い も う と












 関東大会優勝の後、明訓高校のナインは、自分達の弱点や弱みを克服するための練習に望んできた。
 賀間の鉛玉に力負けをした岩鬼と山田は、鉄アレイを持っている姿を良く見かけた。さらに素振りに使うバットにつけるマスコットの数も増えた。
 殿馬はグラウンドだけではなく、音楽室に行く回数が以前よりも増え、微笑は素振りや遠投をしている姿が良く見かけられた。
 里中は、姿が見えないときはほとんど走りこんでいた。
 そんな彼らの様子を見ていた土井垣は、ある夜のミーティングで、その途中成果を見ることにする、と、そう宣言した。
「体力測定みたいなものですか?」
「それほど堅苦しく考えなくてもいい。今までのように、ベースランニングの全力疾走のタイムを測ったり、遠投の距離を測ったり、投球コントロールの見極め──そんなところだな。」
 手を上げて尋ねた山岡に、土井垣はホワイトボードに書いた自分の字を、とん、と手の甲で叩いた。
「入部の時に行った結果は、全て記録されているから、それと今の自分を比べ、自分が一番伸びが弱い部分、伸びている部分を再確認してもらう。」
 何よりも、彼らの個性がどう伸びているかによって、これからの練習方法も考えていかなくてはいけない。
 もちろん、個々の特質を知ることで、プレイ幅にも広がりを持たせることも出来るはずだ。
「はい、分かりました。」
 それぞれ頷きあうナインをグルリと見回して、土井垣は笑みを口元に昇らせた。
「──で、だ。
 その結果を張り出すわけだが……成績によっては、罰ゲームを用意することも考えている。」
 楽しげに告げられた内容に、えっ、と、目を見開く後輩達に、してやったり、とばかりに土井垣はますます笑みを深くした。
「それぞれの項目で成績が振るわなかった者、総合で伸びが少ないと思われるもの──覚悟しておけよ。」
 途端、身に覚えがあるだろう面々が、苦虫を噛み潰したような顔になる。
「罰ゲームって、どんなのですか、監督。」
 はい、と挙手して質問する微笑には、土井垣は軽く首を傾げて、
「そうだな──100本ノックと言いたいところだが、それではあまりにも面白くないだろう?
 さて、どういう罰にするかな……?」
 なぁ、と問いかけるように言われて、それくらい楽勝じゃい、と岩鬼が答える。
 そんな彼を、隣から石毛と仲根が余計なことを言うなといわんばかりに突付くが、もちろん岩鬼はどこ吹く風である。
 このままでは、もっと辛い罰ゲームが用意されてしまう。
 そう思った瞬間、仲根が片手を挙げていた。
「ハイ、監督! 罰ゲームは、クジで決めるってどうでしょう!?」
 突然出された提案に、クジ? と反芻する声がいくつか返った。
「──……クジで決めるって……どういう意味だ、仲根?」
 少し考えるように顔を顰めて問う土井垣に、仲根が威張るように胸を張りながら、得意げに語りだす。
「罰ゲームの内容を、色々俺達が考えて、幾つか用意して、それをクジにして引くんですよ。」
「──それって、一人一人、紙に罰ゲームの内容を書いて、袋の中か何かに入れる……みたいな形式か?」
 北が首を傾げる。
 その北の言葉に、あぁ、なるほど、と土井垣が頷く。
「それで、罰ゲーム対象になった人間は、その袋の中からクジを引いて、引き当てたクジの罰ゲームをする、ということか。」
「──なるほど、それなら軽い罰から重い罰、おかしな罰まで、バラエティー豊富になりそうだな。」
 言いながら、山岡が自分達の横に並ぶ面々の顔を見やった。
 ゲーム性豊かな罰ゲームから、しゃれにならない罰ゲーム、自分が当たることを恐れての軽い罰ゲーム──様々な罰ゲームが揃いそうである。
「岩鬼だったら、古文の現代語訳とかイヤがりそうだよなー。」
 仲根が意地悪げに笑いながら、自分の「罰ゲーム」に何を書こうか思案していると、
「あっ、アホかい! 野球でなんで勉強の罰ゲームなんかするんや!」
 拳を握り力説する岩鬼に、それこそまさに罰ゲームだよ、と笑いながら石毛が呟く。
「な、面白いだろ? どうっすか、監督?」
「──……そう、だな。」
 喜々として問いかけてくる仲根に、土井垣は思案の表情を見せた後──にやり、と笑いかけた。
「それでやってみるか。」
──たまにはこういうのも、息抜きがわりにいいだろう。
「よーし、それでは、明日の部活は、罰ゲームアリの体力測定で行くことにする!」
 りん、と響く声に、はいっ! と元気良く響く声が答える。
 そんな彼らに満足げにうなずいた土井垣は、さっそく紙とペンを用意して、彼らにそれを配るように山岡と北に指示を出す。
 後のことを彼らに任せて、土井垣は目の前のホワイトボードに向かって、走り書きしてある種目を丁寧に消すと、そこに新たにペンで項目を書き始めた。
「──……どうせだから、全員が罰ゲームを受けそうな内容でテストしてみるか。」
 こっそりそんなことを吐いて、元々テスト内容は5種目くらいで考えていたのを、無理矢理9種目に増やしてみた──それも、それぞれの項目ごとに、苦手を持つ人間が居そうな種目ばかりである。
 その項目を土井垣が並べあげた頃、ミーティングルームに居た全員に、白い紙とペンがいきわたった。
 彼らは、土井垣が提示した項目を確認しながら、罰ゲームの内容に頭を絞り始める。
「とにかく各種目ごとのビリと、総合の伸び率のビリがくじを引くってことだから──相当確率高いよな。」
 ベースランニングにフリーバッティング、投球のコントロールとトスバッティング、遠投に捕球、マラソンに握力と背筋力、垂直飛び、そして総合結果。
「下手したら、罰ゲームの数が三つとかなりそうだぜ……おい、お前ら、あんまり、出来そうにもないことを書くなよ〜?」
 ゲンナリして指折り確認していた仲根が、ペンを手にして白い紙を前に、何にしようと考えている面々をぐるりと見回した。
 その言葉を受けて、コリコリとペンの先で米神を掻いていた石毛が、にんまりと仲根を見やった。
「えーっと、『今付き合ってる女と別れろ』って言うのはどうだ、仲根?」
 ペン先を仲根に向けて、お前がターゲットだと笑う石毛に、ガタン、と椅子を後ろに倒してあわてて仲根が立ち上がる。
「石毛〜っ! お前なっ、そういうこと言うと、今好きなヤツに、クラスの前で堂々と告白しろって書くぞっ!」
 ビシリ、と自分が持っていたペンを石毛に突きつけると、石毛は泡を食ったように目を白黒させて、彼からペンを奪い取った。
「ってちょっと待てっ! それは『出来ない』の範疇だろっ!」
 そのまま仲根の持っていたペンを、ころん、と机の上に転がすと、仲根が笑いながらソレを持ち直す。
 軽口を叩き合う彼らに、まったく、と山岡がテーブルの上に身を乗り出して、彼ら二人に注意をする。
「おいおい、お前ら、罰ゲームに当たる可能性があるのは、お前らだけじゃないんだからな?」
「そうだぜ。ほどほどの物にしてくれよ。項目はたくさんあるんだぞ?
──おれも、やばそうなのがいくつかあるんだから……。」
 山岡に同意を示すように北が続けて、自信なさそうに自分の白い紙を見下ろした。
 その言葉を受けて、今川がひらひらと白い紙を揺らした。
「そうだな……、おれは、バッティングがやばいと思うよ。」
「バッティングなら、山田がダントツだろうな。」
 石毛が呟いて、向こうに集まっている一年生たちを見やった。
「それで言うなら、コントロールは完全に里中の独壇場で、岩鬼のドベは確定だろ。」
 なら、とりあえず一回分のクジは岩鬼が引くことは間違いないだろう。
「ベースランニングは、山田がドベ確定だな。」
 足の速さに関しては、里中と殿馬が指折り入るが、足の遅さに関しては、山田がダントツだ。
 これでもう1回分のクジは、山田が引くことになるに違いない。
 山岡たちがそう判断しているのを聞いていたかのように、向こうで山田たちも同じような意見を交わしていた。
「山田は絶対、あたるよな。」
 白い紙に目を当てながら、里中が目元を緩めて笑う。
「づらな。」
 頷いて、殿馬は何か思いついたようにサラサラと白い紙にペンを走らせ、すぐにそれを二枚に折って、ポイ、と机に投げ出した。
 断定する里中と殿馬に言われるまでもなく、山田もまたベースランニングにおいては自分が一番だと分かっているらしい。
「──う、そうだな、一度は自分で引かなくちゃいけないか……。」
 未だまっさらなままの罰ゲームを書き込む用紙をジッと見つめる。
「やぁーまだみたいなへたくそは、罰ゲーム全部一人で食うにきまっとるわい。」
 とっとと罰ゲームに何かを書き終えたらしい岩鬼が、その場にふんぞり返ってふふんと鼻で笑った。
 そんな岩鬼に、殿馬が飄々と呟く。
「コントロールは岩鬼、おめぇがダントツづらぜ。」
「がっはっはっは! ほめても何もでんがな、とんまちゃん!」
 バシバシッ、といつものように豪快に殿馬の背中をたたく岩鬼を見て、ぽん、と里中が手をたたく。
「そうだな、岩鬼も一回は引くか、罰ゲーム。
 なら、岩鬼用の罰ゲームを書いておくか……えーっと、夕飯抜き。」
「ちょっと待て、智! それはおれたちも辛い……っ!」
 あわてて微笑が止めるが、
「だから罰ゲームになるんじゃないか。」
 しれっとして、里中はサラサラと罰ゲーム用の紙に、「夕飯抜き」と書いた。
 それを見て、すでに「一敗」が確定していると言っても過言じゃない山田は、とほほ、と眉を落とした。
「里中は、一通り落ちそうなのはねぇづらからな、好きなものが書けるづらぜ。」
 殿馬が頭の後ろで手を組んでそう言うのに、
「そっか、里中はそうだな。」
 山田が納得したように頷く。
 コントロールと俊足は部活内でも指折りだし、バッティングセンスも上々、普段から走りこんでいるからマラソンも得意だし、身軽な里中は垂直飛びも得意なほうだ──垂直飛びには身長は関係がないし。
 唯一なさそうに思える力でも、握力と背筋力は、さすがの投手だけあって、平均男子よりもある。岩鬼や山田ほど強くはないが、殿馬や北には十二分に勝てるだろう。
「まぁ、だいだい項目を見てると、無事そうなものややばそうな物の区別がつくなぁ。」
 一度くらいならクジを引いてもいいか、と思う気持ちがあるにはあるのだが、いったい何を書かれているのやら──そう思えば、怖いなぁ、とも思った。
 何にしろ、どれだけイヤでも、明日の朝には、「罰ゲームつきテスト」は、始まってしまうのである。

















 四つ折にされた白い紙が入った透明な袋に、自分が書いた最後の紙を投入して、土井垣はそれを片手に持ち、さて、とビシリと整列した部員を見やった。
「では、今から体力測定を始める!」
 バシッ! と、手にしたササラ竹が心地よい響きをあげる。
 気合の入った土井垣を前に、一同は元気良く帽子を脱いで、
「はい! よろしくお願いします!!」
 一斉に一礼した。



・・・・・・・・・・・・



「ベースランニング、どん尻、山田太郎っ!」
 ──たぶんこういう結果になるだろうと思った。
 誰もがそんな顔で、土井垣に呼ばれた山田のずんぐりむっくりした背中を見送った。
「は、はい……。」
 呼ばれた山田が、すごすごと土井垣が広げる袋に手を突っ込む後ろで、見事に「ベースランニングの1位」を獲得した里中が、拳を握って叫ぶ。
「あ、でも山田、春に比べて1秒早くなってるぞ!」
 それは凄い。凄いが──元々の速さから考えると、実はそれほど凄い速さではなかった。
 がさがさと引いた山田は、そのクジを土井垣に手渡した。
 土井垣はしっかりと紙を手に取ると、一番最初の罰ゲームの内容を発表した。
「山田の罰ゲームは──、青汁一気飲み。…………普通だな。」
 どこかつまらなそうな響きを宿して、土井垣はその罰ゲームを書いた紙をヒラリと舞わせた。



・・・・・・・・・・・



「遠投、どん尻、殿馬!」
「良かった〜!」
 大喜びで手を上げる北と仲根──、内野手には50メートル以上の送球は必要ない。必要ないとは言え、罰ゲームがイヤで根性で投げた北と仲根の勝利であろう。
「……づら。」
 殿馬はずらずらと土井垣の下に歩み寄り、袋に手を突っ込んで、一枚取り出した紙を土井垣に手渡した。
 土井垣はそれを開いて──ひどくつまらなそうに笑みを口元にはせた後、
「逆立ちしながらグラウンド1周。」
 今からやって来い、と、殿馬の背中を軽くたたいた。
 その言葉に、
「──面倒づらな。」
 一言こぼして、殿馬は近くに転がっていたボールを軽く蹴り飛ばすと、その二つのボールにヒョイと手のひらを乗せて、そのまま器用にゴロゴロと進みだした。
「って、アレは反則じゃないんですか、監督!?」
 思わず叫んだ今川にしかし、
「おっよー、ちゃんと逆立ちしてるづらぜー。」
 ゴロゴロゴロゴロ……ボールが動くに任せて、殿馬はそのまま進んでいく。
「……き、器用だな……。」
「ある意味、あっちのほうが難しいんじゃないか?」
 すでに1塁ベースあたりまで進んでいった殿馬の逆立ちした背を、一同は呆然と見送った。



・・・・・・・・・・・・










──そうして次々と行われていく体力測定に、個人個人の結果が書き出され、どん尻の人間に赤い丸がつけられる。
 ボールのコントロールは、やはりダントツで里中が100発100中。
 そして逆にまったく掠りもしなかったのが岩鬼であった。
 どん尻には岩鬼が居るからと、全員が気楽に投げた結果、それぞれが好成績を残すことが出来た。
 岩鬼が引いた罰ゲームは、『屋上まで行って、ココまで聞こえる声で校歌を歌う』──彼相手では、罰ゲームにすらならないような罰であった。
 続いたバッティングの試験では、もちろん山田が優秀な成績を残し、殿馬、山岡、里中と続き──、どん尻対決で今川と岩鬼が対決して、今川が負けた。
 今川は堂々と『夕飯抜き』を引いて、悲鳴のような声を上げ、周囲から「むごいな……」と、同情を買った。
 続く握力・背筋力テストでは、北が大敗を記し、自分で書いたという罰ゲーム『野球ルールブックの書き取り』を、今夜みんなの前でするハメになった。
 捕球試験では、土井垣のノックの嵐に仲根が崩れ、『尻文字で名前を自己紹介する』ハメになった。これはグラウンド中のみならず、いつの間にか見学に来ていた面々から爆笑を買った。──ちなみにその中に付き合っている彼女の姿があったらしく、しばらく仲根は落ち込んでいたと付け足しておこう。
 続く垂直飛びでは、殿馬が好成績を残し、山岡が脱落した。このときの罰ゲームは、『うさぎ跳びをしながら買出し』と書かれていて、山岡は彼らのためにジュースを買いに購買までうさぎ跳びをするハメになった。
 マラソンでは、山田が再び罰ゲームを引くことになるかと思ったが、思った以上に走行距離があったため、逆に持久力と体力のある山田が有利で、石毛がへとへとになって最後のゴールを決めることになった。
 石毛が引いた罰ゲームは、『ピンクレディーの物まねをする』──ちょうど見物に来ていたサチ子が喜んで相方を務めてくれなかったら、さぞかし愉快な見世物になっていたことだろう。
 最後に行われたトスバッティングでは、ここまで順調に来ていた微笑が、全滅──これは、組んだ相手が岩鬼だったのが間違いだろうとみんなから同情が寄せられたが、それでどん尻が変わるわけでもない。
 彼が引いたくじは、『水ごりをする』……畜生と、捨て台詞を残して近くの水場まで走っていった微笑の背中に、一同は「風邪引くなよー。」と、心温まる言葉をかけてやるのであった。
 こうして、すべての試験が終わり……、土井垣が手にしている袋の中には、罰ゲームの紙が二つ残っていた。
「おれが書いた罰ゲームはまだ出てきてないな。」
 残念だ、といいながら、土井垣は春の結果と照らし合わせながら、総合での伸び率の少ない人間を算出し始める。
 こればかりは、春の記録を手にしている土井垣にしか出来ないことなので、誰もが自分があたるかもしれないと、どきどきして土井垣の背中を見守った。
 ──特に、まだ出ていない罰ゲームを書いた人間は、顔が心なしか青い。
 そんな石毛をつついて、山岡は顔を寄せて問いかける。
「お前、なんて書いたんだ?」
「……いや、思ったよりもみんな、軽い罰ゲームだなー、とか……思うようなこと…………。」
 指先と指先をあわせて、ボソボソ、とこぼした石毛に、
「夕飯抜きが軽いかっ!?」
「おれなんて、購買までうさぎ跳びだぞ!?」
 今川と山岡が声をそろえて叫ぶ。
「って、いったいどんな罰ゲームを書いたんだよ……石毛……。」
 不安そうに瞳を揺らす北は、ひどく自信がなさそうだった。
 もしあたってしまったら、土井垣の書いた罰ゲームか、石毛の書いた「重い罰ゲーム」をするハメになる。
 そんな彼に、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら──どうしておれは、あんな罰ゲームを書いてしまったんだろう、と思った。
 北は、石毛に顔を寄せて、いったい何を書いたんだと、問い詰めようとした、まさにその瞬間、算出を終えた土井垣が、一同を振り返った。
 とたん、全員が緊張にビシリ、と背筋を正す。
 そんな部員たちを満足そうに見てから、土井垣はにっこりと笑った。
「今回は凄いな……。
 うまい具合に──。」
 そこで一度区切って、土井垣は緊張した面持ちの中から、たった一人を見据えて、
「全員に罰ゲームがいきわたったぞ。」
 そう、告げた。
 種目別で、唯一罰ゲームを逃れ続けていた──里中に向けて。
「………………って…………おれ?」
 土井垣のまっすぐな視線を受けて、里中がヒクリと引きつる。
 そんな彼に頷いて、土井垣はグランドに持ってきていた黒板をコンコンと叩いた。
 今回の結果の下に、土井垣の文字で小さく前回の結果が書かれている。
 確かにそれを見ると、平均的に優れている里中は、逆を言えば、平均的すぎて──各種目とも、急激な伸びが見える箇所はなかった。
 特にコントロールのよさは元々100点満点だったので、他のものと違って伸びる要素事態がない。それが一番響いているようである。
「そういうのって、アリなんですかーっ!?」
 思わず悲鳴をあげる里中であったが、彼を庇おうとする者はいなかった。
 すでに土井垣と里中以外の誰もが、罰ゲームを体験している。
 里中一人が罰ゲームを体験していないことを、面白く思っていない者だって居た。
 どうせだから、やっちまえっ! と、もてはやす声もあがった。
 思わず助けを求めるように山田を見たが、山田はニコニコ笑って、行って来い、と背中をドンと押してくれる。
 彼のバカ力によって、ふらふら、と前に進み出るハメになった里中の前に、ほら、と土井垣が袋を差し出す。
 里中は、じっとりとその袋と土井垣をイヤそうな顔で見やったが──どうせ背後に居るチームメイトたちが、あきらめてくれないことは分かっていたので、しぶしぶ袋の中に手を突っ込んだ。
 ガサリと指先に当たる白い紙の感触に、心底イヤそうに顔をしかめたが、里中は諦めて、最後の二枚のうち一枚を、迷うことなく取り出した。
「さぁって、どんな罰ゲームかな?」
 ニヤニヤと、最後のいけにえを見ながら、仲根が意地悪そうに笑う。
「おれが書いた罰ゲームは、もう出たしなぁ。」
 コリコリ、と微笑が米神を掻きながら、先輩たちのは? と、話を振ってくる。
 その話に、おれは自爆だろ、と北がブッスリと答えた。
 そんな彼らを横に、石毛は両手を組んでひっそりと汗を掻いて、里中が土井垣に手渡す紙を、ジ、と見つめた。
 結局、どういう内容なのか石毛に確認することが出来なかった北と山岡、今川の三人は、こっそりと視線を交し合った。
「確率は2分の1だ──……。」
 あたらない可能性もある──そう自分に言い聞かせる石毛は、自分が書いた紙が里中に当たったときの……そしてその罰ゲームを書いたのが自分だと知られたときの、里中の激昂がありありと頭に思い浮かんでいた。
 軽い冗談のつもりだったのに──そう、笑って済ませられる罰ゲームのつもりだったのに、よりにもよって当たりそうな人間が里中とは……こちらが貧乏クジをひいた気分である。
「おれの罰ゲームを引いたら、ノック200本だぞ。」
 土井垣がにやりと笑いながら、里中から手渡された紙に手をかけた。
「えーっ!」
 イヤそうに顔をゆがめた里中は、それくらいなら、最初からどれか他のを引けばよかった、と呻く。
 最後に残るものがいいものだと言うことわざもあるが、今回に限ってはそれはないようであった。
 土井垣は、さて、あたりかはずれか……と、じらすように笑いながら、手元の紙を開く。
──と、同時。
「────…………ん?」
 土井垣は、白い紙の上に走った文字に眉を寄せ──正面に立つ里中を見て、紙に走った文字を見直した。
「土井垣監督?」
 首をかしげる里中に、土井垣は無言でその白い紙を示した。
 里中は、綺麗とは言えない文字を正面で見据えて──一瞬の沈黙の後、
「…………────はぁっ!?」
 思わず素っ頓狂な声をあげた。
 そんな彼らに、なんだなんだ、と一同が駆け寄ってくる。
 ただ一人──罰ゲームを書いた張本人である石毛だけが、近づけずに居た。
 土井垣と里中の反応から、彼が引いたのが自分の罰ゲームだと、理解したからである。
「どうしたんだ、里中?」
「なんやなんや、バンジージャンプでもせぇとでも、書いてあったんかい?」
 不思議そうに覗き込んでくる山田と岩鬼に、里中は白い紙を睨みすえながら、
「最悪だ。」
──そう答えた。
 そんな里中の頭の上から、山田と岩鬼が紙を覗き込み……凝固する。
 と同時、ひょい、と横から微笑も顔を覗かせ──おっ、と、短く声をあげた。
 にんまり、と笑みを表面に貼り付け、微笑はポンポンと里中の肩を叩く。
「──ま、罰ゲームは罰ゲームだぜ、智。」
 やらないとなー、と、ニヤニヤ笑って、微笑は里中を覗き込んだ。
 里中は、キッ、と彼を睨みすえて、そんな彼の脛を蹴りつける。
「あたっ!」
「やるわけないだろ、こんなのっ!」
 キッパリと叫び、里中はキッ、と土井垣を挑戦的に睨みあげる。
「こんなのやるくらいなら、200本ノックのほうが、ずっとマシです!」
 トレードしてください。
 そう訴える里中に、しかし土井垣は、引かれることのなかった残る一枚の罰ゲームの紙を見下ろして──かぶりを振った。
「お前が引いた以上、それはお前の罰ゲームだ、里中。
 幸い、時間はまだあるし……今から三校回っても、十分だな。」
 顔を上げて太陽の傾き加減を認めた土井垣は、口元に笑みを馳せて、中を見下ろした。
「──……そ、そんな……。」
 愕然と──こんな罰ゲームをするのかと、肩を震わせて紙を握り締める里中から、土井垣は岩鬼へと視線を移す。
「岩鬼、お前確か、色紙を持っていただろう? あれを3枚持って来い。」
 顎で合宿所を示して岩鬼に指示を出す。
 それから、何事か理解できていない2年生達を見据えると、
「あと、誰か……生徒指導室か演劇部から、予備の制服を借りて来い。」
 さくさくと指示を出した。
 その土井垣の口元と目元が、楽しそうに笑っているのを睨みつけて、里中はギュッと拳を握りしめた。
「こんな罰ゲームって、ナシでしょ、普通はっ!?」
 激昂した里中に、びくびく、と石毛がこっそりと首をすくめる。
 そのうち、「誰だよ、こんなの書いたの!」とか怒鳴ってきそうだ。
 小さな爆弾のような里中に、微笑がニヤニヤ笑いながら、握り締めた里中の手から白い紙を抜き取り、自分の目の前に掲げた。
 そして、「制服?」と、首をかしげている先輩達のために、そこに書かれた罰ゲームの内容を読み上げた。
「女子の制服を着て、不知火、雲竜、土門のサインをもらってくること。──か。」
 ──おそらくは、ただの洒落のつもりであっただろう、ソレは、しかし……引いた主が里中となると、しゃれで済みそうにない予感がした。
「あつらえたように引くづらな。」
 ゴロゴロと足元でボールを転がせながら片目を眇める殿馬を、キッ、と里中が睨み下ろす。
「誰も引きたくて引いたわけじゃない!」
 歯噛みして、悔しさを全身で表現する里中に、あわてて山田が彼の肩に手を置く。
 このまま放っておけば、確実に里中は不機嫌真っ只中で、他校でケンカを売ってくるに違いない。
「落ち着け、里中。大丈夫だ、お前なら出来るから。」
「そりゃ、誰だって出来るさっ! 出来るけど……出来るとしたいは別ものだっ!」
 噛み付くように山田に怒鳴る里中へ、
「したくなくてもやらにゃー、ならんのが罰ゲームやろが。」
 いつの間にか合宿所から帰ってきた岩鬼が、ほれ、と、白紙の色紙を三枚、里中によこした。
 本当なら、岩鬼のスーパースターなサインが描かれ、彼のファンに手渡されるはずだった色紙であるが──どうせ誰も受け取ってくれる人は居ないのだから、こういう使われ方をしてもかまいはしないだろう。
 よこされた色紙を見下ろして、里中はそれをバリバリと破ってしまいたい、凶暴な気持ちをグッと抑えた。
「くーっ! 岩鬼に正論吐かれると、それはそれで腹が立つっ!」
 がんっ、と足で地面を蹴る里中へ、、
「里中。」
 土井垣が、ひどく面白そうな表情で──ようやく一矢報いることが出来たと、そんな顔で、
「さっさと行動に移せ──監督命令だ。」
 最後通告を、申し渡した。
 瞬間──苦虫を噛み潰したような顔で、里中は悔しげに……唇を真一文字に結んだ。














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高校の生活指導室に、予備の制服があるんです。
理由は、抜き打ちの服装検査で引っかかった生徒が、制服の補正をしなさいといわれて、補正に出すのですが、出している間、着る制服がないじゃないですか? そう言う時に着るための制服です。
いつもあるわけではないのですが、多分押収した制服を取りに来なかった生徒が居て、それが残っていたブツなのではないかと思います。
──うちの学校だけか?(笑)

そこから発端したネタ。
色々突っ込みどころはあるけど、とりあえず「NEXT」の先が書きたかったから、無理矢理話を進めてみました。
罰ゲームにいたるまでの経緯とかも考えてみたら楽しかったです。


山田は青汁を飲んで、ケロッとして、「おいしいじゃないか。」とか言いそうです。
濃い野菜の味が好きな人は、結構平気らしいですから。
それで恐る恐る里中や岩鬼がそれに口をつけて──二人で背中向けてゲェー、とか言いそう(笑)。

岩鬼は、屋上でついでとばかりに、校歌を朗々と歌い上げた後は、男岩鬼の歌も一緒に歌いそうだ。
で、「もういいから、とっとと帰って来い!」とか叫ばれるの(笑)。

ちなみにどうでもいいネタばらし。

罰ゲームを書いた人は、上から順番に
「山岡」
「岩鬼」
「微笑」
「里中」
「北」
「今川」
「仲根」
「山田」
「殿馬」
「石毛」
となります。


さて、その例のNEXT……多分里中総受けぎみになりそーな気がします……。