1 はじめ
「……関所にも人はおらんかったし、ここにドルマゲスのやつめがおればいいんじゃがな……。」
言いながら、白い美しい牝馬を駆る「怪物」が考え深げにうなり声を上げる。
その彼の呟きを耳にしながら、目の前の村に続く出入り口を見上げたイニスは、無言で御者の怪物を振り返る。
「陛下。」
小さく呼びかけ、どうしますか、と目で尋ねるイニスに、怪物は無言になる。
ヤンガスはその二人を見比べ──「怪物」が、「トロデ王」だとは知っているが、いまだにどうにも「兄貴」が怪物を「陛下」と呼ぶのには抵抗がある、村を顎でしゃくる。
「今夜の宿はここに取りましょうや、兄貴。ドルマゲスの情報だって、集められるかもしれないでがす。」
「……そうじゃな。わしはまたここで、姫と一緒に待っているとしよう。
二人は中で情報を収集してこい。一刻も早く、ドルゲマスを追わんとな。」
重々しく告げる態度と声は、「一国の国王」だと言う威厳に満ちているような気がしないでもないが──普段のトロデ王の様子を見ていると、孫息子を困らせて楽しんでいる道楽爺に見えないこともない。
「お気をつけて、陛下、姫。」
そう告げるイニスに、ゆっくりと頷いて、トロデ王と馬姫はクルリと村の入り口とは反対の方角へと歩いていった。
それを見送りながら、イニスはさて、と村を見上げると、
「それじゃ、行こうか。」
今にも入りたそうにウズウズとしていたヤンガスに声をかけた。
2 リーザスの塔
「あのリーザス像の塔は、村の者以外には開けられないのに……。」
そう、確かに村の人はそう言っていた。
だからてっきり、村にしか伝わらない秘密の呪文とか、鍵とか──そういうものがあるのだと思っていたのだけれども。
ガラガラガラガラ……っ!
「さ、行ってくれっ!」
まだ幼いくせに、凛々しい面差しを宿した少年が、どこか切羽詰った顔で見上げてくるのに、イニスは、表情を引き締めたまま頷いた。
「頼んだからなーっ!!」
村に戻るという彼を見送りながら、この塔の扉は開け放していてもいいのかな、と首を捻って見やった隣。
かっぽーん、と大きく口を開けて、ヤンガスが呆れたように扉が仕舞われた天井を見上げていた。
「……あ、兄貴……。」
「うん、そうだな。」
彼の疑問は心の奥底から分かる。
そういうように、コックリ、とイニスは頷いた後、腕を組み、ヤンガスと同じようにその扉を見上げた。
単純に上に引き上げただけにしか過ぎない扉は、城の出入り口に使われている鉄の門に似ている。
こういう構造を誰が考えたのかは知らないが、誰もそんな開き方だなんて思いはしないだろう。
しない、だろうが。
種証しをされてしまえば、細かな色々な場所を見たり、考えたりする「盗賊」なら、開き方を発見することもできるんじゃないかな、と思わないでもない。
同時に、そうして色々と『試してみる』盗賊が現れないように、村の人は『村の人にしか開けられない』と、旅人に吹き込んでいるのかもしれない……さも「不思議な力」で開いているかのように。
そう謡えば、用心深い盗賊たちは、「門以外から入れば何が起きるかわからない」と思うだろうことも、計算の上なのかもしれない──事実、イニスとヤンガスがそう思ったように。
見事に収納された扉を無表情に見上げるイニスを、ヤンガスはチラリと見たかと思うと、ぶるり、と体を震わせて、慌てたように塔の敷地内へと駆け込んだ。
「兄貴ぃっ! 早く兄貴も来るでがすよ!」
「………………あぁ、そうだな、急がないと……。」
言いながらも、扉が閉まっていたということは、「ゼシカお嬢様」は、この扉をきっちりと閉めたはずだ。
開き方が分かった以上、一応閉めておいたほうがいいのではないかと、キョロキョロと辺りを見回すが、跳ね上がった扉を降ろすような道具は見当たらなかった。
首を傾げるイニスに、なぜかヤンガスは慌てたように両手をブンブンと振った。
「兄貴っ! 急いでソコから出るでげすっ! お、落ちてくるでげすよ〜っ!!」
「……えっ?」
軽く目を見開いて、イニスは頭上を仰ぐが、だがしかし、扉はしっかりとはめ込まれたままだ。
「別に落ちてくる様子はないよ。」
そう言ってヤンガスを見るものの、ヤンガスはこわごわと扉の収納された天井を見るばかり。
「兄貴っ、お、おおお、落ちてきてからじゃ、ダメでげすよ〜っ!」
「…………まぁ、確かに、古びてないとも限らないしな。」
慌てるヤンガスに、深い溜息を感じながらも、素直にイニスはヤンガスの居る敷地内へと足を進めたのであった。
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