めざせっ! 108人大運動会! 2


ACT 3 借り物競争

 赤組陣営では、早速リーダーへのお説教……もとい、お願いが始まっていた。
 次の競技に参加するフリックは、それこそ真剣にスイの前に立っている。
「たーのーむーかーらっ!! お前はおとなしくしててくれっっ!」
 目が血走るくらいに真剣な一言に、しかしスイはおとなしく頷くような性格はしていない。いや、そもそもそんな性格をしていたら、ここまでかき回したりはしないであろう。
「えー……つまんない。」
 だから、彼は、きっぱりと言い切った。
 しかしその答えもフリックたちには分かっていたし、予想の上である。
「お願いですから、リーダーらしく座っていて下さいよ。」
 アップルも低姿勢でスイを仰ぎ見る。それにもスイは渋面顔をしたが、
「そうです、お願いします、スイさん。ほら、シロウさんとちんちろりんでもしてて下さいっ!」
 フッチが機転をきかせて、さいころを振って遊んでいたシロウを突き出す。
 なんでぇ? と言うシロウを、上から下まで眺めてから、スイはふぅ、と溜め息をついた。
「……ま、いっか。それじゃ、お手並み拝見といくよ。」
 その言葉が、フリックに対してのものなのか、シロウに対してのものなのかは分からなかったが、とりあえず赤組はスイ=マクドールの笑えないいたずらの手からは逃れる事になったようである。
「はぁ……なんとかトラブルは片付いたな。」
 フリックが心底安心したように、さっそくさいころを振っているスイを見た。
 彼が百戦百勝のちんちろりんの名手なのは分かっていたので、それがいつまで持つか分からなかったが、この……せめて自分が参加する競技位は、無事に済ませたいものであった。
「それで、クラウス。借り物の作戦はあるのか?」
 取り合えず真顔になって、クラウスを見る。するとクラウスは顔つきを改めて、書類を手にした。
「はい、借り物については、リッチモンド殿に調査を依頼してあります。」
 クラウスが後ろを見やると、いつもの様に犬にしか見えない猫を懐に抱いたリッチモンドが、朝の光にそぐわない様子で、煙草を吸った。
 そして、おもむろに懐から一枚の紙を取り出すと、
「借り物の内容が書かれた封筒は、全部で十枚用意されている。そのうちの三つが、ダークカードだ。」
「ダークカード?」
 いぶかしげに尋ねたフリックに、リッチモンドは頷く。
「とてもじゃないが、どこからも借りてこれそうに無い物が書かれている。オレが目印をつけてあるから、それだけは取らないようにしてくれよ。」
「どこからも借りてこれないって、おいおい、なんだよ、それは。聞くと見てみたい気がしてくるじゃねぇか。」
 アレックスが、いつもの癖を発揮して、目を輝かせてリッチモンドを見ると、その後ろで、リッチモンドに頼まれた道具を全て揃えてスタンバイしていたヒルダが、穏やかに微笑んだ。
「あなた。勝負と遊びは違うのよ?」
 その、愛妻の一言に、アレックスは微笑みを強ばらせ、そうでございますね、と呟いた。
 二人のそんなやりとりに、フリックは笑っていたが、白組の方をふと見て……その表情を強張らせた。
 白組のメンバーの中に、彼が苦手とする少女がいたのであった。
 
 

「借り物っ! 好きな人のバンダナとかあったら、どうしよ〜っ!!」
 ニナが、グリンヒルの体操着姿で、赤組にいるフリックを見つめた。先程まで、愛する二人が引き裂かれるのは……闘うのは──などと呟いていたが、それは全てなかった事のようである。
 ナナミがそんなニナに策を授ける。
「つまりそれは、ゲットでしょう!!」
「あれ、残念。俺、バンダナは持ってないんだよな。はちまきでもいい?」
 シーナがナナミの後ろから、ニナに笑いかえるが、ニナはニナで、フリックしか見ていない様子である。
 そんな一同に、シュウが咳払いをして、注目を集めると、
「とりあえず、借り物の道具は全て、フィッチャーに調べさせて、ハンスに用意させてある。」
 それはずるなのでは、という視線を向けたテレーズにはかまわず、シュウはフィッチャーを呼ぶ。
 呼ばれた男は、はいはい、と低姿勢に近寄ってきて、借り物に参加する一同を見回した。
「借り物の中身は、ほとんど用意させていただきましたけどねぇ、実はあの中の三つだけ、手に入らないものがあったんですよ。それにはフィッチャー印がついてありますので、ひかないで下さいね。」
「どうしても手に入らないものって?」
 ナナミがワクワクしたようにフィッチャーを見上げると、彼は苦笑いして、
「トランの英雄の初恋の人の写真だとか、ハイランド皇王の上着だとか、そういうのですよ。」
 そう答えた。すると、
「えっ!? スイさんの初恋の人っ!!? だ……だだだ、誰ですか、それはっ!!?」
「ジョウイの上着だったら、僕持ってるよ?」
 おとなしく観戦していたはずのカスミがフィッチャーに詰め寄る。
 リオが、周囲から「なんでだよ」と突っ込まれるようなことを零す。
「だ、だから分からないから……というか、どうしてリオ殿が……──。」
 フィッチャーは、カスミに喉を抑えられて、苦しそうに喘いだ。それに気付いた彼女は、あっ、と手を放してから、一気に赤面した。
「ごごご、ごめんなさいっっ!!」
 そのまま俯くカスミに、回りから苦い笑いが零れた。
 それを吹き飛ばす勢いで、恋する乙女ことニナは、元気に拳を振り上げる。
「わかったわっ! 残りの一つは、好きな人の唇v なのねっっ! いやーん、ニナ、ひいちゃったらどうしよーっっ!」
 いや、それはないだろう、とフィッチャーが苦く笑う前に。
「ないない。僕もスイさんも、そんなの書いた覚えないし。」
 リオが爆弾発言をかました。
「えっ!?」
 焦った声を上げたのは、シュウである。
 確か借り物の紙は、昨夜のうちに運動会に参加しない者に書かせたはずである。
 それをシュウ達は、諜報員を放って調べてきたのである。
 そのはずなのだがっ!
「どういうことです、リオ殿っ!? 昨日用意しておいた紙は……っ!」
 シュウが顔色を変えて詰め寄る間に、クレオの流麗な声で選手にお声がかかり、みんなはぞろぞろとフィールドに出ていく。
 ナナミがボンボンをかざして、一同に声援を送るのがシュウの耳に届いたその瞬間、リオはふしぎそうに首を傾げて、彼の策を崩すような事を言ってくれた。
「だから、スイさんがこれじゃ借り物もつまらないだろうって、言うから、僕と二人で開会式前に全部書き換えたんだよ。」
「なっにぃぃぃぃーっっ!!?」
 前代未聞の軍師の叫びに、応援席にいたものがびっくりしたような目を向けるが、それには構わず、リオはシュウに詰め寄る。
「一体何を書いたのですかっ!」
「何って、そんなの言ったらつまんないじゃないかー。」
 リオはそれに逆らって、ぷい、と横を向いた。
「あ、はじまるよっ!」
 ナナミが二人のその険悪な雰囲気に気付かず、明るく声を上げる。
「ちょっとまてーっっ!!」
 叫んだシュウの声はしかし、沸き上がった声援に掻き消えるのであった。
 
 
 
 
 

 ドラムの音と共に真っ先に走っていったアレックス、フリック、シーナの三人は、早速借り物の内容が書かれた紙の前に立っていた。
 茶色の封筒に入っているそれらを見ながら、アレックスは顎に手を当てて、ははーんと唸った。
「お宝捜しはまかせろってなもんだ。ん? ああ、これがひいたらいけない奴だな。」
 リッチモンドに言われたことを反芻するアレックスの隣から、フリックも覗き込んで、封筒を見やった。確かに10通ある。
「何だ? このフィッチャーの顔が貼ってあるのは? ──向こうも同じ事を考えているようだな。」
 それなら、とフリックは、フィッチャーの顔が貼ってあるのと、リッチモンドのダークマークが貼ってあるの以外の4通のうちの一つを手にする。
 ごそごそとそれを開けているうちに、ニナが彼らに追いつき、迷うことなくダークカードマークの入った封筒を手にした。そして、微かに頬を紅潮させて開いた瞬間、その顔を薔薇色に染めた。
「……フリックさぁぁぁーんっっ!!」
 がばぁっと飛びついて、ニナは動きを止めたフリックの後ろから抱き付いた。
「うわっっ! なな、何だっ!?」
 焦ったフリックが振り返る間もなく、ニナは彼の広い背中に頬すりをして、恥ずかしそうにのたもうた。
「ニナ、フリックさんの貞操を奪わなくてはいけないんです……/////。」
 ポッと音が立ちそうな程頬を染めたニナに、フリックの思考が一瞬止まった。恐る恐るニナの手の中を見ると、確かに彼女の手に握られている紙には「フリックの貞操を奪う」と書かれていていた。
「これっ、借り物じゃないのかぁぁぁぁっっ!!?」
 叫んだフリックには聞こえない、遠い向こうの赤組陣営で、
「ダークカードに乗ってるのは、借り物じゃなかったりするんだよねー。」
 と、にっこり微笑みつきで、スイが呟いていたとかどうとか。
 一方、アレックスがひいたノーマル札も問題がてんこ盛りであった。
「なんだこりゃっ!? ヒルダっ! うちの宿に、フェザー羽毛百パーセントの布団なんてあったかっ!?」
 焦るアレックスに、ハンカチだの枕だのを持って待っていたヒルダは、きょとんと目を瞬かせ、それからゆっくりと視線をフェザーに移した。
「そんなこと言われても……フェザーさん? 協力お願いしてもよろしいかしら?」
「キュ……キュウゥゥーーー。」
「ですよねぇ。」
 フェザーが脅えたように退けるのを、ヒルダは困ったように見やった。
 アレックスがそんなぁ、と情けない声を上げているのを聞く暇もなく、フリックは焦ったようにニナを引き剥がしにかかる。
「だぁっ! ニナっ!! やめろっ! やめ──っ!!」
 ニナの顔が身近に迫り、フリックは思わず顔を背ける。
「ふふふふ、フリックさん、覚悟──────ごっ!!」
 ニナの手のひらが顎にかかったと思った瞬間、その手から力がぬけた。
「ご……?」
 フリックが疑わしそうに見やった先で、倒れていくニナを抱えるリキマルの姿があった。
 彼の手のひらには、棒が握られている。それがスイの棍にそっくりだと思うのは、気の精ではあるまい。
「よし、男を食らう女、確保、と。──あー、腹いっぱい飯くいてぇなぁ。」
 リキマルは手元の借り物の紙を見て確認した後、ニナを担ぎ上げて、そのまま先へと進んでいく。
 それを唖然と見送ったフリックは、とりあえず少しの沈黙の後、自分の持っている紙を見た。
「俺の借り物は、と……──。」
 ニナのことは忘れようと思ったその矢先のことであった。
「何かすげぇことになってんな。」
 シーナがとろとろと歩いてやってきて、残っている封筒のうち、適当な札を手にした。
「どれどれ、俺のはなんだろうなぁ、と。」
 白いはちまき姿も凛々しいプレイボーイは、一瞬顔を硬直させて、そのままハンスの元にダッシュする。
 ハンスは待ってましたと、シーナに笑顔で語り掛ける。
「シーナさん、何をお求めですか?」
 右手にりんご、左手にナイフを持って、尋ねるが、シーナはその並んでいる物をちらりとみやってから、こっそりとハンスに尋ねた。
「え……エッチな下着って、ある?」
 こっそりと囁きながら示した紙には、ナナミの丸い文字で、「えっちな下着v」と書かれていた。ごていねいにハートマークつきである。
 これはナナミも関わっていたとみなすのか、それとも単に何らかの状況で混ざっていたとみなすのか、それは疑問である。
「え……ええええーっっ!! ……ふがっ!」
「しぃーっ! ……で、あるの? ないの?」
 シーナが慌てて叫んだハンスの口を覆って、彼に顔を近付ける。
 すると、ハンスは泣き顔でぷるぷると顔を振りまわした。
「ないですよぉぉー。」
「だよなぁ、ってことは、リィナさんかジーンさんあたりに……──。」
 果たして正直に言って回してもらえるのかが問題なのだったのだが。
 しかし今、それしかないと、シーナは札を手にして決意も新たにジーン達のいる赤組を睨んだ。
 そして、そこに赤組のはちまきを締めたアップルを見つけて、彼女がリィナやジーンと話しているのを見て……動きを止める。
 たらり、と汗が滴り、彼は手元の札を見直した。何度見直しても、そこに書かれている字は変わらない。
 アップルは潔癖症である。その彼女の前でそんなことを聞いたら、一体どうなることか、想像に難くない。
「…………────。」
 シーナは溜め息を吐いて、アップルから二人が離れる時を、ひたすら待つのであった。
 そのアップルであったが。
「それで、スイさんはどこに?」
 スイが借り物の札を書き換えたということをジーンから聞いて、溜め息を零していた。
「そこでシロウさんとちんちろりんをしているわよ。」
 リィナがにっこりと笑って、自分の妹達と一緒にござを囲んでいる英雄を指差す。その隣には、ルックが座って退屈そうにさいころを手の上で転がしていた。
「一体何を書いたのかしら、もうっ!」
 何をしても、本当に面倒なことをしてくれると、軍師である自分たちの裏をかいたりだとか、考えもしないことばかりやらかしてくれる元リーダーに雷を落そうとしたアップルに、クラウスが声をかける。
「先程からフリックどのが硬直して動かないんですよ。」
 フリックにへばりついていたニナがリキマルによって連れ去られてから、ずっと彼はああして硬直している。すでにリキマルはゴールしており、彼は一着決定である。そのため、赤組としては、二着三着を取って、一着しか取れなかった白組よりも点数を稼いでおきたいのだが、フリックが動いてくれないのだ。
「一体どうしたんでしょう?」
 アップルもそれに気付いて、不安そうに眼鏡を押し上げたまさにその時、ぎぎぎ、と擬音がなるほどにぎこちなく、フリックがこっちを見た。
 そして、
「テツ………………。」
 小さく囁く。
「テツ??」
 アップルとクラウスが顔を見合わせ、そろってシロウのちんちろりんにたかっていた一人である風呂職人の男を見やった。
 彼は名前を呼ばれたのに気付いて、おうっ! と威勢良くこっちを向いた。
「なんでぇ? なんか呼んだかっ!?」
 テツが威勢良くフリックに怒鳴ると、フリックは無言で紙を示した。
「動く呪い風呂って、あるか?」
 そこには、イラスト付きで、借り物の道具を指定していた。
 一人用の風呂の四隅にのろい人形と落書きが置かれており、風呂は真っ赤になっている。そしてポイントは風呂の下に移動用の車輪がついているところであった。
 それを紐で引いているリオの似顔絵もついている。
「動く呪い風呂だぁぁ? んなもんあるわけねぇだろうがっ!」
 呆れたように言い放ったテツに、そりゃ当たり前だよなぁ、とフリックが情けない顔で紙をヒラヒラさせると、
「あっ! それ僕が書いた奴v こういうのがあったらいいなぁって!」
「かくなぁぁぁーっっ!」
 咄嗟に叫んでしまったフリックを、一体誰が攻めれようか。いや、攻めれるはずはなかった。
 まさにみんなそう思っていたのだから。
 そんなフリック達の叫びを聞いて、スイはまず一勝を治めて楽しそうにさいころを振りながら首を傾げた。
「あれ? 皆ひいたの、ノーマルカードばかりなの? 残念だなぁ、ダークカードには罰ゲームもついてたのに♪」
 さいころを弄って遊んでいたルックが、スイのその言葉に動きを止めて、問うように彼を見た。
「ダークカード?」
「うん♪ フルコースと、ファーストレディと、赤潮だよ。」
「フルコース(殺す犯す食す)は分かるけど、なんだい、そのファーストレディと赤潮って?」
 いぶかしむルックに、スイは天使もかくあらんと言いたげな微笑みを浮かべて、過去犯してきた罪を暴露した。
「ファーストレディ(大統領の奥さんをしてくる……あらゆる意味で)と、赤潮(モンスター大量発生地に一人きり)ってところだよ。まぁ、楽な方でしょ? 運動会だし。」
「………………………………………………。」
 
 
 
 
 

 放送席で、グレミオはマイクを握って、リタイヤした選手の名前を読んだ後、
「え、えーっと、……唯一ゴールしたのが、白組のリキマル選手のみですので……──。」
 隣で、クレオが溜め息を零す。
「ぼっちゃん……ルールに勝手に一行加えてる……。借り物ができなかった選手は、人型流し……って、なんだい、これは?」
「人型流しですかー、懐かしいですねっ! ほら、テッド君が教えてくれたやつですよ。災厄を人型が流してくれるようにと、紙で作った船に人型を乗せて、川に流すんですよ。」
 グレミオが解説してくれたが、「そのまま」がスイの考えた罰ゲームであるはずがない。
 何せダークカードはあれである。
 昔ファーストレディをさせられた経験のある人物の一人である「アレン」という青年は、その経験の過酷さに、しばらく男性不信になったはずであった。ちなみにその不信を回復させたのがスイの父その人であった。
 また、赤潮経験者は、しばらく再起不能であったし。
 そんなダークカードが揃っているのに、罰ゲームがそんな可愛らしいことのはずがないと思っていたら、案の上そうであった。
 尋ねたクレオに、スイはあっさりとそれが何か教えてくれた。
「え? 人型流し? 昔アンジーとカナックにやったじゃない? ミリアの竜のコールドブレスで氷のいかだ作って、そこにゴザ敷いて乗せるの。で、湖に流して、いつ沈むか賭けるやつ。」
「あーあーあー、そういやそうだったなぁ。あいつら、お前を女と勘違いして売ろうなんてしたからー。」
 ビクトールがスイの簡潔な説明に、いらない一言をつけて、借り物達成できなかったフリックとコンビで人型流しに処せられることになったのは、運動会の終わった後である。
「…………誰でしょうねぇ、ぼっちゃんにこういう催しの参加をすすめたのは。」
 スイの教育係……彼をそう育てた張本人は、まるで他人事のようにそう呟いて、クレオからマイクの一撃を食らった。

ACT 4 二人三脚

「おい、フッチ。あのトランの英雄、今度こそ何にもしてないだろうな?」
 赤いはちまきを締めて、サスケが自分の相棒であるフッチを見下ろす。
 フッチは紐を手にして、サスケと自分の足にそれを巻き付けようとしていた。
「だと思うけど……──。」
 苦笑しながらフッチは呟く。
 しかしあのスイのことでる。何もしていないとは思わないのだが。
 それにどうやら勝ちたくないようだし、負けるための手段を次から次へと考えそうである。
 普段は策略を考えるのなんて面倒だと言ってはばからないくせに、こういうことに関してはいらないくらいに考えるのだから、たまったものじゃない。
「あら? 私は楽しかったわよ、見ていて。」
 くす、と笑うのはリィナである。その隣でアイリが自分と姉の足を紐で結んでいた手を止めて、呆れたように彼女を見あげた。
「そうじゃないだろ、姉貴。」
 確かに見ていて面白かったかもしれないが、そのおかげで今赤組は負けているのである。まだ始まったばかりじゃないかと思うだろうが、負けているのが「あの人」のせいなのだから、たまったものじゃない。言ってしまえば赤組の軍師たちは、正軍師と解放軍元リーダーとをまとめて敵にまわしているようなものなのだ。
「皆さん、今回の作戦を言いますね。」
 そうやって四人が話していると、クラウスが近寄ってきて、その美貌に微笑みを貼り付けた。
「右、左、と声をかけあって、歩いて下さい。……以上です。」
「…………………………。」
「…………………………。」
 一体どんな作戦が? と身構えたフッチとサスケの二人は、無言で目を合わせる。
 それって、作戦じゃないんじゃないの? とお互いに言いたかったようであるが、それは口に出される事はなかった。
 とりあえず、頑張るか、と気合を入れたとたん、
「あ、フッチ、サスケ。」
 放送席に遊びに行っていたスイが、ちょうど二人の近くを通った。
 ぎくり、とフッチの肩が強ばる。
 そのフッチの腕を突付いて、サスケが囁く。
「行くぞ……っ。」
「う、うん。」
 二人三脚で歩く練習もしていないのに、二人は仲良くクルリと身を翻すと、スイが歩いてくる方向とは全く逆の方向に歩みだす。
「あのさ──って、あれ? 聞こえなかったのかな?」
 別に追いかけるつもりもないようだ。スイは遠ざかっていく二人の少年を見送る。
「おい、スイ。これ以上下手なこと言うなよ。」
 全く、とフリックが呆れたように口を突っ込むと、スイは生返事をして、二人の足下をしつこく目で追っていた。
「うん。……あの二人の足を縛ってある紐にね、切れ目が入ってたんだよ。──ま、いっか。どうせ転ぶだけだし。」
 折角教えてあげようと思ったのにね、と軽く笑うスイの言葉に、フリックが慌てて叫んだ。
「よくねぇだろうっ!!」
 しかし、フッチとサスケの二人は時すでに遅く、スタート地点に並んでいた。
 フリックは間にあうようにと祈って、二人を追いかけるが、それよりも早く、クレオが無情にもスタートのゴングを鳴らしたのであった。
 
 
 
 
 

 さて、それより少し前のことである。
 白組陣営では、シュウが二組の選手に指示を与えていた。
「メグ、テンガアール、ホウアン先生、ゲオルグ殿。あなたがたは、アンネリー達に頼んで歩くリズムを調べてもらった者の中でも、特にリズムが似ている者同士ということがわかっています。いつも通りに歩いたり走ったりしても大丈夫だと思います。」
「オッケー。」
「わかりました。」
 一同が答えて早速互いの足を結ぼうとしているのを見ながら、リオは目を走らせて赤組の少年二人を見やった。
「そーいやさ、シュウ? さっきなんか向こうでナイフ持って歩いてなか……もが。」
 唐突にシュウの大きな手の平で口を塞がれ、リオは抗議の目で彼を見あげた。
 シュウはにっこりと微笑んで、
「リオ殿。何度も言ってますが、私はあなたを勝たせるためなら何でもするのですよ。」
 普通の者には悩殺物の台詞を吐いた。しかし、
「もがもが。」
 暴れるリオは何も聞いてはいなかった。
「ねぇねぇ、テンガアールっ! さっきからくり作ったんだよ。題して二人三脚ろぼっっ!」
 リオとシュウが仲良く縺れあうのを横目に、メグは大きなからくりの箱を取り出して、そこから穴が二つ開いた木の板のようなものを取り出す。
 テンガアールは珍しそうにそれを見た後、
「これ、ほんとに大丈夫なの?」
 疑わしそうにからくりを指差す。
 するとメグは大きくうなずいて、
「大丈夫大丈夫っ! さ、これをここにはめて……と、よしっ! じゃ、行くよっ!」
 足首を縛った紐にそのからくりを付けて、早速歩きだそうとするが、二人はそのまま動かず、立ち尽くしている。
「……──動けないけど?」
 テンガアールの一言に、メグも黙った。
「……あれ? ……あっ! ああーっ!! まっずーいっ、間違えて可動部をくっつけちゃってるよっ!!」
 叫んでからくりを慌ててはずすメグに、テンガアールはもうっ! と叫んだ。
 騒がしい少女たちの隣では、おだやかーにホウアン先生が足首に巻き付けた紐を見ていた。
「結構難しいんですよねぇ、二人三脚。」
 のほほーんとゲオルグを見上げると、ゲオルグは面白そうな表情で自分と相手を縛った紐に視線を当てていた。
「ほう、先生はやったことがあるのですか?」
「ええ、昔。ゲオルグさんはどうです?」
「いや、さっぱりこういう催しは縁がなくって。」
 にこにこにこにこと、穏やかに話す二人は、いちに、いちに、ととりあえずきっちりと歩いていくことにしたのであった。
 その先のスタート地点では、アイリとリィナの二人が歩行練習をしていた。
 何故かリィナはその手にタロットカードを一枚握っている。
 アイリは肩を鳴らすと、疲れた、とぼやいた。
 その隣に、メグとテンガアールがからくりを外してやってくる。
「しかたないなぁ、とりあえず、いちに、いちに、で右からだそうよ。」
「右?」
「いや、だから僕が右だから、メグは左だよ。」
 そんな会話をしている二人の足下に、野菊の花が咲いている。
 それを見て、リィナはアイリに持っていたタロットを差し出した。
「? なんだよ、姉貴。」
「アイリ、これをあの……野菊に投げてくれない? あれを切って欲しいの。」
「のぎくぅ?」
 いぶかしむが、早く、と急かされてアイリはナイフを投げるようなつもりでタロットを構えると、それをシュッ、と投げた。
 するとタロットは、メグ達の足首すれすれを跳んで、見事野菊の枝を切り取る。
 会話に夢中になっているテンガアールもメグもそれには気付かない。
「あの野菊をどうするんだよ?」
「いいえ……これでいいのよ。うふふ。」
 意味深に笑ったリィナの言葉を、アイリはまるで理解できず、困ったように首を傾げるだけであった。
 ただ、その時放送席でグレミオをちんちろりんに巻き込んで遊んでいたスイは、それを目撃していた。
「やるね、リィナさん。」
 ぽつり、と呟いた彼に、ちんちろりんで真剣な表情になっていたグレミオは、間の抜けた声をだす。
「はい? どうかしましたか、ぼっちゃん?」
「ん? こっちの話。それよりグレミオ、そろそろ勝たないとだめじゃない。」
「いえ〜わかってるんですけどねぇ。これがまた。」
 さいころの目が再びしょんべんになったのを見て、仕方ないなぁ、とスイはグレミオからさいころを取り上げて、無造作に振った。
 ころん、と出た目は……。
「だぁぁっ! あんたまたそれかっ!?」
 悲鳴を上げたシロウに、スイはにやり、と笑う。
「ぼっちゃん、そのくらいにして、陣営に引き上げないと、そろそろ次の競技が始まりますよ。」
 クレオがこれ以上放送席でされてはたまらないと、声をかけると、そうだね、とスイは勝ち取ったポッチをグレミオに渡してから、シロウに先に戻っているように伝える。
「じゃ、グレミオ、また後でね♪」
「ぼっちゃんもほどほどにしてやってくださいね。」
 解放軍のちんちろりん大魔王に、あの程度のいかさまが勝てるわけはないのである。だからこそ、グレミオは注意をしたわけだが、そんな忠告をおとなしく聞いているような主ではないのは、よく分かっていた。
 スイはぶらぶら陣営に帰る途中で、ふと見慣れた顔を見つけた。
 白いはちまきを締めている男に近付いていくと、彼はひっそりと呟いていた。
「二人三脚……二人で互いを支えあう……これぞ騎士の精神っ! ここは是非ともワシも──と思ったが、サンチョもおらんしのー。」
 白い髪を風になびかせて、彼は寂しそうに二人一組の選手たちを眺めていた。
「マクシム♪」
 スイは新たな獲物を見つけたかのように、天使の微笑みを浮かべて、老騎士マクシミリアンに声をかけた。
「……ん? おお、スイ殿、いかがなされたのかな?」
 マクシミリアンは懐かしそうに目を細めて、彼を見詰める。
「ん〜? 向こうでいらんことするなって言われたから、今回は白組のマクシムのために特別出張サービスをしてみようかと思って。」
 実は先程思い付いたばかりであろうに、まるで元々そう思っていたかのように、見せた。
「ほう?」
 興味を持ったマクシミリアンに、スイは彼の主君であったときに見せた、優しい笑顔を見せて、内心で悪魔的な微笑みを漏らした。
 
 
 
 
 

 スタートのゴングと同時、フッチとサスケの二人はスタートダッシュをかまし、そのまま二人揃って地べたに落ちた。
「わぁぁーっっ!? なな、何ぃっ!?」
 慌てて二人の後を追っていたフリックは、ぱし、と額を叩いた。
「遅かったか……。」
 アイリと一緒に足を出したリィナは、それを横目で眺めて、意味深に笑った。
「あら、向こうもやるわね。」
 アイリは何の事だか、と首を傾げる。彼女は姉の計画に荷担したものの、その内容はまるでわかっていないのだった。
 その二人の隣を、ホウアンとゲオルグが調子のいい感じで歩いていく。
「いちに、いちにっ!」
「ほっほっ、と。確かにわれわれは気があうようですね。」
 結構上手く行っている二人は、実はこのレースの一等候補なのかもしれない。
 元気に掛け声を駆けて、二人は確実に歩んでいく。
 その隣を、メグとテンガアールの二人が駆け抜けて行こうとしたが、その瞬間、足が縺れるようにして転んだ。
「きゃっ!! なな、何っ!?」
 決して足が合わなかったから転んだわけじゃない。
 だから、驚いたようにメグは足下を見た。何故かきっちり結んだはずの紐がほどけていた。
「もう! メグ、また何かしたんでしょーっ!?」
 テンガアールがぶつけたお尻をさすりつつ、文句を言う。
 メグがまさか、と否定した時、ちょうど隣を走っていくゲオルグが、
「おお、少女達。そういえば、さきほど、そちらの元少女が紐を切っていたぞ。」
 と、アイリとリィナを指差した。
 アイリはその言葉にきょとんとして、思い当たる「よく切れそうなタロットで、彼女たちの足下を狙ったこと」に思い当たった。
「姉貴っ!?」
 振り返ると、リィナは紅く濡れた唇に不敵な微笑みを貼り付けて、
「……もと、少女……──?」
 不愉快そうに鼻をならした。
 と同時。
「姉貴ぃっ!?」
 焦ったアイリをよそに、彼女は額を輝かせる。
「空虚の世界。」
 ぽつり、と呟かれた言葉によって、リィナの額が輝いた。
 呪文が発動する。そうして、フィールドは一気に地獄と化した。
「うわぁぁぁっっ!!」
「きゃうんっ!?」
「もういやーっっ!!」
「おおっ!?」
「くっっ!?」
 選手たちの悲鳴を背後に、フリックが怒鳴る声が赤組陣営に響いた。
「だれだっ!? リィナに蒼き門の紋章つけたのはっ!!?」
「誰だろうねぇ。」
 フリックの隣で、艶やかに微笑んでいる人に違いないと、アップル達は思ったが、とりあえず口に出す事は止めた。
 とりあえず、いつの間にかフリックの隣を陣取って座っているリーダーに、
「スイ殿、一体どちらに行かれていたのですか?」
 クラウスが尋ねた。
 すると彼は、にっこち微笑みながら、ある一点を指差した。
「あれをね。」
 「あれ」と指差された方向を見ると、土煙とともに、入場門から走ってくる人影があった。
「騎士たるもの、馬じゃーっっ!!」
 怒鳴りながら、マクシミリアンが飛び出す。
 彼の左足は、紐で括られている。その先に繋がっているのはっ!
「ひひーんっっ!!」
 すっごく嫌がって暴れかけているユニコーンであった。
「ジークフリードっ!? うそっ? マクシミリアンさんと二人三脚してるっ!!」
 ナナミが叫んで、パニックしながらマクシミリアンとジークフリードのコンビを指差す。
 彼をエントリーした覚えのないシュウが、眉間にしわを寄せている間も、ジークフリードは乙女ではない人間と結ばれているのに、相当ストレスがたまっているようであった。
「むっ!? 落ち着け、ジークフリードっ!!」
 バドが異様な興奮をしているユニコーンめがけて走り出たが、その瞬間、ジークフリードの蹴り上げた前足に飛ばされる。
「ぶるるるっっ!!」
 バッコーンッ!
 心地いい音と共に、バドは遥か向こうに消えてしまった。
「あーあ、馬の前に立つから。」
 スイがそれを見送って、呑気にそんな感想を言っている間も、興奮して嫌がるジークフリードは、しがみつくマクシミリアンを振り回しつつ、フィールドを駆け巡る。
 その途中、サスケとフッチも飛ばされた。
「うーわーーーーっっ!!」
「もういやだってばーっっ!!」
 飛ばされていく二人の少年を見送って、ルックが無言でスイを見た。
「で、どうするんだよ、あれ?」
「だいじょうぶだよ、乙女には手を出さないから。」
 しかし、ここでいう乙女で無事なのは、アイリくらいのものであった。
 アイリは未だ紋章を使った後の姿で仁王立ちしている姉を引きずるようにして、ゴール目指して逃げる。
 遠くでメグとテンガアールが、暴れるジークフリードに恐怖して叫んでいる声が聞こえたが、それはとりあえず聞かなかった事にした。
 そのままゴールしてから、恐る恐る振り返ると、ジークフリードはメグとテンガアールの二人に宥められ、なんとか興奮を収めているところであった。もちろん、マクシミリアンと繋がれていた紐は切られている。
「はぁ、はぁ、はぁ……一体、どうなってんだい?」
 アイリは息をあげて呟くが、フィールドに残った選手のうち、まともに活動している者などいなくて、誰も答えてはくれないのであった。
 
 
 
 
 

「まーたぼっちゃんは、余計なことばかり……──。」
 溜め息をついたクレオに、グレミオはさすがぼっちゃん、などと呟いて微笑んだ。
「まぁ、こういうところもぼっちゃんのイイトコロなんですよ。はい、今回は赤組のみがゴールということで、今回は赤組の勝利です♪ やりましたね、ぼっちゃんっ!」
「さっきから赤が負けてるのも、ぼっちゃんのせいなんだけどね……──。」

ACT 5 障害物競走

「よっしゃぁぁっっ! やっと俺の出番だぜっ!」
 元気良く白いはちまきを締め直したのは、ビクトールであった。
 ずっと見ているだけというのがつまらなくて、先ほどまでギジム達と前祝いのいっぱいまで引っかけていたが、その顔色はまるでいつもと変らない。
「ほんと、身体がくさっちまうかと思ったぜ。」
 笑いながらギジムも出てくると、その後ろから首からはちまきを下げたロウエンが呆れたように呟く。
「よく言うよ。酒ばっかり飲んでたくせに。」
 呆れたような彼女もしかし、お酒をたしなんでいたのも本当である。
 そんな酒飲み三人組を見ながら、ヒックスはこめかみにしわを寄せているシュウを振り返った。
「あの……ところで、障害物って、なんですか?」
 途端、シュウは脱力してそのまま地面とぶつかるかと思った。
 しかしかろうじて力を取り戻し、こほん、と軽く咳をした。
「コース上にいろいろな罠が仕掛けてある。それを通ってゴールするんだ。」
 そして、簡単に、頭も筋肉で出来ているような連中に分かるような説明をした。
「罠、ね──罠外しなら得意だよ。……あいつに負けるわけにはいかないしね。」
 ローレライがいつものサークレットの代わりに白いはちまきを締めて、そう呟く。
 その視線の先には、紅い服を着て、紅いはちまきを帽子に付けられているキリィがいた。
「へっへっへ、つまり片っ端から壊してきゃいいんだろ?」
 ビクトールが腕がなるぜと、腕をぐるぐる回した。
 シュウの脇に控えていたジュドがそれを聞いて顔を青くして喚いた。
「ちち、違いますよっ!? そんなことしてしまえば、失格になります。」
「ならば斬る。」
 即答したのは、何時の間にかビクトールの後ろに立っていたゲンシュウであった。彼はこれから競技に参加するというのに、手に剣を持っていた。
「ええっ!? 斬らなくちゃいけないんですかっ!?」
 剣を置いてきたヒックスが、驚いたように喚いた。
「だからそうじゃなくってですね、コース上に私たちが作った障害があるんですよ。ほら、木の棒とか、そういうのです。あれをくぐったり飛び越えたりするんですよ。」
 拳を振って力説したジュドに、ギジムは頭をぽりぽりと掻いた。
「面倒だな、それ。」
 シュウはこほん、と咳払いして一同の注目を自分に集めた。
「とにかく、コースを外れることなくやってくれ。このメンバーなら大丈夫だろう。」
 コースを外れることなくきちんと走ったらな、と言外にシュウは呟く。
 それに気付かず、一同はやる気を燃やして拳を突き上げた。
「よっしゃぁっ! やったるかぁっ!!」
 それを見て、リオも元気に拳を振り上げた。
「それじゃ、みんなっ! 僕が今からナナミと一緒に、どうやって走るのか実演するねっ! 見ててねっ!」
「おうっ! まかせろっ!」
 
 
 

「ふん、くだらん。」
 紅い鳥をモチーフにした紅い服を着ている男が呟く。
 風に吹かれて佇む、冷たいナイフのような感じのする男の身体に、唐突に白い腕が回った。
「紅い服ー。」
 ぎゅむ、と抱きしめられて、びくり、とキリィの身体が強ばった。
「……!? ななっ!」
 何を、と続く言葉は、更なる白い腕の攻撃に阻まれる。今度は横からさり気に胸のあたりに添えられる。
「ふふふ、ほんと、紅いわ。」
 ひっそりと囁かれた言葉は、甘美な響きを添えていた。
 後ろからと横からと、二人から抱き付かれ、不覚にもキリィは動きを止めた。
 それを遠目から見ていた赤とは好対照の青い青年が、溜め息を零す。
「こらこらこら、スイもジーンも、キリィで遊ぶな。」
「だってこの服も帽子も邪魔じゃない? 障害物にはさ。」
 スイは後ろからキリィの服をつまんで、もう片手で演習しているリオとナナミを指差した。
 ひらひらとキリィの帽子を彩る紅いはちまきも、スイがつけたものである。それが薔薇結びになっているのは、彼が思いのほか器用だということなのか、ただの趣味なのかはよくわからない。
「そうですね、キリィさん、それを外して下さいね。」
 にっこりと笑って、クラウスがキリィの帽子を指差した。
 キリィは無言でクラウスとスイを睨むが、軍師である彼と、元荒くれどものボスは、そんなものにはへこたれない。それどころかスイは、しれっとした態度で、同じようにキリィに抱き付いているジーンに何か手渡す。
「ジーン、これ、約束してた物。」
「あら、ありがとう、スイ。ふふ、懐かしい紋章ね。」
 スイが手渡したのは紋章球であった。
 それが何かとキリィが見ようとするまえに、ジーンはそれをキリィに当てると、
「いいわよ、キリィにつけてあげるわね、ふふ。」
 妖艶に微笑んで、次の瞬間にはキリィの身体に紋章を宿していた。
 それと同時、二人は用もなくなったとばかりにキリィから離れる。
「それっ!」
 フリックが驚いたように懐かしい紋章を見る。神行法の紋章を。
「お手並み拝見だねっ!」
「ねぇ。」
 クスクスと、スイとジーンが顔を見合わせる。
 その奇妙な組み合わせは、実は解放軍時代にはあまり珍しくもなかった。スイが持っているいくつかのお仕置き技は、ジーンから直伝されたものも混じっているからである。
「それって、卑怯っていいません?」
 アップルが額を押さえながら呟くと、クラウスが物問いたげに目線を向ける。
 フリックはそれに無言で頭を振った。
「もうこうなったら、なんでもありだろ。」
 と。
 
 
 

 競技が始まって、放送席では、グレミオとクレオの二人が懐かしい紋章の威力を見ていた。
「キリィさん、速いですよ。あれ、ドーピングしてますねっ!!」
「でも、どれだけ先に走っても、マントや帽子が障害物に引っかかって、それで時間取られてるから、結局意味がないんだよね。」
 呆れたのか感心しているのか、よく分からない口調でクレオが突っ込み、それにはグレミオも同意した。
 
 
 

 競技の中ほどに置かれた網くぐりに、早速ロウエンは引っかかっていた。彼女は凹凸があるため、ところどころが網にひっかかるのだ。ちょっと身動きすると、胸が片方網目をくぐってしまうことすらあった。
「んっもぅ! 何だい、この網はっ!」
 今度は髪が引っかかって、ロウエンは一人叫ぶ。どうやら彼女はここで相当な時間が費やされるようである。
 先に巨体を見事くぐりぬかせたビクトールが立ち上る。
「凹凸のあるやつぁ、大変だな。へへ、先行くぜっ!」
 走り去っていくビクトールを恨みがましく見る先で、ローレライもすんなりと潜り抜ける。
 彼女は乱れた髪を片手で撫でてから、
「悪かったね、薄っぺらでっ!」
 と、走りぬきざまビクトールを殴り飛ばす。
 ギジムも網を通り抜けて、残っているロウエンに片手を上げた。
「ま、ロウエン、ゆっくりがんばれや。」
「このはくじょうもんっ!」
 叫んでは見るものの、薄情者ではなかったとしても、身体を触られてまで抜け出したいとは思わないので、毒づくだけに止めておく。
 そうこうしている内に、先頭グループは次の障害にかかっていた。はしごを横にしてあり、その間をくぐるというものでる。なぜかこのはしご、中央が一番小さい穴になっていて、両端に近づくほどに大きくなっている。どうやら通れない人ほど、遠回りしなくてはいけないようになっているようであった。
 ヒックスがそれをくぐりながら、一人ごちる。
「結構大変ですね、これ……よっと。」
 上手く右足を潜り抜け終えて、手のひらについた砂を払うと、立ち上る。その後にゲンシュウが続き、もつれそうになる足を叱咤する。
「全くもって同感。確かになまった身体にはいい。」
 二人が次の障害めがけて走るその隣を、身軽い動作でジーンが追い抜いていく。彼女は、それぞれの障害物にかける時間も短ければ、走るのも結構速かった。
「ちょっと失礼。」
 次の障害物である、小麦粉の中から飴玉を探し出すという難問も、魔法的勘からか、一発で見つけ、顔を拭く余裕すら見せた。
 次の障害である、ハードルを飛び越えた瞬間、彼女のヒラヒラした裾がちろり、と捲れた。
 白い形良く肉付いた脚が、付け根近くまで見える。
「ヒュー、色っぺぇ。」
 思わず飴を取るのを止めて、ギジムがそれに目を奪われる。
「わわっ!」
 飴をゲットしたばかりのヒックスは、顔をあげざま、魅惑的な曲線美に目を奪われて、顔を紅くする。
「サービスいいねぇ、ジーンの姉御。」
 ビクトールもにやつきながら、ジーンがかけゆく姿を堪能する。
 ゲンシュウは小麦粉の中の飴をなかなか探せず、あげたくても顔をあげている暇もないようであった。
「なんであんなに出るとこ出てるのに、ひっかからないんだよっ!?」
 ロウエンが悔し紛れにどくづくが、それはジーンの企業秘密であろう。
 同じようにロウエンと網に引っかかっていたキリィは、網を上手く抜けきり、そのまま紋章の導くままにダッシュする。
 あっというまに追いつかれて、ローレライは舌打ちした。
 一同はジーンとロウエンを別に、飴取り合戦を始める事となった。
 
 
 

「スイ殿、そろそろですかな?」
 ふとアダリーが、いつになく仏頂面に笑顔を浮かべて、スイを見た。
 スイも彼を見あげて、そうだね、と呟く。
「ジーンが結構離してくれたから、いいんじゃないかな?」
 スイが合図を出すのを見計らったように、ジーンはさり気に平均台の上から飛び降りる時に、ひらりん、と服の裾をひらつかせた。
「あらんv」
 色っぽい声までサービスである。
 それには、ビクトールとギジムが再び声を上げて視線を当てた。
 同時、ビクトールは先に進もうとしていたヒックスの目に、自分の手を当てる。
「わあっ!? ビクトールさんっ!?」
 抗議の声をあげたヒックスに、
「お子様には目の毒だろ。」
 にやにやした口調でビクトールが囁く。
 その隣にキリィが立った。
「次はこれだな。……むっ!?]
 帽子の鍔が邪魔で、飴が掴めない。
 それを横目で見ながら、ローレライが口を開けたまさにその時。
「あ、今いい感じ。」
 スイが呟いた。
「よし。……じゃ、ぽちっとな。」
 アダリーがそのスイの合図にこたえて、手元のコントローラーのスイッチを、容赦なく押した。
 その瞬間。

どっかーんっっ!!

 砂煙が舞った。
「………………………………。」
 あまりのことに、目を見開くフリックと。
「……………………。」
 目眩を覚えるアップルと。
「あ……──。」
 愕然とするシュウの耳に、
「たーまやー。」
「かーぎやー。」
 呑気なリーダー姉弟の声が届いた。
 爆風に紛れて跳んでいったのは、おそらくビクトールとヒックス、ギジムであろう。
 立ち上った土煙が治まったその場には、キリィが爆滅して倒れていた。
 ローレライも瀕死の状態で座り込んでいる。そして、当然ながらそこにあった障害物はすべて綺麗に消し飛んでいた。
 ゲンシュウですら、それは予測していなかったのか、剣を抜いた姿で煤まみれになっている。
「あら〜?」
 のほほーんと、ゴールに着いたジーンが、その光景を振り返る。
「…………何事っ!?」
 ロウエンは、未だ網に捕まったまま、前方で上がった土煙を凝視していた。
 ひゅるるるー、と上がった三人の身体が、そのロウエンの前方、はしごの元に落ちていく。
「やったーっ! 大成功!」
「よしっ!」
 スイとアダリーの二人が、拳を交わしあう声に気付き、フリック達は正気を取り戻した。
「あほかっ! お前、さてはさっきキリィに抱きついたときに、あいつに……っ!」
 起爆剤をつけたなっ!?
 問い詰めるフリックの整った顔を見上げて、スイは可愛らしく首を傾げる。
「なんのことぉ? まぁ、でも、これでいつもの仕返しもできて、一石二鳥だね。」
 天使の笑顔でのたまうそれは、猫をかぶっているスイに対する扱いが、どこかつっけんどんなキリィとゲンシュウ、ギジムに対してのそれであろうか。
 この人を敵に回したくはないと、アップルは祈りにも似た気持ちで思った。
 
 

「あれ? 何だ、今の爆発って、スイさんの仕掛けなんだ? 僕のは不発?」
 白組では、リオのそんな爆弾発言が飛び出ていた。
 不穏な発言に、シュウが顔を険しくさせる。
「ぼくの、とは?」
「さっき演習したときにね、はしごに……──。」
 言い掛けた瞬間、落ちてきた三人の身体が、はしごの上に落ちて……。

どっきゅぅぅーんっ!!!

 再び爆音が上がった。
 それを見て、
「…………あ。」
 リオとナナミは再び舞い上がっていく三人の身体を無言で見送ったのであった。 

ACT 6 応援合戦

 クラウスの額に、大粒の汗が光っていた。
 時刻ももうお昼近く。さんさんと照る太陽は熱い。
 しかし、はっきりと言えることは、クラウスの額に光る汗は、決して暑さのせいではなかった。
「な、何がなんだかわかりませんが、今の所、二勝三敗という結果になっています。ここはぜひとも、この応援合戦は勝利しませんと。」
 クラウスの隣で、アップルも密かに汗を拭き取り、思い溜め息を零した。
「ほんと、何がなんだか。──でも、応援合戦ですけど、向こうは楽団を入れているんですよ? それに対してこっちは……──。」
 向こうにはすでにスタンバイしている、アルバートたち三人の姿がある。三人は今でも本拠地のステージで人気を誇っている楽団である。果たして勝てるのだろうか、とこちらの選手を見た瞬間、アップルは魂が口から抜けるような気がした。
 そこにいるのは、
「コーネルとテンコウさんと、スタリオンさんと、フェザー……ですね。」
 一体どうしろというのだろう?
 本気で目眩を覚える二人の軍師は、揃って重い溜め息とついた。シュウの裏工作を感じる一瞬であった。
「裏工作っていっても、シュウがいかさましたのはほんの一部だけのはずなんだけどね。」
 リーダーらしいことをまるでしてくれないスイが、そんなことを笑顔で呟く。
 それを聞きとがめたフリックが、顔をしかめる。
「お前、知って……──?」
「まぁ、ね。シロウを使ったのも突き止めてる。そこまでして勝ちたかったんだね。」
 にこり、と笑う笑顔には邪気がないように感じる。
 しかし、上手く裏を隠すのは、スイの得意技である。
 フリックは構えて彼を注意深く見た。
「悔しくないのか?」
「別に? そこまでしなきゃ勝てない彼が可哀相だとは、思うけど。……──でも、まぁ、イカサマに荷担した片割れを、こっちのグループに入れたのは……ね。」
 意味深に言葉を途切れさせて、一瞬スイは、厳しい顔つきになる。それは、昔見なれた──。
「まさかお前、さっきからの二勝って……──。」
 ごくり、と生唾を飲んで尋ねたフリックに、スイは笑顔で答える。
「さぁ、どうだろうねぇ。」
 ──と。
 
 

 アンネリーが、清楚な衣装で中央に進み出て、一同に礼をする。
 その後ろにアルバート、ピコが続き、そして更に後から、艶やかなチャイナ服に着替えたナナミが三節棍を片手にアンネリー達の前に進みでる。
 てっきり応援合戦は、アルバート楽団の音楽を背景に、女たちにチアガールをやらせるとばかり思っていた赤組は、その白組の演出に、いぶかしみを覚えた。
「それでは、応援合戦、白組……始めさせていただきます。曲は戦女神です。」
 アルバートが一同に向かってお辞儀をして、自分の定位置につく。
 アンネリーは静かに両手を胸の前に合わせて、ナナミを見る。
 ナナミはこっくりと頷いて、親指を突き出した。いつでもオッケーというサインである。
「まかせておいて。」
 ピコが女泣かせのウィンクをしたら、ナナミは笑顔で答える。そして一瞬後には真剣な顔つきになって、型を取った。
「ナナミの演舞か……っ!」
 音楽にあわせて、ナナミが三節混んで型を取っていく。それは音楽に沿って綺麗な型を通していく。
 しゃらん、と髪に付けられた髪飾りが音を立てて、それがアンネリーの歌声に響いて心地好い響きを宿す。
 綺麗に組まれた組み紐がなびき、流れるような動作が目に映える。
「ナナミさんにあんな特技があったなんて。」
 同じように応援合戦に選手としてエントリーされているテレーズが、自分の出番を待ちながら、ナナミの綺麗な動きを追う。
 そのテレーズに、後ろに控えていたシンが、そっとタオルに巻かれた何かを手渡す。
「お嬢様、これを。」
「ありがとう。……シン、おかしくないかしら? こんな昔の服……──。」
 照れたように微笑んで、テレーズは着ている服を見下ろす。
 シンは少し眩しそうにそれを見つめたが、決してそのことを表情には出さず、いいえ、とだけ呟く。
「よくお似合いです。」
 まるで事務的な口調であったが、そこに見え隠れする複雑な心境を読み取り、テレーズは少し安心したように笑った。
「そう? それならいいんですが。」
 微笑んでシンを見ていると、
「そこのバカップル方、出番ですよ?」
 後ろから、にっこりと笑ったシュウの笑顔が迫っていた。
 びくり、と肩を強ばらせて、テレーズがそんな彼を振り返る。
「あっはっはー、もー、シュウ? 焼き餅? 焦げすぎ?」
 シュウの背後から、リオが楽しそうに口を突っ込む。
 それをいい機会に、テレーズは肩から羽織っていたカーディガンを脱ぎ捨て、演舞を終わらせようとしているナナミを見た。
 曲が節目にきたら、ナナミと交代なのである。
「ををー、なかなかいい脚してんなぁ、テレー……ごふっ!」
 ビクトールがスケベ親父満開の顔で笑えば、シンがすかさず彼をみね打ちした。
「どこを見ている?」
 テレーズの、スコートから伸びた足は、確かに細くて形良かったが、そんなこと口にするツワモノはビクトールくらいのものであった。
「仲間うちの争いは止めて下さいね。」
 冷たくシュウが忠告すると、シンは当然のように答えた。
「だから鞘は抜いていない。」
 
 
 

 テレーズが手にしたバトンを見事に操り、曲に乗って金の髪を散らす様は、先程のナナミの演舞と対になっているようで、とても目の保養になったし、バックでかかっている曲自体も、呪歌かと思うくらい、元気が満ちてくるいい曲であった。
 これは随分赤組の敗色の色が濃いようであった。
「……やりますね。」
 苦々しく呟いたクラウスに、アップルも溜め息を吐く。
 まさかナナミとテレーズに、こんな特技があったなんて思っていなかったのだ。
「テレーズは学生だったときに、チアに入っていたらしいぞ。」
 リッチモンドが、もっと早くに欲しかった情報を今更くれたが、帰ってきたのは二人の軍師からの恨めしそうな視線だけであった。
 ひくり、と下がったリッチモンドに代わり、これから応援合戦に参加するエルフが出てくる。
「で、こっちは何をすればいいんだい?」
 走りたいエナジーを爆発させるスタリオンの一言に、しかし、答える言葉はない。
「………………………………。」
「こっちは女もいなくて、花もないですね。」
 アップルが苦く笑うと、スタリオンが笑って、
「じゃー、こんな感じでどう?」
 うっふん、と悩殺ポーズを取った。
 しかしそれは黙殺される。
「スタリオンの色香〜。」
 楽しそうにスイが、そのスタリオンに近付いて、手にしていたものを彼に突き刺す。
 またスイか、とフリックが見やった瞬間、吹き出した。
「お前、何をスタリオンを飾ってるんだっ!?」
 スイが手にしているのは、赤や黄色や、色とりどりの花々であった。それを今、スタリオンの髪に飾っているのである。
 悩殺ポーズを取ったままのスタリオンは、花々に飾られて、うっふん、とウィンクまでした。
「薔薇だけど? さっきヴァンサンとシモーヌにもらったんだ。キレイでしょ?」
 両手に抱えても余るほどの薔薇を差し出して、スイは微笑む。
 その笑顔の愛らしさは、彼の性格が腐っているのを差し引いてもおつりがくるほどである。
「スイさんのほうが似合ってますよ。」
 苦く笑って、アップルが投げやりに呟くと、そこらじゅうに薔薇を突き刺されたスタリオンが、指で自分の頬を指差して、
「にあってるぅ?」
 笑いながら聞いた。
「にあってるよぉ。」
 スイもそれに笑いながら答える。
 この二人がそろうと、どこからどこまで本気なのか、判別つかなかった。
 だからフリックは、こう呟くしかなかったのである。
「も、好きにしろ………………。」
 
 
 

 軍師達が作戦をくれないので、仕方なく選手たちはどうやって応援するのかを相談していた。
「え……っと、それじゃぁ、僕がドレミの精を使いますから、テンコウさんは窓の装飾でステージを華やかにしてくれます?」
 コーネルが、広い草原を指差して、だいたいの位置を決めると、
「窓を反射させて、ドレミの精をライトアップさせるのはどうでしょうかな?」
 テンコウも提案する。
 コーネルはそれで行きましょうとは言うものの、これで応援になるのかと、不安そうに辺りを見た。あとメンバーは、と見るが、
「フェザーとスタリオンさんは……。」
 しかし、見回してもフェザーはいない。
 どこに行ったのだろうと、コーネルは溜め息を吐いてから、スタリオンを見る。
 色とりどりの薔薇に飾られた彼は、なんだか凄い事になっていた。
「ふぅ、カレンさんがこれにエントリーされてれば、楽じゃろうに。」
 今更なことをぼやいて、テンコウは窓セットを使ってステージに装飾を始める。コーネルはそのステージの上にドレミの精を呼んで、スタリオンを見た。いくら花で飾っているとはいっても、踊ってもらうわけにはいかない。
 気が重いな、と思っているのもつかの間、
「ま、何にせよ、こっちは走ってるだけさ☆」
 スタリオンは気楽に言ってくれた。つまり走る気しかないらしい。
 何はともあれ、赤組の応援が始まったのであった。
「じゃ、行くよ、ドレミの精たちっ!」
 コーネルが変声期前の声をあげて声をかけると、ドレミの精たちはいっせいにコーネルの指示にしたがって、音を鳴らし始める。
 ぽろん、ころん、こここん♪
 それにあわせるようにテンコウがライトの反射を調節した。
 確かにドレミの精が一生懸命音を立てる様は可愛かったが、それだけであった。
 スタリオンは、「頑張れ赤組」というたすきを腰からはためかせ、走っているだけだし。
 しらー、と会場内が静まり返る。
「ふっ、勝ったも同然だな。」
 シュウがあまりのお粗末な応援に、鼻で笑ったその時。
「リーダーは、全競技自由参加、と。」
 ふいにスイがフェザーを伴なってそこに立った。いつのまにか服を着替えて、真紅の見栄えのする服に代えていた。
 そして、ドレミの精のいるステージにあがるやいなや、
「フェザーっ!」
 一声叫んだ。
「きゅううううーっ!」
 その声に答えるようにフェザーが上空に舞い上がる。そのフェザーのあげる風が、走るスタリオンの紙や身体についた花びらを吹き飛ばす。スタリオンが走った後に、さらさらと花びらが零れていく。また、上空を舞うフェザーから舞い落ちるぬけた羽が、花びらに混じってステージを彩った。
 ころろ、ころん、とドレミの精達が音を立てるのに合わせて、ふいにスイは声をあげた。
「ドーはドーナツのド〜♪ レーはレモンのレ〜♪」
 そして、響く歌声を風に乗せて、歌い始めたのである。
 その歌声につられるように、ドレミの精は動くだけだった動きを、曲に合わせた動きに変えた。スイはそれにあわせるように、とん、とターンする。
「ミはみんなのミ、ファはファイトのファ〜♪」
「これって、ドレミの歌……っ!?」
 驚いたような表情のコーネルに、スイは優しく笑いかけ、さらに声に風を含ませる。
 スイは歌うと同時、ドレミの精にあわせてターンしたり、彼らと手と取り合ったりしていた。それは、きちんとダンスになっている。
「スイさんが歌ってるぅぅっ!」
 リオとナナミが手を取り合って喜び、カスミは無言で目を潤ませて、頬を染めていた。
「シーは幸せよ〜♪」
 スタリオンの身体に仕込んだカラーテープや華が、まるで手品のように後方の飛んでいく。
 スイは楽しげに歌いながら、ステップを踏む。その足は、慣れていた。
「そういやあいつ……カレンの師匠のミーナのダンス、初見で真似してたわ。」
 ビクトールが軽やかに踊るスイを見て、天使の足取りであった天才踊り子を思い出す。あいつらは、よく二人で酒場で踊って遊んでいたものだった。そのスイが、踊りが得意でも、別におかしくはないのである。
 そうこうしているうちに、ドレミの歌は二番にはいった。
「どーんなーときでもー、れーつを、組んで〜♪」
 スイの歌声に合わせて、ドレミの精達が列を組み、コサックダンスを披露する。
「イヤーンっ!! かっわいいいいいーっ!!」
 女性陣から歓喜の悲鳴が零れた。
 その反応に、シュウはしまった、という表情をするが、すでに手後れである。
「みーんななかよく、ファイトを持って〜。」
 ドレミの精が、拳を突き出して、えいえいおーっ! とすると、ころろん、と愛らしい音が零れる。
「そーらをあおいで、ラーララララララ〜♪」
 いっせいに空をあおいで、はもるドレミの精たち。
「しーあわせの歌〜。」
 とん、とスイはそこで足をならしたかと思うと、フェザーが舞い下りてきて、スイはその足に捕まる。
 そして、フェザーの上に一気に飛び乗ったかと思うと、ドレミの精たちによって、ぽろんぽろんと、ドレミの歌の続きが続けられていく。
 フェザーの上にうつったスイは、もともと用意していたフェザーの背中にあったヴァンサンたちから貰った薔薇を、一気に撒いた。
「あ……っ!」
「きれーいっ!!」
「うわぁ……──いい匂い。」
 赤組の白組も関係無しに、笑顔が広まる。
 それを見て、ちっ、とシュウが舌打ちした。
 ビクトールはそれを見上げて、苦虫をかみつぶしたような表情になった。
「なんかあいつ……勝ちにきてねぇか?」
 自分すら武器にする所なんて、解放軍時代そっくりだぜ、と呟いたビクトールは、午後からの部を思うと、身の毛も逆立つような気がした。
 
 
 
 

「えーっと、アンケートの集計はお昼休みに出ます。応援合戦は、どちらがよかったのか一般投票で決めるのですが……。」
 言いながらグレミオは、フェザーから降りて、リオやナナミにたかられているスイを見た。
 ナナミの演舞と、テレーズのチアも良かったが、トランの英雄直々の歌とダンスと、一体どっちがいいかといえば……。
「参加できるこっちの方が、楽しかったんじゃないのかい? そこらでドレミの唄を口ずさんでる人、結構いたからね。」
 クレオの答えが、物語っているような気がしたのは、きっと気のせいではあるまい。




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