと客室を訪ねないように言っておく。」
「前回もそう言ったじゃないか。
 ──そりゃ、お酒を飲むのは好きだけど……結局、ベッドの上で寝れなくなるんだよ? 飲み大会になるくらいなら、納屋で寝たほうが、ずっとマシ。」
 あれじゃ、疲れも取れない。
 憮然として続けるヒューゴに、確かにな、とクリスは楽しげに笑う。




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