ボンゴレリング DE 噂の的 4









「チャオっす。」
 姿を見せたリボーンは、机の上のメニューに軽く腰掛け、呆然と目を見開いている少女たちに笑いかける。
 途端、
「リボーンっ! あぁっ、私のいとしい人っ!」
 ビアンキは他の何をも押しのけるように彼の体を抱きしめ、そのまま自分の膝の上に乗せる。
 もう頭の中には、弟のことも弟の恋人のこともない。
 ただ、目の前のいとしい人で一杯のようであった。
「こんなところで会えるなんて──嬉しいわ、リボーン。」
 頬ずりをする勢いで、そう甘く囁くビアンキの好きなようにさせてやりながら、リボーンは、自分の立てた指を三本、ハルと京子に突きつける。
「お前ら、まだまだ洞察力が足りねぇぞ。
 獄寺が敬愛しているのはツナだが、ツンデレで愛を振りまいてる相手は、三人だ。」
 ここに本人がいたら、「いや、リボーンさん、それはあんまりにもないです……」と、ブンブンと首を振って、下手に出ながらも否定しただろうが、残念ながらこの場に居るのは、天然と腐女子と愛に生きる女──そして事態を面白おかしくする気満々のリボーンだけだった。
「えっ、獄寺さん、そんなに男心を弄んでるんですかっ!?」
 女の敵ですねっ! ──と。
 どこをどうやったら女の敵発言になるか分からないことを呟いて、ハルが怒ったように眉を吊り上げる。
「え、と──でも、この場合、女の敵というより、男の敵なんじゃないかな?」
 一応京子が突っ込んでみたが、彼女も、目の付け所がちょっと違う。
 そんな天然ぶりを発揮する二人を見渡しながら──ツナがいたら、「そうじゃないだろっ」とか突っ込んでくれたに違いないが、ツナは今頃、落ち込んだ獄寺と山本を少しでも元気付けようと、遊びに行っているはずだ。
 だから、リボーンがココで面白おかしく噂を拡張させようと、邪魔をしてくる人間は、誰も居ない。
 ──もっとも、ツナや噂の当事者たちがいたとしても、邪魔をさせる気は、さらさらなかったが。
「京子。」
 リボーンは、真剣そうな声音で、視線をあげながら京子に呼びかける。
「ぅん?」
 愛らしく──ツナがいたら、「かわいいなぁ、京子ちゃん」と鼻の下を伸ばして見とれていたくらい、可愛らしく首を傾げて頷く京子に、リボーンは表情の変わらない、少し笑っているかのように見える顔を向けると、
「お前、獄寺と山本が付き合ってるって噂の出所が何なのか、聞いたか?」
 一番重要な部分を問いかける。
 そう──この部分さえ理解していれば、リボーンが「獄寺は三股」と言った意味が理解できると言うものだ。
「それが、私も分からないの。二人が恋人同士だって言うことを、花から聞いただけだし……。」
 そう言えば、どうして皆、そんなことが分かるんだろうね?
 ──と、今更とも言えることを、不思議そうに京子が尋ねる。
「ハルちゃんは、気づいてた?」
「いいえっ! ハルは、ずーっと、獄寺さんはツナさんを巡るライバルだって思ってましたから、てっきり、獄→ツナだとばっかり。」
 ハルはハルで、さきほども言ったカップリングを再び口にした後、眉をハチの字に落とし、
「山本さんなんて、圏外でした。」
 どこか不満そうに──拗ねたような雰囲気すら纏わせて、ぷっくりと頬を膨らませる。
「山本武なんて、子供っぽいじゃないの。どうしてあんなのがいいのかしら。」
 ハルに同意するように、リボーンを膝の上に乗せたビアンキが、そ、と悩ましげな溜息を零す。
 大切な弟が、大事な愛に目覚めたと言うのなら、それを邪魔するつもりはない。邪魔をするつもりはない、が──相手が、あのお子ちゃまでは、どうも役不足のような気がしてならなかった。
 リボーンは、そんな彼女たちをせせら笑うように、は、と鼻で息をつくと、仕方ないとばかりに、これ以上ないくらいのヒントをくれてやった。
「良く見てたら解るぞ。
 この間から獄寺が新しく付け始めた物があるだろう?」
 ちょうど噂が出始める前だな、と──ツナ相手には決して見せない甘い一面を見せるリボーンに、ビアンキが瞳を細めて応える。
「……ボンゴレリングね。」
 今、獄寺隼人が一番気に入っているものといえば、それを置いて他にはない。
 ひっそりと囁くように断言したビアンキの言葉に、リボーンが、に、と笑みを刻む。
 けれど、京子とハルは、その響きが何なのか分からなくて、不思議そうに首を傾げていた。
「りん、ぐ。」
「──はひっ、そう言えば。」
 ──って、指輪のことよね? と、京子がボンヤリとした口調でそう呟いた瞬間、ハルが、ぽむ、と手を叩いた。
「この間のパーティの時に、獄寺さんが、山本さんと京子ちゃんのお兄さんに、チェーンをあげてました。指輪を通せって言ってましたよ!」
 確か、パーティが始まってすぐの頃──ツナが遅れて到着する前のことだ。
 なにやら三人で、こそこそとポケットから何かを取り出し、見せ合っていたのだ。
 それがあまりに怪しくて、思わずハルは、こっそりと隠れて見ていたのだ。
 そうしたら山本と了平の二人が、ポケットから無造作に丸いリングのようなものを取り出して、「バッ、馬鹿か、お前らっ。何、んなところに入れてやがるっ!」と獄寺に頭ごなしに怒られていたのだ。
 そのまま、「何をーっ!」と言い返した了平と獄寺の間で、ケンカが勃発しそうになったところを、まぁまぁ、と山本が抑えていたから、良く覚えている。
「チェーン? ──あ、もしかして、お兄ちゃんが首からしてるやつかな?
 そういえば、あの日からだったのかも……。」
 ボクシング一筋で、アクセサリーなんていうものには、興味の欠片も抱かなかった兄が、ある日突然、首からチェーンを提げていた。
 父も母も、ビックリしたように、「それ、どうしたのっ!?」と聞いていたから、良く覚えている。
 それに了平は、「男の、極限の勝利の証だっ!」と親指を突き立てて応えただけで、詳しくは教えてはくれなかった。
 しかし、了平がそんな感じに「極限」でことを済ませるのは、いつものことだったから、結局、「誰かからボクシングの勝利のお祝いにもらったのね」程度で終わっていたのだけれども。
 あのチェーンの先に、指輪が着いていたと言うのだろうか?
 ──そうして、そのチェーンと言うのが。
「はいっ! それならそうだと思います。」
 間違いありません! ──と、断言するハルに、ビアンキが、まぁ、と頬に手を当てて大げさに驚く。
「隼人も、気が利くことをするじゃないの。」
 気が利く──と言うよりも、あまりにずさんな扱いをする彼らに腹が立って、「てめぇらはコレにつけて、肌身離さずつけてやがれっ!」と、乱暴に投げつけた、と言うのが、一番近そうなのだが。
 普通の中学男子(しかもスポーツ系)に、超一級品のリングの扱いなど、分かるはずもない。
 ボンゴレファミリーという巨大な組織の、とても重要な意味を持つリングの意味を、良く知る獄寺には、汚いズボンのポケットに、素のまま入れっぱなしにしている──という扱いは、とても許せなかったのだろう。
 青筋を立てて怒る姿が、瞼裏に当たり前のように浮かんでしかるべきその状況下で、ビアンキは、ふ、と甘い吐息を唇から零すと、
「……そう、これも愛ね。」
 言い切った。
「はひっ、愛ですか!」
 驚いたように目を見開くハルに、リボーンも同意するように頷いた。
「そうだ、愛だぞ。」
 こちらも断言だった。
 途端、ハルと京子の二人は大きく目を見張り、驚いたかのように両肩を跳ねさせる。
「つ…つまり、獄寺さんはみんなに、お揃いの指輪を贈って、ハーレムってことですね! ふっ、ふけつですぅ! デンジャラスラブですぅーっ! 山獄で兄獄ですかぁっ!?」
 ひぃぃっ、と、両頬を手で押さえて悲鳴をあげるハルに、ビアンキは涼しい顔で到着したエスプレッソを、そ、とリボーンに手渡しながら、
「厳密には、ペアリングじゃないけど──そうね、そういう風に見えるかもしれないわね。」
 小さく──悲鳴をあげているハルには、まるで聞こえないくらいに小さな声で、そう呟いた。
 ここにいたって、ビアンキは、大体のことを理解した。
 獄寺は、ボンゴレ十代目の右腕になると、そう公言している身だ。
 直情型で真っ直ぐな彼が、その右腕に一番近い証であるボンゴレリングを、粗末に扱うはずはない。常に指に嵌めて、大事に手入れをしていることだろう。
 獄寺が堂々と身につけている嵐のリングと、山本が身につけている雨のリングを遠目に見た人間が、「ペアリング」だと勘違いした──と言うのが、この噂の発端に、まず間違いないだろう。
「──せっかく、隼人が真実の愛に目覚めたかと思ったのだけれど……ふぅ、あの子もまだまだ、姉離れしないかもしれないわね。」
 本当に困った子、と、ビアンキは白い頬にほっそりとした手を当てて、悩ましげな溜息を零す。
 リボーンは、そんなビアンキの膝の上で、エスプレッソを飲みながら、にやり、と笑みを刻む。
「いや、そうとも言い切れねぇぞ、ビアンキ。
 噂はボンゴレリングからかもしれねぇが、獄寺が山本と了平にチェーンをやったのは、本当の話だ。
 考えても見ろ、あの獄寺が、山本と了平にチェーンをやったんだぞ? これは、大きな愛の力だと思わねぇか?」
「──……っ!」
 びびんっ、と、電波のような物を感じて、ビアンキは背筋を正した。
 ──そう、それは。
「ツンデレってやつだな。
 ……そういうのは、雲雀の専売特許だと思ってたが、獄寺も、まぁ、ツナ以外にはそんなものだろ。」
 リボーンは、前半は堂々ときっぱりと。後半は独り言のようにボッソリと呟いて、そうだろう? と、ビアンキを見上げる。
 答えを促がすような口調のリボーンに、ビアンキは、フルフルと肩を小さく震わせ──頬を紅潮させて、うっとりと双眸を濡らす。
「さすがリボーンね……。そのとおりだわ。」
 愛のなせる技か、ビアンキは基本的にリボーンのことに反対することはない。
 それを分かった上でのリボーンの策略に、ビアンキは素直に乗った。
 これもまた、妻の介助というのだわ──と、胸の中で一人、こっそり悦に入りつつ。

 これで弟が、更に不幸になるに違いないことは、とりあえず頭の中から掻き出しておいた。

「え、と──つまり獄寺君が、山本君と、お兄ちゃんに、お揃いの指輪をあげたってことだよね?」
「はひぃっ、そ、そそ、そうですよ! きっと、それを見て、京子ちゃんのお友達が、獄寺さんと山本さんがラブカッポーだって噂してたんですよぅっ!」
 ぐぐっ、と拳を握り締めて、ハルが気合を入れて叫ぶ。
 自分だって、クラスメイトがお揃いの指輪をしていたら、「あの二人は付き合っている!」と思うに違いない。
「はうぅ……ハルも、この目でお揃いの指輪を見て見たいですぅ。」
 こんなに近くに居たのに、ずっと獄→ツナだと思って頭から信じ込み、素敵すぎる小物を発見できないとはっ! ハルはダメダメですっっ。
 ──と。
 心の奥底から悔しがる【腐女子】ハルに、京子は良くわかっていないような顔で……それでも、ツナの大好きな満面の笑顔を浮かべると、
「わー。みんな、やっぱり、仲良しさんなんだね。」
 にこ、と。
 とても【腐女子】にはなれそうにない、純粋かつ美しい友情を思い描いて、両手の平を合わせてくれた。
「仲良し……そうだな、仲良しだぞ。」
 リボーンが、含みを持たせてニヤリと笑えば、ビアンキも、そうね、と嬉しそうな顔で同意を示す。
 その含みに、ハルが顔を満面の笑顔で、きゃーっ、と、悲鳴をあげかけた──まさにその瞬間、
「あ、れ?」
 京子は、ふと、思い出した。
 脳裏に思い描いていたパーティの現場──そこで、京子はハルのように、獄寺が二人へ指輪を渡している場面を見たわけではなかった。
 けれど、兄がチェーンにつけている指輪の形は、だいたい見て知っていた。
 その指輪を……見た覚えがあった。
 そう、それは、あのパーティ会場の中で。
「……ハルちゃん? そう言えば、その指輪って、ランボ君も持ってなかったっけ?」
 確かランボは、ゴミ箱の中に入っていたのだと言って、玩具にしては重厚で使い込まれた感のある、アンティークのような雰囲気の漂う指輪を、自分とハルに見せたのだった。
「はひっ?」
 ぱちぱち、と目を瞬くハルの隣で、む、とリボーンが声をあげる。
 心なし、眉に皺がよったような気もした。
 そうして──、
「さすがだな、京子。
 まさかそれに気づくとは思わなかったぞ。
 なかなか洞察力が鋭いな。」
 まるで、気づくのを待っていた、と言わんばかりの態度で、鷹揚に頷いた。
 ツナがいたら、「お前、ランボのこと忘れてただろ、絶対っ!」──と突っ込んだに違いないだろうが、ここに居る人間の誰もが、そんなことを突っ込むことはなかった。
「え、そ、そうかな?」
 ふふ、と、リボーンに褒められて、京子は恥ずかしそうに白い頬を赤く染める。
 そんな京子の反応に、リボーンは、当然だぞ、というような態度で、
「さすがに、獄寺がランボにまで手をつけたと言うと、獄寺の評判が悪くなると思って黙っていたが、気づかれちまったもんはしょうがねぇ。」
 ウソ八百としか思えないような内容を、いけしゃあしゃあとはいてくれた。
 それはもう、真実を知らぬ人間には、本当のことに聞こえるように。
「えええっ! ご、獄寺さん、あんなにランボちゃんのことを毛嫌いしていたのに、そ、そんなことってっ!」 ありえませんっ、と、ブンブン頭を振って、ハルがリボーンの言葉を頭から否定する。
 リボーンは、そんなハルの態度に、「やっぱり、ランボは無理があるか」と、チラリと頭の片隅で思い、「やっぱり今のはウソだぞ」と、続けようとした瞬間であった。
「あ、そっか、それが、つんでれ、って言うのかな?」
 ぽむ、と手を叩く京子に、ハルが、はひぃ、と声をあげ、リボーンが、ぽむ、と手を打った。
 なるほど、「つんでれ」──なんて素敵な言葉だろう。
「そうだぞ、獄寺はランボにもツンデレで、紫の上計画なんだぞ。」
「あら、紫の上計画と言うと、光源氏ね──ふふ、素敵だわ。愛ね。」
 リボーンを抱きしめながら、ビアンキは瞳を細めて、嬉しそうに笑う。
「はひぃぃっ! 紫の上計画ですかっ! ご……獄寺さんも、やりますですぅっ! ショタコンですねっ! 獄ランですねっ!」
「獄ラン……って、なんだか、学ラン、みたいだね。」
 ぐぐっ、と拳を握ったハルに(というか、ハルはショタコンもイケるらしい)、京子が、頬に指を当てて、ぼんやりと呟く。






──すでにもう、当初の目的が何なのか、分かっていない状態に、なりはじめて、……いた。






 あれから、どれくらいの時間が経ったのか。
 時々、ぽつり、ぽつり、と思い出したかのように、くだらない話をして、無理やり笑って。
 そのほかは、ただ、三人でボーッと空を眺めていた。
 青い空はすがすがしいほど気持ちが良くて──あぁ、もう秋なんだなぁ、と思わせる少し肌寒い風が、ひゅるりと吹いてきて。
 気づいたら、何度目かのチャイムが屋上にも響いてきた。
「……今、何時限目だったっけ?」
 屋上のフェンスにもたれて、しんと静まり返ったグラウンドを見下ろしながら、ぽつり、とツナが呟けば、その言葉に応えるように、少し離れた隣に座り込んでいた獄寺が、顎を少しだけあげて答える。
「もう放課後っすよ、十代目。」
 腕時計を少し斜めにして、ツナに見えるように、に、と笑って見せた獄寺の顔は、すでにもう少し前のショックな色はまるで見えなかった。
 あ、少し気持ちが落ち着いたんだ──と、ツナはホッとして、くるりと後ろを振り返った。
「結局、午後の授業、ほとんどサボっちゃったね。」
 はは──と、疲れたような色を滲ませて笑うツナに、獄寺が、そーっすね、と少し軽い色を見せて笑って答える。
 すっかり──と言うのは、少し元気がないように見えたが、それでも元気になった獄寺に、ツナは、うん、と一つ頷く。
「もう少しココにいたら、カバン取りに教室に戻りましょっか、十代目。」
「うん、そうだね。」
 実際、問題が解決したわけでは、決してない。
 けれど、最初の衝撃を通り越したら、なんともないことだと思えてきた。──もっとも、ツナにしてみたら、所詮他人事というか……友人同士がそういう目で見られていたことに関して、ショックでないと言えばウソになるが、当事者じゃない分だけ、ずいぶん冷静に考えることが出来た。
 女子が全員、ああいうことを考えていて、あんなことを書き記そうとしているわけでは、決してないのだ。
 っていうか……女の子って、こえぇぇぇーっ!
 という気持ちは、どうしても刻まれて抜け切れないままだが。
 もしかしたら、そういうのと縁遠そうな京子ちゃんはとにかく、黒川に会っても、ビクゥッ、としてしまうかもしれないが。
 大丈夫──家に帰って一日休んで、なんてこともない日常を過ごしたら、こんなとんでもない本のことなんて、すぐに忘れちゃえるさ! うん、そう、そうに違いない。
 リボーンが今まで自分にしてきたことを思えば、これくらい、事件ですらない……と、思う。
 うん、きっと大丈夫だ──、と、ツナがグッと拳を握って、自分に対してガッツを入れた瞬間のことだった。
「あっ、と。ツナ、獄寺、わりぃ。
 俺、部活だけでも出てくるわ。」
 山本が、ひょい、と立ち上がってヒラリと手を振る。 
「えっ、行くの、山本?」
 驚いたように顔をあげるツナに、まぁな、と山本がさわやかに笑う。
「けっ、行け行け。」
 悪態づいてそっぽを向く獄寺に、
「秋の大会のレギュラー目指してんだよ、今。だから、1日も休むわけにはいかねぇからさっ。」
 にかっ、と笑う山本の顔にも、かげりはもうない。
 楽天家そうに見える反面、ナイーブなところもある山本のことだから、今回のことは──本当にショックだったに違いないだろうに。
「あ、そっか、10月だっけ?」
 首を傾げて問いかければ、
「そそ。」
 山本は、いつもの笑顔で笑って頷くと、放課後のざわめきを宿し始めた校舎を振り返り、
「んじゃ、お前らも寒くなってこないうちに、帰れよーっ!」
「あ、う、うん。」
「うっせぇっ! 俺がついてるのに、十代目を凍えさせるようなことがあっかよ!」
 頷くツナの横から、獄寺が噛み付くように吠える、が。
 ──ツナは内心、「……いや、けっこう、獄寺君のおかげで、川に落ちたり、水をぶっかけられたりすることも……」と思ったが、懸命にも口に出すことはなかった。
「とっとと行け! 野球ばかっ!」
 今にも蹴りだしそうな勢いで怒鳴る獄寺に、あははは、と軽い笑い声をあげながら、山本が屋上の重い扉を押して校舎内へと消えていく。
 それを見送って、ツナは、ふぅ、と吐息を零してフェンスにもたれかかった。
 がしゃん、と音を立てる金網に続いて、もう一つガシャンと音がした。
 獄寺も、同じようにフェンスにもたれかかったところだった。
「……っかし、あれっすね。」
「え?」
 懐からタバコを取り出し、かちん、とライターで火をつけると、獄寺は慣れた仕草で大きく煙を吸い込んだ。
「どこからどう見たら、俺と野球バカで、んな妄想ができるんすかね。」
 そして、何でもないことのような口調で、そう言った。
「ええっ! そ、そこへ話し戻しちゃっていいの、獄寺君っ!?」
 てっきりその話題はタブーだとばかり思っていたから、本気で驚いた。
 大きく目を見張ったツナに、獄寺はなんでもないことのように、
「あー……すんません、十代目っ。こんなくだらないことで、十代目のお心を悩ませてしまっていたなんてっ。お気遣い、ありがとうございます!
 けど、全然大丈夫っすよ! これくらい、今までの悪名に比べたら、なんてことないっすよっ!」
 ぐっ、と親指を立てて、さわやかに笑う獄寺の笑顔は、確かに、もうショックを引きずっていないように見えた。
 ──というか。

 今までの悪名って──なにーっ!!??

 時々、すっかり忘れることがあるが、そう言えば目の前の少年は、マフィア界でも通称を持つほどの、「有名」な相手であったと言うことを、ツナは頭の片隅に思い出した。
「あ……あぁ、そ、そ、そうなんだ……。」
 なんと言っていいのか分からなくて、ツナは、つい、とわざとらしく視線をそらしながら、そう言うに留めた。
「で、でも、本当にどうしてなんだろうね?」
 確かに二人とも、一緒にいると言えば一緒にいるけど──顔をあわせれば、常に獄寺がケンカを売っているような状態で。
 山本は獄寺のことを面白いと言って構ってはいるけれど、「仲がいい」と言う言葉とは少し違うような……?
 ……あれ? でも、けっこうこの二人、一緒に居る事多いよな?
 それで?? それでなのか???
 女の子って、何考えてるかわかんないしなー。
 ……ハルとか、ハルとか、ハルとか……。
 ──あ、そっか、ハルに聞いたら、分かるかもしれないな?
 思わず何かに思い当たったかのように、ふ、と黙り込んで俯くツナに気づかず、獄寺はタバコの煙を空に向けて吐き出す。
「まっ、いーっすけどね。どうせ事実無根の噂なんすから、そのうちなくなるに決まってますし。」
 楽観した獄寺のセリフに、ツナはホッと胸を撫で下ろす。
「あ、そうだね。人の噂も49日って言うしっ。」
 それなら、たった一ヶ月半だしね、と、少しホッとした瞬間、
「……な、七十五日っす、……十代目。」
「えっ、あ、そ、そうだっけっ!?」
 ぽろ、とタバコを落としそうになりながら、獄寺は苦い笑みを刻みつつ、申し訳なさそうに訂正した。
 かぁっ、と顔を赤らめて──わー、いいこと言ったと思ったのに……っ、と、ツナは腕で自分の赤くなった頬を擦るように、誤魔化してみた。
「あ、あはははっ、お、俺って、ほんと、バカだよねっ。」
 そのまま、少しかすれた声で笑い飛ばして、強引に終わりにしようと──思ったのに。
「十代目はバカなんかじゃないっすよ! 聡明で、お優しくて、とても渋くてカッコいいっす!」
「……っ、あ……う、い、いや、それは……。」
 なんていうか……真剣な目で、ギッ、と睨み揚げるようにして言われると、照れるというよりも怖さが先に立って、ツナは気おされたように口もごる。
 どう考えても、獄寺君は、物凄いフィルター越しにツナを見ているようにしか思えない。
 けれど、思い込みの激しい獄寺に、何を言っても話が通じるとは思えないし、何よりも──怖くて言えない。
 そんな弱虫ぶりを発揮して、ツナは、ははは、と乾いた笑いをもらすことにした。
「で、でも、75日ってことは、二ヶ月半ってことだよね。
 それって結構、長いよなぁ。」
 そして、強引に話を戻してみる。
 そうだ、二ヶ月半ということは、11月末までだということだ。
 そんなに長い間──獄寺君、キレてダイナマイトでイロイロフッ飛ばさないといいけど。
 ツナは、ちらり、と獄寺のつむじを見下ろす。
 かったるそうな態度でフェンスにもたれている獄寺は、すぐにツナの視線に気づいて、にかっ、と顔をあげて笑うと、
「ご安心ください、十代目っ!
 俺が、それまでの間、山本の野郎に近づかなかったらいいだけの話っすから!」
 ぐっ、と、自信満々に親指を立てた。
「えっ──、って、そ、そんなことできる、の?」
「大丈夫っすよ! 俺、元々、山本は気に食わねぇっすから! 用事なんて、腐ってもありませんし!」
「………………いやいや。」
 物凄く、ありえない方向に自信満々な獄寺に、ツナはもう、どこから突っ込めばいいのか、わからなくなった。
 多分、獄寺は否定するに違いないが、獄寺と山本は、やっぱり仲がいい方だと、ツナも思うのだ。
 けっこう一緒に行動しているし──夏祭りの時もそうだし、気づいたら一緒に(獄寺は否定するだろうが)帰っていることもある。
 いくら自分の所に向かう途中だからと言っても、その途中で偶然一緒になる確率は、それなりに低いと思うのだ。
 けれど、彼らは大抵途中で出くわし、一緒にやってくる。
 ──まぁ、獄寺の場合、ほぼ毎日のようにツナの家にやってくるのだが。
「そんなこと言っても、だって、一緒に弁当だって食べてるわけだし。」
「山本の野郎が教室で食えばいいんすよ。一人で。」
 言外に、あくまでも、「ツナと行動するのは右腕である自分」ということを主に、山本を追い出せばいいと言う獄寺に、ツナはますます肩を落とさざるをえなかった。
 それこそ無理だろう──と、言いたいのだけれど、ツナ自身、こうなってしまってまで、山本が自分たちと一緒に居てくれるかどうか、と聞かれると、分からなくなる。
 だから、答えられなくて、軽く眉を寄せて情けない顔で視線を落とす。
 そんなツナに、獄寺は、はっ、としたように顔をあげた。
「じゅ、十代目っ! どうされたんですかっ!?
 あっ、もしかして、十代目、山本の野郎をハブにしてるみたいで可哀想だと思っていらっしゃるんですかっ!?」
「…………え、えーっと……ま、そんなものかな……。」
 違うと言えば違うのだけれど──山本と一緒にバカな話をしながら、ご飯を食べれなくなるのは寂しかったし、哀しかったから、とりあえずそう答えておいた。
 そうしたら、獄寺も少しは考え直してくれるだろうと思ったから。
「──……くっ……っ。」
 獄寺は、何か悔しそうに、ぐ、と拳を握って顔を俯ける。
 唇を噛み、何かに葛藤しているようにも見えた。
 ツナは視線をあげて、そうだな、と双眸を細めて空を見上げた。
 山本は、教室に居る時はいつも、クラスのほかの連中に囲まれていることが多い。
 昔に比べたら、ツナも良く話すこともあるし、休み時間にも話すことは多いけれど──常に行動を一緒にしているわけではない。
 親友、と言ってくれるから、ほとんどの時間を一緒にすごしてはいるが、獄寺のように常に傍に居るのとは、少し違うのだ。
 山本には、自分たち以外の友人が、たくさんいるから。
 だから、山本とゆっくりたわいのない話が出来るのは、昼食の時間と休みの日くらいだ。
 その、貴重な昼飯の時間がなくなるのは、寂しい。
 そうならないように、なんとかならないだろうかな、と。
 ツナが、考えても分からないことに、ふぅ、と溜息を漏らしたその瞬間、
「……わかりました……じゅうだいめ。」
 獄寺が、唸るように呟いた。
「え?」
 何を言われたのか分からなくて、ツナが目を瞬けば、獄寺は、なぜか今にも泣きそうに見える情けない表情で、
「十代目がそうおっしゃるなら、仕方がありません。」
「……あっ、そ、それじゃ……。」
 今までどおり、山本も昼食を一緒に? ──と、そう続くはずだったツナの言葉は、
「俺が、潔く、身を引きますっ!」
「何のーっ!!!!! っていうか、分かってないだろ、獄寺君っ!!」
 すかさず裏手で鋭く突っ込んで──時々ツナは、ボンゴレボスに必要なのは、力や能力じゃなくって、突込みだけじゃないかと思うことがある──、
「えっ、で、ですが、十代目が山本と一緒に飯を食いたいと言うのなら……。」
「そうじゃなくって! 俺と山本だけが一緒にご飯食べてどうするんだよっ! 俺は、君と山本と、三人でご飯食べるのが楽しいって言ってるんだよっ!」
「じゅ……じゅうだいめぇ……っ。」
 なんでこの子は、こんなにバカなんだろう……っ!
 呆れるやら、溜息が出るやらで、複雑な思いを抱えて、溜息を押し殺すツナに、獄寺は感動したようにクシャリと眉を寄せる。
「そ……そんな風に言っていただけるなんて、感無量っす、十代目っ!」
 それでも、ようやく理解してくれただろうか……と、ツナが少し胸を撫で下ろしかけた、その瞬間。
「それでは、こうしましょう!
 俺はこれから、山本の野郎と仲がいいなんて言われないくらい、徹底的に、あの野球バカを遠慮せずにけなしまくりますから!
 十代目、山本がうっかり泣くかもしれませんけど、演技☆っすから、気にしないで下さいねっ!」
 これ以上ないくらいニコヤカに──その腹の内は、さぞかし嬉々として、表だって山本を絞めれると思っているのじゃないかと思うくらい、ニコヤカに、獄寺は断言してくれた。
「──……え、えーっと……。」
 どこから突っ込めばいいんだろう?
 っていうか、俺、これに突っ込まなくちゃいけないの?
 もういいんじゃない? どーでも。
 ツナが、いつものことながら、ちょっと投げやりに、全然別の方角に、会話の発端ごと投げ飛ばしたくなった、まさにその瞬間であった。

 ばんっ!

「ツナーっ! 獄寺っ!!!」
 ついさっき、扉から出て行ったばかりのはずの山本が、珍しく慌てた様子で戻ってきた。
「あれ、山本。」
「あぁっ!? んっだよ、この野球バカっ! 気安く俺の名前を呼ぶんじゃねぇっ! ぶっ殺すぞっ!」
 どうしたの、と、続くはずだったツナの言葉は、即座にあがった棘だらけの獄寺のセリフによって掻き消えた。
 ギョッとして見下ろせば、ケンカを売ってきた相手を睨むかのような鋭い視線を──言うなれば殺気を──飛ばして、獄寺が凶悪な表情をしていた。
 思わず恐れおののいたツナに気づいてか、獄寺は、チラリと視線をあげて、にか、と笑う。
 ──まるで、「心配しないでください、十代目っ、演技っすから!」と言っているかのような笑顔に、
「いっ、えっ、ちょ、獄寺君っ! 今はまだ、演技とかしなくていいんだよっ!?」
「……あっ、そうでしたっけ、つい、普段からやらないと、なかなか身につかないかと思って、ははは。
 …………ちっ。」
 両手をブンブンと顔の前で振れば、獄寺は、棒読みに近い声でそういった後、良く聞こえる声で舌打ちしてくれた。
──絶対獄寺君、本気だ……。
 冷や汗がタラリと落ちそうになったが、今はそれどころではない。
 今の獄寺の暴言を、山本に説明しなくては──、と、ツナが顔をあげた先で、山本は、いつもの笑顔で、
「あー。わりぃわりぃ、獄寺。
 んでな、ツナ、獄寺。」
 まるで気にしていない表情で、そのまま、話を続けようとする。
 山本クオリティである。
「あぁ? 野球部で、ゲイだとか言われて、イジメられて泣いて帰って来たのか、お前?」
 片眉をあげて問いかけた獄寺は、その言葉──「ゲイ」という単語で虐められる原因を、ふ、と思い出し……ずーん、と頭に雲を背負って落ち込んでみる。
 そんな獄寺に、「一人で落ち込んでるよ……」とツナは乾いた笑いを漏らしながら、
「何かあったの、山本?」
「それなのなっ!」
「それ??」
 何の話? と、首を傾げるツナと、うろんげに視線をあげて問いかける獄寺に、山本は、大きく頷くと、
「俺と獄寺が、カップル扱いされてる理由、わかったぜっ!」
 会心の一撃とも言える──噂を消すために、一番重要な部分を見つけ出したと言わんばかりの笑顔で、そういいきった。
「えっ、えええーっ!!!? もう分かったのっ!?」
 さっき出て行ったばかりなのに、一体、少しの間に何があったと言うのだろう!
「あぁっ!? マジかよっ!?
 たまにはやるな、お前もっ!」
 このニュースに、獄寺も顔をあげて、笑顔を見せる。
 噂を消すには、75日を待つのもいいが、噂の元となった煙を探るのが一番だ。
 その煙さえ消してしまえば──もしくは、煙を小さくすれば、噂はもっと早く消えていくはずだ。
「さすが山本っ!」
 ツナの両手を手放さんばかりの褒めように、獄寺は、むっ、としたように顔を顰める。
 とたんに、調子に乗ってんじゃねぇぞ、とにらみを利かせる獄寺に、山本は変わりない笑顔で──ころころと表情と態度を変える獄寺が、面白いなー、と思っている強者の笑顔で──、
「ちょうど部室で着替えようとしたときにな、守口が教えてくれたのな。」
「守口──って、同じクラスの?」
 そういや、彼も野球部員だったっけ、と思うと同時、やっぱり二人が付き合ってるとか言うのって……、知らないうちに公認になってたりするのだろうか、と、ツナは少し遠い目になる。
「んで、何が原因だったんだよ?
 もったいぶらずに、とっとと言えっ。」
 場合によったら、原因になったてめぇを果たす、と。
 獄寺が、イライラした気持ちそのままに、山本の襟首を掴もうとする。
 山本は、自分に近づいてきた彼の目の前に、ちゃり、と──己の首から下がっていたチェーンを指先に引っかけて、その先にぶら下がっていた物を、示して見せると、
「獄寺と、ペアリングだって言われたのなー、これ。」
 山本は、かすかな苦笑を滲ませて、自分の襟首に伸ばされかけていた獄寺の右手の中指に、視線を落とす。
 山本が持ち上げたリングは、雨の刻印。
 獄寺の右手に嵌ったのは、嵐の刻印。
「──……はぁぁっ!!!???」
 それは、確かに違う物だけれど。
「……あ、そっか。
 守護者のリングは、刻印以外は同じ形なんだ……。」
 そう言えば、初めてリングを見た時、山本も獄寺も、そのリングが違う模様をしていると言うことに気づいていなかった。
 リボーンに言われて初めて、違う物が刻印されていると気づいたのだ。
 確かに、遠目に見たら、同じリングに見えるだろう。
 ツナが持っている大空のリングだけが、他のリングと違う形をしているのだ。
「つぅかコレ、俺とお前だけが持ってるわけじゃねぇだろうがっ!?
 芝生頭だって持ってるし、雲雀だって持ってんだろうがっ!?」
 どうやったら、ペアリングに見えんだっ! ──と、キレたように叫ぶ獄寺に、そうだよなー、と、山本が指先で自分のリングを持ち上げる。
「俺と獄寺が同じクラスだから、目につきやすいんだろうけどな。」
「……ざっけんじゃねぇぞ……っ。」
 くそっ、と、イラだったように低く呟く獄寺に、あわわわ、とツナは焦ったように二人を見交わす。
「え、えーっと……そ、それじゃ、そのリングはつけないでおく、って言うのは……。」
「冗談じゃねぇっす! これは、リボーンさんと十代目のお父様から、十代目の守護者の証として、肌身離さず持っているようにと、言われたものです! 何があっても、この腕が引き剥がされても、離したりなどしませんっ! 右腕っすからっ!!」
「最後の一言は意味わかんないよ……獄寺君……。」
 とりあえず、突っ込めるところを見つけて、小さく突っ込んだツナは、困ったように眉を寄せた。
「で、でもさ。
 そのリングをお揃いで身につけてるから、その……ああいう……。」
 そこでモゴモゴと口もごり、ツナは屋上の片隅に捨て置かれた、そのうち焼きに行く予定のノートの切れ端を見やる。
「……の、が、かかれちゃうわけだろ?
 そういう誤解を消すには、元を絶つのが、一番いいんじゃ……ないかなぁ?」
 正直、ツナの気持ち的には、「こんな怖いリング、もう九代目に戻しちゃおうよ。」という感じだ。
 ザンザスを焼き捨てたリングという恐ろしい記憶も新しいが、このリングを持っていると、否応なくマフィアへの道が広がってしまうのだ。
 そんな怖いものは、友人達にも先輩達にも持っていてほしくない。
 本音としてはそうだ。
 けど──あんな思いをして。
 誰もが、死ぬような思いをして、それでも獲得したリングだ。
 己の物として、勝者の証として、手に入れた物だ。
 簡単に、捨てろ、だなんて、言っていいものではない。
「だから、身につけないんじゃなくって──そう、せめて、学校にいる間は、見えないようにしてたらいいんじゃないかな? って、思うんだけど。」
 ちらり、と──ツナは、そこで反応をうかがうように、獄寺と山本の顔を交互に見上げた。
 正しくは、マフィアの十代目の右腕に固執する獄寺の反応をうかがうように。
 獄寺は、無言で自分の右手の中指を見下ろし、山本も何かを考えるようにチェーンの先を見つめていた。
「んー……やっぱ、それしかないか?」
 しょうがないかな、と、山本が指先でリングを弄び、ふ、と息をついて、チェーンを外そうとした瞬間、
「……ぃ、いや……待て、野球バカ。
 あんな噂程度……そう、お、俺が、お前相手に何をされるとか言う、そういう妄想程度に、負けてていいと思ってんのかっ!!?」
「何か言い出したよ、この人ーっ!!」
 思わずツナがいつものように叫んでしまったくらい──獄寺は、やっぱり、一筋縄では行ってくれないようだった。
「いや、負けるも何もさ、獄寺……。」
「うっせぇっ! しのごの言わずに、ちゃんとつけてろっ!
 いいか、このバカっ! 噂が出てすぐに指輪を外してたら、噂を気にして外したに違いないって、かんぐられるに決まってるだろうがっ!」
「……あ。」
 ぽむ、と、ツナと山本は両手を叩いて納得する。
 そうだ。
 しかも山本は、ついさっき、「それ、獄寺とペアリングだって言う指輪だろ?」と聞かれたばかりだ。
 その直後に外していったともなれば──もうこれは。
「噂になるのが恥ずかしくって、はずしました……っていう風に、見える、ね。」
 確かに、獄寺の言うことは一理ある。
 うん、と頷くツナに、
「でしょう、十代目っ!? 十代目がそうおっしゃるなら、間違いはないっ。
 そういうことだ、野球バカっ! てめぇはそれをちゃんとつけてろっ! ぜってぇ、外すんじゃねぇぞっ!?」
「あー……、分かった。」
 何か、納得できないような──言いくるめられたような感が抜けないまま、それでも山本は頷いておいた。
「え、で、でも、それでいいの?
 結局、ペアリングをつけてる……って言われるのは消えないんだよ?」
 大丈夫かな、と、心配そうに問いかけるツナに、獄寺は、大丈夫っす、と頷く。
「コレが、ペアリングじゃないって証明できたらいいんすよねっ!?
 それなら、芝生頭も雲雀も持ってるってことを見せればいいわけです!
 その上で、コレは、俺達の勝利の証だと言うことを広めれば、問題ありませんっ!」
「あー……相撲大会の賞品ってことにすんのなー。
 さすが獄寺。学年一の頭脳なのなっ。」
「うっせぇ、野球バカ。てめぇの軽い脳みそと一緒にすんじゃねぇ。」
 憎まれ口を叩きつつも、獄寺は自分の考えた策──とも呼べない策に、満足そうな笑みを見せる。
「つまり、ペアリングかって聞かれたら、相撲大会の賞品だって言えばいいってことだよなっ。」
「あ、そか。うん、わかった。
 そういや、京子ちゃんにも、そう言ってあるんだったっけ。」
 いざとなれば、京子ちゃんも、「お兄ちゃんも持ってる」とか言ってくれそうだし。
 あの場には、黒川だって居た。
 賞品だと、自分に指輪を渡していた了平の姿を、二人とも見ているはずだ。──そんな細かいことを、記憶しているかどうかはさておき。
 そう考えたら、目撃者もいることだし。
 なんだか、上手くいきそうな気がしてきた。
「あはは、そう考えると、結構早く、誤解も解けそうだなー。」
「ちっ、てめぇはお気楽だな。」
 良かった良かった、と、太平楽に笑う山本に、釣られたようにツナも、ホッと微笑ながら。




──なぜか、胸の奥にチクリと目覚めた直感めいた不安を、消すことが出来なかった。




 なんか今……いやな会話が、どこかで起きているような気がする……、と。





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ツナさんは苦労性vv(大爆笑)

そして、どんどん広がる悪の噂──vv