エピローグ

 おごそかな雰囲気の下、審査員長であるレックナートが、高々と金メダルを掲げた。
 それを見守る面々の、静かで緊迫した雰囲気の中、アイススケートの衣装から着替えた三人の選手が、レックナートの前に立つ。
 レックナートは、慈悲深い微笑みを浮かべて、金に輝くメダルを、代表として膝を曲げるソニアの頭から首へ、ぶらさげた。
 その瞬間、盛大な拍手と歓声が湧き起こった。
 だいぶ離れた解放軍陣営では、歓声とともに、旗が大きく振られていた。
 そんな怒号にも似た歓声を背後に、ソニアはうつむいたまま一礼する。
 優勝カップを手にしたクレオが、唇を一文字に結び、まっすぐに正面を見詰めた。
 カミーユが、賞状を掲げる。
 その瞬間、空が明らみはじめる――否、うっすらと光りはじめる。
 薄い青というよりも、白い光を発している感じであった。
 ウィンディは、敗戦したというのに、満足そうな表情で、それを見つめていた。
「――消えるよ。」
 呟いたウィンディに、レックナートも悠然と頷く。
「ええ――終わりです。」
 二人とも、近くで視線を交わした。
 その表情は、とても満足そうであった。
 空がだんだんと光を増して行く。
 地上に足を付けていた人々も、一人、二人――やがて全ての者が顔をあげる。
 それぞれの口から、感嘆の吐息が零れた。
 クレオもカミーユも、――グレミオもテッドもオデッサも、空を仰いだ。
 空を飛んでいたブラックが、ゆっくりと降下しはじめる。上気した頬でブラックの背にまたがっていたフッチが、ハッとしたようにブラックを覗き込む。そして、ゆっくりと、キラキラ輝く空を、眺めた。
 ブラックが、地面に足をつける。
 フッチは悲しげに瞳を揺らしながら、ブラックから跳び降りる。そのままの動作で、顔を寄せてくるブラックに、頬を寄せた。
 そうして――揃って、空を見上げた。
「世界はあるべき姿へ。」
 レックナートがリン、と言い切る。
 その声は、不自然なくらい、世界に響き渡った。
「今ある世界は、空虚の世界へ。」
 ウィンディの言葉が、静かに響く。
 キラキラと光が降ってくる。
 地面に近づくほどに、光は薄れていき、やがて溶け込むように消える。
 ソニアは、それを見ないまま、ただ黙って立ち尽くしていた。
 うつむいた瞳に、地面に触れた光が、溶けるように消える様が映った。
 それが無性に悲しくて、ソニアが瞳を歪める。と、不意に、彼女の肩に、ぽん、と――手が置かれた。
 大きくて暖かいそれに、彼女は、ハッとしたように顔をあげる。
 そこに、優しい、包み込むような笑顔があった。
「まだ、終わってはいない。
 お前は、お前の望む道を――。」
 彼の口から零れたのは、自分の望む言葉じゃない。自分の望む、優しい、胸が切なくなるような言葉じゃない。
 でも。
「テオ様……――。」
 テオの顔に、キラキラと光が触れ、消えて行く。
 ソニアは、一度メダルを握り込む。
 少しして、顔をあげ――微笑みを浮かべ、テオを見上げた。
「はい――……。」
 大丈夫だなんて、嘘は口に出来ない。
 安心して下さいなんて、そんな事も口に出来ず、ただ頷いた。
 肩の温かさが胸に痛い。
 けど、笑う。笑える。
 この人の、優しい瞳が、今は自分に注がれているのが、分かるから。
 きゅ、とメダルを握る手に力を込めて、ソニアはテオの隣で、空を見上げた。
 色褪せて行くように白く染まって行く空が、光りを治めて行くのが見えた。
 そうして、やがて、空が光を失い――……声が、後ろからかかった。
 どこかこわばった声。
「テオ将軍。」
 静かで、落ち着いた女性の、それ。
 ぴくん、と肩を震わせたソニアの隣で、テオが彼女に答える。
「――分かっている。」
 とっさにソニアも女性の方向を向いた。
 そこには、本来ならテオと一緒に居ること自体がおかしい女性が――オデッサが立っていた。
 オデッサの隣から、テッドも顔を出す。彼は、グレッグミンスターに居たときに見せていた笑顔そのままに、テオに笑いかける。
「そんじゃ、行きますか。」
 それが、何を意味するのか分かっているのに。
 テッドは、笑う。笑って、あの時と変わりない言葉で、声質で――ソニアの胸をえぐる。
「きゅぅぅ。」
 ブラックも、近づいてくる。
「ブラックっ!」
 フッチが、すがり付くように竜の名を呼び、それから、耐えられないように顔を背ける。
 ヨシュアが、そんなフッチに近づき、肩を叩いてやる。
 フッチはキリリと唇をかみ締め、うつむいた。
「テオ様、テッド君、オデッサさん――……。」
 じり、と一歩踏み出したのは、グレミオだった。
 彼は、自分とは違い、「世界」へ帰って行く彼らを、静かに見つめている。その目が、痛々しい光りを宿している。
 オデッサは、グレミオに微笑みかける。
「フリックに、よろしく言っておいてくれる?
 あなたは――あなたのままで、と。」
 まるでそこに壁があるかのように、オデッサもテッドもテオも、ブラックも、ある一線以上近づかない。
「会ってかないの?」
 グレミオの隣に立ち、スイが尋ねる。
 オデッサは、どこか苦笑をにじませたように笑った。
「その方が、いいでしょう?」
 テッドも、俺も俺も、と手を挙げる。
「俺も――えーっと、……えーっと…………。」
 誰かに伝えようと思ったのだったが。
「……………………。」
 思い付かないらしい。
「誰も伝える人、いないんだね、テッド。」
 スイが、哀れみをもたらすようにテッドを見つめる。
 テッドは、その言葉に、キリリと眉を挙げた。
「うわっ、冷た……っ! いるぜ、俺にだってっ!
 そう、例えば――く、くそ生意気な魔法使いとかっ!!」
 思わず叫んだテッドに答えるように、
「僕が、何だって?」
 ルックが冷めた声で、とても冷めた声で、そう口にした。
 ハッと、テッドが視線を向けたそこで、この騒ぎを起こした魔術師の弟子である少年が、ん? と、瞳を眇めていた。
 その冷めた表情に、背筋がゾクリとしなった。
 テッドは、たらり、と汗を流してから、こほん、とわざとらしい咳払いをした。
「…………スイ、耳、耳。」
 そして、クイクイ、とスイに指を動かせて自分の口元に耳を近づかせるよう指示を出す。
「ん?」
 面倒そうに、それでもテッドの口元に耳を寄せたスイに、ごにょごにょと、テッドが囁きはじめる。
「何? いつか覚えてやがれ? あのストーンゴーレムの恨みは、晴らしてやるぜ?」
 スイは、聞いたその瞬間から、棒読みして口に出して行く。
「わわっ! 口にするなよっ!」
 慌ててテッドがスイの口をふさごうとするが、それは後の祭りというものである。
 冷ややかーな冷気が、ルックの方向から流れてくる。
 そろ、と視線を向けると、少年は口元を歪めて、鼻でせせら笑った。
「バカじゃないの? そもそもアレは、ストーンゴーレムじゃなくって……。」
「ルックの魔力じゃ、ストーンゴーレムを召喚するなんて、まだ無理だもんねっ!」
 あははは、とスイが言葉を遮るように笑った。
 まさにその通りであったが、この少年から口にされるのは、相当腹が立つことであった。
 ルックは、静かにこめかみを揺らした。
「…………三年後に、後悔させてやるよ、その台詞。」
 努めて冷静に出した言葉は、スイだけでなく、テッドにも向けたつもりだったのであるが。
「っと、時間だ。」
 テッドは、不意に表情を改めて、向こうを見やった。
 聖火台のすぐ隣に、巨大な門が現れていた。それは、テッドたちが現れた門と同じ物である。
 ルックは、だから凡人は嫌いなんだよ、と、三百年生きたテッドに対してぼやいたあと、髪を掻き上げて門を見上げた。
 両扉の壮美な物は、豪奢ではあったが、どこか寂しく、畏怖を抱かせる。
 その扉の前に立ち、レックナートが厳かに告げる。
「あるべきものは、あるべき姿へ。」
 扉を挟んで、レックナートと対局に位置する場所に立ち、ウィンディが歌うように告げる。
「あらざるべきものは、あらざるべきものへ。」
 その言葉が意味すべきことが何なのか――スイは、知らないうちに右手を握り締めていた。
 革の手袋の感触が、ざらざらと皮膚に痛く感じる。それは、物理的な物というよりも、精神的な物に近かった。
「じゃぁな、スイ。」
 テッドが、明るく笑う。スイが身につけている物と同じ手袋をかざして、昔――いつも「また明日」と笑った笑顔で、手を掲げる。
「――……それじゃぁね、スイ君。」
 オデッサが、穏やかに微笑む。
 おやすみなさい、と月を背中に背負ったその笑顔で、彼女は別れを口にする。
「うん、二人とも――ありがとう。」
 そしてスイは、それに答えるように、自然と昇った微笑みを口元に浮かべて、しっかりと別れを口にする。
 瞳は、乾いていて、涙が溢れることは無かった。
 実際に二人が死んだときは、目の前で死に別れたときは、決して穏やかにはなれなかったのに。
「テテテ、テッド君〜、オデッサさーんっ!」
 グレミオが、白いハンカチを目元に当てながら、泣き濡れている。
 クレオが、そんな彼を呆れたように小突きながら、あんたが泣くんじゃないよ、と小さく叱っている。
 そのクレオの眼にも、涙は見えない。
 けど、その方が、なんだか「らしい」気がした。
「グレミオさんのクッキーとお茶、おいしかったぜ。」
 泣き濡れるグレミオの肩を叩いて、テッドが笑う。その語尾の最後が、ほんの少し揺れていたけど、それはきっと、気の所為。
「イイモノも見れたしね。」
 ふふ、と笑うオデッサが、少し瞳を細めたのも、きっと、光の加減。
 そして、そんな二人を、眩しそうに見つめたスイの手が、ほんの少しだけ、震えたのも――一瞬だけで。
「おう、オデッサ。」
 ビクトールが、軽く片手をあげて別れの言葉を口にする頃には、何もかもが無かったように元の笑顔に戻る。
 オデッサは、穏やかな笑顔でビクトールを振り返る。
「気ぃつけて帰れよ。」
 何でもないことのように、ビクトールは口にした。
 オデッサは、きょとん、と目を見張ってから、小さく吹き出した。
「もう、やーね、ビクトールったらっ!」
 そして、クスクスと笑いながら、ビクトールを見上げる。
 最期に見た瞬間よりも、ずっと「男前度」が増した気のする彼に、笑顔を見せた。
「……わかってるわよ。ビクトールも。」
 そこで小さくきって、オデッサは彼の胸を叩いた。
「最期まで、気を抜かないでよ?」
「わぁってる。お前と御対面は、百年先でいいさ。」
 アレの面倒も、しっかり見てやるさ、とビクトールがおどけて続ける。
「あら? 百年も、待ってないわよ?」
 すかさず返して、オデッサも茶目っ気たっぷりに笑った。
 それから、ゆっくりと視線を転じて、今、フリックが居るはずの場所――遠く見える解放軍の陣営を見やった。
 物言いたげに揺れた唇は、結局名にもかたることはなく、彼女は静かに踵を返した。
 ひらり、と翻った髪が、ビクトールの腕を掠める。
「俺も、待っててくれるなら、美人の方がいいしなぁ。」
「良く言うっ!」
 とぼけた様子で口にしたビクトールを振り返って、オデッサが顔を歪めて、突っ込む。その直後、笑顔で笑った。





「テオ――。」
 その人は、重い口調で、かつて親しみを込めて呼んだ名を口にした。
 変わりない信頼が、その呼びかけに見え隠れして、門を無言で見詰めていたテオは、彼を振り返った。
「何もおっしゃらないでください、陛下。」
 見つけた先にいる男は――バルバロッサは、やはりこうして見つめていても、正気を失っているようには見えなかった。
 当たり前だ。
 彼は真の紋章を宿す剣を持つ男。
 自分の、選んだ主なのだから。
 ただ違うとすれば、あの時に見えていた、苦悩と罪への気持ちが、薄らいでいたということくらいであった。
 彼は、決めたのだ。
「私の忠誠は、永遠にあなたの物です――たとえ死したとしても。」
 昔は――そう、まだ帝国六将軍と呼ばれていた当時は、彼の瞳に慈愛が宿っていた。安らぎも暖かみも――けれども、それは王妃を失ってから無くなり、そして今……また、見えてきている。
 それがどうしてなのか、そしてそれを得たこの方が何を思っているのか、分からないほどテオは愚鈍ではない。
「――……。」
 彼は、穏やかな瞳でテオを見下ろしている。威厳がやどってはいるけれど、優しい――当時の瞳であった。
「悔いることなど、何も無いのです。」
 テオは、ゆったりと語る。
 この言葉が、陛下の心に宿るようにと。
 あなたが私の死を悔いることはないのだと。
「テオ様――……。」
 アイン・ジードが、感激したように瞳を細める。
 彼が、耐え切れないように視線を逸らすのを視線の端に止めながら、テオは続けた。
「私が、私の信念を貫いただけなのですから。」
「……自分の信念を……。」
 再びテオに視線を戻しながら、アイン・ジードは自分の胸に手を当てた。
 自分の信念――私の信念は、なんだった?
 答えは、鷹揚に頷く皇帝の目の前にいる将軍にある。
「――よくやってくれたな、テオ。
 次は――私の番だ。」
 皇帝は、瞳に力を込めて、正面を見つめた。
「はい、陛下。」
 答えるテオの声は、リンと響き、アイン・ジードはその声に、自分の「こたえ」を見た気がした。


「うーん、複雑。
 っていうか、息子の目の前で、敵の尻を押すとは、なんて親だろうか。」
 すぐ間近で繰り広げられている、重々しくも感動的なシーンに、スイが小さくぼやいた。
 隣では、先ほどまでテッドたちの様子に涙していたグレミオが、今度は違う意味で涙を流していた。
「先にテオ様を裏切ったのは、お前だろぉが。」
 呆れたようにソニアが突っ込む。その口調がぶっきらぼうなのは、彼女の今の心境そのままであった。
 少しだけ赤い目元を眇めるようにして、スイを睨み付ける。
 スイは、そんな彼女に、そっと笑いかけた。
「違うよ、ソニア。裏切ったわけじゃない。」
 その笑顔は、薄く透明で、どこか儚い。
「何を――……。」
 戯れ言を、とは、続けられなかった。
 スイが笑顔のまま、言葉をつなげたから。
「自分の見たまま、思ったままに、テオ=マクドールを否定しただけだ。」
「――……っっ。」
 口にした瞬間のスイの表情が、儚さを一瞬で飲み込んだ覇王のそれに変化する。
 言葉にされた重みに、ソニアが息を呑む。
 それは、言葉を聞いていたグレミオもクレオも、同様で。
「スイ様――。」
 なんとも表現し難い顔で、クレオが彼を呼んだ。
 グレミオが、そっとスイの方を抱き寄せようとした瞬間、
「それだけの口に、態度が付いてこればいいのだがな。」
 テオが、こちらに視線を向けていた。
 スイが無言で目線を向ける。
 昔なら、なかったはずの距離が、二人の間にあった。
 スイは、遠く感じるテオに瞳を眇めて見せた後、にっこりと、笑った。
「……ありがとう、父上。」
 それがどういう意味を持つのか、ソニアにも、グレミオにも、クレオにもわからなかったけれども、テオには伝わったようであった。
 彼は、小さく眼を見開いた、手を挙げかける……が、ふ、とそれを引っ込めた。
 そして、右手をきつく握り、バサリとマントを翻す。
「死者が口を出すことではないがな。」
 そのまま、歩き出す。一人、開かれた双扉の門へと。
「素直じゃないのね。」
 背中を向けて歩いて行くテオを呆れたように見ながら、オデッサが呟く。
「そういうもんでしょ?」
 テッドが、物知り顔で頷きながら、とん、とオデッサの肩を叩いた。
「それに、オデッサさんもね?」
「……っ! ――っテッド君もねっ!」
 ちらり、と訳知り顔で解放軍陣営を見やったテッドに、つん、と顎を逸らせて答えてやる。
「いやいや、お年を召した女性ほど、複雑な心は持っていませんからねぇ。」
「なぁーに言ってるの! 年寄り百選に乗るほどの、長寿のテッド君には言われたくないわねぇ。」
 小突きあいながら、二人はテオのあとを追って、門をくぐっていった。
 二人の姿が完全に門の向こうに消えたあと、バサァッと風を起こして、ブラックが羽根を広げて飛ぶ。
「ブラック……っ。」
 短く、悲痛の吐息を零すフッチが、それでも目を見開けて、門の向こうへと消えて行くブラックを見つめる。
 光を発する門の内側に、ブラックの尾が完全に消えてから、フッチは、固く固く唇をかみ締め、顔を歪めた。
「フッチ。」
 なんて残酷なのだろうと、ヨシュアはフッチの肩を掴んでいた自分の手に力を込めた。
 フッチは、ぐ、と両手を握り締めた後、
「俺……ブラックに、ありがとうって、言えたんです。」
 感情を押し殺したような声で、そう続けた。
「フッチ……。」
 ヨシュアが、心配そうにフッチを呼ぶ。
 けれど、フッチはそれが聞こえないように、閉ざされていく門を見つめた。
「ブラックに心配かけないようにしなくちゃ――俺は、ブラックに守ってもらった命を、大切にしなくちゃいけないって、そう……思います。」
 ぎぃぃぃ……
 扉が、音を立てて通路を封じて行く。
 フッチは、それが完全に閉ざされたのを見届けて、ヨシュアを見上げた。
 その表情は、ほんの少しの辛さを乗せていたけれども、口元は穏やかに微笑んでいた。
「ああ、そうだな……。」
 肩に置いていた手を、フッチの頭に置いて、軽く撫でてやる。
 フッチはそれに、小さく笑って、もう一度門を見やった。
 完全に閉ざされた異界の門は、ゆっくりと下の方から輪郭を薄らいで行く。
 地面との境界が完全に消え去り、門の向こうに景色が透けてみえる。
「閉じよ門。」
「閉ざされよ門。」
 レックナートとウィンディが囁きおわると、門が風にふかれ、溶けるように消えた。
 それと同時、ごごごご、と、まるで地面が揺らぐかのような音が響いた。
 驚いて辺りを見回した一同は、この世界の象徴とも言える聖火台が震えているのに気付いた。
 左右に小刻みに揺れたかと思うや否や、聖火台が陽炎のように薄らいで行く。
「………………終わった。」
 スイが短く呟いた直後、まるでそこには何も無かったかのように、消え去った。
「なんか……夢でも見てたみたいですねぇ。」
 先ほどまで選手をしていたクレオとしては、夢どころじゃないだろ、とグレミオに突っ込みたい所であった。
 が、確かに何もかもが無くなったような印象のある草原は、あれが現実であったと思えなかった。
 レックナートとウィンディは、全てが元に戻った、何も無い草原を見回した。
 遠くに帝国の軍と、解放軍とが対立するように向かい合っている。
「ふふ、久しぶりに楽しめましたわね。」
 オリンピックのために用意された全てのものは、あらざるべき物となり、この「現実」からは消え失せていた。
 あまりの事にびっくりした兵士達が、空や周囲を見回していた。
「まったくだね。あんたも参加すれば良かったのに。」
 結局最後の最後まで、レックナートは聖火台でのんびりとしていたのだ。
 軽やかに笑うウィンディに、レックナートも静かに笑って見せた。
 そして二人は、それぞれ自分の味方する軍主に向けて歩き出す。
 お互いに背中を向け、そのまま二人はこの戦いが無かったかのように、平然と歩いて行く。
 そうして――、
「行くぞ。」
 バルバロッサが、身体を翻して、歩き出す。
 アイン・ジードが、瞳に力を宿して、決意も新たにその後に続いた。
 無言でそれを見送ったスイは、視線を解放軍陣営に投じた。
 そこでは、先ほどの勝利に高揚したままの仲間達がいる。
 けれど、勝たねばならないのは、この「命を賭けた戦」の方なのだ。
「………………勝利を。」
 呟き、スイは解放軍の陣営へと歩み出す。
 クレオもグレミオも、大きく頷いて、スイに続いた。
 そして、門があった場所を見つめていたソニアも、覚悟を決めたように唇を引き結び、踵を返した。
 先に待つのは、未来――……。






 そして、最後の戦いが始まる。














えんど

おまけ


天魁星様

もうすぐ一年になるという前に完成して、何よりです(いや、そういう問題じゃ……)。
当初の予定よりも、長く、長く、そして長く……なってしまいました、「1舞台のオリンピック編」ですが、ようやく完結となりました。
大分お待たせいたしましたが、受け取って下さいv!!!!

庵百合華