「ほら……ちゃんと毛布を頭から被ってください。」
 毛布を掴み、僕の頭の上にすっぽりとかぶせてくる。
 そうすると、頬に当たる風は和らいだけど、代わりに頭上に繋がっていた「何か」が、途切れたような気がして、急に胸の奥がザワリと音を立てた。
 思わず、ブルリと身震いする。
 そんな僕に、クリフトは寒さが感極まったのだと思ったらしい。
 小さく息を零し──あぁ、その息の色が、薄い白に色づいている──、掌でソ、と僕の両頬を包み込んだ。
「──……熱い……。」
 あまりの熱さに、ジンジンと頬が痛い。
 軽く眉を寄せてそう訴える僕に、クリフトは眉間の皺を一段濃くした。
 せっかくの美人顔が台無しだ──たぶん今そう言ってからかえば、容赦なくゲンコツが落ちてくるだろう。
 だから、無言でそんなクリフトの顔を見上げた。
「私の手が、冷たいことはユーリルも知っているでしょうに……。」
 つまり、それほど僕の頬が冷たくなっていた、っていうことだ。
「うん、ゴメン。」
 確かに、今、毛布に包まれた体も、風が遮断されて始めて、寒さを訴え始めていた。
 震えるほどではないけど、足先にも感覚がないというか、触れたらすごく冷たいというか。体の芯から冷えている感じがする。
 考え事をしようと、少し頭を冷やすツモリで星を眺めていたワケだけど……やっぱり薄着で、長居しすぎたと言ったところだろう。
「…………一人になりたいなら、私が部屋を移りますから。」
 ──クリフトは、優しいから。
「ううん、いいよ、もう。」
 ゆるく頭を振って、でも僕はその場から動かなかった。
「なら、中に入りましょう?」
 促すクリフトの言葉は、至極当然だ。
 上着を脱いだクリフトの格好も、外に出るには寒いだろうし、僕自身も毛布に包まれただけの姿だ。このままココに居たら、クリフトも風邪を引く事は間違いない。
 特に、見上げた先──まだぬれた髪のままのクリフトは、すごく寒そうだ。
 でも、クリフトの性格上、僕を一人、ココに残して置いて立ち去るということはしない。
「ユーリル? 暖かい飲み物もお淹れしますよ?」
 僕の頬から手を離し、そう優しく促してくれる。
 それに、大きく頷きたいのは山々だったんだけど。
「…………寒くて動けないんだけど。」
 寒さを自覚してしまったら、動けなかった。
 動きたいのは山々だし、毛布は凄くありがたいんだけど、微妙に隙間風が寒いというか、なんというか。逆にその微妙な温かさのおかげで、動けないっていうか。
「…………………………………………………………。」
 なんとも言えない沈黙。
 そのクリフトの項に、雫が滴っているのを見た瞬間、これはマズイと、あわてて僕は彼に手を振った。
「イヤ──あのさ、一応、毛布に包ってるから、もう少ししたら動けると思うし、クリフト、中に入っててくれよ。」
 だって、どうせコレは、自業自得なんだから。
 そう、寒さでかじかむ声で笑って言うと、クリフトは苦い表情を刻んだ後、
「少し待っててください。」
 ヒラリ、と身を翻して部屋の中に消えていった。
 もう一枚、毛布とか持ってきてくれるのかな?
 自分の体温で温まる一方から、風がぬくもりを奪い去っていく。
 寒くて、ブルリと体を震わせた。
──────寒くて、動けないって言うのは、半分本当で、半分ウソ。
 本当は、もう少しだけ、ココで頭を冷やしたかった。
「……クリフトも、みんなも、僕を甘やかしすぎだ。」
 ぬるま湯に浸かっているようだと、時々戦慄を覚える。
 多分この感情の名を、マーニャとミネアは知っているだろう。
 彼女たちもまた、僕と同じように復讐を誓ったことがあり、同時に、人肌を怖がっていた頃の僕を、知っている人たちだから。
 ──勇者だとか、そういうの、どうでもよかったんだ、本当に。
 ただ、僕が生き残った……みんなが、僕を生かしてくれた「理由」が欲しかっただけ。
 それが、「僕が勇者」だということだった。
 本当言うと──ミネアが、僕が勇者さまだとか何だとか言ったとき、ここまで深く関与するつもりなんてぜんぜんなかった。ただ僕は、次の町へ行くために、暫定的なパーティが欲しかっただけなんだ。

バタン。

 クリフトが部屋を出ていく音がした。
 もしかして、わざわざ宿の人に、追加の毛布を貰いに行ってくれたのかな……?
 僕のために出て行ったことは、十中八九間違いないけど、この部屋にいよいよ一人きりだと思うと、なんだか寂しく感じた。
 毛布を握る手に力を込めて、きゅ、と合わせ目を引き寄せる。
 あの頃は──そう、ミネアとマーニャと出会った当時は、一人でずっと生きていくと考えていたというのに……。
──────初めて、誰かを信じようと……誰かと一緒に旅を続けていくのもいいんじゃないかって思ったのは、イツだっただろう?
 マーニャとミネアと一緒に旅を始めて、最初の頃は、同じ宿の部屋で寝るのも苦痛だったっけ。一人で寝ていても、夜中に目が覚めて怖くてしょうがなくなるくせに、誰かの寝息が聞こえているのも怖くて寝れないんだ。
 なんとか寝入っても、すぐに飛び起きて──あぁ、そうだ。生きるために旅をするのに、必死にならなくてもよくなった分だけ、色々と考えはじめてたんだな、僕は。
 そしたら、マーニャとミネアが、夜中に安眠妨害したにも関わらず、抱きしめてくれた──たくさん泣いてもいいのだと、起きぬけで感情を我慢していると、そのままその感情が出所をなくして巣食ってしまうから、存分に叫べ、と。
 ────自分達もそうやって、真夜中に泣きあいながら、乗り切ってきた感情なのだから、と……………………。


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