そのまま、まるで塔の設計者に翻弄されるように、シェーヌたちは階段を上り、地上に落ち、さらに塔の中に設置された旅の泉で飛ばされた。
ココにリィズが居たら、彼がマッピングしてくれていただろうが、当初マッピングしていたレヴァも、今の場所がドコなのか、さっぱり分からなくなってしまっていた。
そうやって、上っては落ち──を幾度か繰り返した先、先ほども通ったような覚えのある回廊に、シェーヌは踏み出し……うんざりしたような顔で、唇を捻じ曲げて、背後のレヴァに「戻ろう」と声をかけようとした。
──その、矢先。
「……シェーヌ……。」
声、が、上から降ってきた。
「──……っ!?」
とっさに鋼のムチをしならせ、シェーヌは背後から脚を踏み出そうとしていたレヴァを盾を持った手で止めながら、バッ、と顎を引き上げるようにして見上げる。
吹き抜けの天井の上。
綱渡りのように張られたロープに──そう、先ほどシェーヌとレヴァが、綱を渡ろうとして失敗したところだ──、見事なバランスで、青年が立っていた。
外壁に飛び出た場所から先の場所へと、ロープでつながれただけの吹き抜け部分で、彼は沈みかけた太陽の光に銀色の髪を煌かせている。
「お前も、さとりの書が目当てか?」
スゥ、と細められた瞳を見上げて、シェーヌは微かに顔を歪ませる。
「──イファンか。」
その人物には、覚えがあった。
そう思いながら呟くと、背後でレヴァがハッとしたように目を見張るのが分かった。
けれどシェーヌは、そのまま盾で彼の動きを止めたまま──、真上に立つイファンを、いぶかしげに見上げる。
「お前、イシスでピラミッド発掘してたんじゃないのか? ──どっかの貴族に雇われて、ティナと一緒に、黄金の爪とかどうとか。」
銀色の髪の盗賊は、イシスではじめて会った「勇者さま」を見下ろし、ただ静かに目を細める。
「黄金の爪は見つかったから、雇い主に渡してきた。」
「へぇ? お前、本当はアレを横取りするつもりだったんじゃなかったのかよ?」
シェーヌたちが、ピラミッドを攻略するために入ったとき、イファンは先にそのピラミッドに侵入していた。
彼の目的は、「女王陛下に取り入るために、ピラミッドに眠る黄金の爪」が欲しいと言う貴族の依頼を完遂すること。
けれど、シェーヌたちがまだ寝ぼけている様子だった『死者』の呪いを、次々に起こしても尚、黄金の爪は見つからなかった。
それで結局、呪いを起こしまくって仕事がしにくくなったイファンのために、ティナが彼に協力して残ることになり、ティナとはピラミッドで一度別れ、ポルトガで再会する約束をして──今に至るのだが。
シェーヌは綱の上でピクリとも動かないイファンを見上げて──なんでピラミッドで黄金の爪を探索していた人間が、こんなところに居るんだと、唇を歪めて問いかける。
そんなシェーヌに、イファンは疲れたように溜息を零すと、
「──あんな呪われた品を、持ち歩きたいわけはない。」
「……あ、そ。──で、ティナは?」
ピラミッドに入っていたシェーヌは、そこに眠る宝を「呪われた」と表現したイファンに、特に疑問を挟むことなく、話の先を促す。
そんな彼女を見下ろして、イファンは風に掻き乱される髪を片手で押さえながら、
「今頃、ポルトガだろう。」
「あー、そう。じゃ、コレを終えたら、とっとと迎えに行くか。」
まさか、こんなに早く片付くとはなー、と呟いているシェーヌに、レヴァは苦い色を滲ませて心の中で突っ込む。
早くも何も、イシスからポルトガに行って、そこからバハラタ、ダーマと来てるんだよ…………。
そうしながら、小さく深呼吸を繰り返し、レヴァはシェーヌが見上げている青年の元へ、自分も姿を現せようと、一歩脚を踏み出す。
イファンと、ピラミッドであったということは、シェーヌから聞いて知っている。
熱射病でイシスの街で寝込んでいた自分は、結局イファンとは会えなかったけれど、それでもきっと、ポルトガでティナと共に会えるだろうと思っていた。
それよりも早く、彼とこうして再会できるのは──なぜか、心臓が痛いほどに苦しく感じる。
イファンと、最後に会ったのは、カザーブの村だ。
カンダタが村を飛び出し、数ヶ月後にそれを追うようにしてイファンが出て行った。
あれきりだ。
「──……イファン…………。」
小さく……緊張に微かに震える声で、彼の名をレヴァが口にするのと、
「……さとりの書は、お前には渡せないな、シェーヌ。」
イファンが、ロープの上から居丈高に告げるのとが、ほぼ同時だった。
その彼の口から零れた台詞に、シェーヌは無言で目を細め、レヴァは驚いたように彼を見上げた。
風になびく銀色の髪。
すらりとした肢体を包む黒い服。
──彼は、先にガルナの塔に入っていた「人」。
「──……。」
シェーヌは無言で彼を見上げたまま──ゆっくりと首を傾けると、なぜか意地悪い笑みを口元に浮かべて、チラリ、と背後のレヴァを振り返った。
そして、少し体をずらすと、レヴァがイファンから見える位置に来れるように道を開いて。
「──だ、そうだぜ。
ライバル登場だ。…………どうする、レヴァ?」
「………………────。」
その、愉悦を含む目を見て、レヴァは当惑の色を隠せず、無言で視線を上げて、イファンを見上げた。
「どう、するって──……。」
言われても。
困ったように視線を上げた先、見慣れた──物心ついたときから、一番近くにあった紫の瞳が、大きく見開かれたのが分かった。
遠目にも、彼の目に自分の顔が映ったのが分かる。
──なつかしいと、そう思うほどの時間が、自分と彼の間に流れていたのだと、思った。
「僕は……イファンが欲しいというなら、それでもいいと、思うけど。」
「──……れ、ヴァ……?」
困ったように眉を寄せて呟くレヴァの名を、イファンは呆然と呟き──……、
「なっ……なんで、お前……っ。」
先ほどまでの余裕の色を消し去り、ただ驚いたように、身を乗り出してレヴァに声をかけようとする。
その上半身が、ぐらりと傾ぐ。
「イファンっ、危ないっ!」
「──……くっ。」
慌てて叫ぶレヴァの声よりも早く、イファンの足が、綱から滑り落ちる。
身を翻すようにして、綱に向けて腕を伸ばすが、その判断も一瞬遅い。
落ちてくるイファンの下に、駆け寄るレヴァと、その真下の位置から、そ、と足をずらすシェーヌとの間で。
どぉんっ!
少し前に、シェーヌとレヴァが立てたような音を立てて、イファンが二人の中間に落ちてきた。
シェーヌは、わざとらしく避けた場所に落ちてきた盗賊の青年に向かって、にぃっこりと微笑むと、
「いらっしゃい、イファン。待ってたぜ〜。」
パーティメンバー、ゲット。
イファンが思わず睨み返してしまうような台詞をこっそりと胸で吐いて、彼の傍にしゃがみこむと、満面の微笑でもって、彼を出迎えた。
その顔が、イファンがどうして「ここ」にいるのか知っているのだと──そう語っているような気がして、イファンは悔しげに、奥歯を噛み締めるのであった。