真冬に山に登るのは自殺行為だとわかってはいたが、先に進む為には、山を越える必要があった。
 しかし、冬の山越えは厳しい。
 ただでさえでも天気は変わりやすい上に、頂上付近は雪に包まれ、右も左も分からなくなる。
──けれど、町からも見上げられるその山は、それほど高いわけでもなく、吹雪にさえ見舞われなかったら、一日くらいで越えられそうに見えた。
 だが、町の人はそんな見方をする旅の者に、顔を渋くさせて、
「この山はねぇ、雪も深いし、頂上付近はいつも吹雪なんだよ。
 とてもじゃないけど、真冬のこの時期には、越すなんて考えないほうがいいよ。
 一週間かかるけど、迂回路を行きな。」
 そう、町の東から出ている海沿いに行く道を示してくれる。
 だがしかし、別の町の人は、海沿いを行くことにしたという旅の者に、
「やめとけ、やめとけ。
 あの海沿いの道はな、この時期になると山賊どもの格好の的になるんだ。
 そんな立派な馬車で、そんなベッピンさんを連れてたら、十中八九、ヤツラに目をつけられる。
 悪いことは言わねぇ、少し無理してでも、吹雪が穏やかなときを狙って、山を越えたほうがいい。」
 と、忠告をしてくれる。
 その話を、町の中で聞いた8人の導かれし者たちは、宿のロビーでなんとも言えない顔を交し合った。
「……雪山と吹雪だって分かってて山を越えるか……。」
 うーん、と腕を組んでうなる翠の髪の少年に続いて、
「山賊たちを攻撃魔法でぶっ放して賞金いただいちゃうか♪」
 そのお金でカジノよーん、と色気たっぷりの娘が微笑む。
 んふふ〜、と意味深に笑う彼女の膝を、ぎにゅっ、と指先でつねりあげて、
「どちらがより安全かによりますから、もう少し情報を集めてみてはどうかしら?」
 神秘的な美女が、静かな眼差しでそう提案する。
 その彼女に、同意を示したのは彼女のほぼ正面に位置する神官服の青年であった。
「そうですね……どれほど雪が深いか、山賊が一体どれくらいの人数なのか──それにもよりますし。
 それに、迂回に一週間かかるのも──正直、食料が心配です。」
 先日、武器と防具を一新したばかりだったから、懐事情も寂しい。
 雪山を越えるのに1日。迂回が一週間。
 危険度から言えば、雪山のほうが命はかかっていると言えよう。
 整った顔をゆがめて、迂回路のほうがまだ安全かもしれない、と続ける神官には、
「そうそう! 雪山になんて入っちゃったら、しもやけになっちゃうし、それに肌も荒れ荒れになっちゃうわぁ。」
 わざとらしく頬に手を当てて、くねくねと腰を曲げる踊り子に、占い師の妹は再びギニュ、とツメを立てて腕をつねり挙げると、
「って、ちょっとミネアっ! あんた、さっきから何するのよ! 痛いでしょーっ!」
「姉さんがバカなことばっかり言ってるからじゃないの!」
 ガタンッ、と椅子を蹴って立ち上がる姉に、同じように妹もガタンと椅子から立ち上がる。
 そのまま、似通った美貌を近づけて、鼻が触れ合うほど間近で、バチバチと火花を散らし始める姉妹に、慌てたように太っちょの武器商人が立ち上がり、
「まぁまぁ、お二人とも落ち着いてくださいよ! 寒さでカリカリしているときは、ほら、こういう暖かな飲み物が一番ですよ〜!」
 さぁさぁっ、と、机の上に置いてあったホットココアを手に取り、二人の細い指先にカップの持ち手を引っ掛けた。
 ズシリと重く暖かい感触に、マーニャもミネアも無言でトルネコが握らせてくれた濃い茶色の液体を見下ろしたが──それを相手の顔に向けてかけることもなく、はぁ、と溜息を一つ零すと、どっさりと再び椅子の上に戻った。
 そして、トルネコが渡してくれたココアを啜りながら、マーニャは片手を椅子にかけて、で? と顎でしゃくるようにしてリーダーである少年を見やった。
「どっちにするのよ、ユーリル? 雪山に入る? それとも、迂回して山賊?」
 唇を吊り上げて笑むマーニャに、姉さんはまた……っ、とミネアは軽く目を吊り上げたが、その口から言葉を出す代わりに、出かけた言葉を飲み込むようにココアを口に含んだ。
「じゃが、雪山は確かに危ないのぅ──吹雪が常に吹いているということからも、馬車じゃきつかろう。
 ここは、山賊の危険を承知で、迂回するのが一番じゃとわしは思うぞ。」
 それに自分の腰にも、少々冷えが厳しい。
 そう、蓄えた白いひげを指で梳きながら、一番高齢のブライが零すのに、そうですね、とライアンが同意を示す。
「雪山に関しては、慎重に慎重を重ねてもいいだろう。
 俺の故郷であるバトランドも、冬になると山に雪が積もる雪国だったが──毎年必ず遭難者が出た。」
 ライアンは、国の仕事で雪山に踏み入ることもあったが、遭難者を探しに行く仕事をするときも、常に装備は万全の体制にして、少しでもふぶく気配があれば、捜索を中断して戻るのが通例。
 その判断を間違えれば、遭難者は自分になってしまう可能性もあるのだ。
 万全の装備をして、さらに雪が降っていない時期から土地勘を持ち、なおかつ──雪山に入るのに慣れて居なければ、正直、厳しい。
 そうライアンが重々しく言う言葉に、それまで黙って話を聞いていたアリーナが、すこし俯くようにして、そっか、と小さく溜息を零す。
「雪山に行くのは初めてだから、ちょっと入ってみたいと思ってたけど──やめておいたほうがよさそうね?」
 残念そうな色を含んで、眉を寄せて隣のクリフトをみあげる。


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