「こっこが、ガルナの塔か〜、うさんくせぇな。」
 ビシッ、と、鋭いムチの一撃を地面にくれてやってから、シェーヌは顎を逸らして目の前の古びた塔の頂上を見上げる。
 ダーマ神殿からずっと急いで来たというのに、息一つ乱れた様子のないシェーヌの様子に──先に塔に向かったとか言うヤツに先を越されちゃたまらねぇと、休みも取らずに、ずっと駆けどおしだったと言うのに──、レヴァは肩で息をしながら、彼女を見上げる。
「う、さん……くさ……い、って、いう………………。」
 あがった息でそれ以上突っ込むことが出来なかったので、レヴァは彼女に突っ込むことを放棄して、必至に胸に手を置いて息を繰り返す。
 別に、走るのはいいのだ──、薬草も心もとないのだから、モンスターから逃げ回るのも手だとは思う。
 だが、それを差し引いて考えても、今走った量は普通じゃない。
 なんでこれだけ走ったのに、シェーヌはココまで元気なのだと、レヴァは自分の体力の無さに、溜息を覚えてしまう。
 ──もっとも、シェーヌは小さい頃からアリアハンの広大な土地を走り回って過ごしたそうだから、基礎体力という面で言えばレヴァはとても適わないのだが。
「ま、とにかく、先に入ったヤツが居るってことは、胡散臭いながらも、宝があるって可能性は大だしなっ!」
 一人燃え滾るシェーヌを横に、レヴァはなんとか息を整えて顔を起こした。
 聳え立つ塔──古びたその塔は、魔力を欠片も持たない今のレヴァには、何の意味があるのかサッパリ分からないものだ。
 塔と言えば、シャンパーニの塔くらいしか見たことがないレヴァにとっては、それと比べてみて、アソコよりも高いかな、と思う程度で。
「聖地の北にある、さとりの塔ってダーマ神殿の人が言ってたらしいけど──ココ、なんかソレらしい雰囲気とか感じる? シェーヌさん?」
 ダーマ神殿は、さすがに息を呑まれるような威圧感を感じたけれど、この塔はとてもじゃないがそんな雰囲気は感じない。ただ、100年も前から建っているというのに相応しい、古臭い塔だというだけだ。
 しかも……なんだか魔物の気配が濃厚で、とてもじゃないが、「聖なるさとりの塔」とは思えない。
 そう渋面で呟くレヴァが、先に入っていっただろう人のことも心配だが、まずは体勢を立て直したほうがいいのではないかと、シェーヌを心配げに見上げた先。
「やっぱ、宝物って言うのは、こういう困難を経て手に入れてこそ、意味があるよな……っ!」
──彼女は、かつてないくらい、燃えていた。
「…………やっぱり、僕一人じゃ、シェーヌさんを止めれるわけがないんだよね……。」
 はぁぁ、と、溜息をタップリ零さずにはいられないレヴァであった。



 ガルナの塔。
 入り組んだその塔は、上に昇るために様々な知恵を働かせなくてはいけない。
 けれど、中に入れば濃厚なモンスターの気配もするわけで──、
「上に行く階段を探して、ノンビリしてる暇なんて無いってぇ訳かよ。」
 ったく、と頭を掻きながら、シェーヌは左右に連なる無機質な壁を見やる。
 いくら重量が軽いムチとは言えど、ずっと持っているのは腕に疲労がかかるはずなのに、彼女はそういう表情を一切見せずに、ただ真摯な眼差しであたりを伺っている。
 そのシェーヌの半歩後ろから、辺りに注意を配りながら、レヴァもシェーヌに同意を示すように頷いた。
「ある程度まで塔の中を把握したら、戻ったほうがいいかもね……。
 こういう入り組んだ謎賭けみたいなダンジョンは、リィズが居てくれたらいいんだけど──。」
 目端が利いて、頭のいいリィズならきっと、一見普通に見える何かを発見できるだろう。
 そう呟くレヴァを、シェーヌは軽く笑って一蹴する。
「リィズにはリィズのやることがある。それを俺達のワガママで引き止めることは出来ないさ。」
 そして、やおらピシリとムチをしならせると、
「レヴァっ! 右手だっ!」
 ダッ、と先に走り出す。
「って、唯一の回復役が先に飛び出さないでよっ!」
 慌ててそのシェーヌの背を追いながら──この旅のさなか、何度も思ったことを、またチラリと思わないでもなかった。
 もともとレヴァは性格上、好戦的というよりも後方支援に向いた戦闘スタイルをとる。今までは、フィルスもいたし、ティナも居たので、そのスタイルでも十分だった。まず先にフィスルかティナが飛び出し、続いてレヴァが後方支援に近い状態でシェーヌを援護する。
 けれど、本来ならこのスタイルは、「スピード重視」の武道家がするスタイルではない。
 今まではそれでも良かったかもしれない。たとえシェーヌが飛び出して行っても、リィズが居た。彼がずっと回復役で援護役だった。
 けれど先日の「バハラタの人攫い事件」で、リィズも一緒に攫われてしまってから──、後方支援に自分が佇むことの意味を、知らされた気がする。
 怪我も省みずに突っ込むフィスルとティナ。
 シェーヌはその2人が揃っているときは、自ら後方に下がり、後方支援を努める。そのわきまえはある。
 けれど、今はそうじゃない。
 バハラタの洞窟でフィスルと分かれた後の戦闘時は、常にシェーヌが飛び出していた。
 もちろん、すばやさと小回りで言うなら、レヴァの方が上だ。
 けれどシェーヌは、状況を見る目と判断力が特逸している上に、自らを省みずに、「防御や回復する」よりも、ギリギリまで回復せずに叩きのめす方向を選ぶことが多い。
「いつもリィズに、回復役は無茶するなって言ってるくせに……っ。」
 もうっ、と鋭い舌打ちを飛ばして、レヴァは少しでもシェーヌの傷を減らすために、床を蹴り飛ばすようにして敵地に飛び込むように加速した。
「シェーヌさんっ!」
 左手で拳を握り締め、右手に鉄の爪を握り──床を蹴飛ばして飛び出した。
 どう悩んでいても、今の自分には魔力は無くて。
 そして、魔法力を身につけるためには、「魔法使い」か「僧侶」になるしかないのだ。
 もしくは。
「──……どうしてシェーヌさんは、自分のことでもないのに、ここまで無謀に突っ走っちゃうかなぁ……。」
 真っ先に敵に一閃食らわしたシェーヌに追いつくように、レヴァは床を強くけりつけ、宙に躍り出る。
 そのまま、空中から床へと叩きつけるように鉄の爪でモンスターを薙ぎ払い、ピシリと鋼のムチをしならせるシェーヌの背を庇うように立つと、
「ソッチのグループは、シェーヌさんに任せるからっ!」
「了解。レヴァ、あんまり無茶するなよ。」
 軽い口調で答えてくれたシェーヌの言葉に、レヴァはガックリと肩を落としそうになるのを、必死で堪えて──背中向かいのシェーヌを睨むかわりに、目の前の敵を、キッとにらみつけた。
 ──とにかく、一刻も早く、目の前の敵を倒して。
「シェーヌさんが満足するところまで、付き合うしかない、か。」
 溜息を飲み込んで、そう噛み締めるように呟き、目の前の敵と対峙していく。
 敵の反応に体が自然と反応するのを感じながら、レヴァは頭の片隅で、さとりの書を手に入れるまで、この状態は逃れられないことを覚悟していた。
 何せシェーヌは、「他人のことが関わっているときのシェーヌは、絶対にその目的を果たすまで折れない」という気質をしている。
 もしも「さとりの書」を手に入れるのが、他ならないシェーヌのためだったのだとすると、シェーヌは仲間が無理をしようとするのを、ある一線以上は決して認めない。引くときはきっぱりと諦めて引く。彼女はそういう所がある。
 けれど、それが他人のためなら──例えば今は、「レヴァの夢」のためだ──、彼女は己の身を犠牲にしても、決して諦めることはない。
 もしココでレヴァが諦めたとしても、彼女はたった一人でそれを完遂しようとするだろう。──もっとも、それほどの価値がある相手かどうかを、シェーヌはきちんと見極めている。
 そのシェーヌの「価値」に満ちた存在であることが嬉しいと思う反面、自分のことでそれほど無理をしてほしくないとも思う。
──しかし、本気でやろうと思ったシェーヌを止められるのは、誰にもできないことは、過去の経験上良く分かっている。
 特に今回は、「とにかくフィスルさんを待とう」と言っても、「先にガルナの塔に入った人間が居るのに、待ってられるかっ!」と言い返されるような状態だと分かっているから、なおさらだ。
 きっと、体力的に限界になって、ガルナの塔を降りることになったとしても、シェーヌはガルナの塔の入り口で見張ってるから、キメラの翼をレヴァに渡し、ダーマでフィルを捕まえて、薬草をしこたま買い込んで帰って来いと、言うに違いない。
 できれば、そうなる前に。
「……フィルさんが、来てくれたらいいんだけど…………。」
 一応、ダーマ神殿の神官に、フィスル宛てに伝言を残してきて良かった。
 心からそう思いながら、レヴァは無敵なほどの強さを持って、さっさと戦闘を終了させたシェーヌを振り返った。
 彼女に鋼のムチを持たせるのは、凶悪だ。
 ムチ捌きの見事さゆえに、体に返り血の一つも浴びてないシェーヌは、頬についた返り血をぬぐっているレヴァを振り返り、ニッコリと満面の笑みを浮かべて見せると、
「レヴァっ! アレを見ろよ! アレ、上への階段じゃないかっ!?」
 戦闘中に発見したらしい、遠目に見える階段らしきものを示して、本当に嬉しそうに先を示してくれた。
 レヴァはその指先を視線で追って、シェーヌと同じように、顔をクシャリと崩すようにして笑った。
「さ、シェーヌさん、気を引き締めて行こうよ。」
「おう。」

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