3 新大陸




 船着場を出ると、濃厚に体にまとわりついていた潮風が一新されたような気がした。
 ツン、と鼻につくのは、潮の香りではなく濃厚な緑の匂い──見渡した周囲に、自分たちが今まで旅をしていた島では見たことがないような葉の形の木が見えた。
 そう思えば、不思議と辺りの景色がいつも見ていた光景とはまったく別のものに見えてくる。──違う島に来たのだと、実感が湧いてきた。
 船着場では、特にこれと言って珍しいものは見受けられなかったが、一歩表に出るとそうでもないということだろうか?
 もともとリーザス村から出たことがなかったゼシカや、滅多に領地から出ることがなかったトロデ王の二人は、好奇心に目を輝かせて、別の大陸の風景に落ち着かない様子を見せている。
 いつも静かで気品溢れる馬姫もまた、少しだけ落ち着かない様子を見せて、キョロキョロとあたりを見回していた。
 そんな一同に対して、ヤンガスだけは無言で目を細めて空を見上げた後、
「この先の修道院に夜でがすか?」
 まっすぐに連なる道の先を見通していたイニスに声をかける。
「──そうだな。この大陸のどこに彼が向かったのか分からない以上……人が集まるところに行って、情報収集をするのが一番だと思う。」
 というよりも、あまりにも当てが無さ過ぎて、そうするしかない。
 そう口にしたイニスに、ゼシカとトロデ王は好奇心に満ち満ちていた目に、苦い色を馳せた。
「そうじゃな──アッチでも、マイエラ修道院の噂は聞いたことがあるぞい。
 さぞかし巡礼者が集まっていることじゃろう……。」
「旅人が集まってるなら、好都合よね。」
 目指すは、この道の先──修道院。






4 心配


 右へウロウロ、左へウロウロ。
 それを数回繰り返した後、ピタリ、と動きを止めたかと思えば、そのまま今度は前へウロウロ、後ろへウロウロ──。
 ドルマゲスらしい人物を見つけたと、その相手の下に行くために、旧修道院の跡地に向かわなくてはいけない──そう言ったイニスたちと別れたのは、もうずいぶん前だ。
 トラペッタの近くにあった滝の洞窟でも、リーザス像の塔でもそうだったが、イニスたちがダンジョンの中に入った後は、長く表で待たされることも覚悟はしていた。
「遅すぎるわい。」
 ぴたり、と、おとなしく地面に横たわっていた馬姫の前で足を止めて、イライラとトロデ王は爪先を噛み付けた。
 そんな父を、心配そうに馬姫がパッチリとした目で見上げる。
 トロデ王は、そんな娘の様子にも気づかぬ様子で、うーん、と川を挟んだ向かい側──とても人の手では渡れそうにない位置にある島を睨みつける。
 イニスたちと別れて、数時間が経過していた。
 旧修道院跡地の前で別れ、イニスたちはダンジョンの中へ。
 そしてトロデ王達は、イニスたちが出てくるであろう「オディロ院長の島」が良く見える、対岸へと戻ってきていた。
 ここにある小さな小屋ならば、雨露をしのぎながら姿を隠すこともできるからだ。
 そこに移動する時間を考えても、ダンジョンの中で敵にてこずっているとしても──遅い。
「早くせんと、ドルマゲスが現れるぞい……。」
 イライラしながら、トロデ王は対岸に見えるオディロ院長の部屋を凝視する。
 少しでも異変があれば、それを目に写しとるつもりだった。
 しかし、今のところ、何か変化は見えない──と思った瞬間だった。
「ヒンッ。」
 小さく、馬姫がいななき、恐怖にかブルリと体を震わせる。
 その、唐突な動きに、トロデ王は驚いたように背後の姫を振り返った。
「どうしたんじゃ、姫っ!?」
 慌てて馬姫に近づいたトロデ王は、大きく見開いた馬姫の瞳に、何か影が映りこんだような気がした。
 その姫の眼差しが注がれているのが、今まで自分が見ていた場所なのだと気づき、トロデ王もそこへと視線を走らせた──が、特に何か変わったようなものは見えない。
「なんじゃ、も、モンスターかっ!?」
 もしそうならば、わしが命に代えても、ミーティアを守ってみせる、と。
 りりしく立ち上がるトロデ王の服のすそを軽く食み、馬姫はフルリと首を振った後、ヒン、と小さく鳴いて、トロデ王が視線を見据える先……の少し右手、修道院とオディロ院長の部屋をつなぐ橋を示した。
「なんじゃ、ミーティア? あそこが何か…………、…………っ、なんじゃっ!!?」
 遠めにも見て分かる変化。
 それは、オディロ院長の部屋に続く橋の上に立っていた男二人が、ばったりと──倒れ付している光景だった。
「な、何があったと言うんじゃっ!?」
 驚いたように目を見開くトロデ王に、ミーティアはただ目で訴えるだけ──決して言葉にして、自分が見た光景を伝えることはできない。
 それに歯がゆく思いながら……それでも、始まってしまったのだということは、トロデ王にも分かった。
 歯噛みをして、トロデ王は何も変わっていないように見える、オディロ院長の部屋を睨みつけた。
 けれど、壁に包まれた部屋の中が手にとって見えるわけもなく。
「……えぇいっ、イニスっ、イニスは何をしておるんじゃっ。」
 悔しげに、ガンッ、と足で地面を蹴りつけた。
 ──と同時、
「ヒヒンッ。」
 短くいなないて、突然ミーティアが立ち上がった。
 なんじゃ、とトロデ王が驚くと同時……パッカリ、と、オディロ院長の島の一角が、盛り上がるように動いた。
 かと思うや否や、そこからはいずり出てきたのは、数時間前に別れたイニスたちの姿だった。
「よ、ようやくきおったかっ、イニスめっ! 早くっ、早く行くんじゃっ!!」
 ドルマゲスが現れたんだぞっ! と、対岸から叫ぶものの、遠く島の上に居るイニスたちには、トロデ王の声など、まるで届いている様子は見えなかった。
 彼らはけれど、すぐに異変を感じたのか、ハッ、と顔を見合わせた後、オディロ院長の部屋の入り口のほうへと走っていく。
 それを見届けて、トロデ王は、祈るように両手を前で組み合わせた。





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