僕の名前は、ユーリル。
 今、旅をしている。
──────ワケあって、天空の勇者だとか呼ばれているけど、本当のところはタダの17のガキに過ぎない。
 それに、物心付いたときから充分に愛されて育った自覚があるほど、世間知らずで、ボケてるらしい。
 剣術や魔術の素質は抜群に良いらしく、村では毎日のようにしごかれていた。
 村の外には危険なモンスターがたくさん居るからと、村の外に出してもらったことは一度たりともなかったけど、多分、普通に闘えば、スライムなら楽勝に倒せる程度の腕はあったと思う。
 今はモンスターの動きが活発化していて、とても危ないから、身を守るスベは身に着けなくてはいけないと、毎日毎日、師匠やら先生やらからしごかれて、家に帰ったら父さんと母さんが出迎えてくれて、おいしい夕飯を食べていた。
──まだ、ほんの数ヶ月前の話しだ。
 正直な話し、僕はモンスターだとか、自分の身を守って闘うだとか、そういうのは遠い先の話にしか思ってなくて。
 村の真ん中にある「シンシアの花畑」で、シンシアと一緒に花輪だとか、蜜集めだとかしているほうが、ずっとずっとスキだった。
 あ、シンシアって言うのは、僕の幼馴染で、村では唯一僕と同じくらいの年頃だった女の子。
 花畑にシンシアの名前が付いているのは、シンシアがソコを自分の場所だって決めて、一生懸命花を植えて育てたから──もちろん、僕も一緒に手伝ったんだけど、シンシアは自分が最初に決めたからって、自分の名前をつけちゃったんだ……もっとも、それも幼い頃の話で、今も同じように、「シンシアの花畑」なんて呼んだら、怒られるけどね。
 ────あぁ、違う。
 怒られた、んだ。
 だって。
 もう、彼女は…………………………。









「ユーリルさん? そんなところに出ていたら、風邪を引きますよ?」
 ぼんやりと、空を眺めていた。
 満天に輝く星は、どこで見ても同じだ。
 最近は、ようやく星を見る余裕もできた。
 村を出た当初なんて、星だとか、そんなものを見ている余裕すらなかったから。
 村を南下して、少し外れた場所にあったきこりのおじさんの家で、ただ何もせずに突っ立ってたっけ。
 庭の隅に立てられた墓の前に座って、色々考えることすら億劫で──逃げてた、ずっと。
 僕の目の前で、村が跡形も残らずに滅ぼされたんだ、って言う、現実から。
 きこりのおじさんは、口が悪くて態度も悪かったけど、それでもその不器用な優しさは心地よかった。
 僕が思ったよりも早く我を取り戻したのも、たぶんおじさんのおかげなんだと思う。
 とりあえず南に城があるから、とっとと行け、と追い出されるようにして──途中でチラリと振り返ったら、なんか心配そうに出入り口で見守っていてくれたのが、なんだかおかしくて、プッと噴出したっけ。
 ──あぁ、そうだった。
 あれが、僕が村を出て、初めて浮かんだ感情だ。
 後は、なんだか、森を歩いている間に、視界が曇ってきたと思って──ボロボロ泣いていることに気付いたんだ。
「…………ユーリルさん、考え事ですか?」
 泣いて泣いて──泣きながら歩いた。
 感情なんていうものじゃなくって、ただ、ただ……溢れてきてた。
 今でもあの感情が何なのか分からない。
 悲しさなのか、悔しさなのか、憎しみなのか、分からない。
 そのどれもであり、どれもでもなかったような気がする。
 ただ、その中で、二つのことがグルグル回ってた。
 生きてて良かった。
 なんで生きてたんだろう。
 僕さえ生きていれば、無念を果たすことができる──彼らが、最後に望んだことが達成できる。
 僕が生きていても、何もできない。ただのちっぽけな子供じゃないか。
 真綿にくるまれていた愛情を、無理やり剥がされた雛鳥みたいな気分だったのかもしれない。
 甘やかされて育ったわけじゃない。
 でも、愛されてた。
 誰もに、愛されてた。
 だから、奪われて──力で奪われて。
 それが僕のせいだと知らされて。
「──…………まだこのままココにいらっしゃるなら、毛布を持ってきますよ?」
 一人なんだって思った。
 僕はきっと、このまま永遠に一人なんだって、そう思ってた。
 なぜか確信して──それなら、ずっと一人で生きてやろうなんて自暴自棄にも思ったかもしれない。


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