花のある光景
暗い色に染まっていた空が、ほんのりと赤みさし、紺碧から紫のへと色を変え始める。
影を濃くまとっていた雲が、淡く差し込むような光に照らされ、橙色を映し出す。
深い青の色が東の空から見え始めた頃、その庭園は見事な色彩を宿し始める。
咲き乱れた花々が、ゆっくりと目を覚ましていく。みずみずしいばかりの緑の色に、うっすらと落ちた露が、キラキラと朝日を反射して光る。
その光は、まるで綻び咲く花を輝かせるためのもののようであった。
思わず息を詰めてその様子を見つめていた少年は、清々しい朝の空気を胸に吸い込み、ほう、と吐息を零した。
花々が咲き乱れるこの季節、この空中庭園に来る者が途絶えることはない。たとえ夜であっても、花々の濃厚で甘い香に酔いしれる者や、眠れぬ心を落ち着かせるために訪れる者が居る。
「静かな夜明けだ。」
ふと、客人が口を割った。
夜明けの厳粛な空気が、やんわりと震える。
万人が眠る夜が、終わろうとしている。
暮れぬ昼はなく、明けぬ夜はない。
当たり前のことが、当たり前のように繰り返されている。
それは、毎日気づかぬうちに繰り返していることで、気づかぬうちに起きていることだというのに、こうして目にすることが、酷く感動的に感じた。
「さすがにこんな時間ですから、誰も居ませんね。」
毎日丁寧に手入れされている花を、ゆっくりと見たい時は、この時間に来るに限ると、少年は微笑みを乗せて、大切な客を見やった。
新同盟軍本拠地、ティーカム城の巨大なバルコニーには、とある美しいものを愛でるものたちの提案で、小さな空中庭園が造られていた。
優美な風を受け、見事に花を咲かせる庭園は、いつも地上まで素晴らしい香を運んでくれていた。
それが、いつにも増して濃厚に感じたのを不思議に思った少年に、「今、ちょうど満開なんだよ」と、悪戯を教えるように、仲間の少女達が教えてくれた。
昼間や夜は、絶対に誰か居るから、ちょっと早めに行くといいと、そう教えてくれたのも彼女達であった。
おかげで、白い華奢な脚をもつテーブルに付いて、心ゆくまで花を見つめることが出来る。
もちろん、日が昇ってから咲く花もあるから、全ての花を愛でられるわけではなかったが、それでもみずみずしい緑の中、見事な繊細さを見せる花は、見蕩れるばかりの美しさであった。
自室から持ち出したお茶セットをテーブルの上にセットしながら、彼はテーブルの前に座る客人を見やった。
昨日のうちに帰ると言い張った彼を無理矢理引き止めて、一晩止まらせた理由が「これ」なのだが、くだらない、と怒りはしないかと、内心不安に思っているのも確かであった。
自然、お茶を入れようと白い茶器の蓋を開ける手も震えてきて――彼は、それを叱咤するように眉を寄せる。
最近手に入ったばかりの、上質の茶缶の蓋を開けると、ふわり、と良い香が漂い、彼は緩く目を細めた。
細心の注意を払って、茶器の中に葉を入れる。
そして、十分に適温まで下げたお湯を、高い位置から注ぎ込む。こうすることで、たっぷりの空気が入っていくのだ。
思い出すのは、数年前に死んだ養父の言葉。
「よいか、リオ、ナナミ、ジョウイ。お茶を、美味しく淹れるためには、その人に美味しく飲んでほしいという気持ちが必要なんじゃ。
料理にしてもそうだが、相手の人のことを思い、大事に大事に造ることが、一番大事なんじゃよ。」
そっと蓋をして、心から念じる。
美味しく花咲きますように、と。
それが秘密の呪文だと、養父から教えてもらった時には、葉っぱなのに花が開くなんて変なの、と思ったものだった。
けれど、「お茶が嫌がるから、本当は淹れた後の茶っぱは覗いてはいけないんじゃがの。見てみよ。」そういわれて覗いた葉を見て、「花咲く」の意味がわかった。
ほんのスプーン幾杯かしか入れなかった茶の葉が、茶器一杯に広がっていたのである。
一つ一つの細い「より」が、お湯をかけると広がる。
それがまるで、蕾が花を咲かせるようだと、養父は例えたのだ。
リオもナナミもジョウイも、その表現がとても気に入って、花が咲きますようにと、祈るようになった。
まるで茶器の中で花を育てているかのように――愛情を、たっぷりと注ぎ込む。
「リオは、お茶を入れるとき、とてもいい顔をするね。」
微笑みながらいつもの呪文を唱え終わったとき、不意にそう声をかけられた。
驚いて視線をやった先に、昨夜、どうしてもと引き止めた客人――憧れの人が肘をついて、手の甲に顎を乗せてこちらを見ていた。
「え? あ――そう、ですか?」
そんなことを言われたのは初めてだと、照れくさそうに笑うと、うん、と相手も笑う。
「すごく、幸せそうに笑う。
だからかな? リオの淹れたお茶が美味しいのは。」
優しい微笑を向けられて、リオは視線を泳がせ――あ、と小さく呟く。
そして、用意していた容器に、ゆっくりとお茶を注ぎ込む。
かこん、とほぼ逆さまに茶器を傾けると、そのまましばらく置いて、茶器のお茶が自然と落ちきるまで待つ。それから、茶器を元のように戻し、均一に色の出たお茶の色と香を確認してから、リオは聞茶用です、と一言置いてから、細長い容器の方にお茶を注ぐ。
それを受け取った客人は、なれた様子で左に置かれていた飲むようの碗を手にすると、かこん、とお茶の入ったほうの容器にかぶせた。こん、とひっくり返して、お茶を移し終えた後の容器で、味わうように香を楽しむ。
「うん、いい。」
たった一言だけの言葉だったけど、それはリオの淹れ方も、お茶の葉の目利きもほめているのだと分かったから、リオは嬉しげに目を細め、自分もお茶の香を楽しむ。
芳醇なそれは、辺りを染め上げる花の香と、凛とした朝の匂いとあいまって、さわやかな清涼感をもたらしてくれる。
「リオは、花茶とか飲むほう?」
品良くお茶を味わう客人を、嬉しそうに見ていたリオは、唐突にそう話し掛けられて、え、と小さく尋ねる。
「どうしてですか?」
「いや、いっつもリオに入れてもらうのって、ウーロン茶とかが多いじゃない? だから、ほかのお茶は飲まないのかな、って。
ほら、ナナミはジャスミン茶も好きだし。僕も、ハーブティとかは良く飲むほうだから、なんとなく。」
お茶の香は好きでも、ハーブティの香はダメだと言う人は、結構多い。
だから、リオもその口なのかと思い、尋ねたのだが、リオはあっさりとかぶりを振った。
「結構好きですよ、ハーブティ。この間グレミオさんが淹れてくれたローズヒップはめちゃくちゃ好みでしたしー。
あ、でも、ご飯とかと一緒に飲むのは、やっぱりこういうお茶の方が好きです。
ハーブティとか、花茶とかは、僕にとったらお茶タイムに飲むものなので。」
「そっか。僕は結構食後とかにも飲むけど。ほら、消化促進するのとか飲むと、おなかが楽になるしね。」
「あ、それはいいかもしれませんね。」
朗らかに微笑んで、リオはふとあたりの花壇に視線を走らせた。
そういえば、この間ヴァンサンがハーブを植えたとか言っていた気がした。今スイにどれがそうなのか教えてもらえば、次に彼が来た時には、自家製ハーブティをご馳走してあげれるかもしれない。
「でも、リオがハーブティ飲めるって知ってたら、連れて行ってあげれば良かったかなぁ?」
きょろ、と視線を走らせた目は、スイが両手でお茶をすすりながら零した一言に、つい、と正面に向けられた。
「……って、言いますと?」
少し残念そうに呟かれた言葉の内容に興味を持って、軽く首を傾げたリオに、うん、とスイが微笑む。
「最近、グレッグミンスターの近くに、植物園がオープンしたんだよ。」
「あっ!! 知ってます、それっ!! ナナミやアイリが、すっごく行きたがってたんですよ! テンガアールとか、メグとか、アップルまで、入場券が当たらなかったって悔しがってましたし!」
言いながら、リオはナナミから大分前に見せられたチラシを思い出した。
確か、トラン共和国の将軍の一人、花将軍ミルイヒ・オッペンハイマーが全面的に協力して造ったと言われる植物園で、その規模は世界最大ではないかと、そう言われているのだという。
戦争で傷ついた人の心を、花で癒せるのならば、協力は惜しみません、とそう断言したミルイヒは、自らの庭園に咲く希少な花々の苗をいくつも植物園に移植させ、さらにさまざまなバックアップも行っている。
花将軍と呼ばれるだけあり、彼は品種改良も得意としていて、世界でたった一つしかない彼のオリジナル品種が、何種類もあるとか、ないとか。その、たった一つのオリジナルの花が、植物園に寄贈されたと言うのは、植物園最新のニュースの一つである。
「年明けにオープンして、大分経つのに、毎日毎日凄い人で賑わってるって聞きます。だから、入場制限があって、チケットを手に入れるのも至難の技だとか言ってましたよ。
オリジナルハーブティや、ハーブクッキーなんかのお菓子や、精油、自然香水、自然化粧品も廉価で売っていて、体にも肌にも心にも良いって評判らしいですね。」
確か、そのニュースが流れた頃、シュウが、「こんな軍師なんかやってなかったら、ここと契約していたのは俺だったのに……っ。」とか悔しがっていたので、よく覚えている。
それに、メグやテンガアール、カスミやジーンたちが、どこからともなく、どういうルートでか分からないが、その商品を手に入れて、リオやナナミにおすそ分けしてくれたこともあったのだ。
確かにお菓子は美味しいし、メグたちが嬉々として付けていた香水もいい香だったと思う。
「そうそう、特に女性やカップルに大人気らしくって、先半年は入場待ちが出てるらしいんだ。
そこへね、ついこの間行って来たばかりなんだよ。」
ゆっくりと腕を組んで、スイが笑う。
その言葉に、へぇ、と聞き流しそうになったリオは、大きく目を見開いた。
「えっ!? ほんとですかっ!? それじゃ、この間できたっていう、藤棚も見てきたんですか? 世界最大級の藤棚とか言う!」
「まだ花は咲いてなかったけど、一応ね。」
最後の一滴を飲み干した後、あいまいに頷いてやる。
リオは目をキラキラと輝かせながら、自分の手を組み合わせる。
「僕も、行きたいって思ってたんですよー。でも、入場券は手に入らないし、絶対無理だなぁって。」
「………………そうなんだ。もっと早く言ってくれたら、一緒に連れて行ってあげたのにね。
きっと相手がリオだったら、ミルイヒも喜んで招いてくれたと思うんだけど。」
言いながら、柔らかに微笑むスイに、残念ですね、とリオも苦笑をにじませる。
花は咲いていなかったというから、リオの目的は果たせないことになるが、それでも今話題の植物園には一度言ってみたいと思っていたから、かまいはしなかったのに。
「今からでも、招いてくれないかなぁ。」
つい、ポツリ、とそう言うことを呟いてしまうのも、仕方のないことだった。
何せ、例の植物園については、いい噂ばかりしか耳に入ってこない。
こうして花の咲き乱れる空中庭園でお茶を取っていると、その素晴らしい植物園で、ゆったりとティータイムを取れる贅沢は、どれほど素晴らしいだろうかと、心が揺れるのである。
「んー――……僕が頼んでも、入場券待ちでないと渡せませんとか言われてるから、どうかなぁ。」
言いながら、スイは目を軽く眇めた。
リオが最近疲れているのは知っていたから――もっとも、遊びすぎたために仕事が溜まったのだから、自業自得である――、少し休養をあげたいのはヤマヤマである。
あの植物園ほどではないとは言え、ここの空中庭園も立派なものだ。
植物園の美味しいハーブティなら、別ルートでいつでも手に入るのだが――それは、メグやカスミ、テンガアールたちが使っているのと同じルートである――、ここでそれをいただいても、リオはそれほどリラックスしはしないだろう。
どれほど美しく、優美な場所であろうとも、「ここ」が本拠地内であるという事実がなくならない限りは。
同じ空中庭園ならば、黄金宮殿の中にある空中庭園に招くということも出来るが……あれは、レパントを説得すればいいだけなので、比較的楽なほうである。けど、あの場所ならリオが違う意味で緊張してしまうだろうし、元解放軍本拠地の方の庭園は――……。
「あれは、ちょっとなぁ。」
と思わず頭を痛めてしまう程度には、「ミルイヒ様とエスメラルダ様をはじめとするやんごとなき優雅な方々のセンス」に染まりすぎていたし。
そこまで思って、ふ、とスイの頭を掠めた案があった。
これならば、植物園の中に入れることだけは間違いなしである。
「――……リオ、ちょっと一労働する気、ある?」
これなら、植物園にも入れるよ?
小さく首を傾げるようにしてリオを覗き込めば、相手は相手で、輝くように目を光らせて、スイへ顔を乗り出した。
ばんっ! と、満面の笑顔で出された提案書を、シュウはイヤイヤな顔で眺めた。
それを一通り目を通すよりも先に、めずらしくやる気満々の軍主様は、びしり、と自らの指で、とある一点を示す。
「最近、軍事費が酷く浪費されてると思うんだ。今、特に目新しいいざこざも起きてないし、大きな戦もしばらくはないだろう? このうちに、次の戦いや戦略に備えての、臨時収入を確保しようと思うんだよ。」
きりり、と真面目な顔で語ってくれる内容は、なるほど、理に叶っていた。
確かに、ここ最近大きな戦や揉め事、問題も無く――こまごまとした問題の筆頭としては、軍主が仕事してくれないだとか、軍主がしょっちゅう城から居なくなるだとか、軍主が仕事を溜めるだとか、それこそイロイロあったが――過ごしてきてはいるが、あまりにも平穏に過ごしすぎているため、軍事費の出費が少なく、費用をほとんど城の増築や改築に回している現状である。まだイロイロと手を加えなくてはいけないところもあることを考えると、費用はいくらあっても足りないくらいだ。歩兵隊には、もう少しいい武具を揃えてやりたかったし、未だまともに整備していない関も管理をキチンとしたい。
それは戦争がない今、費用を回してやりくりしながら解決していこうと思って居たことなのだが、リオが臨時収入を確保してくれると言うならば、取り置きしてある軍事費用を、まとめてそちらに回すことが出来る。それによって、関を強化したり、守りを強化することは、同盟軍にとって大きなプラスになる。
リオも、やっとそんなことまで考えてくれるようになったのかと、感動しつつ、心の片隅で、そんなわけないか、と思う自分がいるのを、シュウは良く分かっていた。
どうせまたあの英雄がらみで、何か変なことでもするのだろうと、ほとんど的中に近いことを思いつつ、適当にあしらうことを前提に、リオの書類を見やった。
それは、彼にしては珍しく、きちんとした提案書の形式を守っていた。
提案内容も、先にリオが述べたとおりの物であり、さらに提案することについての詳しい説明・目的・メリットやデメリットまで書かれている。
まさかリオがここまで素晴らしい提案書を書くと思っても居なかったシュウは、書類を握ったまま絶句した。
「これは……。」
「どうっ!? シュウっ!!」
見事な内容に、感心の吐息を零したシュウに、えっへんとリオが胸を張る。
だが実際、胸を張るだけのことはあった。
アップルやクラウスが手伝ったのだとしても、ここまで見事な提案書をリオに書かせることは難しいであろう。
おそらくこれは。
「お前、誰かが口で言ったか、書いてもらったのを丸写ししただろう?」
ふい、と顔をあげて淡々と尋ねると、リオが面白いくらいに一瞬で凝固した。
大当たりであった。
「…………え、えーっと…………いいじゃない、ちゃんと書いたんだから。」
ぼそ、と続く言葉に、確かにそれはそうだけどな、とシュウは米神を揉み解す。
「かと言って、丸写ししてたんじゃ、何も勉強にもならないだろうが。
……ったく、これは、提案書の勉強ということで処理しておくぞ。」
ひらり、と舞わせた紙を、シュウはそのままゴミ箱の中に捨てた。
目の前でそんなことをする極悪非道ぶりに、リオは叫び声をあげた。
「ひっどーっ! 何それっ!? 僕は、本気で、真剣に言ってるんだよっ!?」
ばんっ! と力強く机を叩き、シュウの机の上の物を飛ばさせると、そのままの勢いで身を翻し、ゴミ箱から紙を取り出す。
ばさっ、と目の前に再び書類を突きつけられて、シュウはため息を零した。
「だから、こっちは冗談で済ませてやると言ってるんだ。
不許可、だ。」
ほら、と右手で書類を脇に避けて、シュウは机から落ちた羽ペンを拾う。
そんな軍師の言葉に、リオは軽く唇を尖らせた。
「どうしてさ!? 何が不満なわけ? シュウだって、いろんなところにお金がいるって言ってたじゃない。僕にまで、懇切丁寧に、夜中に堂々と部屋に入ってきて、無理矢理交易についての講義をしていくくらい、 お金に切羽詰まってるんじゃないの?」
「切羽詰まっては居ない。俺の腕を舐めるなよ?
お前に交易の講義をするのは、あんまりにも下手な交易をして、お前が損ばかりしているからだ! 光る玉は、コボルトがダイスキだから、コボルトの村で買うと高いって、あれほど言ってるにも関わらず、買ってくるんだからなっ!!」
「ううっ! だって、なんか、すっごくイイんだぞ、とかゲンゲンとかガボチャとかに囲まれて言われると、うわ、今買っとかないと、って気になるじゃん…………。」
「あと、各地の特産物を良く理解しておけと、あれほど口をすっぱくして言ってるにも関わらず、未だにグレッグミンスターで砂糖だとかマヨネーズだとか買ってくるし……っ!」
「あれは、グレミオさんのお使いに付いていって、ついつい一緒になって買っちゃうだけだもん。」
言えば言うほど、反抗すればするほど、自分の商才の無さを暴かれていく気がして、ついリオの口はどもりがちになる。
そうやってグゥの音も出ないくらいに反論を押さえ込まれるのは、一度や二度じゃないはずなのに、どうして今日も繰り返してしまうのだろうか、とリオは考える。考えるのだが、やっぱり今日も明日のリベンジを誓って終わった。
「でもねっ! シュウ!!」
そして、やおら自分の提案書を左手で握りつぶし、右手でビシッと彼を指し示しながら、堂々と宣言した。
「たとえシュウに反対されようとも、もう出店許可は取ってあるから、無駄なんだからねっ!!!」
「………………――――――お前、提案書出した意味がないだろうが…………………………。」
どっぷりと疲れた声を出すシュウに、同情を抱く人間がこの場には居なかったのが、少しかわいそうな光景であった。
あの植物園に、「タダ」で入れて、しかも開園前から閉園後までいられると聞いて、早速スタッフ候補に立候補してくれた少女達と、彼女達に引きずられてきた男陣が加わった。
きちんと、その代わり働いてもらうからね、と断っておいたが、その辺りに関してはノープロブレムらしかった。
「リオ。ミルイヒとレパントに話を通して置いたから、明日からお店しても良いって。」
ヒラヒラと、出店許可証を持ってやってきたのは、当の彼に話を持ちかけたスイであった。
彼の持ち前のあでやかな微笑みを前に、やった、とお互いの手を鳴らしあう。それに付き合うように参加することになった男性陣――ニナに無理矢理引きずられたフリックと、フリックに無理矢理連れ込まれる形になったビクトール、喜んで参加したシーナと、カスミが出るなら、と出てきたサスケ、それに付き合うフッチ、そしてなぜか無理矢理強制参加のルック――は、取れたのか、とさまざまな思いを抱く。
「ほんとっ!? やった!」
大喜びで飛び跳ねるリオに、微笑ましい笑顔を向けたスイに、メグがはいはい、と手をあげて意見を訴える。
「それで、何のお店なんですか?」
メグたちは、店の店員としてこの作戦に参加している。
どれくらいの自由時間がもらえるのか、何人ずつで休憩してもいいのか――それも重要課題ではあるが、まずはどんなお店を開くつもりなのか聞きたかった。
というか、最初に聞いてから参加しろよ、という突っ込みがあるにはあるのだが、元解放軍メンバーというのは、ほとんどこんな感じの人ばかりなので、幸いにして誰も突っ込む人は居なかった。
「あ、そーいえば僕も聞いてませんでした。
植物園でお店を出せば、タダで入れるよ、ってことしか聞いてません。」
――が、さすがに、すちゃ、と手をあげてそんなことをノタマウ軍主様には、誰もが口に出さずに突っ込んだ。
お前、提案書まで出しておいて、ソレかい!
「ティーラウンジだよ。藤棚を増設したために、現状のティーラウンジでは間に合わなくなったため、急いで追加を募集していたんだ。
その、募集店舗が決まるまでの、間つなぎとして運営すればいいんだ。」
「三日間だって言ってましたよね?」
それだけは聞いていたリオは、確認を込めて尋ねると、スイもゆっくりと頷いてくれた。
「そう、ティーラウンジって言っても、簡単な手作りお菓子と、飲み物を用意すればいいだけだから、そんなに難しいことは考えなくても大丈夫。
お店が始まる前に、その日の分のクッキーを焼いたりして、足りなくなったらその場で焼けばいいから――そうだね、今現状あるティーラウンジは、一日に厨房三人、給仕四人で回るらしいから……。」
言いながら、スイはこの企画に参加してくれたメンツを見やった。
ナナミ、メグ、テンガアール、ミリー、ビッキー、カスミ、アイリ、エイダ、ヨシノ、トモ、ニナ。ほかにも参加を申し出てくれた人は居たが、ジーンのように自分のお店を休めないだとか、オウランのように、今日の用事が抜けれないだとか、そういう者が居たため、この人数になったが、少女達だけでもずいぶん集まっている。
さらに、その少女達に連れ込まれるように参加する、フリック、ビクトール、シーナ、フッチ、ルック、サスケ、フリード、ヒックス。
「これだけ居たら、十分休憩回せそうではあるよね。」
うん、と頷くスイに、っていうか、とフリックは小さく呟く。
「店の客よりも多いんじゃないのか、コレ。」
俺は行かなくてもいいんじゃねぇの、とぼやくフリックに、何言ってんだよ、とビクトールがその背叩いた。
「お前が行かなくてどうするってぇの、フリックちゃん? その顔で、女の子たぶらかせてもらわないと、困っちゃうぜ?」
「誰がだ、誰がっ!」
「いやーんっ! フリックさんは、ニナと一緒に居るんですーっ!!」
そんな彼らを横に置き、スイはリオと打ち合わせを始める。
「とりあえず、メニューはシフォンケーキ二種類と、クッキー各種、ケーキが数種類と、スコーンとマドレーヌ、日持ちのする焼き菓子を中心として、お土産用も作るから。こっちはグレミオが作ってくれるから、後はイートインのほうだけど、さすがにこれは現地で作らないとダメだから、レシピを用意するよ。リオとヨシノさんとカスミ、アイリ、後小間使いで男どもが厨房に入れると思うから――そうだね、調理係りは2時間か3時間くらいの休憩時間が取れると思うよ。」
「それだけあれば、十分花を見ることは出来ますよ。三日もあるんですから。」
ね、と笑うリオに、そうだね、とスイも微笑む。
「お昼には、グレミオが手伝いに来てくれるって言ってたから、その時に抜け出してもいいしね。」
クスクスと、笑いあうリオとスイの二人は、無自覚であった。
――自分達が、とても有名人である、という事実に。
※
開園前の植物園で、通路を通りながらはしゃいだのを最後に――開園後、店は地獄と化した。
「うわーっ! リオっ! テイクアウトのクッキー、全部売り切れちゃったーっ!」
お会計所の前から叫んだナナミの、ややパニックしたような声に覆い被さるように、
「フリックさーんっ! 奥からショートケーキ持ってきてっ!!」
テンガアールの、やや上ずった声が通り抜ける。
それと同時、
「カスミちゃんっ! こっち、コケモモジュース2杯!」
「あ、はいっ! あの、エイダさん、そのコケモモ取ってくださいっ!!」
バタバタバタバタ、とお世辞にも静かだとはいえない足音がして、ずずずず、と滑るような音がしたかと思うや否や、メグはカウンターに両手をつき、両手にいっぱい持っていた空の食器を返すと、すぐにコケモモジュースを手にして、壁に片脚をつけ、それを蹴って勢いをつけるようにして出て行く。
そこは、戦場であった。
「いらっしゃいませー。何名様ですか? 二名様ですね? 申し訳ございませんが、お席の方がただいま満席でございまして、ご相席ならすぐにご用意できるのですが――え、お持ち帰りですか? ――えー……っと、すみませーん、現在お持ち帰り出来る品は、この二品のみとなっているんです。」
ニコニコと笑顔で対応しているニナの米神が、そろそろ引きつり始めている。どこで学んだのか、ウェイトレスが板についている彼女の、ジッとしていられない精神も、動きすぎたあまり、切れそうになっていた。
「なんでこんなに忙しいかなぁっ!? ほら、テンガ! これが最後のショートケーキだっ! この後は、三十分待ちっ!!」
「うそっ!? うっわぁ、あんなにあったのになー。」
「そりゃ、150もクッキーが出てたら、それくらいなくなるだろ。」
「うわっ!!? フリックさーんっ!!」
軽く二言交わした辺りで、背後から激しい落下音がして、ヒックスの泣きそうな声が聞こえた。
あちゃ、とテンガアールが額に手を当てるのを見て、フリックはヒラリと身を翻す。
それと同時、新たな客の来訪を告げるミリーの泣きそうな声が聞こえた。
したたる汗をぬぐいながら、フリックはチラリと背後を振り返る。
そこには、店内20席が全て埋まり、さらに待っている客がズラリと表まで並んでいるという、恐怖の光景がひろがっていたのであった。
その光景を目の当たりにしたフロア担当の少女達は、クラリ、と眩暈を覚えるのを、どうしても抑えられなかった。
そうして、一方厨房と言う名の戦場では――……、
「やっぱ、お店の名前を、スイ=マクドールのお店ってした方が良かったのかもしれないね。」
厨房の床に零した卵を、必死でふき取るフリックとヒックスの真上から、呑気に生地をかき混ぜているスイがそんなことを呟いていた。
一応、慌しいばかりの空気に包まれているにも関わらず、声だけは呑気である。
それに答えるのは、厨房に居る誰よりも涼しい顔をしながら、腕と体はほかの人の二倍も動いているグレミオであった。
「そんなことしたら、今の三倍入ってきますよ、ぼっちゃん!」
ちょっと早めに、気になって様子を見に来て良かったと、グレミオは店の行列を前にそう思ったものだった。
そして、厨房内に脚を踏み入れるなり、何も言わず、エプロンを身に付け、いつのまにか場を仕切っていた。
厨房内では、いつもは主であるスイも、グレミオの指示に諾々と従う。
「えー? そーかなぁ? 何が入ってるかわかんないとか言って、来ない人は来ないと思うけど。」
「それ、しゃれになってねぇよ。」
言いながら、人が一人入りそうなほどの釜をかき混ぜつつ、ビクトールがぼやく。
その彼の額に浮き出た汗を鋭く見咎め、舞うような動きで、居並ぶオーブンの中からケーキを取り出し、次のケーキを入れるという作業をしていたグレミオが、
「ビクトールさん、汗は入れないでくださいね。」
と鋭く指摘した。
クッキー生地を伸ばしていたフリードは、その声に慌てて自分の汗をぬぐう。
ヨシノはタルトの形を作りながら、申し訳なさそうにフリードを見る。本当なら、その汗をぬぐってやりたいのだが、自分も自分で精一杯なのだ。
作ったものが焼きあがった瞬間に、三つの注文が入る。そういう状況の繰り返しなのである。
おかげで、それぞれの生地の粉をふるっている粉まみれのフッチ、サスケ、シーナの三人と、焼きあがったものを冷ますために、延々と術をかけ続けているルック、生地を伸ばすフリードに、クリームをかき混ぜ続けるビクトール、厨房と表を行ったりきたりしているフリックとヒックス、そして、最終的な味付けと分量を決めて、混ぜているスイとリオ、ヨシノの構図が出来上がっていた。
焼き上がり加減やデコレーションは、一切グレミオが行っている辺り、ある意味ものすごい戦場であった。
「グレミオ、ガトーショコラをオーブンにかけるから。」
「グレミオさん、こっちはクッキー行きます。」
スイの言葉とリオの言葉に、すぐ様返事をするグレミオの頭の中は、本当にそれらを理解しているのだろうかと思うが、これが出来るのがグレミオであった。
「クッキーは4,5,6のオーブンに入れて下さい。ガトーショコラは……ええ、そこです。」
全てのオーブンが、時間設定もされない状態で、温度調節だけでセットされている。グレミオは、それを焼き具合と勘だけで次々に出しては入れていくのだ。
はっきり言って、人間技じゃない、とは口先だけはまだまだ元気なスイの言い分である。
「ふぇぇーんっ! もうダメかもーっ!!」
お水っ! と叫んで飛び込んできたビッキーが、泣きそうな顔で頭を振った。
ドジな彼女には、会計と行列の案内、テイクアウトの用品の整理を申し付けていたのだが、いつのまにかお水を給したり、ジュースを運んだりしている。
裏も戦場なら、表も戦場なのである。
「んも、ぜんっぜん人が切れないの!!」
一体どこから沸いてくるんだろう、この人っ!?
「うわーんっ! もうテイクアウト終わりにしてもいいですかーっ!!?」
同じように泣きついてきたナナミが、必死で洗物を片付けていたエイダからお茶を受け取りながら、一気に喉を潤す。
そして、同じく洗物をしていたトモにグラスを返すと、口元を脱ぐって、よっしゃっ! と掛け声して、シルバートレイをもって駆け出す。
そんな彼女の背中を見送り。
「と、とにかく、やるしかないですよねー!?」
けほ、と小さく咳き込んだフッチが、泣きそうに尋ねるのに、グレミオは自信満々に頷いた。
「皆さん、大丈夫です。
このペースで作っていけば、三時間後には30分は作らなくてもいい時間が出来ますから、その時に休憩できますよ。」
果たして、その答えを聞いて、喜べるのかどうかは――……その時にならなくては分からない。
結局、そのティーラウンジは、午後を少し越えた頃に、一度お客さまが引いただけで、後は常に満員、常に人が並んでいる状態が続いていた。
店内を走り回った少女達も、ひたすら飲み物を作り続けていたアイリとカスミも、洗っても洗っても減らない洗物を片付けたエイダとトモも。
どれだけ作っても作っても、足りないという現状に泣きすら入った厨房の男達も。
ようやく、吐息すら零せるようになったのが――閉演のアナウンスが入る頃であった。
「けーっきょく……ちょっと体が空いたのって、テイクアウトが全部無くなって、満員になったあの時だけだったねー。」
もう立つ気力も無いと言いたげに、つい先ほどまで最後のお客様が座っていた椅子に腰掛け、ナナミが呟く。
隣ではテンガアールが同じように椅子に深くもたれて、頷いている。
「立ち見のお客様が居て、座ってるお客様が居て、メニューも全部運び終わったっていうダケの、少しの時間だったけどね。」
「でもさー、すぐ後に、食べ終わったお客様が続出して、あの後死にそうになったじゃなーい? なーんで、みんな一度に立つかなぁ?」
むくれたように頬を膨らませるのは、椅子の背もたれに顎を乗せるようにしてグッタリとしているメグであった。
彼女の上でまとめられた髪が、どこか元気なく項垂れている。
「休憩時間は、なーんかこう、気分が高揚しちゃって、休んでるって言う気がしなかったしね。」
「あ、でもー、グレミオさんのお弁当は美味しかったですよねー。」
軽く首を傾げるミリーは、テーブルに両手をついてしゃがみこんでいる。その頭の上では、ボナパルトが何もしていないくせに、疲れたと言いたげに天井をボーッと見ていた。
ビッキーも、さすがに疲れた顔を浮かべつつ、手にしていたトレイを膝の上に立てかけるようにして、床にしゃがみこむ。
もう歩く気力もわかないくらいの疲れが、少女達を襲っていた。
「疲れたのは分かるけど、そのテーブルを片付けてくれないと、掃除も出来ないじゃないか。」
呆れたように腰に手を当てて立つアイリが、そのまま乱暴な手つきでグラスをテーブルの上においていく。
良く冷えたグラスの中には、果物のジュースが入っている。
「あれ? これ、途中で売り切れにならなかったっけ??」
不思議そうに、綺麗な色のソレを示して尋ねるナナミに、たっぷりの砂糖とミルクを入れたコーヒーと紅茶を運んできていたカスミが答える。
ココアの甘い香がするのに、疲れ果てていたテンガアールとメグが反応する。
「この植物園で取れる果物なんだそうです。さきほど、園長に差し入れさせたと、スイ様がおっしゃってました。」
ほんのりと頬を赤らめるカスミの言葉に、ふぅーん、と意味深な声を口に乗せて、メグとテンガアールはココアを受け取る。
疲れた体は冷たい物を欲していたが、温かくて甘い物の方が疲れが良く取れることを、分かっていた。
「手がしわしわ。」
洗い場の洗物を一通り終わらせたらしいトモとエイダが、水につけすぎでふやけて、皮が捲れ始めてきた手を振りながらやってくる。
そんな彼女達にコーヒーを渡し、カスミは自ら紅茶を手にする。
アイリとナナミ、ミリーたちもまた、絞りたてのジュースを手にして、喉を潤す。
ほう、と吐息を零す少女達に、朗らかな青年の声がかけられた。
「残ったクッキーが焼きあがりましたけど、いかがです?」
振り返ると、グレミオが焼きたての香ばしいクッキーを手に、笑っている。
その後ろでは、疲れた顔を貼り付けた少年達が、クッキーで空腹を紛らわせているのが見えた。
「これを食べて、少し元気になったら、片付けて、明日のしたくを少ししてから、帰りましょう。」
ファイトっ! と、両拳を振るそぶりで告げたグレミオに、少女達は開店前とはまるで違う汚い店内を見回して――やれやれと、笑った。
まだコレで終わりではなく、片付けと、明日の支度が待っていたのだ。
「明日こそは、植物園を見て回れるといいねー。」
なんでこんなに忙しかったんだろうと、大きく伸びをしながらぼやいたメグに、
「リオの名前の威力なのかね、これって。」
と、呆れたようにアイリが入り口の辺りを見た。
そこには、店の名前を考えるのが面倒だから、と言う理由だけで。
「新☆同盟軍 出張出店 リオのお店」
と、書かれていた。
名前のセンスは置いておき、ネームバリュー効果があったのは、確かであろう。
※
そんなこんなで、怒涛のような二日間が終わり、最終日の三日目となった。さすがに一日目のことを教訓として、人数を増やしたり、準備量を増やしたりしたため、それほど混乱することはなく、順調に事は進んでいるのだが、未だ当初の計画の本命であった、「休憩時間に植物園見学」は遂行されない状態であった。というよりも、一時間くらいの休憩を貰ったとしても、ティーラウンジの休憩室から出て行こうと思うものは居なかったのである。
魔力の使いすぎでダウンしているルックは、ひたすら一時間を寝て過ごしたし、粉をふるい、分け続けたフッチとサスケの二人は、自分の震える腕を押さえながら、冷やすのに精一杯だった。頑丈なビクトールは、それくらいで腕が震えるとは、日ごろの鍛え方が足りねぇなぁ、と笑っていたが、二日目に筋肉痛になってしまい、シップを張り替えている光景が見られた。
フリックはフリックで、あまりの疲れにダウンして倒れこみそうだったし、ヒックスも声無く倒れているのが休憩時間だった。
まだ元気のあるナナミは、休憩時間にリオと一緒に昼食を掻き込み、残りの時間を仲良く爆睡してすごした。こうして体力回復・温存するのである。
ずっと厨房にでずっきりのグレミオとスイが休憩するのは、作らなくてもすむような時間だけであったため、比較的ほかの者よりも休憩時間が少なめになってしまう。
心配したカスミが、
「あの――もう少しゆっくりしてらしても構いませんよ?」
と、自らも飲み物を造りつつ、厨房で走り回ろうかと尋ねたのだが。
「大丈夫だって。これくらい。一週間、寝るときもご飯食べるときも崖に上り続けていたときに比べたら。」
「そうですよ、カスミさん。気を抜くと沈んでしまうような船を、ひたすらこぎ続けた五日間に比べたら。」
「全然大丈夫。」
そう口をそろえて言い張った主従が、きっぱりはっきり笑顔で断ってくれたのであった。
この三年の間、まともに戦わず、隠遁生活を送ってきたのではないのか、と尋ねたいような二人は、どうしてかこの中の誰よりも体力があるようであった。
せわしなく動く店の中は、一日目よりもヒートアップしているはずなのだが、予測していなかった爆発的な入客であった一日目に比べ、心の準備のあった二日目・三日目の、二人の余裕ぶりは、見ている方が唖然とするくらいだった。
「でも、こうしていると思い出しますねぇ、ぼっちゃん。」
右手と左手で、同時に別の生地をかき混ぜながら、グレミオがノホホンと笑う。
その顔と手の動きの速さがあっていないのは、主婦の実力かもしれない。
「何が?」
答えるスイも、次々にクッキーの型抜きをしている。両手をフルに使った型抜きは、隙も無駄もなく、型を抜いたと思ったら、中の生地が正面に用意された天板の上に乗っているという、神業ぶりである。もしも回りに居る人間に余裕があったなら、拍手喝采していることは間違いない。
それをフォローしていたリオもリオで、飛んできた型抜きされた生地がきっちりと乗せられるのを、音だけで判断して、一目もそちらを見ずに、天板を次々に新しいのに変えていっている。そのフォローの隙間を縫って、出来上がったシフォン生地を型に入れたり、冷えたシフォンケーキを盛り合わせたりしているのだから、彼も彼で常人ではない。
「テオ様がまだご存命でいらした頃、ぼっちゃんのお誕生日に、いろんな方をお呼びして、盛大なパーティを催したではないですか。」
「ああー。別名、父上の心を射止めて、将軍妃の立場をゲットしよう貴婦人大会、ね。」
そんなこともあったねと、気のない相槌を打ちつつ、クッキー生地の次の作業に入る。
焼きあがったケーキを取り出し、慣れた仕草でナイフを入て二つに切り分ける。
だてに小さい頃から、グレミオに悪戯して、お仕置きにと、ケーキの盛り付けなどを手伝わされたわけではない。見事に切られたケーキ生地へ、グレミオがかき混ぜていたたっぷりのクリームを塗りつけていく。
「私一人で百人分のお食事を作らせていただいたんですよねー。朝から大忙しだというのに、ぼっちゃんときたら、すぐに私の邪魔をしてくるから――……。」
美味しそうにホイップされたクリームを、一目も見ていない状況で、手ごたえだけで七分立てになっていると判断したグレミオは、片手に持ったチョコレートクリームを、リオにて渡す。
受け取ったリオは、さっそくそれを、シフォンケーキに塗り始める。マーブルのシフォン生地に、たっぷりのチョコクリームを乗せて、さらに上からココアを振りかけるのだ。
嫌になるくらい、お菓子を見ているというのに、この美味しそうなケーキを見るたび、リオの喉がゴクンと上下する。このシフォンがまた、口当たりが最高にやわらかくて、しっとりとしていて、おいしいのだ。
「えっ!? 違うよ? あれは、手伝おうと思ったんだって!」
驚くように叫んで、スイが手渡された生クリーム絞り機を手にする。
そのまま飾りつけに入る手つきは、職人技に早い。
伊達に、テッドと一緒に、生クリームで彫像コンクールを繰り広げていたわけではないのだ。――もっとも、それをして遊んだその日は、グレミオから怒りの言葉とともに、夕食抜きを言い渡されるので、あまり長続きした遊びではなかったが。
「手伝おうと思って、どうしてシチューの中にイボガエルだとか、イモリだとかを入れるんですか。あの後、作り直したんですよ!?」
秀麗な眉を寄せて目つきを眇めるグレミオの口から飛び出した言葉に、粉をふるう手が止まってしまったのは、サスケの頭の中に、とある丸薬の存在が浮かんだせいでは、決してない――とは言い切れない。忍者という職業柄、あんまり見たくもないまずい薬の材料にも長けているのだ。
はっきり言って、アレは、あんまりシチューには合わない。っていうか、全然合わない。
げ、という顔つきになるサスケに、彼が何を考えているのか悟ったフッチが、あからさまなため息を零す。そして、腕が止まっている彼に向かって、催促するように脚で軽く突付いてやった。
「いや、あれはさー、モウモウと煙が立つ中で、グレミオが見たこともないくらい大きな釜をかき回してるから、てっきり妙な薬でも作ってるのかと思ってさ。」
「作りませんよ、そんなの……。」
バタバタと、誰もが口を挟めないような、挟む余裕すらないような中、そんな昔話に花を咲かせつつ、異様なスピードで動き回る二人。それはある意味、脅威であった。
カスミは、そんな常人離れした二人を見ていると、自分の心使いも何もかも、無駄なのだと悟らざるを得なかった。
どうやら、まだまだ自分達は未熟なようである。
カスミが反論も出来ないような、綺麗な笑顔と一緒に、
「僕達二人は大丈夫だから、その間に、休憩に行っておいで、カスミ。
君達が無理してダウンしてしまったら、それこそ痛手だからね。」
まるで疲れていないような態度で、そう言われては、頷くしかない。凄いと、そう思わざるを得ない。
自分達とは、まるで違うのだと――優しくて、強いだけじゃないのだと、痛いほど、思う。
そう思ったのは、何もカスミだけではなかったらしい。
一緒に休憩を取っていたサスケが、震える腕を押さえながら、ぽつり、と呟いたのは、最後の休憩時間のことであった。
「俺、結構厳しい修行もしたつもりだし、同盟軍で腕も磨いたつもりだったけど――全然ダメじゃん……。」
意地っ張りで、プライドも高いサスケが、そうやって弱音を吐くのは、滅多にないことであった。特にカスミの前では、悪いところやドジなところは見せられないとばかりに、必死に頑張ってきた。
その彼がこうして弱音を吐くのは、今までにないくらい疲れきっているからなのか、これ以上の仕事をしている二人が――サスケにとったら、戦争や修行とは無縁の生活を送っている弱者としか見れない主従――、軽口を平気で叩けるのを見てしまったからなのか。
カスミは、なんと言っていいのかしばし逡巡し、それでも彼に教えなくてはいけないことがあると、口を割ろうとしたときだった。
「違うよ、サスケ。」
目元に濡れたふきんを当てたフッチが、布をずらして、サスケを見上げたのは。
ふてくされたように小さな睨みを利かせてくる彼に、フッチはもう一同じ言葉を告げた。今度はまっすぐにサスケを見ている。
「どこがどう違うんだよ。」
「俺たちが普段鍛えているのと、こういうのは違うってこと。
慣れてないことをするんだから、当たり前だけど、精神も知らないうちに疲れてるし、どこにどう力を入れたらいいのか分からないから、身体も全身に力が入りすぎて疲れちゃうんだよ。
だから、緊張疲れみたいなもんだよ。
慣れたらそうでもないさ。――昨日よりも今日の方が、疲れがマシだろ?」
言いながら、フッチは自分の右手を上げた。
昨日なら、まだ水に冷やしていないと熱くて熱くてしょうがなかった。けど、今日はそうでもない。ただ、筋が張っている。それも昨日までと違って、かき回している最中に、振り払うように二度三度手を振れば、すぐに治るたぐいのものだった。
「だから、わかんなくって全身に力を入れるのが、鍛えてねぇってことだろ!?」
「あはは……そりゃ、確かに、家事に関しては鍛えてないけどね。」
乾いた笑いを零して、フッチはフゥ、と吐息を零す。
「――……でもさ、リオさんはいっつもハイ・ヨーの料理対決を手伝ってるから、そんなに疲れてないのは分かるけど。
あの英雄は、なんだよ。アレ、全然疲れてないじゃんか。」
ちぇ、と少し視線を逸らすように呟いたサスケに、うーん、とフッチが唸るのが聞こえた。
それは、今、カスミが抱いているのと同じ気持ちから出ているものなのだろう。
――あの人は、疲れていないわけじゃない。大変じゃないわけじゃない。
ただ、あの人は。
「スイさんは、ぜったい大丈夫」と、誰もに思わせることの出来る天才だと言うだけ。
それが分かっているけど、でも、そのあまりの見事さに、私達もついだまされてしまうだけ。
笑顔と、元気を分けてくれることが上手いのは、リオもナナミも同じだけど。
「大丈夫。」
そう言ってくれただけで、最後までついていけると思うのは、あの人だけ。この人の下に居れば、絶対大丈夫だという、奇妙な信頼感が生まれるのは、スイ=マクドールだけ。
思った瞬間、カスミは胸が締め付けられた気がして、知らず胸元を掴んでいた。
息を詰めて、つらそうに目を伏せた。
あの頃のように、冴えた空気をまとっているわけじゃない。覇王としての、見つめているこちらが痛いくらいの、触れられないくらいの空気をまとっているわけじゃない。
なのに、今も心に棲んでいる。あれから何年も経っているというのに、住み着いている。
「スイも疲れてるさ。ただ、アイツの場合、疲れが出るのが人とは違うんだよ。」
不意に聞こえた声に、え? と見やると、床に仰向けに寝転がっていたシーナが、体を横にしてこちらを見ていた。
にやり、と笑う唇が目に飛び込んでくる。
「すっげぇ寝るの、あいつ。夢も見ないくらい、身動き一つしないくらい。」
「でも、寝て起きたら体力回復してるって辺り、人じゃないよ、あれは!」
ひょい、と言った感じに話に加わるメグに、カスミはあいまいに笑った。
スイがあえて自分達にそう見せているのは、解放軍メンバーなら誰でもわかっていることだった。
けど、疲れていないはずがないと、そう分かっているのに、彼は見事に自分達をだますのだ。
本当は、疲れていないんじゃないのか? ――思わずそう思ってしまうくらいに、彼は見事にだましてくれる。
自分達がそれほど疲れていないときや、どうしても必要なときは、きちんと「今日は疲れたから、後はよろしく。」なんて、横暴めいて言う。だから、彼が疲れたと口にしないのは、本当は疲れていないからなのだと、錯覚してしまう。
……あの人は、痛いくらいに、優しい人だから。
疲れが濃くにじんだかの人の顔を最後に見たのは、いつだっただろうか?
解放軍時代でも、数えるくらいしか見たことがない。
それほどあの人は、素の顔を自分達に見せることはなかった。
――なかったのに。
きゅ、とカスミは手にしたカップをきつく握り締める。
どうして、あの顔が「素」ではないとわかっていて、私は……――。
こぼれた吐息は、痛いくらいに切なく、カップの中に溶けていった。
※
閉園の放送が入るのを聞いた瞬間、厨房とフロアの人間は、一斉に飛び上がって喜んだ。
「やったーっ!!」
「おしまーいっ!!」
「おめでとーっ!!!」
良く考えてみたら、この植物園に来た本当の目的が果たされていないことがわかったのだが、そんなことは今の一同の頭の中には無かった。
三日目の――怒涛の三日間最終日の今日が、やっと終わりを告げたということが、嬉しくて嬉しくてしょうないのである。
最後のお客さんが帰り、まもなく閉園の放送が入るまで、誰もが思わず息を詰めてしまったほどであった。
達成感が皆の心の上に降りていた。
抱き合って喜ぶ少女達と、腕を酌み交わす少年達、そして、疲れたように互いの肩を叩き合う腐れ縁。
リオは喜びのあまりスイに抱きつき、グレミオから温かい微笑みを貰った。
「終わったんですねっ! 僕達、本当にやり遂げたんですねーっ!!」
まるで何かの学園ドラマのように、誰もが喜び打ちひしがれていた。
「まだ片付けが残ってるけどね。」
その喜びの空気を水さすように呟いたのは、ルックであった。
「う……突っ込みが上手いのは分かるけどさ、ルック君。何も、今、ここで言わなくてもいいじゃないー。」
ぷくぅ、と頬を膨らませてナナミがすねたような顔をした。
けれど、その声にも喜びがにじみ出ている。最初の目的とはまったく違う結果に終わったけれど、それでも見事やり遂げられたことが非常に嬉しいようである。
「喜びまくって、片付けを増やされるよりはマシだろ。」
つん、と綺麗な形の顎を逸らすルックに、それはそうだけどな、とシーナは軽く肩をすくめる。
これ以上ないくらいのルックの鋭い指摘によって、喜びに水をさすというよりも、我に返ったというほうが近い。
幸いにして厨房は、日ごろからの働き者のグレミオのおかげで、なかなかに綺麗になっているが、お客様が空になることのなかった客席は、汚れている。
「あーあ……これ、片付けるんだよねー。」
疲れがどっぷりを背中を襲ってきた気がして、アイリはその場にしゃがみこむ。
喜びのあまり一瞬飛んでいた疲れが、再びのしかかってきたような感覚がした。
「それ、言わないでー。」
メグが頭を抱えて嘆いた後、やっぱりからくり丸を連れきたらよかったなぁ、と小さく呟く。
「とにかく、やるしかないだろう? やらなきゃ、帰れないんだから。」
とんとん、と机を叩いて、フリックが厨房から姿をあらわす。右手には水の入ったバケツ。左手は雑巾を十枚くらい掴んでいる。
後から続いたフッチは、片手にモップの束を抱えていた。
ヨシノとフリードが、やる気満々で袖をまくっているのも見えた。
「そりゃまぁ、そうなんですけどね。」
リオは、うんざりしたように顔をゆがめる。
これが同盟軍のお城での出来事であったなら、笑顔でフリックに全てを押し付け、シュウの手をかいくぐって逃げれば済む事なのだが、今回のコレは、リオがスイに頼み込んだことであり、スイの顔を塗りつぶすわけには行かないという状況である。
どれほど疲れていようとも、ピカピカに磨き上げて、立つ鳥後を濁さず、状態にしておかなければいけない。
「よっし、スイさんのためだし、やるぞっ!!」
勢い込んで叫ぶと、カスミが両手で雑巾を握り締め、大きく頷く。
テンガアールは少し嫌そうに顔をゆがめたが、何も言わず渡されたモップを構えた。
ニナはフリックから雑巾を受け取るついでに、そっと彼の手を握ろうとしたが、すかさず避けられて、軽く頬を膨らませる。
そんな彼女にクスクスと笑いながら、メグも、はぁい、と手を出してフリックから雑巾を受け取った。
「ちぇっ、英雄のためにやるなんて、冗談じゃねぇよ。」
「……ちゃんとやったほうが自分のためだよ、サスケ。」
あいまいに笑いながら、フッチがサスケの胸元にモップを押し付ける。もしここでやらずに帰ってしまったら、一体どんな恐ろしいことが待っているのか、分かりはしない。
そして、それに巻き込まれるであろう自分のことも、アリアリと想像できて、フッチは何がなんでもサスケに片付けをさせる気であった。
ブツブツ言いながらも、サスケがフッチからモップを受け取った。
ちょうど、その時――。
「――……何? みんな、掃除手伝っていく気なの?」
きょとん、とした声が雑然とした店内に響いた
「え?」
各自掃除の準備も万全に――ナナミはいつもつけているバンダナを三角巾風に直していたし、リオは布を口に巻いているところであった――、振り向いた先で、スイが不思議そうに首を傾げて立っている。
後ろでは、帰り支度の済んだグレミオが、屋敷から持ってきた道具の数々の入った風呂敷を背負って立っている。
どう見ても、今から掃除に参加するなりには見えなかった。
「スイ、君だけ、片付けもしていかない気?」
冷ややかな声を投げかけられて、スイはルックを見やる。なれた仕草でローブの裾を捲り上げている美少年の機嫌は、地面に這うほどである。
「いや、別に君達が手伝っていくなら止めないけど……――。」
「手伝うも何も、片付けしてかなきゃいけねぇだろーが。」
ほら、とスイとグレミオの分のホウキを差し出すビクトールを見て、周りで頷いている少女達を見て――スイは、ゆっくりと視線をリオで止めた。
「もしかして、リオ? 君、彼らに何にも説明してなかったり、する?」
いぶかしげな眼差しを受けたリオは、その刹那――今の今まで疲れで死んでいた脳みそが活性化するのを感じた。
と同時、
「あーっ!!!! わすれてましたーっ!!!」
案の定、叫んでくれたのである。
「な、何が!?」
「今朝、スイさんから聞いてたんだったっけ。」
驚いて尋ねるナナミの声を右から左に流し、えへ、とリオが笑った。
そして、すでに準備万端な掃除隊を順繰りに見やると、誤魔化すように、言ってくれた。
「明日、新しいお店が入るから、今夜はその準備があるんでしたよね?」
「――そう、だから、今日の片付けや掃除は、全部そこの業者がしてくれるから、僕達は、業者がつく前にここから出るだけでいいんだよ。」
かるーく首を傾げて、リオが尋ねるように視線を向けた先で、スイが当たり前のように頷いてくれた。
その内容が一同頭に入るまで、やや少し。
しぃーん――と、リオにとっては限りなく居心地の悪い沈黙が下りていた。
そうして。
「すみませーん! 清掃業者ですけどー。」
「改装業者ですけど。」
「あれ、君達、まだいたの?」
ぞろぞろと、入ってくる人、人、人――……。
そんな光景の中、いやに冷めた空気が掃除人の姿をした一同の上に、吹き荒れていたのであった。
ミルイヒ=オッペンハイマー監修・協力。世界最大の植物園。
朝から入場口に人が並び、閉園時間ギリギリまで園内は人で溢れかえる。
そんな植物園も、さすがに閉園後時間が過ぎたためか、人気がまったくない。
もちろん、園内の係りの者が、見回りをしたり、世話をしたりでそこかしこに姿をあらわしてはいたが、すれ違うことはなかった。
昨日もおとついも、疲れがどっぷりと来ていて、出入り口まで一番近い通路――スタッフ通路と呼ばれるそこを通っていたため、花をゆっくり眺めることは無かった。何せ、スタッフ通路というのは、裏道のことなのだから。
それに、もともと開園前・閉園後は、植物園内の点検やチェックがあるため、スタッフとは言えど関係者以外は、見学通路に入ることは出来ない。
結局、一度も花を見ることは叶わず、このまま終えてしまうのだろうかと、三日間戦った戦場を振り返り、どっぷりとため息を零す一堂の前で、リオの名前が書かれた看板が下ろされていく。
なんだかんだで、三日の間、この店から一歩も出ることはなかった。
いや、あったことはあった。たとえば、忘れ物をしたお客さまを追いかけたり、支払いがまだのお客様を追いかけたり、ゴミを捨てに行ったり、自然が呼んでいたり――……。
「別に、充実してなかったわけじゃないんだけどね。」
「そうそう。充実の意味が、期待とは違ったよね。」
うんうん、とそんなことを頷きあう少女達に、いたた、とリオが呟いて自分の胸を押さえた。
最初の予定では、十二分に暇があるはずなのだ。
何せ、ほかの店の様子を館長から聞き込んだところでは、それほど過酷なほど忙しくはなかったのだから。
ということは、自分達が上手く采配できなかった、動けなかったというのが、忙しかった一番の敗因なのかもしれない。
やっぱり、どれくらい人が多くても、素人集団ではどうしようもないのかもしれない。
数が揃わなくては回らないのが、素人集団だということだ。
うーん、と腕を組み、考え込んでしまったリオであったが。
「ごめんね。僕の予測が甘かったみたいで。
――まさか、無名の店が、ここまで繁盛するなんて思って無くてさ。」
苦い笑みを刻んだスイにそう言われてしまっては、考え込んだ顔を一転させて、慌ててかぶりを振るしかなかった。
「いえっ! そんなの、誰も考えもしませんよっ!? それに、僕は、これもいい経験だと思いましたしっ!
当初の予定とは違いますけど、十分資金は出来ましたし。提案書とおりの結果にはなったと思います!
これで僕は、シュウに怒られませんからっ!!」
ぎゅ、と拳を握って力説するリオの台詞に、がく、と肩を落としたのはフリックだけではない。
おいおい、とシーナですらも呟いている。
もう少し高尚な言い訳を口にしてくれないと、タダ働きをしてしまった自分達の意味がない。
「そう言ってくれると、ありがたいけど――でも、皆、植物園の見学はしたいんだよね?」
意味深に小首を傾げて一同を見回すスイに、はた、とメグが目を見開く。
彼女は、もしかして、もしかしなくても? と小さく口の中で呟く。目が、期待に光っていた。
そんな彼女に、グレミオがクスクスと笑って答えた。
「ええ、ぼっちゃんが、園長さんにお話を通してくださいました。
今夜は、特別に、園内を開放してくださるそうです。」
瞬間、絶叫とも怒号ともいえない、例えられない叫びが、辺りの空気を震わせたのであった。
花騒動へ続く
猫ノ森様
長らくお待たせいたしました……(汗)。
44444ヒットでリクエストいただいておりました、
Wリーダーでお花見でギャグです。
え? お花見? という突っ込みは、突っ込みのままにしておいてください。(泣き)
しかも、続いてます。お花見バージョンへと。
普通の意味で言う「お花見」とは違いますけど、一応コレもお花見……かと思います。
両方まとめて、受け取ってくださいませ。