ラインハットの王兄、ヘンリー王子が結婚したという知らせを聞いたのが、ルラフェンという町だった。
その噂で持ちきりのルラフェンの、その町で。
「ルーラ」という呪文を覚えたとき、ベネットじいさんから唱えてみろと催促されて、一番初めに頭に浮かんだのが、ヘンリーの顔だった。
船が出ないから、ラインハットにはもうイツ戻れるかわからない──そう思っていた親友の国へ、戻ることが出来るかもしれない。
そう思いながら唱えた瞬間、脳裏に思い描いていたのは…………僕の人生の転機点とも言える場所──ラインハットの姿だった。
「俺とマリアの結婚記念にオルゴールを作らせたんだけど、昔の俺の部屋の奥の、例の宝箱に入ってるからさ、持っていってくれよ。」
その昔──僕が始めてラインハットに来た時に、王様が使っていた部屋で、当たり前のようにくつろいでいたヘンリーが、そうすこし照れたように笑って言った。
──結婚の話を聞いたときから、相手は彼女に間違いないだろうとそう思っていたけれども、本当に眼の前で、仲むつまじく同じソファに座った二人を認めた瞬間、なんだか複雑な気持ちになった。
なんていうか──両方に両方を取られたような、そんな感情。
「わざわざ僕の分のオルゴールを、残しておいてくれたんだ、ヘンリー?」
「……ん……まぁな。」
すこし視線をさまよわせて──それからにこりと笑うヘンリーに、僕も笑い返した。
考えてみたら、最後にラインハットを出てから……だいぶ月日が経っている。
見上げたヘンリーの顔や頬は、十分満足した生活を送っているためか、ツヤツヤと輝いて見える。
昔見たっきりの、ヘンリーのきちんとした良い身なりの姿を見ていると──あぁ、ヘンリーって、やっぱり王子だったんだな、と思えた。
──僕にとっては、ヘンリーは王子というよりも、やっぱりヘンリーだと思うけど。
「──ありがとう。」
「本当は、お前自身に来て欲しかったんだけどな……ま、しょうがないよな。」
ひょい、と軽い仕草で肩を竦めるヘンリーに、良く言うよ……と、すこし呆れた気持ちで溜息を一つ零してから、
「そうだね──たぶん時期的に、僕が船の上にいるころのような気がしないでもないし。」
そう──わざとらしく、口にしてやった。
……まったく、手が早いというか、なんというか。
城の兵士に聞いてビックリしたよ。
マリアさんを送っていったかと思ったら、すぐに行動に移して、白馬に乗って迎えに行っただってっ!?
驚いたも驚いた……どう考えても、その頃って、僕が船に乗ってすぐか、下手をしたら乗る前、だよな?
それからとんとん拍子に──王族の結婚式だというのに、あっと言う間に準備は進んで──たぶん、結婚式をあげたのが、僕がポートセルミに着いた頃か、カボチ村に行っていたときだと思われる。
そりゃ、連絡取れるはずがないだろ?
「わはははは。ま、細かいことは言いっこナシだ。
とにかく、持っていってくれよ──な?」
いつものように明るく笑って、ヘンリーは僕の肩をポンと叩いた。
間近で軽くウィンクしてくるヘンリーに、僕はコクリと頷く。
「うん、それじゃぁ、取ってくるよ。」
せっかくヘンリーが、「わざわざ」取っておいてくれたんだから……。
後ろに続くチロルの毛を一度撫でてやってから、僕はヘンリー達に背を向けて、早速彼が取っておいてくれたというオルゴールを取りに行くことにした。
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