そんな姫君に、クリフトは顔を厳しい表情で彼女の名を呼ぶ。
「姫様。先に言っておきますが、すこしだけだからと、山の中に入るのも禁止ですよ。」
危ないです。
そう先手を打ってたしなめるクリフトに、わかってます、とアリーナは重々しく頷いた。
その後、チラリ、と隣に座っていたユーリルと視線を合わせて、「ダメみたいね。」とコッソリと肩を竦めあう。
そんな最年少コンビに、まったくこの2人は──と、米神のあたりを揺らすクリフトに気づいて、慌ててユーリルが、
「とにかく、雪山は危ないってことで、山賊の情報を集めて、準備を備えた上で迂回路を出る──で、決定でいいよな?」
わざとらしく声を張り上げ、同じテーブルに就いている面々の顔をぐるりと見やった。
「まぁ、大抵の山賊は、テリトリーというものがあるからの──それを前もって調べておけば、なんとかなるじゃろ。」
フゥ……と溜息を零してユーリルの言葉に同意を示すブライに、ミネアもコクリと頷く。
「一週間もずっと気を張っているのは疲れますが、だいたいの場所さえ分かれば、そう苦労はしませんしね。」
「問題があるとすれば、一週間分の食料調達くらいだと思いますから……迂回路で調達できるような場所があるか、聞かないといけませんね……。」
せめて、水の調達ができれば、ずいぶん違ってくるのだが。
そう眉を寄せて呟くクリフトには、
「明日は私が付き合いましょう。」
トルネコが、商人の腕の見せ所だと──買わなくてはいけないものは、とことん安く買いましょうと笑って腹をドンと叩いた。
そんな彼に、すかさずマーニャが、
「トルネコさんのおなかに任せるのは、不安なような気もするわ〜。」
叩くところが違うじゃない、と明るい笑い声を立てた。
*
「うふふ、私、山賊退治ってはじめてっ!」
ルンルンと、すぐ目の前をスキップしながら軽やかに駆けて行く少女の、ひどく嬉しそうな声に、クリフトは顔に掌をあて、ユーリルですら呆れて腰に手を当てる。
「別に、山賊退治をしに行くんじゃないだろ。」
「あら、でも山賊が襲ってきたら、退治するんでしょ、もちろんっ!」
期待に満ちた目で笑う姫君に、クリフトはますます疲れたような仕草で、肩を落とす。
目の前の可憐で愛らしい姫君を相手に「普通の姫君と言うのは……」と説教をしても無駄なことは、とおの昔に分かっている。
何よりも説教をしたとしても、彼女は意気揚々とした態度で、「自ら襲うことはしないけど、降りかかった火の粉は払わなくっちゃねっ!」と言い切るに違いないことは、目に見えて分かっていた。
「そうしたら、きっと近隣の人にも喜んでもらえるわっ!
うん、やっぱりこうして旅をするのって、民の声が間近に聞けるから、とてもいいことよねっ!」
やる気満々の態度は、どう見ても「山賊に出会わずにすんだらいいな」という消極的な考えは持っていないように見えた。
いくらモンスター相手に戦いは慣れている身でも、人間の山賊相手に──それも正攻法で襲ってくるわけではない相手に、無傷で戦えるとは思えない。
特に、山賊たちがまず狙ってくるだろう「お宝」である「美しい女性と美しい少年」たちは、腕っ節も強そうに見えないことから、まず狙われることは間違いない。
その中でも、特に組みやすそうな相手だと見られるのが、目の前でキラキラとやる気になっているアリーナに他ならなく──山賊に襲われたら、確実に彼女は一番初めに狙われるに違いなかった。しかも、大勢から。
「……………………────ま、アリーナなら、大丈夫なんじゃないか?」
クリフトと同じ結論に達したらしいユーリルが、そう笑って言うが。
「──そういう問題じゃないんです。」
クリフトは、気苦労を背負ったような口調で、そう呟き返した。
アリーナもユーリルも、分かっていない。
どれほど強くても、どれほど戦闘力に溢れていても──。
何かの拍子に、その肌が傷つくことが、一番怖いのだと、そう思うことを。
まったく、分かっていない。
はぁ、と零した息が、白く緩やかに上空に消えていくのを目で追いながら、
「……とりあえず、道中は姫様に常にスカラを掛けて置こう。」
ブライやマーニャが聞いたら、過保護だと杖や扇子で突っ込まれそうなことを、胸に誓うクリフトなのであった。