なりきり黄門さま 前編
1主人公:スイ=マクドール
2主人公:リオ
じーんせい 楽ありゃ苦もあるさー。
どこからともなくテーマ曲が流れはじめ、リオはイソイソとベッドの下から衣装箱を取り出した。
ずるずると引きずり出したそこには、茶色の着物道具一式が入っている。
ついでにおそろいの頭巾もちょこん、と置かれていた。
さっそくそれを着込むと、あややや、あっというまに、某ご老公スタイルである!
「よし、行くよ、お銀っ!」
きりり、と顔つきも改めて、トンファーを杖のようにカッツン、と突こうとして――がくっ、と上半身をのめらせる。
トンファーは、杖のように使うには、あんまりにも短すぎた。
「ダメねぇ、リオ。今日はコレにしておきなさいよ。」
答えるのは、同室にベッドを構えるナナミであった。
彼女は短い髪を無理矢理ひっつめ髪にして、町娘の着物を着込んでいる。赤い肌襦袢なのは、お銀スタイルを際立たせるためであろう。
手には、手裏剣や笠の代わりに、三節棍を握り締めていた。いつもの髪を飾る布は、綺麗に折りたたんで懐である。忍者スタイルになったときに、すかさず額に巻かなければいけないのだ。
そんなナナミが差し出したのは、一本の棍であった。
どこかで見たことがあると、微かに首をかしげたリオは、すぐにその正体に気づく。
棍の先には、竜をあしらった彫刻がされていた。
すなわち。
「これ、ジョウイの棍じゃないのっ!?」
すっとんきょうな声をあげるリオに、あったりまえじゃない、とナナミが当然のように答える。
「スイさんのを借りてこれるわけじゃないでしょ? スイさんの天牙棍は、スイさんだけのモノなんだからっ!」
じゃ、幼馴染であるジョウイのはいいのか、というと、それはそれで問題がありそうな気はするのだけど、ナナミもリオも、一切気にしないようにした。
どうせジョウイは、最近棍ではなく、剣ばっかり使っているのだ。別にこれくらい借りてもいいだろう、という気持ちであった。
リオはさっそくトンファーを荷物の中にしまい、棍を手にした。
かっつん、と高らかに棍が音を立てる。
「それじゃ、いきましょうかの、助さん、格さん……………………って、あ、助さんと格さん忘れてたよ。」
威厳たっぷりに言ってみたものの、この部屋にはご老公もどきと、お銀と言い切るには色気の足りない娘しか居なかった。
やばいやばい、と呟くリオは、ゆっくりと首をかしげる。
さて、ご老公のお供として連れて行く助さんと格さんには、一体誰がいいだろうか?
「カミューさんとマイクロトフさんなんてどう!? かっこいいお供連れて歩くのって、すっごくいいと思うけど。」
「うーん…………コンビとか相棒って意味だったら、二人も当てはまるしね。」
「じゃ、頼みに行こうよ、リオっ!」
腕を引っ張るナナミに、リオも楽しげに頷く。
二人の心は、すでに水戸黄門のテーマでいっぱいだったのである。
――ところが、そううまくはいかないのが、突発的なお遊びの決まりごとであった。
二人の私室に訪ねていったナナミとリオは、二人が朝も早くから、馬を散歩させるために遠乗りに出かけたということを知った。
多分帰ってくるのは夕方くらいですよ、と親切に教えてくれた元赤騎士に、ありがとう、と礼をつげ、二人はトボトボと階段に向かった。
「ほかに誰かいるかなぁ、相棒同士。」
「タイ・ホーさんとヤム・クーさんとかは?」
「イメージじゃないんだよねー。」
そんなことを言いながら歩いていた二人の前に、相棒同士は目の前からやってきた。
道場へと繋がる通路を、すたすたと歩きながら、二人はいつものようにたわいのない軽口を叩き合っていた。
「やっぱお前、太ったって、絶対。」
「筋肉だって言ってるだろうが。」
「いや、違うね。この背中の肉は、絶対贅肉だ――いや、もしかしたら、年のあまり皮膚がたるんできてるとかかもな。」
「フリックっ、てめぇなぁっ! お前だって年齢からしたら、そろそろ腹が出てくる年なんだぞっ!? いっつもいっつもビールばっかり飲んでるんだから、人事でもねぇんだからなっ!」
「馬鹿言うな。いつもビールを飲んでるのはお前じゃないか、ビクトール!」
はたから聞いていると、仲が良いのか悪いのか、ちょっと悩む軽口である。
だが、相手のコンプレックスを刺激するようなことを堂々と、相手の気分も損ねず言えるあたりは、相棒と認定してもいいだろう。
いや、正しくは、
「あれは、腐れ縁だよね。」
「そーよね…………。」
リオとナナミは、階段から降りた場所から、二人を見物していた。
そんな二人の奇妙な格好に、言い合いをしていたビクトールもフリックも気づいた。
二人は、先ほどまで言い争っていたことを忘れたかのように、息の合った様子で二人を指差すと、
「お前ら、なんて格好してんだっ!?」
そろって、声をあげた。
これを聞いた瞬間、リオとナナミの心は決まった。
「助さん、格さん、早く準備をしていらっしゃい。そろそろ旅立ちますぞ。」
リオが、えっへん、と棍を手にして胸を逸らした。
「うーんんん…………ちょぉーっと気になるけど、しょうがないか。
ほら、早く着替えて着替えてっ!」
ナナミが、微妙に気になることを口にして、二人の背中を押した。
わけがわからず、フリックが彼女を肩越しに振り返る。
「一体なんなんだ、それはっ!?」
腕を組んで考えていた様子のビクトールは、ちらり、とリオを見やると、
「それじゃ、俺は格さんってことで。」
さっさと、自分の役割分担を決めてしまう。
はぁっ!? と声をあげたフリックの顔を、覗き込むようにしてから、
「じゃ、フリックさんは助さんだねっ! うん、不幸なとこなんか、そっくりかも!」
ナナミが、無邪気に笑った。
何がなんだかわからないフリックの肩を掴んで、ビクトールも彼を押し始める。
「おいっ、ビクトール!」
叫んだ彼に、ビクトールはニヤリと笑った。
「ま、たまにはお遊びのお付き合いも大人の仕事だろ?」
かくして、無事にお供を得られたご老公は、城下まで足を伸ばすことにした。
しかし、歩いていても何か違和感が伴う。
それは色気のないお銀のせいでもなく、らしくないお供のせいでもない。
そうだ、この面子には!
「うっかり八兵衛がいないんだよっ!」
ホールへと続く階段を降りかけたところで、重大なことに気づいたご老公が振り返ると、ビクトールが顎に手を当てて同意する。
「そういやそうだな。ムードメーカーの八兵衛がいねぇと、話が進まないもんな。」
一体何の話が進まないのかと、麻色の服を着込むことになったフリックは思ったものの、賢明にも口に出すことはなかった。
「そうだよね…………うーん、誰が似合うかなぁ?」
首をかしげる一同の頭の中には、言いながらも一人の姿が浮かんでいた。
「うっかり」の代名詞とも言えるのは、ビッキーである、と。
ナナミもそうなのだが、今ナナミは「お銀」の役についている。本当ならお銀の役はジーンだとかアニタのような色香のある女性にやってもらうべきなのだろうが、ナナミがそうと言い張る以上は仕方がないのである。
「ビッキーちゃん…………。」
「ビッキーか。」
呟いたナナミとビクトールの言葉に、リオがそうだね、と頷くよりも先に、フリックがまったの手を差し出す。
「ダメだ、ビッキーだけはダメだ。」
はっきりと言い切る彼の眼は、マジである。
それもそうだろう。
もしこのお遊びにビッキーなどを混ぜたりなどしたら、無事に城下だけでことが運ぶとは限らないのである。
ちょーっと飛んでしまったり、ちょーっとテレポートしてしまったりで、この水戸黄門ごっこが、敵地まで乗り込んでしまうことになったらと思うと、フリックのただでさえでも痛みやすい胃が、今からシクシク痛むようであった。
「えーっ!? どうして? じゃ、ほかに誰かいるの?」
リオが、眉を顰めてフリックに問いただす。
けれど、フリックは当然ほかの当てなど居るはずもなく、言葉に詰まってしまう。
そこへ。
「じゃ、僕が、八兵衛に立候補するよ。」
良く通る声が、下から聞こえてきた。
この階段の下に居る人となると、ルックなのだけど――まさかルックが立候補するはずもない。
そう思って見下ろしたそこにいたのは、石版の前に座り込む美少年魔法使いと、彼の対面を陣取る美少年元軍主様であった。
声をかけたのは、優しい笑顔で手をふる方――スイ=マクドールであった。
「スイさん!?」
とっさにリオは、手すりにしがみついて、尻尾があったら振り切れんばかりの勢いで彼に向かって笑顔を零す。
同じようにナナミも、満面の笑顔で彼の名を呼ぶ。
「それとも僕じゃ役立たずかな?」
軽く首をかしげる英雄に、ファンである姉弟に何が言えようか?
彼らは揃ってブンブンと頭を振って、
「いいえっ、とんでもないっ!」
「というか、できるならスイさんには風車の矢七をしてほしいくらいです!!」
手に力をこめて叫ぶ。
けれど、スイはその言葉に、苦笑を刻んだ。
「うーん…………でも僕は、投げ物関係は苦手だからさ――それに、八兵衛って、結構好きだし…………ダメなら、やめておくけど。」
やんわりと微笑む彼に、逆らえるような姉弟ではない。
「いいえっ! スイさんなら、もう、なんでもっ!」
「はいっ! こちらからお願いしたいくらいです!!」
頬を上気させてお願いする二人に、ありがとう、と微笑んで、スイは立ち上がろうとした。
その彼の服の裾を、くい、とルックが引き止める。
見下ろした先で、美少年は床に直接置かれた将棋の駒を指差していた。
「まだ途中だよ?」
勝負を放っておく気か、と暗に尋ねられて、スイはまさか、と答える。
そして、ひょい、と掴んだ駒を進めて、ルックの眼を大げさに見開かせる。
続けて彼の眉間に、綺麗な皺が寄るのを確認すると、
「待ったはナシ。制限時間は、僕が帰ってくるまで。」
ヒラリ、と手を振って言い残す。
ルックは、低く唸ると、目の前の床を睨みつける。
フリックは、そんな彼を見つめて、無言で眼でスイに尋ねる。
スイは、それを受けると、飄々とした顔で言ってのけた。
「最近将棋に凝っててさ。ルックと勝負してるんだ。
今のところ、五戦三勝二敗。」
つまるところ、息抜きついでに付き合ってくれるということなのだろう、と。
フリックは、ため息を零さざるを得なかった。
旅の面子が揃ったところで、リオが声高らかに宣言する。
「それじゃ、ご老公の旅につきものの、悪人退治に行こうっ!」
「おーっ!」
元気良く拳を振り上げたのは、ナナミと、ビクトール、そしてスイだけである。
いや、正しく言うと、元気に拳を振り上げていないのは、フリックだけであった。
「ちょっと待てっ! なんだ、その悪人退治っていうのはっ!」
助さんと格さんは、いつも素手なんだ、とか言われて、剣を持つことを許されなかったフリックとしては、城内で――城内だけで穏便に済ませたいところだったのだけど。
「だから、勧善懲悪でしょ? 時代劇っていうのは。」
笑顔でスイにたしなめられてしまう。
こんな八っさんは嫌だ。
「ね、ご隠居?」
にこりと笑ってスイに尋ねられて、リオは笑顔で頷く。
「良く分かってるじゃないですか、八兵衛は。それに大して助さんは心配症ですねぇ。」
すでに役になりきっている。
こうなったら止められないと思いつつも、俺が止めなければ誰が止めるのだ、という使命感に燃えて、フリックはさらに言い募る。
「勧善懲悪も何も、悪がないだろうが、悪がっ! 一体何の悪を懲らしめるつもりなんだっ!?」
それにあっさりと答えるのは、
「悪ならあるわよ、助さん! 最近クスクスの町で、また女の子を狙った不良集団が出るとの噂を、飛猿が見つけてきてるのよ!」
「……………………飛猿って、誰だ?」
突っ込むフリックに、それは言わないお約束、とお銀から鋭いチョップがとんだ。
「そうそう。しかも、どうやらその集団は、女の子を捕まえて、売ろうとしている――人身売買にも絡んでるんじゃないかって噂もあるんだよ。
これは、軍主として――じゃなかった、私としても見逃せない事態だと思う。」
「だったら! こんな変な扮装してないで、普通に乗り込んで捕まえればいいだろうがっ!」
力説するフリックの肩に、ぽん、とビクトールの手が置かれた。
「落ち着け、フリック。
まだ完全に尻尾が掴めてないってことだろう? そうじゃなきゃ、とっくにシュウが何かやってるさ。
ま、これもいい機会だからよ、ちょっくら調べてみるくらいはいいんじゃねぇのか?」
「……………………〜〜〜っ!」
そんな風にお膳立てされてしまったら、さすがにこれ以上フリックは何もいえなくて、がっくりと肩を落とした。
陥落したらしいフリックの様子に、スイが笑顔になると、
「ご隠居。そろそろおなかすいたんだけど、今夜の宿はどこにします? 美味しい郷土料理が食べたいなぁ♪」
そうリオをせっついた。
「もちろん、今日の宿は決まってますよ! クスクスです!」
言い張るリオの言葉を聞くまでもなく、クスクスで泊まることは確定のようであった。
フリックは、体から力が抜けるのを感じながら――乾いた笑い声をあげた。
「スイ、お前と八兵衛の共通点を見つけたぜ。」
疲れたような声で呟くフリックに、ん? とスイが首をかしげる。
そんな彼に、やや暗い笑みを向けると、フリックはこう告げた。
「宿に着くと、その土地の郷土料理を気にするところだっ!」
びしぃっ、と指差してまで言ったというのに。
「だって、疲れた体なんだから、美味しいもの食べたいじゃないか。グレミオの料理ほどの腕が欲しいとは言わないけどさ。」
答えるスイは、自覚していたようで、非常にあっさりとしたものであった。
さて、所変わってクスクスの町である。
いつも明るい雰囲気に包まれているとは言いがたい町ではあるが、今日はいつになく閑散としているように見えた。
道行く人の姿もちらほらと、おじさんやおばあさんが見えるくらいで、健康的な青少年の姿すら見えない。
また港に誰か来たのかな、とリオが呟くのに、今度はシードさんだったらいいねぇ、なんて呑気にナナミがのたまう。
そんなわけあるかい! と、フリックが苦く突っ込む。
「…………たぶん、人攫いの影響じゃないのか、これは?」
まさか、ここまで影響が出ているとは、まったく思ってもみなかった。
これほど酷い状況なら、フリックの耳に入っていてもおかしくはないのだが――どこかで情報さ操作されていたということだろう。
「とりあえず、酒場だろ、酒場。」
ビクトールが、眼をキラキラと輝かせてリオの顔を覗き込む。
「えーっ!? 昼間っからぁ?」
嫌そうな声をあげるナナミに、スイがニコニコ笑う。
「情報収集は、まず酒場からって言うしね。
ここは使いっぱしりの格さんにまかせて、私とご隠居は、宿を取りましょうよ。」
ね、と、うまく役割分担を進めるスイに、ナナミも喜んで同意する。
それはまさに、水戸黄門らしい配役ではないか! と、彼女は心の奥底から喜んでいるようであった。
そして、右手の袖を捲り上げると、ブンブンと手を振り回し、
「それじゃっ! 私も情報収集に、そのあたりまわってくるね! 情報を集めるのは、くのいちの仕事でもあるんだもん!」
にっこりと笑って、止める隙もなく走り去っていく。
その彼女を、慌ててフリックが追いかける。
「ビクトール! 酒場はお前に任せたからな!」
あのままナナミを暴走させておくのはあまりに危険と判断したのだろう。
これが本物のお銀だったら、そんな心配はないのだけど。
「保護者だなぁ、フリックは。
三年前は被保護者っぽかったのに。」
感心したように呟くスイに、ビクトールがニヤリと笑う。
「そりゃ当たり前だろ? 俺と三年も旅してたんだからな。」
「ほめられないよ、それ。」
笑うことすらせずに突っ込んで、スイはビクトールをさっさと行かせる。
リオは、不思議そうにビクトールの背中を見送る。
「どこに行くんですか、ビクトールさんは?? 酒場って、こっちでしょ??」
そんな風に呟く、ご隠居と呼ぶにはまだまだ純粋な子供に、スイは片目をつぶってみせる。
「港町には、酒場は一つだけじゃないってことだよ。
さ、僕らは宿の部屋を取って、宿泊客に話でも聞こう。」
「はいっ!」
いつのまにか八兵衛に主導権を握られていたが、いつものことなので、リオはそれを疑問に思うこともなく、宿屋に向けて歩き出した。
宿の扉をくぐると、そこで帳面を渋い顔で見ていた宿の主人が、ギョッとした顔でリオを見やる。
「りりり、リオさま…………??」
いつも宿を利用させてもらっているため、彼には顔も身分もバレバレである。
だからこそ、いつになく妙な格好をした彼に、眼を白黒させているのだが。
リオは、慌てたように唇の前に指を当てると、
「しーっ! 僕は今、お忍びの旅の最中なの!」
「…………旅……………………。」
何か言いたげにスイは呟くが、特に否定も突っ込みもしなかった。
「は、はぁ…………そうなのですが――――それでは、何とおよびになれば?」
困惑した様子の宿屋の主人に、リオは待ってましたとばかりに顔を輝かせた。
そして、こつん、と棍を床に突いて、
「越後のちりめん問屋の隠居をしております、みつえもんと申します。」
言いたかった台詞を、堂々と言ってのけた。
「僕は、ご隠居の道中の旅のお供をしています、八兵衛と言います。」
にこ、と八兵衛らしくない笑顔を浮かべて、スイは困惑したままの宿屋の主人の手にする帳簿を見やる。
そこには、何もかかれて居なかった。
いわゆる白紙というやつである。
さらに見渡したそこにも、誰も居なかった。がらん、とした空間が広がるだけだった。
――これは…………シュウ殿が尻尾をつかめないから黙視していると言っていたけど、ずいぶんまずい状況になってるんじゃないの?
眉を顰めるスイに気づかず、宿屋の主人はカウンターから出てくる。
「それでは、お部屋の方へご案内いたしますね。えーっと、お泊りは一部屋で?」
「いいえ、後から連れが三人ほど来ますから、一応二部屋で。」
リオが手を振りながら、いつものように宿の部屋に向かおうとして――はた、と動きを止める。
それから、眉を曇らせて。
「なんか――人、少なくないです?」
バナーの村のような静かな村ならとにかくとして――とは言っても、バナーもトランとの大事な窓口だから、それなりに人通りは多い。ただ、わざわざバナーで泊まる人が少ないというだけなのだ――、港町であるクスクスの宿屋で、コレは妙だった。
昼間とは言えど、いつも賑わっているはずなのに。
「まさか、僕がカレンを連れ出したから、お客さんが居なくなったとか言いませんよねっ!?」
一種の名物だったクスクスの踊り子の名前を出して、ドキマギと胸を不安に高鳴らせる彼に、主人は苦く笑ってかぶりを振った。
その彼の眼が、リオならば、とすがるような色に変わったのを見て取ると、スイは暗くなりそうな雰囲気とは違う明るい声で、
「ご主人。ここの名物料理には何があります?」
「へっ!? あ、ああ…………いろいろ――ありますが。」
拍子抜けしたのであろう。ちょっと呆れたような声でそう告げる彼に、そう、と短く呟いた後、
「それじゃ、その名物料理、今から作ってくれます? そこで、食べますから――お話を伺うついでに。」
笑顔で、彼は続けた。
やっぱり、八っさんはコレがないとダメだろう、と思いながら。
目の前に広げられた料理を食べながら、二人は向かい合わせの席に座った主人の暗い顔を眺めていた。
ぽつり、ぽつり――と話す口調は、いつしか力と熱が入り、強い口調に変わっていた。
彼は、頬を紅潮させ、苛立ちに拳を震わせながら、忌々しげに呟く。
「あの男が、ここに居を構えたくらいから、柄の悪い輩が昼間からうろつき始めて…………若い旅の娘を無理矢理連れ去ることも一度や二度じゃないんです! でも、食って掛かったはヤツはみんな、ボロボロに殺されかかったり、仕事がまるで入ってこなくなったりする。連れ去られた娘が戻ってこないと言うことも、ウソか本当かわからないから、詰め寄ってもノラリクラリと交わされるし。
それに…………。」
にごらせた言葉の先を、手羽先を食べていたリオが眼で促す。
彼は、ちらり、と出入り口の方を気にして、誰も入ってこないことを確認すると、重い――重い口を割った。
「月に一度、見慣れない船が入ってくるんです。
多分それは、あの男の船だと思うのですが――…………船は決して荷をおろしたりしないんです。そして、いつのまにか出港していなくなるんです。」
「……………………あやしいね、それって。」
香の良い水出し紅茶で一息ついていたスイが、微かに顔を曇らせるのに、彼もコクリと頷く。
「はい。たぶん、夜中に出港しているのだろうと噂していたのですが…………ある日、酒場の主人が見てしまったんですよ。」
「見た? 何を?」
ぐぐ、と体を乗り出すリオに、主人は落ち着きなさげに出入り口を再び確認すると、ゆっくりと――口を割った。
「……………………夜中に、荷をおろしているところを。」
「夜中にぃっ!?」
そりゃ、変だ。
普通の船は、夜中に荷解きすることなどない。
無駄な火を使うことになるし、暗闇が酷くて危険極まりないのだ。さまざまな意味で。
「それは珍しい。夜中に荷をおろすなんて――まるで見られては困る物を運んでいるみたいじゃないか。
そうだね…………たとえば、人、とか?」
涼しい顔でお茶をすするスイの言葉に、びくん、と酒場の主人の肩が強張った。
それが、雄弁な言葉だった。
リオが顔つきを険しくさせると、
「まさか…………その男、ほかの場所からも、女の人を運んでいるというの?」
低く呟いた。
その言葉に、びくん、と宿屋の主人が身を強張らせ、小さく、頷いた。
まるで、それを知っている自分のことを、リオたちが裁くのを恐れているかのように。
スイは、険をこめるリオの背中を軽く叩いて、
「ちょっと待って。誰か来るみたい。」
しぃ、と自分の唇の前に指を当てた。
瞬間、あからさまに主人がうろたえる。
そして、焦ったように入り口を見やり、立ち上がろうとした。
それよりも少し早いタイミングで、
「おーい、主人! まだ部屋は空いてるか?」
扉をくぐってきた人物が、雰囲気に合わない明るい声で、呼びかけた。
それは、主人が恐れているような「あの男の部下」ではなく――思いも寄らない、リオも良く知る人物の声であった。
ナナミが帰ってきたのは、おやつの時間を少し過ぎた頃であった。
むくれた表情で、リオとスイに報告することによると、誰に話を聞いても、まるで相手にしてくれないとのこと。
結局、港まで行って見た物の、得た情報と言えば、人の口から聞いたものではなく、見てきた情報のみとなった。
すなわち、
「変な船があったよ。」
とだけ。
何の船か誰に聞いても答えてくれないし、どこから来た船なのか、明記もされていない。
個人船だろうとフリックは判断したのだけど、このクスクスの町で個人船を持っている者など居るはずもない――そう、ラダトで名を利かせたシュウならとにかく。
港の覇気のない連中に食って掛かろうとしたナナミを、無理矢理連れ戻す形になったフリックは、その個人船の様子を事細かにリオとスイに伝える。
「船が沈んでいる喫水線から判断して、中にはまだ荷が乗っているはずだ。甲板に、いかつい顔をした船員が何人かいた。けど、まるで荷をおろす気配もなけりゃ、出港する準備をする気配もない。それに、見習みたいな格好をして甲板掃除をしているように見せかけていたが、どう見てもあいつらは、水夫って顔じゃないし、筋肉のつき方も違う。
――…………たぶん、そういう方面のヤツだと思うぜ。」
どのような船だったのかを見てくるのもいいだろうが、と言いながらも、フリックの口元は苦い笑みを刻んでいた。
「さっき俺とナナミが、じっくりと船を見ているだけで、十分怪しまれていただろうからな、今日は行くのはやめたほうがいい。
その宿屋の主人が言っていた船かどうかは、また今夜にでも確認するしかないだろうな…………。」
多分それは、危険が伴うのだろうけど、と、あまり進めたくないような口調で告げるフリックに。
「それは大丈夫だと思う。さっき、ビクトールが酒場に聞き込みに行くって言ってただろう? ちゃんと聞き込みしてるなら、船がどういうものなのか、酒場の主人から聞き出してるはずさ。」
スイが、軽く言ってのける。
ちょっと不安が残るビクトール頼りだが、何だかんだ言いながら、彼の「本物」を見抜く眼は認めている。
「…………その船に乗ってるのって――本当に女の人なのかな?」
ナナミが、少し眉を寄せて三人を見上げる。
心配そうな色が良く出ている彼女に、リオは顎の下で指を組んで小さく唸った。
「多分そうだと思うけど――でもさ、本当に女の人を使って、人身売買をしてるのだとしたら、そのことにシュウが気づかないはずはないと思うんだよね。シュウはああ見えて商才はあるわけじゃない? ってことは、やっぱりそれなりの情報通だと思うんだ。
そのシュウに見つからないように、ばれないように、出来るものなかって…………。」
いつもはなんだかんだとシュウに逆らっているものの、結局は彼のことをきちんと信頼し、評価してはいるのだと、シミジミ感心するものを感じつつ、フリックも軽く首をかしげた。
「……………………気づいていて見逃している可能性はあるかもな…………。」
「っていうと、人身売買にしか見えない行為だけど、実はただの職業案内所だったとかそういうオチだとか?」
おやつの占めを飾る暖かいお茶をすすりながら、スイが誰も思わないだろうことを口にしてくれた。
もしも本当に職業案内所だとすると、荒くれ者があたりに居ることも、仕事にあぶれた荒くれ者が仕事を探しにきている最中なのだと理解できる――かもしれない。
「んなわけあるかよ。だったら、わざわざ夜中に荷おろしする原因は何だよ。」
こんがり焼けたクッキーを口に放り込んで、フリックはわざと音を立てて噛み砕いた。
「おいおい…………お前ら、こんな場所でそんな話してるなよな。」
呆れた声が聞こえたのは、そのときであった。
一同が見やった先で、酒場に情報収集に行っていたビクトールが、すぐ側に立っていた。
彼は、土産だと言い捨てて、ワインのボトルをテーブルの上に置いた。
すかさずそれを手にして、スイは整った眉を顰めた。
「うっわー、格さん、なんでこんな安物のワイン持って帰ってくるわけ? せめて中級ワインくらいにしてよね。」
「うっせぇ。八兵衛はワインなんて飲まねぇだろうがよ。」
「じゃ、日本酒飲むから、辛口の純米酒買ってきてよ。醸造アルコール入ってないヤツが飲みたい気分。」
ごん、を音を立てて、ワインを置いて、スイはビクトールを見上げる。
ビクトールの口の端が引きつったが、彼はそれを無理矢理笑みに変えると。
「ま、まぁとにかくよ――部屋に行こうぜ。取れてるんだろ? 部屋。」
机の上に戻されたワインボトルを掴んで、そう提案した。
そうして、一向は用意された宿の部屋へ進み、室内に入るなり、座る間ももったいないと言いたげに、話し合いを開始する。
結果、ビクトールがしっかりと酒場の主人から聞き込んできた情報と照らし合わせて、港に止まっている船は、確かに「怪しい噂の船」であると分かった。
となると、今夜遅くに視察に行き、船から何が下ろされるのが見ることが肝心となるのだが。
「うーん、こういうとき、矢七や飛猿が居てくれたら、情報を持ってきてくれるのになぁー。」
ナナミが、腕を組んで眉を寄せる。
あの港には、身を隠せるような場所は無い。
見つかってしまうことは間違いなく、暗い中でも良く見える場所を確保するのは相当難しかった。
となると、船から下りた荷を運ぶ場所で待ち構えるのが、定石と思うのだが。
「…………スイさん。」
にんまり、とリオが嬉しそうな顔でスイを見やった。
それを受けるスイも、にこやかに笑っている。
「……………………?? もしかして、もう見当ついてるとか言うんじゃねぇだろうな?」
お前ら、どう考えても宿から出てねぇだろうが、とフリックとビクトールが声に険を篭らせるのに、リオが嬉しそうに声を弾ませた。
「情報は、向こうからやってきたんだよ。」
「――矢七と飛猿が持ってきてくれたってとこだね。」
スイもリオに続くように優しく笑った。
ナナミは、走り回ったおかげでポロポロと崩れ始めた髪形を抑えながら、彼ら二人を交互に見比べる。
「飛猿も矢七も、役する人いないじゃない?」
それとも、二人に例えた風の噂というヤツなのだろうかと、ナナミは首をかしげる。
そんな彼女に、リオとスイは、満足げに眼を交し合うと。
「今、待機中だから会えるよ。」
にっこりと、微笑みあった。
二部屋とってもらったもう片方の部屋…………隣の部屋に、飛猿と矢七は居た。
こんこん、とノックしたリオのノックに答えたのは、
「おう、開いてるぜ。」
聞きなれた――でも、こんなところで聞いてはいけないはずの人の声だった。
思わずフリックの動きが強張り、ビクトールが動きを止めて――。
そんな保護者ぶった二人に気を向けることなく。
「はいりまーっす♪」
リオが、ノブを回した。
ちゃっかりと開いた扉の向こうで、椅子の背向けて座っている青年と、その対面でお茶を取っている男が居た。
「よー。どうだったよ、収穫は?」
片手をあげて挨拶してくれる、あっけらかんとした声の主と。
「やはり、停泊していた船が、目的の船でしたか?」
低く静かな声で、お茶を飲む手を止める人と。
「……………………しししし、シード、クルガンっ!!!???」
指差し叫ぶ、フリックさんと。
「何でお前らがここに居るんだよっ!?」
さしものビクトールも驚いたらしく、絶句していて。
「やっだぁーっ!? じゃ、矢七がシードさんで、飛猿がクルガンさんなのねっ!!」
違う意味で叫ぶナナミが居て。
そんな室内の人と、室外の人とを見比べながらリオは、
「とりあえず、情報交換はじめーっ!!」
かっつん、と慣れてきた手つきで、ジョウイの棍で床を叩いたのであった。
スイが、フリックとビクトールの背後から、さっさと入れとばかりに二人を蹴りつける。
その後、廊下に誰も居ないことを確認して、きっちりと扉を閉めた。
ついでにノブに仕掛けを施し、無理矢理開けようとするものが居たら、鍵穴から針が飛ぶように仕掛ける。
そうしている間にも、室内の情報交換は進んでいた。
どうしても引きがちになるフリックとビクトールを仲裁するように、リオがハイランドの将二人と、自分の仲間たちの間に割ってはいっている。
ナナミは、役柄が揃ったことが嬉しいらしく、鏡の前で髪を直していた。
「なんでお前らがここに居るんだよ?」
フリックの険の篭った声に、赤い髪を掻き揚げながら、シードが面倒そうに答える。
「俺だって、暴れられねぇような仕事はごめんなんだけどよ。」
ひょっこりと肩をすくめた彼は、そのまま悪戯げに眼を輝かせる。
「もしかしたら、ことの発端が同盟軍の側かもしれねぇって言われて、こうして喧嘩しに来たってぇわけだ。」
「…………シード。むやみな発言はするな。」
フリックとビクトールの二人が、シードの口にした言葉の意味を把握しきるよりも先に、クルガンが静かにいなす。
そして冷静に彼は、同盟軍の面々に向かい合った。
「さきほど、リオ殿とスイ殿から話は伺っている。
どうやらこの件に関しては、私達は力をあわせるべきだと理解している。」
そうして彼は、おもむろに椅子から立ち上がると、深々と――頭を下げた。
唐突な彼の仕草に、とまどうフリックとビクトールに向けて、
「力を貸してほしい、フリックどの、ビクトールどの。」
真剣な声で、そう告げた。
絶句する腐れ縁と、頭を下げているクルガンとを、シードはなんとも言えないような顔で見ていたが――すぐにため息をついて、自らも立ち上がると、同じように頭を下げる。
「おねがいします。」
「………………………………っっ。」
まさか、この二人から頭を下げられるとは思っても見なかったフリックとビクトールの二人は、内心酷く焦った。
お互いの目線をあわせ、さらにリオとスイとを見やる。
けど、リオは何も言わず頷くだけ。
スイにいたっては、仕掛けをするのが楽しくなってきたらしく、なにやら本格的な仕掛けを施し始めている。
お互いに眼をあわせて、お前が言えよ、とつつき合うビクトールとフリックの無駄な擦り付け合いが終わったのは、ナナミの声であった。
「あったりまえじゃないですかっ! シードさん、クルガンさんっ! 一緒に頑張るのは、仲間として当然のことですよっ!」
ばしっ! と、浮かれた声のまま、二人の背中を叩いて、彼女は頭を下げる二人の顔を交互に覗き込んだ。
そして、にっこりと笑うと、
「それじゃ、まずは宿屋の人の言っていた『あの人』から始まらないとねっ!」
そう、話をまとめた。
シードがくるくると椅子で回るのを、隣から強引に止めながらクルガンが苦く話したのは、一人の商人の話であった。
本当はハイランドの恥になるからと、内密に仕事を済ませたかったらしいのだが、ここで動くには、クルガンは目立ちすぎていた――なにせ、一度ここに来ているのだから。
かと言って、シード一人に任せるのも問題だと思っていたところに、同じように「あの男」を探りに来た同盟軍と出会い、渡りに船とばかりに手を組むことにしたのだという。
「今回の黒幕である男は、アガレス様が皇王であられたときには、商家としての許可をおろしていなかったのですが、ルカ様が立位なされたときに、ラウド将軍を通して無理矢理許可を取ったらしいのです。
そして、裏で色々…………人身売買とかも行っていたようでして、ちょうどルカ様の行為に目隠しされて、気づくものが居なかったのが不幸とも言いましょうか。気づけば、彼はハイランドで裏ルートを持つようになっていました。」
本来なら見過ごせないような出来事であったのだが、偶然と偶然が重なり合って、彼の犯罪を覆い隠してしまったのだと、クルガンは語る。
「まー、ぶっちゃけて言っちまえば、ちょうどその頃によ、ソロン・ジーがルカ様に殺されちまって、下に居た部下の配置換えとか、ジョウイ様の破格の出世とかが起きてよー。貴族連中が、やらなきゃいけねぇ仕事を放り出して、いろいろ裏で画策してたんだよな。その隙にやられちまったってとこか?」
「シードっ!」
勝手にお国事情をばらしてくれる相棒に、クルガンの米神に皺が走った。
「んな回りくどい説明より、よっぽど分かりやすいじゃねぇか。実際、アガレス様が亡くなられた時だって、ジョウイ様の婚約の時だって、貴族のヤツラは、ああでもない、こうでもないって言い募って、自分の仕事を放り出してただろ? その結果、こっちに後始末が回ってくるんだから、たまんねぇよなぁ。そう思わねぇ? あんたも?」
唐突にシードに話を振られて、何が何だかわからないままに、フリックは同意する。
「あ、ああ、そうだな。確かに、貴族っていうのは、昔から重きをおいてだとか言って、変なところでうるさいよな。」
うんうん、と頷くフリックに、ビクトールは何か言いたげな眼を向けたが、特に言うことでもないと思ったのか、眉をそびやかすだけに止めておいた。
貴族のことに関して一番詳しいだろう人物は、未だにカギの仕掛けに熱中しているのだから、これ以上話は脱線せず、クルガンが無理矢理話を戻す。
「それで、ジョウイ様が即位されたときに、いろいろ調べた結果、彼の所業が明らかになったわけなのですが――。」
「そうそう、ジョウイ様の命令でさ、ルカ様に味方したヤツリスト作ってよー、クルガンは、大変だったんだぜー。」
あははは、と明るい声を作り上げるシードに、クルガンの米神が再び揺れた。
が、無理矢理怒りを飲み込んだクルガンは、何事もなかったかのように先を説明する。
それを見ていたフリックは、その気持ちがヨーク分かる気がして、つい、チラリと横の相棒を見て、ため息を零してしまった。
「彼を捕まえようとしたのですが、おそらくは内部の何者かが情報を漏らしたのでしょう。一足先に逃げられてしまいまして――それだけならまだしも、どうやら逃げた先で、まだ裏の商売を続けているとの情報を受け、こうして私達で探しに来たということです。」
これ以上話を誤魔化しても、シードにバラされる運命にあると決めたらしいクルガンが、サバサバと自分達の失態を口にする。
「…………その逃げた先が、ここだと?」
フリックの低い声に、クルガンは苦く頷く。
「ええ、さすがにここには踏み込まないと思ったらしく――さらに、ラダトの敏腕商人が居なくなった後ですから、入り込みやすいと考えたのでしょうね。
ここを本拠地とし、どこかに移していた攫った女性達を船で連れてきて、同時に船に乗せてどこかへ売りに行っているらしいのです。」
「同時に、ここでも旅の女性を攫っているってわけか――。」
「はい。相手はなかなか尻尾をつかませてくれません。私達が最初の調査に赴いたときも、表向きは職業案内所でしたよ。――実際につく職業は、どのようなものかは知りませんが。」
最後は吐き捨てるように呟いたクルガンに、シードも頷く。
「できることなら、俺だってガッツーンッてやりたいんだけどな。
さすがに、一般人相手には立ち回りはできなくてよー。レオン殿もこっちは俺らに任すとか言って、知恵も授けてくれねぇし。
あんたら、なんかいい知恵ねぇ?」
ベッドに放り出したままの自分の愛剣を見やってから、シードはフリックたちの顔を見やる。
リオは難しい顔をして、首をひねった。
「たぶん、シュウが調べてるとは思うけど、今から戻って色々聞いてたら、今夜の船には間に合わないよねー?」
「それに、シュウがまだ表だって画策してねぇってことを考えたら、あんまり良い情報はつかんでねぇってことだろ。
長期戦の構えなんだな、シュウは。」
同盟軍の――戦争中で、ただでさえでもおびえている市民達を脅かすことだけは、シュウも避けたいはずだ。
だからこそ、早めに解決したいだろうに、まだ表立っていないことを考えると。
「カスミやモンドっていう、偵察にはおあつらえむきの人物が居るんだから、とっとと使えばいいのにな、あの堅物は。」
カスミが正しくは「同盟軍の者」ではないことを考えて、あえてカスミを使うことを避けているのだろう。
それを思えば、重いため息がこぼれるっていうものである。
やはり、結論から言うと、城に一度戻って体勢を整えたほうがいいのかもしれない――フリックがそう結論づけようとしたときである。
「カスミちゃん…………そっか! こういうときこそ、お銀の出番なんだよねっ!!」
ナナミが、嬉しそうに両手の平をあわせて叫んだのは。
「……………………え?」
いぶかしげに義姉を見やるリオに、ナナミは任せて、と言いたげに胸を叩く。
「ほら、良くあるじゃない!? お銀が、自分から相手の懐に飛び込むヤツ! 俗に言う、サービスシーンのあるっ!」
「ああ、入浴シーンな。」
ジーンやアニタのような美女のならともかく、ナナミのは見たくないなぁ、と思いながら、ビクトールがおざなりに答え――、
「って、お前、まさか本気で…………!?」
「名づけて、おとり作戦!!」
ぐっ、と拳を握るナナミの情熱の眼を前jに、
「ぜんぜん名づけてないよ。」
リオは冷静に突っ込んでみた。
「いや、突っ込みどころはそこじゃねぇだろ?」
フリックはため息を零して、ナナミを説得しようとするのだが。
「でも、良い案だな、それ。手っ取り早く済むじゃねぇか。」
シードが賛成を示すし。
「シード、そんな簡単に決めるなっ。」
クルガンの意見を隠すように、
「ナナミ一人で不安なら、フリックも一緒に行く?」
リオが無邪気に尋ねる。
彼はきちんと、攫われた女性の連れていかれる先を理解しているのだろうか?
「……………………あのな、リオ? 連れ去られるのは、女であってー。」
「じゃ、女装か。」
あっさりと口にするのはビクトールであった。
思わず青筋が浮かぶフリックに、慌てて彼は前言撤回と、両手をブンブン振り回した。
「えーっと………………………………おいっ、スイっ! お前もなんか言えよっ! 一応、この中で一番悪知恵が働くだろうがっ!!」
そして、助けを求めるように扉を振り返った。
何の変哲もない部屋の扉の前では、スイが満足げな微笑みを浮かべて、扉を眺めていた。
「やっぱり、習うべき盗賊の技だねっ!」
「……………………お前、何してんの?」
「八兵衛ってのは、会話に加わらないのが基本でしょっ!?」
冷静に突っ込むフリックに、笑顔でスイが答える。
いまさらながら、余計な配役をしてしまったような気がするフリックであった。
「……………………で、スイ。お前、なんか良い案ないか?」
「おとり作戦がいけないなら、芸妓作戦とか、盗み見作戦とかだね。まぁ、基本的にはあっちが行動に移した場面を目で見ないとダメだろうから、一番いいのはおとり作戦だと思うよ。」
さく、とナナミの作戦をプッシュされてしまった。
フリックとクルガンの二人が、頭痛を覚えたように頭を抑えるのに、リオも同じように苦しそうな顔で眼を伏せる。
「でも、ナナミをおとりだなんて…………。」
「おねえちゃんなら大丈夫だよ、リオ!」
何の根拠もなく、ナナミが満面の笑顔になる。
そんな彼女に、さらにリオは眉を寄せる。
「ナナミだから心配なんだよ――ナナミを攫ってくれる人なんて、ホントに居るのっ!?」
瞬間、室内に響く打撲音がしたのは、仕方のないことなのかもしれない。
「んもーっ! リオの馬鹿っ!」
じゃらじゃらと三節棍をまとめながら、ナナミがプリプリと怒る。
その彼女の後ろでは、床にのめりこんだ弟が居た。
「とにかく、お姉ちゃんはやってみせるわっ!!」
拳を握り締めて、ナナミが力説する。
そんな彼女に、フリックはあきらめ顔になり、シードはお気楽な顔で、
「俺がちゃーんと守ってやるからなっ!」
そう、宣言する。
そのいたずらっ子のような表情は、やっと暴れられると思っているようであった。
クルガンは、そんな彼をたしなめるように、静かに口を開く。
「彼女が捕まり、中に入るまでは、私達は傍観するしかない。だから、中に入ってしまった後のことは――…………。」
思わず言い篭ってしまったのも仕方がない。
下手をしたら、彼女の体に傷を負わせかねないことなのだ。
それも、心の傷をも伴うような、傷だ。
「うーん――それじゃ、フリックもついていくっていうのは、どうかな?」
荷物の中から、各種札セットを取り出していたスイが、フリックを指差す。
「俺ぇっ!?」
悲鳴に近い声をあげる彼に、だって、と当たり前のようにスイが続ける。
「剣を取り上げられても紋章があるだろ、フリックの場合。
それに、童顔だから、多少ごまかしたらりりしい女に見える! 大丈夫。」
「大丈夫、じゃねぇだろっ! だいたい、俺たちはこのあたりでも顔を知られてるから、女装してもばれるに決まってるだろうがっ!!」
ばんばんっ、と机を叩いて抗議するフリックに、スイは残念だと肩をすくめる。
発言した彼自身、あまり本気で言ったつもりではないらしく、まとめた札をナナミに手渡すと、真摯な表情で彼女に告げた。
「ナナミ、君に辛い思いをさせるけど、絶対に助けるから。」
ナナミは、暖かなスイの手から受け取った札を大切に握り締めると、こっくり、と頷いた。
そして、少し照れたような微笑を浮かべて、スイを見上げる。
「はい。きっと、お役を果たして見せますから!」
もうそれ以上、誰も止めることなど出来なかった。
ビクトールは一度大きく伸びをすると、扉に向かった。
「それじゃ…………行くぞ。」
言いながら、彼がノブに手をかけた瞬間、
「だめっ! ビクトール!!」
とっさにスイは、リオが立てかけておいた棍を手にして、それをビクトール向けて払った。
どごぉっ! と強烈な音がして、ビクトールの体が腰から吹っ飛んだ。
それと同時、ドアのノブがバチバチッと放電する。
スイは、ふぅ、と額の汗をぬぐうと。
「これは50万ボルトに設定してあるから、気を抜くとまずいよ。」
きっ、と倒れたビクトールを見やった。
ビクトールは、床の上でヒクヒクと痙攣しながら、腰に手を当てている。
「俺には、今のスイの攻撃の方がまずかったような気が…………………………………………。」
フリックの独り言は放っておき、スイは一同を見回して。
「ノブは危険がいっぱいだから、今日は窓から出るよ。」
自分が熱中した結果の報告をしたのであった。
後編へ続く