音もなく開いた扉の正面──左右に連なる椅子の更に前。
記憶よりももっと小さい十字架が、かけられていた。
手前には、ずいぶん古びた……けれど手入れの行き届いた祭壇が置かれ、その前に跪いて祈る人影があった。
想像していた姿よりも小柄で貧弱な印象のある背は、少し丸みを帯びて見えた。
高い帽子の奥から覗く髪は白に染まり、後ろ襟首から覗く白い首は、折れそうに細い。
当時──あの背中に抱き上げられたことがあった。
あの時は、大きな背中だと思ったものだけど……きっと今の自分よりも、一回りは小さい。
カツン、と音を立てて一歩踏み出せば、ヒンヤリとした空気が頬に触れた。
教会独特の、神聖な凛とした空気だ。
祈る男は、まだ客の存在に気付いていないらしい。
それが悲しいような、寂しいような──それでいて安堵するような。
様々な感情が入り乱れたまま、クリフトは足を踏み出す──もう一歩。
「神父さま──。」
呼びかけた声は、どこか掠れていた。
低く……なるべく低くと思って出した声に、自分でも戸惑いを感じる。
ゆっくりと声に反応して、俯けていた顔をあげる男が、その場に立ち上がるのを見つめる。
見えた指先は皺で小さく見えた。
立ち上がった拍子にグラリと傾いだ体は、一回りも小さく見えた。
それが、自分の成長のおかげなのか、相手の年齢のためなのか──クリフトには分からない。
「……すみません、ちょうど祈りの時間でしたので──。」
穏かに……朗らかにそう微笑む声と表情は、まるで春の陽だまりを思わせる。
朗々と響く声は、この教会で初めてミサに参加させてもらったときと、なんら変わりないように感じた。同時に、どこか掠れたような気も。
──10年という月日が、不意によみがえった気がした。
記憶の中にあったのは、まだ中年くらいの男の顔だった。
なのに、振り返った男は、すでに壮年を迎えている──いや、老人とすら言えた。
皮膚は薄くなり、細い骨の形が見える。
コケた頬と刻まれた皺が、この10年の長さを語っているような気がした。
驚いて──半ば覚悟していたというのに、愕然として、思わず目を見張り、挨拶の言葉すらも失ったクリフトに。
彼、は。
「…………クリフト?」
皺にうずもれた小さな目を瞬かせて──たった一ヶ月の月日を一緒に過ごしただけの「孤児」の名を、口にした。
それと同時──泣きそうに顔を歪めた青年に向かって、昔と変わりない微笑を向けて……同じように、泣きそうに顔を歪めてみせた。
「──ちょうど今、君達が無事であるように……神に祈っていた。」
神様のお導きかな、と。
そう……笑って。
「………………いつか会えたらいいと、ずっと……そう、思っていたよ。」
神父様は、昔と変わりない微笑を、浮かべてくれた。
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