悪戯な突風が吹いた瞬間、その場に居た全員はとっさに足を止め、顔の前に手を翳す。
 リリィの長い髪が大きくたわむように揺れ、彼女はキュ、と目を閉じて髪を手で押さえるような仕草をする。
 突風が過ぎ去っても、風にあおられた髪は元に戻ることはない。
 リリィはボサボサに乱れた髪に舌打ちを覚えながら、手櫛で髪を整えながら悪態づく。
「……っ、もうっ! 何よ、今の風っ!」
「全くですね、今のが神風ってヤツですかねぇ。」
 のんびりとした口調で答えるサムスの視線の先では、リリィよりも熱心に風で乱れた髪を直しているリードの姿があった。
 リードはドコからともなく出してきた櫛を、せっせと自慢の「リーゼント」に差し込んでいる。
 今のリードに話しかけたら、半切れされることは良く分かっていたので、あえてサムスは何も言わない。この状態のリードに堂々と話しかけることができるのは、「お嬢様」であるリリィくらいのものだ。
 そのリリィは、リードが何をしているのかに全く感心を払わず、乱れた髪を手早く指先で整え、前髪をかきあげると、
「だから吹き抜け放題の草原はイヤなのよね〜っ! 誰よ、ヤザ高原でレベルアップしようなんて言ったのはっ!」
 一体、今日、何度目の突風なのだと、鼻の頭にシワを寄せながら振り返る。
 その振り返った先では、自分とバディを組んでいるクリスが、苦笑いを見せながら、そういうなと、そう嗜めるはず──だったのだけれども。
「──……っ。」
 振り返った先でクリスは、片目を手の平で覆い、もう片方の目をつらそうに歪めて顔を顰めていた。
「クリス?」
 驚いたように目を見張るリリィに、クリスは首を傾けるように首をあげ、片目を覆っていた手とは違う手をあげ、すまん、と短く言う。
「目に、ゴミが入ったみたいだ……。」
「あぁ、さっきの風ね。」
 髪をさらりと肩から背中に払いのけて、リリィはクリスの元に駆け寄った。
 そして、つらそうな表情で立ち尽くすクリスを覗き込んで、
「ちょっと見せてみなさいよ。」
 言いながら、クリスの手首を掴み、どれ、と覗き込もうとする。
 けれどクリスは、慌てた様子でリリィの手をやんわりと払いのけ、後方に後じ去ると、目元を押さえていた指で目を軽くこすりながら、
「いや、大丈夫だ。すぐに取れるから……っ。」
「って、こすったら目が傷つくじゃないの。」
 何やってんのよ、と呆れたようにリリィが手を伸ばすのを、サムスは生ぬるい笑みで見守った。
 目にゴミが入ったと、いつも憤って目を擦るのは、他ならないお嬢様じゃないですか…………。
「さすがはゼクセンの銀の乙女……あのお嬢様が姉ぶった顔をしてるぜ……。」
 げんなりとした顔で呟くサムスに、ようやく髪を整え終えて、一息ついたリードが振り返る。
「どうだ、サムス? いい感じだろう?」
 生き生きとした笑みを向けられて、サムスは何も言わず黙って溜息を一つ零す。
「ほら、クリス、ちゃんと見せなさいよ。」
 リリィは強引に両手でクリスの頬を挟むと、彼女の顔を覗きこみ、ジ、と目を据わらせる。
 しかし、涙目でパチパチと忙しなく瞬きするクリスの目に、苛立ちを我慢できたのは、ほんの数瞬きの間だけだった。
「──……あーっ、もうっ! なんでそう、やたらに瞬きするの、あんたはっ!!」
「い、いや、そう言われても……目が、痛くて……っ。」
 すばやく目を瞬くクリスが、すまん、ともう一歩下がるのを、今度はリリィも止めなかった。
 クリスは何度も目を瞬き、つらそうに眉を寄せては、指先で下瞼を降ろす。
 リリィはそんなクリスを前に呆れたような顔をアリアリと浮かべて、背後の自分の従者どもを振り返った。
「ちょーっと、サムス、リード。なんとかならないの、コレ?」
 指先で指し示すリリィに、しかし聞かれた二人の方はと言うと、どうにかならないもなにも……と、困った顔で目を交わしあう。
「涙を流せば、ゴミも流れるんじゃないか?」
「そうっすねぇ……水で目を洗い流すのが一番じゃないっすか?」
 それが一番だと、うんうんと頷きあう2人に、リリィの米神がヒクリと揺れた。
「だったら、さっさと水筒を出しなさいよっ!」
 あと、器っ!

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