旅をしている者には、旅をしている理由がある。
ミネアもマーニャも、明るく笑い、穏かに諭しながら、激情をもてあましていた。
夜中に飛び起きる回数は、僕が一番多かったけど、それは時々ミネアであったり、マーニャであったりもした。
その時によって、みんな、叫ぶ名前が違う。
僕たちはそうやって旅をしてた。
奇妙な連帯感はあったのだと思う。
でも、そこに、お互いに対する絶対的な信頼はなかった。
ミネアは、僕を「ユーリルさん」と呼び、僕は二人を「マーニャさん、ミネアさん」と呼んだ。
それが変わったのは、多分、あの時だ。
ブランカの砂漠の東にあった洞窟。人間不信になったホフマンに業を切らしたマーニャが、「原因追求に行くわよっ!」と叫んで、僕とミネアをつれて「裏切りの洞窟」に向かったときのことだ。
信じる心を、3人で手にした時の感情を、いまだに僕はなんて形容したらいいのか分からない。
ただ分かることは、洞窟の中で、魔物にだまされて──そしてその末に出会った二人を、まだ少しだけ疑っていた心が、晴れて行ったということ。
それと同じくらい、今まで心の中にあった疑惑だとかそういうのが、無くなっていたということ。
ミネアは、僕をユーリルと呼び捨てにするようになった。
僕も、二人を呼び捨てにするようになった。
──あの時、あの瞬間がきっと、僕が「新米勇者」として、ようやく立ち上がれたときなんじゃないかな、とか、思ったり。
「…………色々あったなー………………。」
はじめはただ、世界をうらむばかりだった。
はじめはただ、何も知らなかった。ただ必死に生きてた。
余裕が出来てきて、また自分の運命を恨んだ。
自分の周りに、大切な人たちが居ないことを嘆いた。
まるでお互いを慰めあうように、泣きあった、叫びあった。
そうして。
「ユーリル。」
「…………あれ、クリフト?」
声をかけられて、顔をあげる。
数ヶ月前には、当たり前だった光景で、数ヶ月前のあの日、もう二度と自分には手にできないことだと思っていたことだ。
名前を呼ばれる。
答える。
その、当たり前が、もう二度と来るはずがないと、なぜかそう信じて、泣いていた。
見上げた先で、思ったとおりの人物が立っていた。
そのまま視線をあげると、タオルに包まれた何かを右手に抱え、左手には湯気の立つカップを二つ持っているのが分かった。
どうやら、暖かいお茶を入れて来てくれたらしい。
「寝る前ですから、ココアにしましたよ。」
はい、と言いながら差し出してくる。
持てということかと思い、手を差し出すと、なぜか二つともカップを手渡された。
右に一個、左に一個受け取り──、
「?? クリフト、僕に二つ飲めっていうのか?」
いくらなんでも、ココア二個を眠る前に飲むのは、勘弁してほしい、胸焼けがして、それこそ悪夢を見そうだ。
そう訴える僕の前にしゃがみこんだかと思うと、
「ユーリル、ちょっと開きますよ。」
カッチリと毛布をあわせていた解け目から、スルリ、とタオルに包まれた物を中に入れる。
「ちょうど良い温度だと思いますから、抱え込むなり、足を置くなり好きにしてください。」
そして、僕の体にソレを押し付けたかと思うと、キッチリと毛布をあわせてくれて、僕の手からカップを一個奪い取った。
「って……もしかして、湯たんぽ?」
毛布の中が、ふわん、と暖かな空気に包まれるのを感じながら、クリフトを見上げる。
抱えられるくらいの──枕よりも小さいソレは、覚えがあった。
ブライさんが、船の上の夜は冷えて寒いと言うのに、買ったものだ。
今はタオルに包まれていて分からないけど、多分、そう。
「ええ、そうです。それなら、体が温まるでしょう? 動ける程度になったら、中に入りましょうね。」
────もしかして、わざわざ、馬車まで行って、湯たんぽ、持ってきた、とか?
「…………ぅっわ…………っ。」
思わず、顔が赤面するのを覚えて、僕はカップを両手で包み込みながら、毛布の中に顔を埋めた。
だって、さ。
さっきまで、甘やかされてる、って口にしたけど──ほんっと、甘やかされてるよな、僕!?
そりゃ、アリーナほどじゃないと言い切れるけど、でもさー。
「ユーリル?」
問いかけてくるクリフトに、チラリ、と目を上げて、僕は小さく笑いかけた。
「ありがと、クリフト。」
友がいる。
仲間がいる。
家族を失い、大切な人を喪い、帰る場所を失った。
それでも僕には今、大切な人がいる。
「どういたしまして。」
微笑むクリフトに、僕は同じように微笑んで、ココアに口をつけた。
暖かなソレは、舌にもちょうど良くて、ホロリと解けるような甘みと苦味を残した。
「な、クリフト。少しでいいから、付き合ってくれよ。」
クリフトも同じようにココアに口をつけるのを見上げながら、僕は被った毛布の端を開いた。
「? 何にですか?」
「星、見るの。」
笑いかけられる自分がいることを、幸せだと思う。
笑っていられる僕がいることを、きっと喜んでくれる人たちがいることを知っている。
むかし、当たり前のように思っていたこと。
僕は、愛されている。
少し前、当たり前のように疑っていたこと。
でも今、「愛されてる」まではいかないだろうけど、みんなが、僕を好きでいてくれることだけは分かる。
勇者としてではなく。
ユーリル、として。
「………………まったく、風邪を引いても知りませんよ?」
「今度は一人じゃないから、大丈夫だって。湯たんぽもあるし、クリフトも居るし。」
ほらほら、と毛布の端をヒラヒラさせたら、風が入ってきて、寒かった。
思わずゾクリと背筋を震わせると──クリフトは、諦めたようにため息を一つ零して、スルリと僕の隣に入り込んだ。
触れた肩が、冷たい。
──やっぱり、自分だけ、あったまってないじゃん、クリフト。
「クリフト、冷たい。」
風呂上りのくせに、これだけ冷えてたら、湯冷めするどころじゃないだろ。
まったく、本当に、自分のことをほうっておいて他人のことばかり──にも、程があるよ。
だから、怒るようにそうつっけんどんに言ってやると、
「あぁ……ユーリルは、体温が戻ってきたようですね。」
やんわりと──うれしそうに目を細めて微笑まれた。
────────ゴメン、完敗だよ、やっぱ。
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