ひたすら、歩いた。
砂漠は一人で渡るのは無理だから、パーティを組んだほうがいいって言われた。
一時期だけのパーティもあるのだと知って、それを利用するのもいいかと思った。
そうやって、歩いて、エンドールに着いて。
あぁ──そうだ、僕はブランカで、初めて海を見たんだったっけ。
打ち寄せる波に、白い砂浜に、なんか色々考えた。
その前にも、森から出た瞬間、見慣れない草原にビックリした。
僕が今まで見ていた世界は、なんて狭かったのだろうと、そう思ったんだった。
──────あぁ、そうだ。旅は目新しさの連続だった。
最初の頃は、毎日毎日、後悔と懐古の念でイッパイだったのに、やがて、食べモノを探すことと寝るところを探すことと、生き残ることで頭がイッパイになってった。
ココで僕が死んだら、村の人の死が無駄になると、ただそれだけを呟き続けていた。
必死に生きているときは良かったんだ。何も考えなくても済んだんだから。
「……しょうがないですね……毛布を持ってくるまでの間、これでも羽織っていてください。」
ファサ……。
不意に、肩に柔らかな布がかけられて、ビクリと肩を震わせた。
「なっ、何!?」
驚いて振り返ると──まるで気付かなかったから、本当に心臓が凍りつくくらい驚いたから、思わず右手で腰の当たりをまさぐっていた。
今は宿に居るから、剣なんて部屋に置きっぱなしにしていたということを、スッカリ忘れて。
スカリ、と、掌が帯刀の感触を伝えぬことに、内心あせりを覚えながら振り返った先──見慣れた人影が、呆れたような顔で僕を見下ろしていた。
「何、じゃないですよ──もしかして、ぜんぜん、私に気付いてなかったんですか?」
窓辺にたたずむその影は、室内からの灯りのおかげで逆光になっていて、顔は見えなかったけど、間違えようはない。
声も、その姿も、今日の同室者の見慣れたものだ。
「……あ、うん……ぜんぜん、気付かなかった。」
座ったまま振り返った体勢から、すとん、と彼に向かい合うように腰を落とす。
僕が今座っているバルコニーから、クリフトが立つ場所までほんの二歩くらいの距離。
さっきまでぜんぜん感じなかったクリフト独特の雰囲気も感じ取れた。
どうして気付かなかったのだろうと──そこまで真剣に考え込むほどの、回想だっただろうかと首を傾げるが、つい今しがたまで自分が何を考えていたのかすら、おぼろげで、うまく掴めることはなかった。
「今、毛布を持ってきますから、少しそのままで待っててくださいね。」
ぼんやりと見上げた先──表情は見えなかったけれど、彼が優しく微笑んだのは分かった。
他の誰にも浮かべられないような、本当に優しい微笑み──そんな微笑を、こんなときのクリフトは浮かべる。心から相手を気遣い、誰をもその腕に抱くような、優しい微笑み。
そんな笑顔を向けられると、なんだか僕が特別になったような感覚になる。それも、「お前は勇者だ」なんて言われて覚えた戸惑いと反発のような類のものじゃなくって、あったかい、心穏やかになる類のヤツ。
だから僕は、こんなときのクリフトの笑みが好きだ。
甘えてるような気がするけど、それでも、ホ、と息を吐かせてくれるから。
神官だから、人の話を聞くのがうまいと、マーニャが良く言っていたけど、そういうんじゃなくって……うん、クリフトの性格そのもの、なんだと思うな、やっぱり。
誰よりも他人を愛して、自己犠牲もいとわずにその中に招き入れちゃうんだ。
見ているこっちが、痛いくらい。
「毛布………………。」
なんで毛布が必要なんだろうと、無意識に肩に手をあて、ソコにあった布を引き寄せて──ふと気付いた。
見やった先、見慣れた布が僕の肩に乗っている。
それは、クリフトがひざ掛けに使っている大きめのストールだった。
「──……あれ、いつのまに。」
心地よい肌さわりに、掌を何度か撫で付けながら、首を傾げる。
でも、いつソレが自分の肩に乗せられたのか、まるで覚えがなかった。
触れると暖かなソレが、心地よくて、頬を寄せる。
そうしたら、ささくれ立ったような感触の頬に、ザラリ、と布地が当たった。
柔らかな布なのに、どうして頬にザラザラするのだろうと首を傾げ、掌で頬に触れる。
けど、触れた手先からも、頬からも、感触は返らなかった。
「ユーリル、とりあえずこの毛布を頭から被っていてくださいね。
体、芯から冷えているでしょう?」
なぜだろうと、頬を撫でていたら、呆れたようなクリフトの声とともに、ばさり、と重いモノが頭の上に落とされる。
とたん、真っ暗になった視界に、あわてて乗せられたものを掴んだ。
ふにゃり、と掌に返る感触──毛布だと理解したときにはもう、そこから顔を出していた。
ヒュゥ……と、冷たい風が頬を撫でる。
「あぁ……顔が、真っ青じゃないですか。」
そっか……顔が風の冷たさで麻痺していて、感覚が感じなかったんだ。
だから、布を当てても、ぬくもりだとかそういうのよりも、ザラザラしてるって感じたのかな? かじかんだ手の平って、当たる何もかもが痛いように感じるときってあるもんな。
眉を寄せたクリフトが、僕の目の前のしゃがみこんで、掌を伸ばしてくる。
その髪がシットリと濡れているのを見ながら──あぁ、そうだっけ、クリフトがお風呂に入っている間に、ベランダに出てきたんだという事実を思い出す。
ということは、クリフトは風呂上りに僕が居ないのに気付き──開けっ放しの窓から、僕を発見したというわけだ。
推理にも何もならないけど──……それだけの時間を、僕はボンヤリとココで過ごしていたわけだ。
「考え事も結構ですけど、ご自分の体を労わってくれないと、困ります。」
本当に困ったような顔。
あぁ、なんか僕、クリフトを困らせたらしい。
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