唾を飛ばすような勢いで叫んだリリィに、サムスもリードもビシリと背を正すと、
「はっ、はいぃぃっ!!」
 慌てて、自分たちが背に背負っていた荷物を降ろし始める。
 そんな2人を見下ろして、全く、と腰に手を当てて、リリィはクリスを振り返る。
「クーリス、もう少し待っててよ。」
 だから、目を擦らないっ、と、呆れた顔で呟くリリィに、クリスは片手を挙げて緩くかぶりを振った。
「いや、貴重な飲み水を、こんなことに使うわけにはいかない。」
「って……。」
「大丈夫だ。ちゃんと涙を流すからっ。」
 キリッ、と、片目を瞑った状態で──瞑っていても、ちくちくと痛いのか、クリスの瞼はかすかに震えていた──、きっぱりと言い切るクリスに、涙目になってるのにゴミが流れ落ちてない分際で、何を言ってるんだと、リリィは溜息を一つ零す。
 しかし宣言したクリスはというと、真剣きわまりない顔で、必死に目をゆがめたり唇を噛み締めたりして、涙を零そうと躍起になっている。
 そんな頑固なクリスを、さてどうしたものかと、リリィが腰に手を当てて首をひねった瞬間だった。
「……どうしたの? 目のゴミ、取れないの?」
 フーバーの上にライドオンしたまま、ことの成り行きを見守っていたヒューゴが、不意にそう声をかけてきた。
 リリィが自分の肩越しに振り返るようにして見上げた先で、ヒューゴはヒラリと身軽な動作でフーバーから飛び降りる。
「そう。進むのは、もう少し待ってやってよ。」
 顎でリリィが指し示した先で、クリスは自分の道具袋から取り出した手鏡を覗き込みながら、必死に赤く染まりかけた目を睨みつけていた。
「いいよ、俺が見るから。こういうの、得意なんだ。」
 まかせてよ、とニッコリ笑ってヒューゴは、クリスの元に駆けつける。
 その彼の背を見送りながら、リリィがいぶかしげに顔を顰めた。
「得意?」
「目のゴミを取るのに、得意とか得意じゃないとか、そういうのがあるんすか?」
「私が知ってるわけないでしょ。」
 同じく不思議そうな顔で首をひねるリードにそう答えて、リリィはお手並み拝見させていただきましょうと、クリスの元に駆けつけたヒューゴを見守る。
 必死に涙目で鏡を睨みつけているクリスは、涙目になればなるほど、視界が歪む事実に、もうどうしようもないかもしれないと、ほとほと困り果てていた。
 これほど目が痛いのに、ゴミが見あたらないということは、一体どの辺りにずれてしまったのだろうと、真剣に悩むクリスの前に立つと、ヒューゴは手を伸ばす。
「クリスさん、ちょっとゴメン、見せて。」
「──……っ、ヒューゴ?」
 驚いたように片目を瞑りながら目を見張るクリスに、うん、と頷いて、ヒューゴは彼女の目の下に指先を当てると、ジ、とクリスの目を覗き込む。
 パチパチと忙しなく目を瞬きするクリスの目から、ポロリと涙がこぼれた。
 その拍子に、
「あった。」
 ヒューゴはささやくように小さく呟く。
「えっ、ほ、ほんとか?」
 慌ててクリスは、瞬きしないように──ヒューゴがゴミを取りやすいようにしようとするのだが、痛みを訴える目は、クリスの意思に反してパチパチと瞬きしてしまう。
 瞬きするごとにゴミがずれてしまったら、なおさら取れなくなるではないかと、クリスが眉を寄せると同時、
「クリスさん、動かないで。」
 クリスの上瞼と下瞼をしっかりと指先で押さえたヒューゴが、かかとをあげて背伸びをしながらささやく。
 そのささやき声が、思った以上に近くに聞こえて、ギョッとした。
「──……ぇ、あ…………え…………。」
 視界いっぱいに、ヒューゴの顔が見えて、クリスは知らず息を呑んだ。
 その、見開いた目一杯に、ヒューゴの口が近づいてきて……。
「────…………っ!!!!!」
 ペロリ、と、生々しい何かが、自分の目を舐め挙げた感覚がした。
 ぞくんっ、と背筋が震え、嫌悪とも衝撃とも言える感覚が、彼女の全身を走る。
「な……な……っ、何やってんのよーっ!!!!!!!??????」
 リリィの、興奮した上ずった声が、異様なくらい遠くから聞こえた。
 何も言えず、凝固するクリスの目の前から、ヒューゴの顔がゆっくりと遠のいていく。
 口の間から突き出された赤い舌で手の甲を舐めてから、ヒューゴはクリスの目を舐めたソレを口の中に収める。
 そのまま、ニッコリと笑うと、
「もう痛くないだろ? クリスさん?」
 なんでもないことのように、そう言った。
 クリスは、パクパクと、口を開け閉めして──己の頬に、熱が集まるのを感じながら、呆然としているクリスを不思議そうに見上げている。
「クリスさん? まだ痛い?
 まだゴミが残ってるなら、もう一回、見ようか?」
 ペロリ、と舌を出されて問いかけられた瞬間、クリスはぶんぶんと頭を振って、両手を自分の胸の前に突き出すと、
「い、いや──……っ、だ、大丈夫だ、ぜんぜん。痛くないっ!」
 我ながら、あからさまに動揺していると思う声で、そう叫ぶ。
 そんなクリスに、そう、とヒューゴは安心したように笑うと、
「それじゃ、出発しようか。」
 やはり、なんでもないことのようにクルリときびすを返して、再びフーバーにライドオンした。
 そんな彼の背を見送り──、まだ生々しいような、くすぐったいような感覚の残る目を手の平で覆ってから、
「………………──────。」
 なんとも言えず、歯がゆい気持ちをかみ殺したのであった。

>BACK