とりっくおあとりーと?


 







「ハロウィンって、知ってる〜?」
 それはそれはうれしそうに言ってくれたお姉ちゃんの腕に抱えられた物は、どう見てもぼろ雑巾であった。
 まるで宝物のようにそれを抱いた義姉は、太陽のような笑顔で、弟にむかって、続けてこう言った。
「もちろん、知ってるよねぇっ!?」
 それは、どちらかというと、押しつけがましいとも言える態度であったと、後に弟は語った。
 この時点で──なぜか今日の夕飯は私が作ると、イイだし、脅威的なスピードで得意料理である薬草シチューを作り上げたナナミはの考えていることなど、全てお見通しであった。
 というより、単純明快なナナミの考えて居ることが分からない人間など、この狭いキャロの町にはいないのである。
 ナナミが抱えているぼろ雑巾が何なのかも、もちろんリオは分かっていた。
「その日……パーティがあるって、ジョウイに聞いてるよ。」
 だから、わかりきっている導き出される答えを、あえて先に口にした。
 するとナナミは、それはそれはうれしそうに笑った。
 笑っていれば可愛いのに、というのは、彼女の弟と幼馴染の共通の意見である。
 しかし、笑っていれば可愛い「姉」は、笑っている最中でもその行動は可愛くなかった。
 変な匂いがする布を弟の顔に押しつけて、
「それじゃ、今日から徹夜だよ、リオっ!!」
 そう、叫んだのである。
「…………………………。」
 逆らえるはずもなく、リオは物置に長い間放って置かれた使い物にならないシーツの塊を、まじまじと見つめた。
 ところどころ黄ばんでいるのがまた哀愁を誘うシーツであった。
「とりあえず、今から型紙を作って、これを適当な大きさ切り分けてぇ……あ、そうそう、ちゃんと染めなくちゃいけないから、明日朝から花をつみにいかないと。」
 押しつけられたシーツを抱える弟にはかまわず、姉は次々へと予定を立てていった。
 それを物悲しく聞きながら、リオは無言で壁に貼られたカレンダーを見つめる。
 今日、幼馴染の親友から聞いたそのパーティのある日……ハロウィンのある日まで、どう見てもあと三日しかなかった。
 間に合う間に合わないという問題以前に、リオは思った。
──誰だよ、ナナミを誘ったの………………。
 一番の被害者は、絶対自分であることは間違いないのである。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 ハロウィンとは、静養地として有名なキャロの町には、ちょっと不似合いな感じがする──でも、住民全てが知り合いだというこの町には似合っているかもしれない、お祭りであった。
 魔女や悪魔や妖精──闇に属する者達が闊歩すると言われる特別な夜。
 毎年毎年、子供たちがさまざまな闇に属する物の姿をして、かぼちゃで作ったランタンを片手に、各家を訪れては、こう聞くのだ。
「TRICK OR TREAT!?」
 と。
 お菓子をくれないと、いたずらするぞっ!
 子供たちは口々にそう言って、大人たちをおどかす。大人たちはそれに付き合って、怖がりながらも用意してあったお菓子を一人一人に渡すのだ。
 そのお祭りは、毎年毎年子供たちの間で繰り広げられたお祭りであり、大人達には些細な夜の宴であった。
 夜を司る綺麗な月を背中に負って、子供たちは夜の町を駆け巡る。その日だけは、オバケに扮した子供たちの天下なのである。その夜だけは、子供たちの天下なのである。
 それは、昔からの楽しいお祭りであった。
 今年もまた、同じ様にお祭りが繰り広げられるはずだったのだが──いつになく、町はハロウィンで盛り上がっていた。
 子供たちだけではなく、大人も入り交じって、布や染め草を用意して、談笑している様が見受けられた。
 リオは、ぼろ布を必死で染めているナナミの代わりに、雑貨屋にやってきて、このお祭り騒ぎが例年以上のものだということを知った。
 慣れた様子で覗いた雑貨屋には、トコロせましとかぼちゃのランタンが並んでいた。どれもこれも、綺麗に彫刻されている。
「あら、リオじゃないかい。何か入用かい?」
 にやり、と笑ういつものおばさんは、白い布を肩からかけて、笑いかけて来る。
 その笑顔に少し笑いかえして、リオは頷く。
「うん、糸が足りなくなっちゃって……まだある?」
「あるよ、たんと仕入れといたからね。」
 ごそごそと出してくれるおばさんに礼を言って、リオはそれを受け取る。
 おばさんが身に纏っている白い布は、たっぷりあって、彼女が動くたびにひらひらと動く。
 なんとはなしにそれを目で追って、リオは尋ねるような視線を向けた。
「おばさんも、ジョウイの所のパーティに出るんだ?」
「ああ、勿論だよ。キャロの町全員が行くんじゃないかね?」
 これで、雪女をやるんだよ、とおばさんは笑った。
 雪女をするには、ちょっとお腹のあたりがふっくらしすぎている気がしたが、そのあたりは上手く布で隠すのかもしれない。
「リオは何かするのかい?」
「え……いえ、ナナミが魔女をするんだって張り切ってますけど、僕は──なんにも。」
 苦笑を張り付かせて、リオは答える。
 本当は、ジョウイに「おいでよ」と誘われてはいたけれど、行く気はなかったのだ。
 ナナミがやる気でさえなかったら、おとなしく二人で家にいようと、そう口にしていただろう。
 何せ、ナナミもリオも、ジョウイの所のお父さんには、これ以上もないくらいに嫌われていたから。
 苦笑するリオの本意に気付いたのだろう。おばさんも苦い笑いを口元に張り付かせた。
「まぁ、今日はお祭りで無礼講だから、そう気にする事もないと思うよ。」
 ぽん、と優しい手のひらに叩かれて、リオはほんのりと笑みを口元に刻んで笑った。
 
 
 
 

 キャロの町の有力貴族──アトレイド家。
 ジョウイは、一応、そこの嫡男である。例え、主である男と血が繋がっていなかろうとも。
 そのジョウイに、鄙びた道場の子供という友人がいるということが、アトレイドの当主は気に食わないのだ。ジョウイがどれほど優秀な成績を治めても、従順な態度をしてみせても、彼はその何もかもが気に食わないのだ。
 だから、ジョウイが唯一心を許しているリオやナナミのことが気に入らない。二人のジョウイに及ぼす影響が、まるで気に食わないというわけであった。
 そんなこと言われても、というのがナナミとリオの意見であったが、ジョウイが困るから、特に口に出して言った事はない。ただ、遠慮してジョウイの家には決して行かないことくらいだ。
 本当に時々──ジョウイの父親が用事で居ない時などは、中に招かれた事はあったけれども。
 そのアトレイド家が、何を思ったのか、ハロウィンパーティなんぞを開くと、町中に言ったのが、つい先月のことである。
 そこには、キャロの町中の人間が招待された。勿論、嫌われているはずのリオとナナミも例外ではなかったのだ。
 ナナミは、お祭りが大好きで、パーティなんていうもの……それも仮装パーティなどと聞いて、おとなしくしているはずがないのである。
 家じゅうから、布切れを集めてきては、綺麗な葉や草、華の色に染めていた。そして型紙を取っていた──その型紙すら、ゆがんでいるという事実に、気付いていないようであったが。
 ジョウイのことを思ったら、いかないほうがいいのかもしれないと、リオは思う。
 でも、自分だってナナミのことを言えないくらいにお祭り好きだから……行きたいのは行きたいのである。
 最も、例え行ったとしても、ジョウイとは一言も話せないのであろう。
「リーオッ! どうしたのよ、眉間に皺なんてよせちゃってっ!」
 ひょこ、と顔を覗かせて、ナナミが笑顔を見せる。
 キラキラと輝かんばかりの笑顔に、リオは仮装道具が完成したのだということを知った。
「間に合ったんだね。」
「そりゃ勿論、ナナミちゃんの予定通りよっ!」
 予定通りと言うわりには、すでにパーティは今夜である。
 威張るナナミに生返事で答えて、リオはふと作業台となっていたテーブルを見た。そこには、鮮やかな緋色に染まった布が置かれている。同色の先が尖った魔女帽子もあった。そして、小道具とばかりに、表に置いてあったホウキが立てかけてある。どうやら仮装道具はこれで全部らしい。
 ナナミにしては珍しく、それなりに整った形をしている。リオが今着ている服のように斜めになったりはしていないようである。
 自分の服作る時は、いっつも成功するんだよね──ナナミってば。
 いや、失敗作を全てリオの物にしていると言った方が正しいのかもしれない。リオが今着ている服だって、元はナナミのワンピースのはずだったのだから。
「さぁって、きがえよっか、リオっ!?」
 嬉々として振り返ったナナミが、テーブルの上に置いて在った緋色の裾が広がった魔女のローブを手にした。それは黒色ではなかったが、なかなかに上出来であった。綺麗な色合いで、ナナミが染めるのに相当苦労したのだと、分かった。
「何? 僕も手伝うの?」
 リオはナナミからローブを受け取って、彼女を見た。彼女は、キョトン、としてみせると、
「何言ってんのよ? あんたも仮装するのよ?」
 至極当然のように、そう言った。
 リオはあからさまに表情を歪めて、自分の手にしているローブと、机の上に乗っている帽子とを見やった。そして、同時に帽子の下にも布地が広がっているのに気付いた。
 そこには、鮮やかな緑色の布地があった。
「──…………ナナミ、これって?」
「あ、それはねー。妖精さん♪ 私が着るの♪」
 にこ、と、ナナミが笑った。
 その笑顔を受けて、リオは沈黙して自分の手元を見た。
「これ……は?」
「リオの。」
「…………………………。」
「リオなら、やっぱ赤色かな、って思ったんだ。似合うよ、きっと。」
 にこにこにこにこ、とナナミは笑った。
 それでも黙ってリオが立ち尽くしていると、
「勿論……着るよね……?」
 すごごごご、と擬音すら発して、ナナミが立ちふさがった。その手には、何時の間にか三節棍が握られていた。
 ここまでされて──嫌です、という勇気は、残念ながらリオにはまるでなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「…………………………。」
「きゃーっ! すごい料理っ! それに盛況だよねっ! よしっ! リオっ! 三日分くらい食べるわよっ!!」
 燃えるナナミは、愛らしい妖精に扮していた。
 しかし、実態は食欲魔人であった。
 宣言するや否や、黙ったままの弟には構わず、ダッシュとばかりにテーブルに走っていく。
 見た目は愛らしいのに、見た目は可愛いのに、笑顔も愛らしい事この上ないのに、やはりナナミはナナミであった。
 リオはナナミの翻る緑色の裾を見やりながら、ふぅ、と手にしたホウキに頬をつけた。
 ずる、と緋色の帽子がゆがむのを片手で直しながら、回りを見やる。そこでは、白い布を頭から被った幽霊もどきや、葉で顔をコーディネイトした葉っぱ魔人などが溢れていた。
 タキシードをビシリと着こなした吸血鬼もいたし、髪をねじって蛇に見立てたメデューサもどきもいた──と思ったら、それはジョウイだった。
 髪を細かく三つ編みにされたらしいジョウイは、長いローブ状の服を緩く帯で結び、女の子達に囲まれている。いつもの穏やかな笑みを浮かべて相手していたが、リオには分かった。彼はそうとう疲れているらしい、と。
 助け船を出してやっても良かったが、折角親友がもてているのだし、と友情を発揮してしばらく放っておくことにしてやる。
 代わりに、ナナミがばくばくと食べている場所へ近付いて、彼女の隣で同じ様に食事に精を出す事にした。
 しばらくそうやって食べるのに没頭していると、
「ナナミ……リオ…………見捨てるなんて、ひどいじゃないか……。」
 恨みがましそうな声が、頭上から振ってきた。
「うひゃっ!!? って、うわっ!!」
 びくん、と肩を揺らしたナナミが、ポークソテーを皿に入れながら振り返った瞬間、驚きのあまり皿を放り出した。慌ててリオがそれを受け取って、自分の分の皿と一緒に後ろを振り返る。
 そこに立っていたのは、先程まで少女の仮面を被った女悪魔に囲まれていた親友であった。
「なぁんだ、メデューサじゃないか。」
「あ、メデューサなの、これ? そういや目のつもりらしい玉がついてるね、このゴム。もう、てっきり私、どっかの売れないミュージシャンかと思ったよ、あっはっは。」
 予想通りの顔に、リオがなんでもないことのように応えてやると、ナナミが盛大に笑って、何事もなかったかのように、新しい皿を手にした。
 再びポークソテーをつかもうと手を伸ばしている。
「あのね、二人とも………………。って、リオ、その格好……。」
「………………これ以上聞いたら、掃くからね。」
 すちゃ、とホウキを構えるリオを、上から下まで眺めて、ジョウイはくるり、と後ろを向いた。
 その肩が小刻みに震えているのを感じ取って、リオはひくり、と頬を揺らした。
「じょーぉーいーーーー??」
「ぷっ、ご、ごめん……似、似合ってないわけじゃないんだけどね……ぷっ。」
「嬉しくないにきまってるだろっ!」
 無理矢理ジョウイの顔をこっちに向かせて、リオは彼の薄い頬をつまむと、ぎりぎり、とつねってやる。
「いたっ、たたたっ! いたいってば、リオっ!」
「うるさい。」
 肌が白いから、すぐに紅く腫れてしまうジョウイの頬は、ほんの少しつねっただけで、ぷっくりと紅く染まった。
 ジョウイのことは完全に見捨てる事に決めたリオは、頬をさするジョウイを放っておいて、つん、と顎を反らした。そして、自分たちでは滅多に食べられない料理を片づけにかかるのであった。
「リオリオ、これもおいしいよっ!」
「こっちも結構いける。ナナミ、あれなにかな?」
「えー? なんだろ、あれ?? 薬草……にしては、見たことないよね。」
 会場では、仮装美人コンテストだの、仮装大会だの、さまざまな催しが行われていたが、二人にはまるで関係がなかった。
 呆れたようにジョウイがそんな二人の後ろから、
「あれは香草だよ。」
 教えてやるが、
「あ、ナナミっ! パインあるよ、パインっ!」
「うそうそっ! 私、みかん食べたいなぁ。」
「さぼるから駄目。」
「大丈夫だよぉ、今戦闘中じゃないしー。」
 二人は綺麗さっぱり無視してくれた。
 こいつらは……と、密かにジョウイが拳を握ったまさにその時。
「ジョウイ。何をしている?」
 ずかずかと、吸血鬼に扮したおじさんがやってきた。
「あ……父さん。」
 ジョウイが、ちらり、とリオとナナミに視線をほとばしらせてから、名前を呼んだ男を見やった。
 彼は、ジョウイの姿を一瞥した後、
「さっさと来ないか。もうすぐメインになるんだぞ。」
「はい。すぐに向かいます。」
 慌てたようにジョウイが頷いたのを、皮肉げに見て、男は彼が話し掛けていたリオとナナミを見た。
「女をナンパすることには精をだして……。」
 ぶつぶつと呟く声は、ジョウイに聞こえるように言われたものであった。
 普段なら、行き場のない怒りに似た感情を抱く所であったが、今日はそう言われた相手が相手であった。
 どうやら父は、ここでむさぼり食っている二人が、リオとナナミだと言う事に気付いていないらしい。
 それどころか、仮装が功をなしてか、リオのことを女だと想っている辺り──父も、なんだかなぁ、と言った所であった。
「リオ、ナナミ、僕はもう行くね。」
「うむ、安心して行くがよい。」
 はぐはぐ、と口いっぱいに物を頬張り、両手に焼き鳥とパインを持ったナナミが、おおげさに頷く。その姿は、やはりどう見ても妖精というより、食欲魔人であった。
 一方リオは、ジュースを片手に、
「がんばってね。」
 と、それだけ告げた。
 ジョウイは、やはりこの二人は食欲か、と溜め息をついて、二人の元から離れる。この分だと、何も心配はいらないだろうと思った事は、まず間違いない。
 が、しかし、大丈夫だと思った時に、必ず何かをしでかしてくれるのが、自分の愛する親友達だということを──ジョウイは失念していた。しすぎるほどに。
 ジョウイが去っていってからしばらく、リオもナナミも、お互いが眼中にないかと思うくらい食事を満喫していた。
 ゲンカクが亡くなってからというもの、懐が寒いので、いつも食事は倹約を行っていた。遠慮なく、それもナナミが作った物ではないおいしい食事を口に出来る機会を、リオが逃すはずはないのである。
 ナナミも味音痴のくせに、何故か味に難癖をつけながら、ばくばくとすばらしい食欲を発揮している。別になんでも美味いわけではないところが微妙な舌ということなのだろう。
「んー、もう少し肉が食べたいな……リオ、それ………………ん?」
 きょろきょろと辺りを見回した後、ナナミはふと備え付けのステージが光ったような気がして、そちらに顔を向けた。
 同じ事を思ったらしいリオも、視線をそちらにやる。
 何時の間にか回りにいた町の人たちは、ステージの回りに集まって、何やら真剣に手元を見ていた。
「? なんだろ??」
「さぁ?」
 二人は食べるのに夢中で、何にも聞いていなかったため、何がどうなっているのか分からない。
 顔を見合わせ、首を捻りあっていると、やっと耳元にステージから聞こえた声が届いた。
『それでは、これからビンゴ大会を始めますっ!』
 高らかに宣言したのは、化け猫スタイルをしているジョウイの家のメイドであった。
 彼女は、バニー姿の相棒と一緒に、がらがらとたくさんのボールが入った半透明の箱を運んで来る。その上には、手が入れるくらいの大きさの穴があいていた。
「ビンゴ……? って、入り口で貰ったこれのこと??」
 ナナミが、すっかり忘れ去られてくしゃくしゃになっていた紙を懐から出した。
 そこには、25個のマス目があり、それぞれにばらばらの数字が書かれていた。
 ビンゴなら、よく友達と遊びでやったことがあるから、知っているけど、何故にこれがメインイベントなのだと、ナナミがいぶかしげに眉をしかめる。
 とりあえずリオは参加するつもりらしい。真ん中に書いてある「FREE」マークに、きゅ、×印を書いていた。
 ナナミもなんとなく真似て書いてみて、後は頼むと、それをリオに押し付けようとしたとき出る。
『今回用意された豪華賞品は、こちらでーっす!』
 メイドさんの、魅力的な声と共にこんもりと盛られた布がひも解かれたのは──っ!!
 おおおっ、と、民衆の間から呻き声が零れる。
 リオも驚いたように目を見開いている。それは、到底自分達では目にかかれないような高級品ばかりだったのである。特に、上等の牛一頭なんて、とても美味しそうであった。さばきがいがあるとは、まさにその通りである。
「ナナミ、あれ……っ。」
 焦ったようにナナミの腕を引っ張ったリオは、ナナミから反応が返ってこないのに気付いて、いぶかしむような視線を向け──瞬間、それをみてしまったことを、深く後悔した。
 彼女の目は、目新しい宝物を見つけた時のようにキラキラ光っていた。
『一列並んだ方から先に、お好きな賞品を手にする事が出来ます!』
 がし、と──ナナミの強い力がリオの肩に加わった。
 彼女の目には、野望の光が燃えていた。その瞳が捕らえる先にあるのは、ナナミがずっと欲しがっていたトレーニングセットであった。
 いつかバイトして買うと誓っていたそれは、今では食費を作り出すのに精いっぱいで(他にも原因はあるのだが)、夢のまた夢と消えた品であった。
「リオ……やるわよ。」
 きらん、と燃えた瞳を見て、リオは心の中でだけ呟く事にする。
────やるもなにも、ねぇ、ナナミ? 思うにこれって、運だと思うんだけどね……?
 
 
 
 
 
 
 

「運がないときは、まるでないね。」
 手元にある全然埋もれていないビンゴ札を見つめて、リオが呟くと、同じ様にリーチすら見えてこないナナミが唸った。
「これじゃ、取られちゃうじゃないの〜っ!!」
 次々に名乗り出て行くビンゴ者は、リオが欲しかった牛や、調理セットを始め、綺麗なドレスやソファ、ネックレスなどを選んでいった。
 あのトレーニングセットが選ばれないようにと、ナナミは祈っているようであったが、どう考えてもそれはありえないような気がした。
 だって、この町であのトレーニングセットを使うのって──うちの道場くらいだよね? 普通は。
 賞品係りに配置されているのか、賞品の引き換え場所に座っているジョウイは、見ていて大変そうなくらいせわしなく動いていた。
 ジョウイの父親は、次々にボールをつかんでは、そこに書かれている番号を読み上げていく。が、それは物の見事にリオもナナミもひっかからない。
「64ーっ! 64さえこれば、ダブルリーチなのにぃぃぃっ!!」
 ナナミが悪意をぶつけるがごとく、めらめらと中年の男を睨み付ける。彼はそれに悪寒を感じているのかそうじゃないのか、さくさくとボールを取り出しては読み上げていく。それはことごとく、外れであった。
「…………出ないね。」
「うう……ううんっ、まだまだっ!」
 ぽつり、とリオが諦めたように呟いて、テーブルの上の串焼きを手にした。
 それを隣に、ナナミが諦めきれないようにかぶりを振ったその時である。
 びびびびび、と、何やら不快な音がステージから聞こえたのは。
 それは、賞品の所に置いて在った大きな掛け時計から聞こえた。
 バニー姿のメイドさんは、それを静かに止めた後、確認するように主を見やった。
 ジョウイの父が、こっくりと頷いたその瞬間、ナナミは嫌な予感を覚えた。
『あらかた賞品も出たようなのでビンゴ大会はこれで終了とさせて頂きます。』
 予感通り、無情な宣言が辺りに響いた。
 あーあ、と溜め息を吐いた者達がいるなか。
「あのくそじじいっ! 私達が嫌いだから、意地悪してるのねっ!」
 ナナミが吠えた。
 そう思っても仕方ないくらい、リオもナナミもビンゴがまるで揃っていなかったが、それも仕方ないのである。
 無駄な期待を負わせてしまった分だけ、リオはナナミが可哀相だと思った。
 
 
 
 

──────ここから先、二つの世界に別れます。

あなたのその日の気分によってお選び下さい。


1 悪魔ちっくな気分v
  小悪魔ナナミに会って見る→ここへどうぞ


2 いたずらは駄目だよ、やっぱり。 ナナミは最強でなくっちゃっ!
  →不幸ジョウイはそのまま下へどうぞ



 
 
 

 ポンポン、と肩を叩いてやると、ナナミは少し顔を上げて、すぐに俯いた。
 悔しそうに唇を噛んでいるのが分かった。でも、どうしようもないのだから、仕方ないのだ。
「ナナミ、諦めよ? また、頑張ってお金ためようよ。」
 優しく諭すように言ってやると、ナナミは俯いたまま、こくん、と頷いた。
 その表情は見えなかったが、彼女が残念さと悔しさとに、顔を歪めているだろうことは容易にしれた。
「さ、ナナミ、何か食べる? 持ってきてあげるよ。」
 ナナミが元気になるには、おいしいものが一番だとよく分かっているリオは、勤めて明るい声を出した。
 彼女は恨めしそうにビンゴを睨んだ後、それをくしゃくしゃ、と丸めると、
「そだね。何食べよっか、リオ?」
 にこ、と笑顔を見せて振り返る。
 彼女の笑顔を見た瞬間、リオも柔らかに笑って見せた。そして、頷いた後、
「それじゃ、まずは牛かあ。」
「牛……ああ、あの牛、美味しそうだったもんねー。」
 さすがは姉弟である。同じ所を見ていたのであった。
「じゃ、牛だね、牛。牛って、どこかなぁ〜♪」
 ナナミが楽しそうに笑いながら歩いていくのを追って、リオも笑った。
 良かった、機嫌直ったよ、というのが正直な気持ちであった。
 そのまま二人で再びテーブル荒らしをしていると、
 す、と、背後に立つ影があった。
 その人影は、ぽん、とリオとナナミの肩に手を置くと、
「トリック オア トリート?」
 低く、尋ねた。
「………………っ!! うっきゃぁぁぁっ!!」
「…………ひゃうっ、って、あれ、ジョウイ?」
 唐突の人物の出現に、ナナミが奇声をあげて飛び上がり、同じく驚いたリオは、咄嗟に相手に向かって攻撃をしようとした手を止めた。
 そこにいたのは、メデューサさながらの格好をしたジョウイだったのである。
「ナナミ……耳、痛い──。」
 思わず耳を抑えたジョウイに、ナナミがきょとん、と振り返る。
 そして、大きく息をついた。
「なぁんだ……ジョウイだったのかぁ──ったく、驚かせないでよね。」
 その安心したような溜め息を聞いて、ジョウイは苦笑いを乗せる。
 こうでもしないと、二人はテーブルから離れないことであろう。
「それはそうと、二人ともさっきのビンゴは当たらなかったみたいだね?」
「…………………………。」
 途端、ナナミの顔が鬼婆に変化する。
 びくり、と肩を揺らしたジョウイが尋ねるような視線をリオに向けた。
 その視線の先では、リオが肩をすくめて、やれやれ、と表現している。
「ジョウイ……それは、私への────嫌がらせなの……?」
 声が震えていたのは、泣きそうなためではない。そんな柔な精神をナナミはしていない。
 付き合いの長いジョウイもリオも、それが怒りをためているための物だとわかった。
 このままでは、ナナミの究極奥義が決まってしまう事もある。
「嫌がらせって……いや、そうじゃなくって──あ、それよりもっ! 二人とも参加するんだろ?」
 ナナミとリオの手の中で握り潰されたビンゴカードを見た瞬間、ジョウイはわざとらしいくらいに視線をずらして、二人を交互に見やった。
 リオとナナミの二人は、やはり食事に夢中だったので、今から何が行われるのかなんて、さっぱりわからなかった。
「参加するって、何が?」
 だから、いぶかしげにジョウイを見つめる。
 ジョウイは笑顔で、
「今から、ハロウィンの本番なんだよ。……トリック オア トリートっ! 一番のいたずらをした人に、豪華賞品が出るんだよ。勿論、限度っていうのもあるけどね。」
 そう説明した。かく言う彼も結構やる気らしく、笑顔が異様に明るい。
 それを眺めて、姉弟はきょとんと、お互いの顔を見やった。
「いたずら……ねぇ?」
「ジョウイのお父さんのズラをはずすっていうのも、ありかな??」
「えっ!? 父さんって、かつらだったのっ!?」
「え? そうなの?」
 冗談半分で囁いたことに、ジョウイが真剣に応えて、さらに二人がそれを真に受ける。
「それにしても、いたずら……かぁ。私にそんなのできるかなぁ?」
 賞品は、くれるものなら欲しい。つまり、取りたいものなら取りたいのである。
 本気で悩んでいるらしいナナミに、リオが諭す。
「いたずらするつもりじゃなくって、いつも通りにやったらいいんだよ、ナナミ。」
 と。
 それはこの上もないアドバイスであったが、彼女はうさんくさげに瞳を細めて、
「それじゃ全然駄目じゃないの。……で、ジョウイ、賞品って、何??」
 きらきらきらきら、と目が輝くナナミの目当てが何なのか、リオもジョウイもよく分かっていた。
 だから、
「トレーニングセットじゃないことは確かだよ。」
 リオが先手だって答えてやった。
「わかんないじゃない! だって豪華賞品なんだよっ!?」
 ナナミは、大いなる期待をしているようであった。
 ジョウイはそれを聞いて、普通の人間なら飛び上がって喜びそうな豪華賞品の名を、心苦しげに告白した。
「えー……と、実は、豪華ホテル宿泊による、ハルモニア七泊八日……なんだけど………………。」
「ええええええっ!!!? そんなのいらないっ!!」
 案の定、ナナミは嫌そうに答えてくれた。
 今のナナミに必要なのは、ハルモニアへの旅行ではなく、トレーニングセットなのである。
「でもハルモニアだよ? ハルモニアっ!」
「だって、そんなのもらっても行ってる暇ないじゃない。もらうだけ損よ、損。」
 まさしくその通りである。ナナミもリオも、娯楽を楽しみたいと言うのは、一日たりとも仕事を休めるような余裕はないのである。
 これが夏になる季節ならまだいいが、今は秋である。これから山で食糧を取るのも厳しくなり、雪に閉じ込められる日々も多くなるこの時期、貯めれるだけ貯蓄しておかねばならないのであった。
 そりゃ、ただで観光旅行というのも心引かれることではあったけど、そこまでしてハルモニアに行きたいとは思わない。
「僕はどっちかって言うと、トランに行きたいな〜。ほら、去年帝国が無くなったじゃない? 英雄に会ってみたいし♪」
 リオが笑いながらそう告げると、ジョウイも悔しそうに頷く事で同意する。
「そんなことなら、僕自身が参加してるよっ!」
「賞品交換って、できないかな? トレーニングセットとさ。」
「僕は年末セットがいいな、餅とか用意してもらうの。」
 悔しがるジョウイの肩を、お互いに叩いてやりながら、二人が提案しあうが、ジョウイは緩くかぶりを振った。
 無理だということである。
 何せ、父はハルモニアの景品に、そうとう自信を持っていた。あれをいらないという人間の方がおかしいと想っているに違いない。特に、父は公然の秘密的に知れ渡っている事であるが、リオとナナミの姉弟のことを快く想っていない。二人のお願いなど、聞いてはくれないだろう。
「で、どうする? 参加するなら──。」
 ジョウイは二人を振り返って──そこにあった、ナナミの魔女さながらの表情に凍り付いた。
「ジョウイの父親をいかにして懲らしめるか、だったわよね? もちろん、参加させていただきます。──ねぇ、リオ?」
 にぃっこりと笑うナナミの笑顔は、凍てついていた。
 それに答えて微笑むリオもまた、同じであった。
「もっちろん。」
 二人の顔をそれぞれ見比べて、いっても無駄だと思いつつも、ジョウイは呟かずいはいられなかった。
「二人とも──逆恨みって、知ってる?」
 
 
 
 
 
 

「いっちばーんっ! ナナミ、いっきまーっす!!」
 数多くの参加者の中、一人元気にナナミは跳んだ。
 マジックを手にしていた子供や、引っかけるための紐を用意していた大人達は、驚いたように彼女を振りあおぐ。
 目を見張ったアトレイド氏は、跳んだナナミのローブの裾が翻るのを見た、と思った瞬間、
「よいしょっ!」
 するり、と、悪魔に仮装したアトレイド氏の背後に、ナナミが飛び込んだ。
「むぐっ!?」
 急にゆったりとしたローブが苦しくなって、目を白黒させた彼の耳に、脇の縫い目が破れるような音が響いた。
 そんなことを気にせず、ナナミはアトレイド氏と密着した状態で、いたずらげに唇を舐めると、
「無理矢理二人羽織〜♪」
 楽しそうに、アトレイド氏を操り始めた。
「………………………………?」
 ステージの下で傍観していたジョウイは、バニーちゃんのお尻を撫でる「操られた父親」を眺めて、尋ねるような視線をリオに向けた。
「僕がやるって言ったんだけどね。」
 ナナミのほうが、素早さが早いから、と押し切られてしまったのだ。
「年頃の女の子なんだよ、ナナミだって……。」
 ナナミの心配をして、ジョウイは不安げに強制的に箸を口元に運ばされる父を見あげる。彼は何とかナナミの支配から逃れようとしているが、かなしいことに普段から身体を鍛えているナナミの方が力が強いらしく、彼女の言う事を聞き続けているはめになっている。
「大丈夫だよ、相手はナナミを嫌ってるジョウイのお父さんなんだから。」
 それは、確かに正論であった。正論ではあったのだが……ジョウイは、なんとなく責められている気分になって、心が痛くなるのを感じた。
 だが、父にも父なりの言い分があるのだと、ジョウイは常日頃言われている父の「説教」を思い出して、一人静かに心にとどめておくことにした。父が二人を毛嫌いしているのは、決して私事ではないのだと──そう、一応思い込んでおくことにした。
 ステージの上では、ナナミがそれはそれは楽しそうに腕や身体を動かせていた。
 その動きにあわせて、いつも緩慢な動作しかしない父は、右へ左へと動き回った。
 それは、ドタバタと暴れるダンスに似ていた。
 見ていたステージ下の者達が、くすくすと笑い出すのに気をよくしたナナミは、
「それじゃ、ちょっと演舞でもしてみるかっ!」
 と、明るく宣言して、自分が二人羽織している相手の運動神経も考えず、えいっ、と脚をあげた。
 勿論、そんな動きにアトレイド氏がついてこれるはずもなく、彼の身体がぐらりと傾ぐ。
 しかし、そこはナナミの行動が支えた。彼女は反動を上手く利用して、そのまま後ろにステップを踏んだのである。
 そして、右手を広げて、そのまま腕を回した。
 ぐるり、と円を描いて、ゆったりとした動作でアトレイド氏を操っていく。
 やんややんやの喝采と受けて、ナナミは作戦は成功のようだと、ほくそ笑む。
 ここで彼女は気付いていないのだが、これは「いたずらを競うコンテスト」であり、「隠し芸大会」ではないということに。
 そのまま大技に出ようと、ナナミは脚でマイク立てを軽く蹴った。
 それはクルリと円を描いて、アトレイド氏の手のひらの中に治まる。
 それを使って棒技を行おうとしたナナミの腕が、力を貯めるように大きく弧を描いた。
 アトレイド氏が邪魔でよく回りの状況が掴めなかったが、それは自分の武道家としての勘が物を言うと、ナナミは唇を舐めて緊張を抑えた。
 そして、ぐぅるりと脚一本で回って、背後向けて棒をしならせた。
「いやぁっ!」
「うがぁっ!」
 ナナミの勢い良い威勢とともに、アトレイド氏の悲鳴が聞こえた。
 それと同時、
がごっ!!
 空を切るはずの棒が、何か鈍い音と感触を残した。
 びりびりと腕がしびれて、アトレイド氏はとっさに棒を手放す。
 がらんがらん、と音を立てて棒が落ちる。その音に重なるように、一同が息を呑むのがわかった。
 ナナミは眉をしかめて、背伸びをしてアトレイド氏の肩越しに向うを見た。そして、自分がふるった棒が、何に当たったのか発見した。
 そこには、白い布がかけられていた。中に何かを包んでいるらしいのは、見て分かる。
「…………ナナミ………………。」
 ジョウイが、呆然と呟いた。その声が震えていた。
 ナナミは何やら大変なことをしてしまったという事だけを自覚して、え? え? と辺りを見やった。
 そして、はらり、と白い布がほどけるのを見た瞬間、
「…………〜〜〜い、いやっぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
 叫んだ。アトレイド氏の耳元で。
 白い布の下には、先程ジョウイが片づけたばかりの景品一式が並んでいた。──ビンゴで、残った余り物の。
 その中でも一番大きかった「それ」に、ナナミがふるった棍がぶちあたっていた。
 へしゃげたその足部分を見て、ナナミが再びアトレイド氏の後ろで叫んだ。
「私のトレーニングセットぉぉぉっ!」
「いや、ナナミのじゃないだろ。」
 変わり果てた姿になりかけていたトレーニングセットを見て、リオが突っ込んだが、ナナミは聞こえないまま慌てて走りよろうとした。しかし、ナナミの奇声に犯されたアトレイド氏は、その急な動きに対応できず、足がもつれてしまう。さらに間が悪い事に、彼を支えるナナミまでもが、さきほど落した棍にけつまずいてしまった。
「はにゃっ!?」
「あぐっ!?」
 そして、二人揃って、足が空を踏んだ。
「ナナミっ! 父さんっ!」
「あーあ………………。」
「ナナミちゃんっ! アトレイドさん!」
 咄嗟に一同が駆けつける。ナナミと彼女による被害者は、ステージからまっさかさまに堕ちていくところであった。
 ジョウイが叫ぶよりも先にステージ下へと走り出す。
 リオもとりあえずナナミを受け取ろうと、その後を走った。
 しかし、ナナミは運動神経抜群の少女であった。彼女は咄嗟にアトレイド氏の背中を押した。
 そして、彼の背中を蹴飛ばすようにして飛び出す。伴なうようにして、アトレイド氏の高級なタキシードが破れた。
 破れたために、しゅるり、とナナミの身体が簡単に中年男の服の中からすりぬける。
 てやっ、と見事飛び出した彼女は、すたん、と元のステージの上に降り立った。
 その後、ぴしり、と見事にポーズを決める。
「おおーっ!!」
 辺り一面から拍手喝采が零れて、ナナミは快活に笑うと、それに手を振ってこたえた。。
 ナナミを受け取ろうと走り寄ったリオは、元気に拳で喝采を受けるナナミを見あげて、ほっ、と胸を撫で下ろした。
 同時に、やはり無駄な心配はいらなかったようだと思いもしたのだが。
 良かった良かったと、怪我一つないナナミに笑顔を零すリオのすぐ隣で、うめき声が零れた。
 ジョウイが父親の下敷きになって潰れていたのである。息子が下敷きになったおかげで無事だったアトレイド氏は、あまりのショックにか、ナナミの奇声のためか、気を失ってぐったりとしていた。
 リオは、苦しげなジョウイに関しては、一切見なかったことにする。
「…………って、見なかった事にしないで…………た、助けてよ……リオ…………。」
 が、潰れた声で助けを求められて、さすがに親友を見殺しにする気はないリオは、素直に彼の父親の身体をひっぱった。
 気を失っている身体は、がくん、と簡単に地面を激突した。
 ジョウイが身体を張って助けた意味がなかったようだが、リオはまるで気にしてもいないようであった。
「大丈夫、ジョウイ?」
「ん──なんとか。……ナナミも、無事なようだね。」
「そりゃ、ナナミだからね。」
 会話を交わして、二人はステージの上のヒーローになっているナナミを無言で見上げて、くすり、と笑顔を交わし合った。
 今年のハロウィンも──どうやらナナミにはかなわないようだと、そうお互いに感じ合って。
 
 
 
 

 結局、いたずら勝負の行方は、アトレイド氏の気絶事件によって無かった事にされてしまった。
 ハルモニアの旅も、また次回への景品に切り替えられ、町民一同は次回に思いを馳せる事になった。
 ナナミの騒動も、ハロウィンならではの無礼講ということで、皆から温かな支持を得て、無事に幕をおろした。その下でジョウイの働きがあったことはまず間違いないのであるが。
 そして、結局──……。
「リオ、ナナミ!」
 ジョウイが訪ねた道場で、ナナミは楽しそうに息を弾ませながら、ガシャンガシャンとトレーニングセットで身体を動かせていた。
「あ、ジョウイ……っ、いらっしゃいっ!」
 彼女が座る場所の近くが、変な形に曲がっていたり、重りが置けない場所があったりと、機器がゆがんでいる箇所が多かったが、使うぶんには特に問題がないようであった。
 彼女が壊してしまったこれは、「隠し芸の特別賞」として、頂いたものであった。
「どう、使い心地は?」
「うんっ、さいっこう!」
 笑顔は満開で、零れるばかりであった。
 それを認めて、ジョウイも笑顔を零す。
「そう……それは、良かった。」
「僕も使ってるんだけど、結構いい感じ。──このままだと、僕がジョウイに圧勝する日も近いよね。」
 いつのまにかやってきたリオが、ジョウイに笑いながら囁く。
 ジョウイはその言葉に、視線を細めて、
「…………………………僕も、使わせてもらおうかな。」
 ぼそり、と呟いた。
 それには、ナナミが笑いながらこたえる。
「なぁに言ってんのっ! 最強なのは、このお姉ちゃんだからねっ!」
 がしゃんがしゃんと、勢い良く手を動かせながら、ナナミが口元をゆるめて見せた。
 二人はそんなナナミに笑いかけて、こそりと顔を突き合わせた。
「まったく……だよね。」
 そう、呟き、頷き会いながら。
──────当分、ナナミ最強伝説は、続いていくようであった。
 




逆らうと痛い目見るよ?

それじゃ、もっと悪魔ナナミを見てみようか? 選択肢1


トウコ様から頂きました、ハロウィンネタ第一弾でございます。
ナナミと2主の性格がうまくまとまってくれなくて、ただただジョウイが不幸になっているだけのような……
なんていうか、そう、これは旅立つ前であって、きっと旅の間に性格が変化するようないろいろがあったんですよ(笑)。
ナナミも小さな恋などして、女の子らしくなったりとか……とか、とか……っていうの、希望です。

ハロウィンって、やったことはないですけど、楽しいんでしょうね。
今思いました。ジョウイの仮装が吸血鬼だとつまらないと思ったので、とりあえずあんなものにしてしまいましたが(笑)、本当は悪魔とかのが良かったのでは、と。────…………イイ悪魔で苦労人な悪魔か。妖精と魔女に遊ばれる悪魔……(笑)。


第二弾はそのうち……ええ、ぼっちゃんが動いてくれたら書き上げます(笑)。
おそらくは年明けかと(おい)。