ヘンリーが昔使っていた部屋は、僕も良く知っている。
 王室へと続くホールの右手奥にある扉を抜け、そのずっと奥。
 ──ヘンリーは、あの部屋の隠し階段の下にある通路が、「トラウマになってるぜ」と言っていたけれど……あの部屋は、封鎖してしまったのかな?
 物置とかになっていたら、どうしよう?
 そんなことを思いながら向かった先──10数年前までヘンリーの部屋であったソコは。
「ここは、王太后様のお部屋だ。」
 扉の前に立つ兵士にそう告げられた瞬間、僕は……思わず、遠い目をしてしまった。
「ディアスさん?」
 動きを止めてしまった僕を不審そうに、兵士が呼んだ。
 そんな彼に、僕は苦笑を浮かべて──ヘンリー……嫌がらせか?
「それじゃ、ちょっと王太后様にご挨拶をしますね。」
 そう言って、ノックをしてみた。
 中から返って来た返事は朗らかで、僕が覚えている彼女の物よりもずっと、優しげに聞こえた。
 ──あぁ、彼女も自分の心をしっかりと取り戻したんだな、と思う。
 そういえば、デール陛下が、なんだかんだ言いながら、母とマリアさんが仲が良くて、良く一緒にお茶をしているとか言っていたような気がする。
 彼女の心は本当にキレイで、一緒に話していると自分の心も洗い流されていくような……自分の心をしっかりと取り戻せるような気持ちになってくるから、多分、そのおかげでもあるのかもしれない。
「お邪魔いたします、王太后陛下。」
 少し緊張した面持ちで、扉を開くと、すぐ左手──昔、ヘンリーが座っていたイスの上に、穏やかな表情を宿す女性が座っていた。
「──おや、そなたは……。」
 驚いたように目を見張る彼女は、どうやら僕のことを覚えていたらしい。
 っていうかヘンリー…………嫌がらせだろ、やっぱり………………。
 彼女は僕に謝罪と礼を述べ、それから僕の身を案じてくれた。
 昔見たときは、怖い人だと思った覚えがあるけれど、こうして改めてみると、その体の小ささや、どこか優しげな雰囲気が、王太后を「母親」に見せていた。
──うん、今の彼女は、母親だ。
「──それで、今日はヘンリーの結婚祝いに来てくれたのかえ?」
 軽く首を傾げて尋ねる彼女に、コクリと頷いて──僕は、チラリ、と部屋の奥を見やった。
 ヘンリーの言っていた宝箱って、この奥、なんだけど…………。
「……すみません、そのヘンリーから、頼まれたことがあるのですが──失礼だとわかってはいるのですが、奥の部屋に入らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
 なるべく、彼女の気分を害さないように──彼女に必要以上の不快さを覚えないように、気をつけながら一生懸命上目遣いに見上げた。
 すると、彼女はなぜか白くおしろいを塗った顔を赤く染めて、
「う、うむ──好きに見るがよいぞ。」
 そう頷いてくれた。



 なんとか宝箱の前に立ったとき、僕はとても──安堵を覚えた。
 なんていうか……たかがオルゴールごときに、どうして僕はこんなに疲労を覚えなくてはいけないんだろう?
 いや、たかが、じゃない。
 親友の結婚祝いなんだから。
 宝箱の前にしゃがみこんで、僕はその箱の上に手をかけた。
 懐かしい箱。
 鈍い色を放つソレは、子供の手には酷く重く感じたものだけど──今、こうして開けてみると、そうでもなかった。


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