人をスキだと思う感情は、いつも優しくて穏か。
わたしに勇気と暖かさをくれた。
その人の顔を思い浮かべれば、その日は幸せな気持ちで過ごせる。
大好きな人と話した後は、いつも心がフワフワして、まるで自分がこの世界で一番の幸せモノのように感じた。
大好きな人。
お父さん、お母さん、シンシア。
剣の師匠も、魔法のマスターも、勉強の先生も。
きこりのおじいさんも。
みんな、大好きな人。
一緒にいることは出来ないけど──時々、ちょっと思い出して悲しくなることもあるけど、それでも彼らは、わたしの大好きな人。
いつも思い浮かべるだけで、心に勇気をくれる。
けど。
「リラさん──先ほどの、ことなんですけど。」
「ゴメンなさい。」
少し眉を曇らせたクリフトが、辺りに人が居ないのを確認した上で、そう切り出した瞬間、リラはただ淡く微笑んで、そういいきった。
彼が何を言いたいのかもわかっているし、彼が何を危惧しているのかも分かっている。
分かっているけど──その彼の優しい口から、言って欲しくはなかった。
否、違う。
自分が心の中で思っている感情を、誰か他の人の口から言われてしまっては、ギリギリで突っぱねている感情の全てが、壊れてしまいそうな気がしてならなかったのだ。
だから、クリフトに先を言わせないように、そうキッパリ言い切ったら──リラの変わりに、クリフトが少し悲しそうな顔になった。
──……そんな顔をさせたいわけじゃないのに。
「──ゴメン、でも……──ゴメン。」
逡巡して──それでもやはり、リラは「ゴメン」以外の言葉を口にすることはできなかった。
クリフトに心配をかけてごめん。
言い訳できなくてごめん。
何もいえなくて、ごめんなさい。
「──……あなたを、責めたいわけでは……ないんです。」
不意に、肩から力が抜けたような声で、クリフトは小さく笑った。
それが、自分の力のなさに嫌悪を抱いているクリフトの癖だと分かっていたから、リラは泣きそうな顔を必死で堪えて、ゴメン、ともう一度呟いた。
その言葉が、益々彼を追い詰めると分かっていたけど──それ以外、何も口にできなかった。他の言葉を口にしてしまったら最後、このパーティのリーダーとして、あるまじき台詞を吐いてしまうと、分かっていたから。
ギュ、と手を握り締めて、リラは無理矢理微笑んで彼を見上げた。
「わたしも、クリフトをそうやって苦しめたいわけじゃ、ないの。
クリフトが辛そうな顔、してると、アリーナもすっごくつらそうな顔するし、そうすると、ブライさんとか、マーニャとか、ミネアとか……。」
「違いますよ、リラさん──あなたが辛そうだと、みんなが辛いんです……。」
クリフトの声が、本当につらそうな色を帯びているのに気付いて、リラはグ、と下唇を噛み締めた。
奥歯を必死で噛み締めながら、小さく──小さく吐き出す。
「だい、じょうぶ。」
声にすると、胸や喉の奥に溜まっていたモヤモヤした感情が、少しだけ色あせたような気がした。
気のせいだと、そうクリフトは言うかもしれないけれども、でも、それでいい。
「だいじょうぶだよ、クリフト。
わたしは──ぜんぜん、平気。」
知らなかったの。
「思い」が、凶器になることもあるなんて。
知らなかったの。
「憎しみ」だけが、狂気になるんじゃないんだって。
何も、知らなかったの。
強い感情が、ただ一つの色に染まるわけではないのだと。
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