目指せっ! 108人大運動会っ!! 


プロローグ

 その日、珍しく会議に出席していた軍主に、感心したのを後悔したのは、会議が始まってすぐのことであった。
 次の戦に向けての兵たちの配置を議題に取り上げたとたん、いつもはやる気の無い軍主──同盟軍のアイドル的存在であり、皆を惹き付けてやまない同盟軍のリーダー──は、手をあげて意見を主張した。
「リオ殿、どうぞ。」
 やる気を出してくれたのかと、指名したのを、軍師はすぐに後悔した。
「運動会をすることを提案しますっっ!!」
 リオは、それはそれは真剣にそんなことをほざいてくれたのである。
 しばしの沈黙が会議室内に響き渡った。
 シュウは、眉をしかめて尋ねる。
「運動会?」
 聞き間違えであれば、という彼の思いは天には届かない。もちろん、目がちょっといっちゃってる軍主に届くはずは無かった。
「そうっ!! 最近大きな戦もないから、兵達も体がなまってるじゃないっ!? だから、体を動かす催しをしようよ。」
 その前に、体を動かす「催し」である必要が、一体どこにあるのだろう。
 シュウの思いは当然リオには届かない。
 頭が痛くなって来たシュウに気付かず、リオは勢い込んで続けた。
「運動会って言ったら、やっぱり組対抗だよねっ! キャロではジョウイと別々になって、カケッコとかしたんだよねぇ、あと、どっちが勝つか賭けたりとか。なつかしいな〜。」
 いや、懐かしいな、とかじゃなくって……。
 めまいすら覚えて、シュウは怒鳴りつけようとしたその直前。
「運動会ですか……懐かしいです。」
 しんみりと、最近までグリンヒル学園の市長代行であった女性が囁いた。
「秋になると、私達の学園も、それでにぎわったものです。」
 どうやらグリンヒルの想い出を回想しているらしい、その口元には微笑みすら浮かんでいた。
 そのテレーズに反応したのは、そういう催しコトにはいつも興味を示さないハウザーであった。
「それは、兵の訓練とは違うのですか?」
 リオに向けて尋ねること自体が間違っていると思ったシュウは、すぐさま口を挟もうとしたが、
「ん〜? どうだろうなぁ、似たようなもんじゃねぇのか?」
 それよりも早く、ビクトールがその問いに答えた。
 隣でフリックが、おいおい、とそれをとどめて、
「体を動かす……スポーツだな、言うなれば。」
 とまとめた。
 テレーズもそれに頷いて、神聖な催しですよ、と続ける。
 リオが提案している運動会が、神聖なものになるはずがないではないかっ!
 心の中で絶叫しつつ、シュウが何とか思いとどまらせようとしたが、
「僕ねっ、プログラムも考えたんだよっ! ほらほらっ。」
 皆の関心を買ったリオが、うれしそうに紙を見せ、ほう、とみんながそれに注目する。
 リドリーが興味深そうにプログラムを読み下す。
「この借り物競争というのは、何ですかな?」
「あっ! それはねー、瞬時の判断力と行動力を競うんだよ。」
 リオはなぜかこういうときは口が回るようだ。リドリー好みの答えをすらりと告げた。
 テレーズが、その紙を指差して、
「大玉転がしもあるのね……ふふ、懐かしいわね。」
 うれしそうに微笑む。
 そして、会議室はやる気ムードに包まれるのであった。
 シュウは一人、無言でそれを見守り。
「シュウ殿……いいのでしょうか?」
 心配そうに尋ねるクラウスに、苦々しい笑みを見せる。
「余計な仕事ばかり増やす軍主だな……──。」
 その苦い口調は、彼の苦労の多さを語っていたとかどうとか。
 どう転んでも、運動会は開幕させられそうなムードになっていたのだから、仕方ないのだろうけど。
 
 
 
 

「へぇ、運動会?」
 朝も早くにやってきた姉弟を出迎えながら、スイは目を丸くする。
 どうして戦の最中の同盟軍は、こんなに催しばかりするのだろうと、そう思っているのは誰がみても明らかだった。
 今日は二人でトランにやってきたリオとナナミである。
 グレミオがお茶を用意するのを待つのももどかしかったのか、スイに出会う早々、運動会をするんですっ! と叫んだのだ。
「私達も見たことはありますよ。リオ君は何に参加するんですか?」
 にこやかに微笑みながら、グレミオがお茶を持ってきてくれた。それを受け取りながら、リオはにっこりと微笑む。
「はいっ! 僕はシロ組なんです。開会式挨拶と、白組と赤組のリーダーの共同選手宣誓と、最後に騎馬戦に参加するんです。」
 にこにこ笑いながら、リオは紅茶を一気に飲みこんだ。
 スイは二人にお茶菓子を進めながら、ふぅん、と興味なさげに呟く。
「リオは白組のリーダーってことだね。」
「私達も見にいきましょうか、ぼっちゃん。……それで、リオ君、運動会はいつするんですか?」
 グレミオがはりきってお弁当を作りますよ、と言ったその瞬間。
「はいっっ!! 今日ですっっ!!」
「──────────は?」
 今の時刻は日の出から2時間というところである。
 いつもよりも早いな、とは思っていたスイは、何を言われたのか一瞬思考を停止してしまった。
 つまり、何? 今から城に戻って、運動会に参加すると? それで、わざわざ僕達にそれを知らせに来てくれたって、そういうこと?
「あっ! やばいわ、リオっ! あと少しで開会式よっっ!」
 ナナミが外の明るさに、眉をしかめて、リオの腕を掴む。
 リオも慌てたように立ちあがると、ぐいっ、とスイの腕を掴んだ。
「え?」
 なんで、僕の手を……と、驚いているスイに向かって、当然のようにリオは言い放った。
「行きましょうっっ!!」
「い……行く?? な、なんで?」
 どうしてそこで僕が今から行かなければいけないんだ?
 嫌な予感を覚えたスイに、リオははっきりと言いきってくれた。
「はいっ! スイさんが赤組のリーダーですからっっ!!」

「ぼっちゃーんっっ! 私もすぐに行きますねぇっっ!!」

 グレミオの声を背後に受けて、何がなにやらわからないうちに、スイはデュナン湖に運ばれるのであった。

ACT 0 開会式

 パーンパパパーンっっ!
 煙だけの花火が舞い上がる。
 朝も早くから準備をしていた一同は、城の南にある、広い草原に集まっていた。
 そこには簡易式のテントが設置され、入場門や退場門も用意されている。
 そして東側と西側に、それぞれ赤組陣営と白組陣営がある。
 何が何やら分からない内に運ばれてきたスイは、後からすぐに追ってきたグレミオに、いそいそと赤色のはちまきを付けられて、朝礼台の横に立たされた。
 ずらりと並ぶ108人は、皆二色どちらかのはちまきをつけらている、つけていないのは、見学にやってきたグレミオと、クレオ達スイの保護者くらいのものであった。
「なんで運動会……。」
 ぼそり、と呟いたスイに答えたのは、
「それを軍主が望んだからですよ。」
 苦々しい口調のシュウであった。
「まぁ、これで皆のやる気がでるというのなら、それでいいのですけどね。」
「やる気じゃありませんよ、シュウどのっ! 運動会というのは、皆さんの協調性を養うものなのですから。」
 グレミオが、にっこりと朗らかに微笑んだ。
 その手には、何故かプログラムとマイクが握られている。
 スイは不審そうにそれを目で尋ねた。
「ああ、これですか? 実はクレオさんと一緒に、放送係りを頼まれたんですよv」
「帰れ、お前。」
 スイは思わず即答していた。
 グレミオが放送係だなんて、とんでもなかった。只でさえでもスイのこととなると、人が変ったように饒舌になりすぎるグレミオである。
 スイが止めに行けない放送席で、しかもマイクを持って、あることあること言われたらたまらない。
 そんなスイに、グレミオは早速マイクを持ったまま、がーん、とショックを受けた。
「そんな……ひどいです、ぼっちゃんっ! ぼっちゃんはお小さい頃からお世話してきたこのグレミオをいらないとおっしゃるのですかっ!? あの天使のように愛らしかったぼっちゃんが、こんなことをおっしゃるなんて……っ!」
「はいはいはいはい、ぼっちゃんが可愛かったのはいいから、あんたちょっと黙ってな。」
 自分の分のマイクでグレミオの頭を殴りつけ、クレオは取ってつけたような微笑みを浮かべた。
「ぼっちゃん。ご安心下さい、クレオがいますから。」
「……じゃ、安心だね。」
 にっこりと、信頼度百パーセントの微笑みを向けると、グレミオが拗ねた。
 しかしそんなことを構っている暇はない。
 スイはそれじゃ、とクレオに任せると、とりあえず自分の組は誰がいるのか見ようとした。
 その瞬間である。
 ぱぱぱぱっ! どこどこどこどこっ!!
 唐突に太鼓の音と、爆竹が破裂したのは。
「……何ごとだっ!?」
 シュウが叫んだその背後から、リオがスポットライトを浴びて朝礼台に上がった。
「レディースアーンドジェントルメーンっっ!! 長らくお待たせいたしましたーっ! ただいまからーっっ!!」
 白いタキシードに身を包んだリオが、色とりどりのライトに照らされて、紅い薔薇を咥えて登場した。
 その足下からはスモークが沸き上がり、ナナミがぱたぱたと団扇で仰いでいる。
 ライトアップ係りはアダリーであった。
「………………リオどのーっっ!!」
 唖然とする一同の代表として、シュウの血管が切れた。
 そのまま彼はリオを朝礼台から引きずり落す。
 そして、リオの頬を引っ張ると、
「運動会らしく、健全に行きましょうねっっ!!」
「いたたた……もぉシュウってば乱暴なんだからっ!! そんなのだから、しわが多いって言われるんだよ?」
 言い聞かせたが、どうやら軍主の耳に念仏のようであった。
 そんな二人を眺めながら、唯ひとりリオの奇行にも動じなかったトランの英雄は、のんびりと首を傾げる。そして自分のいつもの服を見下ろした。
「僕も紅い目立つの着ようかなぁ?」
「ぼっちゃんなら、何を着てもお似合いですよ〜。」
「グレミオの見立てがいいんだよ。」
「そんな、ぼっちゃんの……。」
「二人とも、それは今話す事ではないでしょう?」
 呆れた口調でクレオに突っ込まれ、それもそうだね、スイは微笑む。
「それにしても、シュウどの、結構愛情表現が過激だねぇ。」
「え? はぁ、そうですねぇ、でもあれは愛の鞭ですよ、きっと。」
 朗らかにグレミオが呟き、そうだねぇ、とスイが同意した。グレミオだけならとにかく、スイまでそうやってぼけてくれると、流石のクレオも突っ込むに突っ込めないようであった。
 そんなことをグレッグミンスターの住民が話している間も、シュウはリオの頬を引っ張りながら彼を朝礼台の上にあげようとした。
「あーあー、マイクのテスト中、マイクのテスト中……。」
 が、それよりも先に、朝礼台に置かれたマイクを握っている男がいた。
 はっ、とシュウが見た先には、いつものリオと同じ紅い服を着た……、
「ウォッホンっ! オレが同盟軍リーダーのリオ……ぐげっっ。」
 刹那、驚異的なスピードで朝礼台に登ったシュウが、そのままホイを叩き落とした。
 そして、無言で台を降りると、近くに控えていた兵に、ホイを顎で示し、
「片づけておけ。」
 命じた。
 ほてほてとシュウの後からやってきたリオは、気絶して運ばれていくホイを見送りながら、
「別に僕はホイが言ってもいいけど?」
 などと、軍主として……いや、この運動会を提案したものとして、間違っていることを言った。
 シュウのこめかみがピクピクと揺れたのもしかたあるまい。
「よくありません! よろしいですか、リオ殿っ!?」
 今日もまた軍主としての心得について、シュウが語り始めようとしたその隙を縫って、一人の男がマントを翻して台に上がった。
 そして、
「フハハハハっ! このような場を制するのはまずっ! この私っ! が妥当だとっ!」
 マイクを持って叫んだザムザを、シュウは問答無用でマイク立てを使って打ち倒した。
 鬼気迫る表情でリオを振り返ると、
「リオ殿っっ! さっさと上がるっっ!!」
 凛とした声というよりも、切羽詰まった声で言い放った。
 リオは、はいはい、とやる気のない返事を返したが、台にあがるやいなや、きりり、と表情をあらためる。
 スイはそれを見て、感心したように目を開いた。
「僕、リオのリーダーとしての顔見るの初めてだよ。」
 すると、シュウのために胃薬を盛ってきたアップルが、くすくすと笑った。
「それはきっと、リオさんも思ってますよ。スイさんのリーダーとしての顔は見たことがないって。」
「いや、別に僕はそんな顔しなくていい状態だし。……でもこうしてみると、リオもいい男じゃない?」
「そうですね。」
 スイの言葉に、グレミオとクレオが懐かしい目でもってリオを見あげる。
 彼ら二人の視線の先には、当時のスイがいるに違いないのだ。 スイとしては、今のリオと昔の自分とどういう所が違うのかは分からなかったが、今のリオがリーダーとしての威厳ある表情をしているというのは分かった。
「それじゃ、皆っっ! 今日は運動不足をぶちのめす勢いで、がんばろうぜーっっ!!」
「おおーっっ!!」
 リオが景気よく右手を掲げ、それに一同が答える。
 その様子を横目で見やり、静かにスイはリオを指差して、シュウを見た。
「開会式?」
「胃が…………。」
 折角リオから、偉大なる一言のようなものを聞けると思っていたスイ達が脱力しかけているのに対し、シュウは額に青筋を立てていた。
 さすがに戦争の時の掛け声もこんなのではないとは思うが……もしかしたら似たようなものなのかもしれない。
 グレミオが、放送係としての役割を果たそうとマイクを持ってプログラムを見た途端、マイクごとスイの手を握った。
「ぼっちゃんっ! 次は選手宣誓ですよっ! グレミオはバッチリカメラの準備をしてきましたからねっ!」
「……じゃ、そーゆーことで。」
 そのままくるり、と身を翻して、早速帰ろうとしたスイはしかし、いつのまにか台から降りてきたリオによって狭まれる。
 リオは、がしぃっ、と勢い良くスイの腕をつかむと、にっこりと笑った。
「スイさんっ! さぁ、一緒にっ!!」
 そして、勢いのままスイを攫い、そのまま台の上に上がると、スイの左手をつかんで、自分の右手とともに天めがけてかざした。
「宣誓っっ!!」
 高らかに響くリオの言葉に続いて、
「せんせい……。」
 やる気のないスイの声がぼそり、と呟かれた。
「ぼくたちはっ! 気力の続く限りやりまくりっ! 正々堂々と相手をぶちのめすことをちかいまーっすっっ!」
「誓…………? ──……何か違う。」
 覇気満々のリオに対して、スイはふしぎそうに首を傾げるが、それに構う事は誰もなかった。
 再びやる気満々の掛け声が一同から溢れて、リオは満足したように頷いた。
 そして、未だふしぎそうに首を傾げているスイに向かうと、彼の両手を握り締めて、真剣な表情で。
「スイさん、僕たち今日は、ロミオとジュリエットです。いくらスイさんでも、手加減はしませんからねっ!」
「そう、うん、ま、頑張ってね。」
 ロミオとジュリエットと言う所に反論の意志を持ちはしたものの、基本的にどうでもいいことか、と思ったスイは、やる気なさげにリオに答えた。
 とりあえず、お飾りの団長でいいだろうとか思っているようであった。
 
 
 

 白組と赤組に別れた後、リオは居並ぶ白組の面々を前に、リーダーとして声をかけていた。
「さぁ、皆っっ!! ファイトーッッ!!!」
「いっぱーーーつっっっ!!」
 ナナミを始めとする白組の皆は、どうやらリオの感性に似ているようであった。
 リオの掛け声に、ゥオオオオ、と盛り上がった。
 
 

 さて、一方やる気のないリーダーを抱えた赤組である。
「スイ、何かリーダーとして声かけてやれよ。」
 ほらほら、と、実は結構やる気のフリックにつつかれて、面倒そうにスイは一同の前に立つ。
 そして、
「……ま、死なない程度にね。」
 がくぅ、と士気が下がるのを感じたアップルが、
「やる気ないですね、スイさん。」
 哀しそうに眼鏡の奥の瞳を揺らした。
「いくらお飾りとは言え、士気をあげるような掛け声をお願いしたいのだが。」
 リドリーが、白の湧き具合を気にしながらスイに提言すると、スイは面倒そうな顔を一瞬で隠し、ニッコリと笑った。
「それもそうですね。それじゃ、久しぶりに行きましょうか…………──。」
 外面はいいスイは、それからすぅ、吐息を吸うと、一瞬で表情を改め、りん、とした緊張感を走らせる。
「皆っっ! 今日は気力の続く限り、行くぞっっ!!」
 腹から出た様な声は、びしり、と擬音がするほどに響く。
 その声は重く鋭く、皆の心を刺激する。
「おおーっっ!!!」
 やれば出来るじゃないか、という視線のフリックを無視して、やれやれ、とスイは素の表情に戻って、沸き返る一同を見ていた。
 
 
 
 
 

 さて、朝の作戦タイムである。
 シュウは生真面目な表情で、白組の幹部達の前で決意を新たにしていた。
「向こうは元解放軍リーダーだ。何があっても、我が軍主のため、負ける事はまかりならん。いいなっ!?」
 すると、ビクトールが向こうの陣営でぶらぶらしているスイを見咎めて、笑った。
「大丈夫だろ? アイツ嫌々来てるからよ。やる気のねーあいつは、よっぽどの事がない限り、勝とうとはしねぇよ。」
 しかし、だからと言って気を抜く事はできないと、テレーズが進言する。
「どちらにしても、軍主と正軍師が揃っているんですもの。負けるわけにはいきませんね。」
 それには一同が頷く。
 解放軍リーダーに負けたとあれば、いくらこれがお遊びでも、良い事ではないのだ。
 よし、と決意を固める一同を背に、その話題の中心にいなければいけないリオは、
「リオっ! 頑張ろうねっ!」
 ナナミに声をかけられて、うん、と頷く。
「頑張って、スイさんのリーダーとしての姿、見ようねっ!」
 ……──どうやら今回の目当ては、それのようであった。
 

 一方、やる気のないスイを背に、赤組でも作戦タイムが繰り広げられていた。
「しかし、組分けと出場種目決めって、本当にくじで決めたのかよ?」
 フリックは、お互いの組み分け表、出場種目表を見て、唸った。
 どうみてもそれは、白組の有利なようにしか見えない。
「どうも……こちら側は不利ですね。」
 厳しい表情で語るクラウスに、アップルも同意する。
「シュウ兄さんの陰謀を感じるわ。──ほんと、リオさんを勝たせるためなら、手段を選ばないわね。」
 呆れたような口調混じりのそれに、クラウスは苦笑した後、表情を改め、フリック達を見まわす。
「……どちらにしても、こちらは解放軍リーダーという方を掲げています。その上、軍師が二人もいるんですから、そうやすやすと負けるわけにはいきません。」
「そうですね、今日くらいはシュウ兄さんに勝ちたいですしね。スイさんもいることですし……──あれ?」
 振り返ったアップルは、そこにスイが居ない事に気付いて、キョロキョロと辺りを見回すと、何時の間にか彼は、少しは慣れた所でしゃがみ来んでいるフェザーの元にいた。
 フェザーの羽毛に手を回して、
「フェザーふっかふかー。」
 幸せそうにほお擦りなどしていた。
 見た目それはとても愛らしかったが……。
「……やる気ないな、あいつ。」
 今この時にして欲しい事ではなかった。
 フリックが額を抑えて呟くと、
「仕方ありません、クラウスさん。──やるだけはやりましょう。」
 問いたげにスイを見ていたクラウスの注意を、こちらにひきつけ、アップルはプログラムを握り締めた。
 ああなったスイは、真面目にしてくれないというのは、過去の経験から、アップルもフリックもよく知っているのだ。
「わーいっ、ゲンゲンとガボチャもふっかふかーっっ。」
 向こうからよく通る声が聞こえて、ちらりと見ると、今度はスイは、フェザーにもたれながら、フェザーの元にやってきたゲンゲンとガボチャを抱きしめていた。
「ををっ!? な、何だっ!?」
 驚いたらしいゲンゲンはしかし、すぐに……、
「むっ!? いい匂いするな、お前。」
 と言うと、静かにスイに鼻を寄せた。
「ゲンゲン隊長と一緒〜♪」
 ガボチャはそれだけでもういいようであった。
 スイが久しぶりのコボルトの感触を味わっていると、ムクムクが飛んできて、スイの頭の上に止まった。
「むむーっっ!」
 まるで抗議の声を上げるかのようなムクムクに手を伸ばし、スイは彼も抱きかかえる。
「ムクムクもふかふかv」
 するとムクムクは満足したように、スイに頬に擦り寄った。
 どうやら、動物には好かれるようであった。
 それを遠くから見つめていたサスケは、無言でスイを指差し、フッチを見た。
「指差しちゃ駄目だよ、サスケ。」
 それには、フッチはそう答えるしかなかった。
 

ACT 1 玉入れ


「玉入れ〜? 何それ?」
 黒髪の美少女ビッキーは、額に赤いはちまきを締めながら、自分が出場する種目について、今更ながらの質問をしていた。
 それには同じようにビッキーと出場するトウタが答える。
「玉入れというのはですね、あの籠にこの玉を投げ入れるんですよ。」
「玉入れ玉入れ〜! よぉーし、がんばるぞーっ!」
 燃えるボルガンに、アイリやリィナから頑張れ、と声が送られ、彼は嬉しそうに飛び跳ねた。
 その一同をやや距離を置いて眺めているのはペシュメルガであった。彼も赤いはちまきをしている。
 どうやらどういうくじだったのか、ペシュメルガも玉入れの一員であるようであった。
 スイは頭にムクムクを乗せて、選手達のもとへやってくる。ムクムクも玉入れにエントリーしているので、つれてきたのであった。
「あれ? ペシュも玉入れなの?」
 ビッキーとボルガンが、玉入れの教授を受けているのをよそに、立ち尽くすペシュメルガは、ある意味異様であった。
 その異様な彼に平然を声をかけるスイも、相当な図太い神経を持っていると言えよう。
 スイはそのペシュメルガと、頭の上に乗ったままのムクムクとを見比べ、ふむ、と頷いた。
「ねぇねぇ、ペシュ? ちょっと耳貸して。」
 ぼそぼそと囁いて、スイは嬉しそうにムクムクをおろした。
 そして、頑張ってね、と悪魔にも似た微笑みを零すと、ペシュメルガとムクムクという、世にも似合わないコンビを置いて、観覧席に戻っていったのであった。
「?? ねぇ、テレポートさせて入れちゃ、駄目なの?」
 ビッキーが分からないといいたげに首を傾げるのに、トウタは苦笑いをして首を振った。
「それでは意味がないんですよ、ビッキーさんん。」
 

「それでは、ただいまから玉入れを始めたいと思います。選手の皆さんはそれぞれの籠の下に付いて下さい。」
 クレオの朗々とした声が響くと、赤組、白組からそれぞれの選手が出てくる。
「よっしゃぁぁっっ! 行くぜ、シドっ!」
 シュウから策を授けられたチャコが、やる気満々で飛び出してくる。
 そのチャコの背中に、
「うひひひひひ、チャーコォォーーーー。」
 あの不気味な響きでもって、シドが囁く。
「うひゃぁぁぁぁぁっっ!!」
 びくぅ、と背中を反らせたチャコが、泣きそうな目をしてシドから離れた。
 それを見ていたシュウが、苛ただしげにシドに叫ぶ。
「シド! 後からいくらでもチャコと二人きりにさせてやるから、今は作戦に従えっ!!」
 陣営から叫んだ策士に、チャコが飛び上がる。
「げっ! シュウの奴、俺を売りやがったな……っっ!!」
 それに反論する間もないまま、開始のゴングが鳴り響いた。
「それでは皆さん、始めて下さいね〜。」
 入れた気合も抜けていきそうな、のほほーんとしたグレミオの声を開始の合図に、一同は地面に転がっている玉を取った。
「え〜と? この玉を、入れるのね。」
 白いはちまきを締めたラウラが、のんびりと首を傾げて、えい、と投げる。
「あ、入ったわ。」
 よかった、と彼女が呟く隣から、同じように白いはちまきを締めたマルロが違います、と訂正した。
「そっちは赤組の籠です、ラウラさん…………。」
「え? じゃぁ、こっちかしら?」
 一発目から自殺点を入れてしまったラウラが向かう先は、籠がある場所とは全く別の場所であった。
「いえ、だからそっちは……──。」
 マルロはこうして、ラウラに付いてまわった。
 それを見て、チャコは玉を両手いっぱいに抱えつつ、舌打ちする。
「ちっ、マルロのやつもラウラの姉ちゃんも使えねぇなぁ。」
 そして、同じように玉を抱えたシドを振り返り、にやりと笑った。
「まっ、ウィングボードの俺様達がいるから、いいんだけどなっ! 行くぞ、シドっ!!」
 言うなり、チャコは放送席のあるテントへ走ると、そこへ跳んで飛び移り、ひゅうん、と籠めがけて飛び降りた。
 同じようにシドも、籠めがけて風に乗る。
「ひひひひひ。」
 二人はちょうど籠の上で玉を落し、そのまま着地し、再び玉を集め始める。
「あっ! あっちはあんなことしてますっ!」
 一生懸命玉を拾っては入れる、というのを繰り返していたトウタが、一気に二十個は入った籠を見て、悔しそうに声を上げた。
「ずるいずるいっ!!」
 ボルガンも飛び跳ねて文句を言うが、悪徳策士シュウは、そんな言葉にびくともしない。
 くぅ、とアップルが悔しそうに唇をかむ。
「くっ……せめて弓が使えるメンバーだったら、こっちだって……っ。」
「ビッキーにテレポートを使わせるのは反則ですしね。──ムクムクに同じ事をやらせるもなにも、彼の手は短いですし。」
 クラウスも眉を寄せて悩む。
 そうこうしている間に、白組は籠の中が半分近くになっている。
 その時である、嬉しそうにスイが叫んだ。
「ペシュー! まかせたよっ!」
 ペシュメルガは、無言でムクムクを見た。
 ムクムクはやる気満々で、ペシュメルガにマントを見せた。
「ムム〜!」
「ムクムク〜! 頑張ってーっ!」
 スイがにっこりと笑うと、ムクムクは背中越にペシュメルガを見た。
「むむっ!!(やる気。投げてくれと言っている)」
 ペシュメルガは無言でムクムクのマントの裾を掴むと、そこに玉を詰めた。そして、マントの端をムクムクに持たせて、玉が零れないようにしてから、ムクムクの腹を持った。
 マントが上になるように、そのまま投げるっ!
「ムムーッっ!!」
 跳んでいったムクムクは、上手く足を使って籠に捕まると、どさどさー、とマントの中身を落した。ついでに、跳んできた玉で、通り過ぎようとしていた玉をつかんで入れる。
 そしてガッツポーズを取る。その姿は凛々しかった。
「…………っっ。」
「………………。」
 唖然とするアップルとクラウスの隣で、スイがムクムクにお褒めの言葉を投げる。
「ムクムク、えらーいっ!」
 それに対して、白組からリオが呟いた。
「スイさん、それ、ずるい…………。」
 マントを使うのは、果たしてありなのか?
 いやしかし、ムクムク達にしてみたら、あれは身体の一部なのかもしれない。そう、フリックのマントのようにっ!
 声に出して言っていたら、フリックあたりから反論がとんだであろうが、リオはそんなことは気にせず、一人で納得した。
 籠から降りてきたムクムクは、いそいそとペシュメルガの元に赴くと、背中を彼に向けた。
「よーしっ! 負けてられないぞぉっ!!」
 ボルガンが叫び、トウタもそれに頷く。
 ビッキーも玉を拾って、
「うん! いっぱい投げようねっっ!」
 やる気いっぱいに叫んだ。
 ムクムクを上手く使っているスイを見て、
「……やるな。」
 バドが密かにライバル心を燃やしていたが、それには誰も気付かなかった。
 チャコが赤組に負けてられないと、玉を手にする一方で、そろそろ飽きてきたシドが、無言でチャコを見て、不意に
「チャーコ〜〜〜。」
 チャコにのしかかった。
「ひぃぃぃぃぃぃーーーーーっっ!!」
 恐怖の悲鳴をあげるチャコに、シドは楽しそうに怪談を始めようとする。
「こらーっ! お前ら、遊んでいるんじゃなーいっっ!!」
 叫んだシュウに、チャコが叫びかえす。
「あそんでねぇよぉぉぉーーーーっっ!!」
 
 
 

「さすがぼっちゃんです。……ほぉ。」
 感心したように溜め息を零すグレミオに、クレオは違う意味の溜め息を零した。
「あいかわらず、卑怯技にかけては──……こほん、とにかく、勝負は乱戦の模様になってきました。おおっと、シュウ殿、愛の鞭をシド殿に炸裂させましたね。ラウラさんもやっと真面目に入るようになりましたが ──ここでタイムアップですっっ!!」
 じりりりりり、とリオ特製の目覚しが鳴り響き、一同は投げるのを止めた。
「それでは、玉の数を数えてみましょう♪ えーっと、白組赤組共によく頑張りましたねっ! 156対154で、…………ええっ!? 白の勝ちなんですかぁぁぁぁっっ!?」
 中立の放送席らしくない悲鳴に、クレオが殴ってグレミオを黙らせ、冷静にマイクを握った。
「白組の勝ちです。白組の皆さん、おめでとうございます。」
 

「やったぁっ!!」
 万歳するリオの隣で、シュウはバドから借りた鞭をしならせて、
「……よし。」
 低く呟いた。
 その姿は暗雲背負っていて、思わずナナミは後ざすった。
「何か、シュウさん、怖いの……──。」
 

 陣営に帰ってきたムクムクを抱きしめて、スイは彼に微笑みかける。
「よく頑張ったね、ムクムク、ペシュ。」
 にこにこと穏やかに、ナデナデしてやると、
「……いや、撫でなくてもいいから。」
 ペシュメルガはなんとも言えない表情でスイの手を押し返した。
「そう?」
 ムクムクは気持ちよさそうにスイの手に任せていた。
 その一向の後ろ手は、アップルの悔しそうな声が聞こえた。
「ムクムクの作戦が、少し遅かったようね……っ。」
「そうですね。」
 あと少しで勝ちだったのに、と悔しがる。
 今のうちに、こういう簡単な競技の時に、点数を取っておきたかったのに。
 クラウスとアップルのそんな姿に、スイは朗らかにいった。
「そう? あんなものでしょ? 僅差で負けるにはさ。」
「…………っっ!!!」
 その最後の一言に、アップルとクラウスの二人が絶句した。
 今まで無言で見守っていたフリックは、ここで流石にスイに声をかけた。
「……頼むから、勝つ努力しようぜ? スイ。」
「い・や。」
 しかしそれは、ものの見事に即答されたのであった。
 

ACT 2 大玉転がし

 初戦を勝ち越した白組は、連勝を目指していた。
 盛り上がる一同を背に、準備された大玉を見ているのは、プログラム二番の大玉転がしエントリーしている三人であった。
「結構大きいね、父さん。」
 トモが父を見上がると、彼は何故か槍を持ったまま、大玉を見ている。白と赤の大玉は、人の体の半分くらいはあった。
「大玉転がしかぁ。……よぉし、行くよっ! ボナパルトっ!」
 トモとツァイの隣を駆け抜けたのは、ミリーである。ミリーはいつもつれている山ねずみのボナパルトを巨大化させて、それを転がして走っていく。
 それを見て、あわててツァイが止めた。
「って、ミリーさんっ! 駄目ですよっ。転がすのはボナパルトじゃなくって、あれですよ、あれ。」
 ボナパルトを転がしながらスタート地点へ行こうとするミリーに、苦笑したツァイを見返し、彼女はふしぎそうに目を瞬かせる。
「? ……どう違うのー?」
 ボナパルトも丸くて転がるよ?
 首を傾げる彼女に、だから、とツァイは大玉を示して、それを槍で突つく。すると、下方部を突つかれた大玉は、ごろん、と一回転して転がった。
「こういう風に転がすんですよ。」
 自身たっぷりに言い切ったツァイに、
「父さん、槍でつついて転がすのは、違うよ。」
 トモが呆れ半分、溜め息半分に呟いた。
「えっ!?」
 ショックを受けていることから察するに、本気でそう思っていたらしかった。
 そんな三人の漫才を眺めながら、シュウは不安そうに眉をしかめる。
「大丈夫なのか、あれは?」
 すると、首に白いはちまきを垂らしたシーナが、明るく根拠のないオーケーマークを出した。
「大丈夫大丈夫v かわいこちゃんの味方だぜ、俺は。ミリーちゃーんっ! トモちゃーんっ! がんばれーっ!!」
 シュウの視線がやや冷たくシーナに突き刺さったが、それに何か感じるようでは、百人切りを目指せはしないのである。
「平気平気っ! ちゃんと大玉の中に、加速機入れたからねっ! スイッチぽんで一気にゴールだよっ。」
 メグがえっへんと、薄い胸を張って威張った。
「入れんなよ、そんなもん。」
 そういう卑怯技を使って、スイが本気になったらどうするんだよ、とビクトールが呟くが、その意味が分かるのは解放軍参加者だけであった。
 メグもそれを聞いて、まずいかな? と手元のリモコンを見たが。
「あっ! スイッチ付けるの忘れてたーっっ!!」
 リモコンに、電源が付いているのを見て、自分の失敗に気付いた。動力が届かなくては動かないのである。それどころか、加速機が入っている分だけ、白組の大玉は重くなってしまったのである。
「……………………。」
 メグはちょっと考えたが、ま、いいか、という結論に達して、リモコンをソット懐にしまうのであった。
 
 

 いつものバンダナの代わりに、赤いはちまきを巻いたエイダが、赤い大玉を珍しげに見つめていた。
「ふむ、これを転がすのか。」
 試しにトン、と推して見ると、それは少し動いてごろん、と揺れた。
「おお。」
 なんだかそれに面白さを感じたらしい。再びとん、と推してみて、石に当って方向が少し変るのに気付き、なかなか難しいなと呟く。
 その隣では、キニスンがシロの様子を伺っていた。
 キニスンとシロは二人一組で大玉を転がすのだ。
「シロ、どう? 押せそう?」
 しかし、シロに大玉など転がせるのだろうかと、キニスンは理不尽な種目分けに溜め息を零しながら、シロの目線で大玉を見上げた。
 それはとても大きく見えて、とてもじゃないが、普通に押しただけでは無理なように見えた。
「ゥオオオオーンッッ!」
 シロが一声吠えると、キニスンはそうだよね、と分かった風な口を利いた。
 その時である。唐突にシロの後ろから手が伸び、それがきゅむ、とシロを抱きしめた。
「…………シロ可愛いvv」
 見ると、それはやる気のない赤組リーダーであった。
 いつのまに近付いたのか気付かなかったキニスンが驚いている間に、スイはシロの鼻先に顔を近付ける。
 シロは珍しそうにスイを見ていた。
「……──こんな土臭い玉を触るのか、わらわが?」
 不機嫌そうな声が聞こえたのは、まさにその時であった。
 一同が目をやると、そこには銀髪の美少女が立っていた。
 言わずと知れたシエラ様である。
 シエラ様の背後には、カーンが立っていて、シエラに苦笑いを向けていた。
「シエラ様、これはお遊びですから。」
 それくらいは付き合ってくださいと、仕立てにでるカーンに、シエラは不機嫌を隠そうともせずに頷く。
「わかっておる、その位。」
 だが、だからと言って土臭い玉を押すのも嫌だと言いたげである。
 これはやはり自分が変りに押すしかないのかと、カーンが思ったその時である。
「皆さん、大玉転がしなのですが、作戦は必要ないかと思われます。とりあえず、転がりすぎないように注意して頑張って下さいね。」
 この赤組の軍師が、穏やかな口調で姿を現した。
 とたん、シエラは先程まで見せていた不機嫌そうな表情をころりと隠し、
「はい、勿論ですわ、クラウスさん。精いっぱいやらせて頂きます。」
 ハートマークすら飛ばすような勢いで、乙女を装った。
 後ろでカーンが遠くに視線を飛ばしている。
「ふん、くだらんな。」
 それをつまらなそうに見ていたクライブが、思わず溜め息を零すと、それを聞きとがめたスイが、未だシロに抱き付いたまま、彼を振り返った。
「あれ? クライブ? 君も大玉なの?」
「ああ、不本意だがな。……というかお前、リーダーなら種目表くらいみたらどうだ?」
「誰も見せてくれないんだもん。いらないことするからって。……ま、いいや。ね、ちょと耳貸してよ。」
 前半の言葉は、まさにトラブルメイカーであるスイに対する対応としては百点満点であろう。
 成る程、と感心したクライブの耳を、強引に引っ張って、スイはごそごそと内緒話する。
 それを聞いていたクライブの目が見開き、驚いたようにスイを見た。
「お前、つくづく妙な所で頭が働くな………………。」
 
 
 

「ただいまから、プログラム二番、大玉転がしを開始いたします。」
 クレオの声に重なって、グレミオが鍋をお玉で叩いた。
 がらんがらんがらん、という間の抜けた音と共に、スタートラインに並んだ一同は、いっせいに大玉を押して走り始める。
「よぉしっ、行くよっ! ボナパルトっっ!!」
 何故かミリーは、ボナパルトを大玉の上に乗せて、そこで走らせている。
「ああっ! どっちへ行くんですかぁっっ!」
 はじめから右方向へスライドしてしまったのはツァイの大玉である。
 それを見たトモが、押しすぎないように気をつけながらそっと玉を転がす。
 ツァイはそのまま観客席の方まで走っていく。
「ツァイ、力入れすぎなんだよーっ!」
 リオが苦笑いしながら忠告すると、トモがそれに頷く。
「父さんっ! 頑張ってっ! 槍みたいに細心の注意を払うのよっ!!」
「そうはいっても〜。」
 情けない声を上げるツァイの横を、ミリーが勢いよく駆けていく。その大玉の上のボナパルトも必死に走っていた。
「先に行くぞっ!」
 エイダが声も高らかに、赤いはちまきをたなびかせて、走っていく。
 それを見送って、キニスンもシロを振り返った。
「はいっ!  シロ、僕たちも行……アレ? シロ?」
 しかし、そこには愛オオカミはいなかった。
 え? とキョロキョロ見回すが、キニスンの視界にシロはいない。シロとワンセットで一組であるキニスンは、このままスタートするわけにはいかないのだ。
 その隣では、自分が泥臭い大玉に触れたくなかったらしいシエラが、カーンに玉を押させていた。自分は押す振りをしていた。
「ほれ、カーン、さっさと押せ。」
「シエラ様、これはずるいのでは……。」
 カーンが控えめに提案したが、それはシエラによって鼻で笑われる。
「汚れるのはごめんだからな。」
 結局彼女はやる気はないらしい。
 カーンはそれ以上何も言わず、無言で大玉を押した。
 勿論観客からは、シエラがただ浮いているだけだなんて、わかるはずもなかったし、勝負には関係がないのであった。
 それを見守る赤組陣営には、この種目を取るために、祈りにも似た気持ちを抱く軍師たちが、難しい顔で座っている。
「──どちらもいい勝負ですね。」
 きりり、と唇をかんだアップルに、クラウスが頷く。
 正直な話、クラウスがシエラに何か言ったら、彼女は頑張ってくれるような気がしたが、それはそれで後が怖い様な気がするので、誰も何も言わない。
 だが、このまま接近戦を演じているのも、とアップルが思ったその時である。
「クライブっ!」
 スイが、楽しそうにクライブの名前を呼んだ。
 そういえば、エイダと組になっているはずのクライブがいないと、軍師達が気付いたその時、何時の間にか球技場を見渡せる放送席に陣取っていたクライブが、シュトルムを構えた。
「吠えろっ! シュトルムっ!」
 一声叫ぶと同時、彼は引き金を引いた。
 その瞬間、弾が弾け、彼の無敵の命中率の前に、赤組の大玉を邪魔する小石が弾け跳んだ。
「……っ!?」
「何っ!?」
 驚いたリオの隣から、シュウが鋭く叫ぶ。
 しかも、銃によって飛ばされた小石は、ことごとく、白組の大玉の前に跳んでいった。
「きゃうっ!?」
 突然転がしていた大玉の前に、小石が跳んできて、大玉が進路を変更する。
 ミリーが焦ったように両手を引っ込めると、大玉の上で走っていたボナパルトが落ちた。
「くっ!」
 トモが唐突にお弾が変な方向に曲がるのに、咄嗟に腕を伸ばすが、それも届かない。
 ツァイも思っていた方向とは逆の方向に転がっていく大玉を慌てて追いかける。
 そこに狙い済ましたかのように、再び小石が跳んだ。
「流石クライブ。」
 くす、と微笑むスイの笑顔に、アップルは呆然と彼を見あげた。
「……ひ、卑怯な……──。」
 それしか口にしようがなかった。
 こんなことを考え付くなんて、さすがというか、なんというか……──である。
「おのれっ! 卑怯なっ。スイ=マクドールっ!!」
 シュウが悔しそうに拳を握るのに、リオはやや冷めた視線を彼に向ける。
「メグに言って、大玉に動力つけようとしてたの、誰だよ?」
 どっちが卑怯なんだか、というのが言外どころかそのまま口調に込められていた。
「…………こういうのも、アリなのでしょうか?」
 当惑したようなクラウスの言葉に、アップルは答える言葉を持たず、ただ苦笑いを浮かべる。
 だがしかし、クライブのおかげで、赤組が随分リードしたのは確かだった。
 このまま、赤組がゴールすれば……っ!
 握った手のひらに力がこもると同時、アップルとクラウスが息を呑んで先を見守る隣で、スイは自分の足下を見やった。
 そこには、未だスタート地点から動けないキニスンが探している愛オオカミの姿があった。
 スイは、シロの頭を軽く撫でると、
「そろそろだね……シロ、さっきいったとおりに、行っといで。」
 囁くように、命じた。
 シロは大きく吠えると、ばっ、と飛び出す。
「シロっ!? どこに行って……って、シロっ!?」
 ぱぁっ、と喜びに喜色満面になったキニスンは、自分の横を通り抜けていくシロに呆然とする。
 シロの行く先には、銀の髪の女性がいる。
「ほれ、カーン。さっさとせぬか。」
 カーンを急かすシエラは、ふと自分に近付いてくる足音に気付いて、振り向いた。
 その瞬間。
「ウォンッ!!」
 ばふっ!
 シロが、シエラのマントに飛びついた。
「──っ!!」
 シエラのマントに、べっとりと泥が付く。
 シロの前足は、何故か泥塗れになっていた。
「ななっ、何をするっ!! このケダモノーっっ!!」
 シエラは、マントを翻して叫んだ。それと同時に、彼女の髪が逆立ち、周囲の空気が放電した。
 カーンが声を荒げる間もなく、シエラは紋章の力を発動させる。
 それは、雷の紋章であった。
 バリバリバリ……ガラガラガッシャンッッ!!
 あたり構わず撒き散らされた放電に、フィールドに居た選手が直撃を受ける。
「──っっ!!」
 声もなく、赤組白組、双方共にそこに倒れ付した。ただ一人立っているのは、シエラのみである。彼女は未だ怒りにとらわれ、放電している。うかつに近付けるわけがなかった。
「はにゃ〜。」
 ミリーが、地面に落ちたボナパルトとともに、大玉の側に沈没したその時である。彼女は、奇妙な音が玉の中からするのに気付いた。
「ほえ?」
 目線をあげたそのとき、唐突に大玉の中から、からくり丸の手のようなものが飛び出してきた。
「ほええ〜っっ!!?」
 驚いたのもつかの間、手は、がっしりとミリーの身体をつかむと、そのまま、ドッドッド、と上気を出した。
「何なになにーっ!!?」
「うわぁっ。」
 見ると、赤組の大玉は全てそのような現象が起きていて、トモもツァイも手に捕まっていた。
 ボナパルトが大玉を威嚇するように大きくなったが、何の効き目もない。
「あ、そっかっ! 雷の放電で、スイッチが入ったのねっ!」
 なーるほどっ! とメグが手を鳴らした。
 ゴゴゴゴゥンっ!! ドドドドドドっっ!
 大玉は、加速機を発動させて、玉転がしの主をつれて、そのまま自らゴールした。
 後に残されたのは、放電したままのシエラと、しびれて動けない赤組のメンバーのみであった。
 
 

「やっぱり、こういうトラブルは付き物だよね〜♪」
 楽しそうに言ってのけるスイに、
「そういや君、さっきシエラさんに紋章付けてたね。」
 ルックが美貌を歪めて囁くと、
「悪魔……──。」
 フリックが、スイを例えるのにふさわしい言葉を呟いた。
 それに対するスイの台詞はというと、
「え? 悪魔らしいこと、した方がいい?」
 
 

「逆転……しちゃった──ね。」
 唖然と呟くリオに、シュウは呆然として、答える術を持たなかった。
 ただメグとナナミだけが、両手を握りあわせて、やったねっ! と、勝利の声を上げていた。
 
 

「ぼっちゃーんーーーー。」
 涙乍らにマイクを握るグレミオの隣で、クレオは頭痛を覚えていた。
 一体誰だ、あんな風にぼっちゃんを育てたのは。
「そんなに勝ちたくないんですかぁ、ぼっちゃんー。」
「…………一位、二位、三位と、白組のため、大玉転がしも白組の勝利です。おめでとうございます。」
 事務的に呟いた放送に。

「やったねっ!」
 何故かスイが両手を叩いた。
「やったね、じゃないだろうっ!!」
 それにフリックが突っ込んだが、この大逆転劇に、だれしもが呆然としていて、誰も聞いてはいなかったという。
 
 


ネクスト! に続くっ!


はい、長くなりそうなので、とりあえずアップしました(笑)。
でも、全ての行事を終わらせるまではやりますよ! なにせ、プログラムまでつくったんですからっ!!
(すげぇやる気です)
五月中には完成させますので、気長に待ってやってくださいね、えまりさま。