幼い頃を思い出すと、いつも脳裏に浮かぶのは、月灯りが差し込む大きな森の中だった。
 遠くで鳴く鳥の声も、どこかでざわめく葉の音も、何もかもが自分を歓迎してくれているように感じた。
 それと同じくらい、目の前の闇色が魅惑的だった。
 それだけが、自分が見てもいい世界なんだと、そう信じていた。
 毎日毎日歩いた。
 日が昇れば、見慣れた光景が目の前にあって──そうだ、父さんと一緒にココで薬草を積んだ。父さんと一緒にココで昼食を取った。
 そんな些細な思い出に、胸が痛くて泣いた。
 だから、昼間に移動するのは嫌いだった。
 夜なら良い。
 夜なら、どれほど寂しくても、どれほど悲しくても、何も見えないから。
 見えないからこそ、もしかしたら振り返ったらソコに父さんがいるかもしれないと、そう夢見ることもできたから。
 どれくらいソコに居たのか、どれくらいそうして森をさまよっていのたのか、記憶にはまったくない。
 ただ、森のハズレで──大きな街道の近くに出た辺りで、「旅の人」に見つけられたときには、体中傷だらけで、ドロとホコリにまみれた、ずたずたの姿だったのだそうだ。
 もう意識も朦朧としていて、言葉もロクに喋れなくて──きっとモンスターに襲われたのだと、誰もが疑わなかったのだという。
 また、そしてそのとき僕は、「父さんが死んだから森の中に入った」としか、言わなかったらしい。
 誰もが、僕を「モンスターに親を殺されたかわいそうな子供」だと思った。
 そして僕は、それを否定しなかった。
────だって、そのときの僕にとったら、あの村の大人達は、見たことのないモンスターと同じものだと、そう思っていたから。
 親切な旅の人は、僕を近くの宿場町の教会に連れて行ってくれた。
 そういう「孤児」を預るのが、教会の役割りなんだそうだ。
 それを聞いて、僕はもしかしたら「子供」に会えるのかもしれないと、密かに期待なんかも抱いたりした。
 でも、連れて行かれた教会は、それほど大きくなくて。
 残念ながら、孤児院のような場所はなかった。
 それどころか、「孤児」は、僕一人だった。
 なら、僕はやっぱりこの町でも要らない子なんだろうか?
 それなら僕は、どうしたらいいんだろう?
「僕は、どこに行けば、『要る子』になれるの?」
 ──初めて大人びた単語を口にしたのは、そんな意味合いの言葉だったと、神父様は語ってくれた。
 泣きそうでもなく、ただ淡々と語るその姿に、神父様は自分ではこの子の心を救えないと、そう心から思ったのだと言う。
 ……でも、僕は、感謝している。
 あの方が、そこで僕を王都に居る神官に預けてくれたことを。
 本当に、感謝している。
 だってそのおかげで、僕は神様を信じることができた。
 人を、もう一度……信じることが出来たのだから。





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