ツナは、本当は、二人にだけは隠しておくつもりだったのだ。
音楽室からこっそりノートを持ち帰ったのだって、もし、このまま放置して、誰かに見つかったりなどしたら、それこそ二人が可哀想だと思ったからであって。
どこかで処分しようか、それとも誰かに相談しようかと──っていうか、相談できる相手なんて、ツナにはリボーンくらいしか思い当たらなかったのだけど──思っていたのだけれど。
音楽の時間が終わって、こそこそと、楽譜の間にノートを隠して、そのまま教室に向かうつもりだったツナは、けれど。
「十代目、授業中に様子がおかしかったのって──このノートのせいっすよね?」
つい、と指先で楽譜の端からはみ出ていたノートの背表紙を指差され、思いっきり動揺してしまい、
「……ご、ご、ご、獄寺君っ!!? なっ、なんでそれっ!!!」
隠しとおす気だったものを、思いっきり暴露してしまったのであった。
ここで、強引に隠しとおす、ということも出来たのだけれど──ノートが脅迫状か何かではないのかと危惧する獄寺の、攻撃じゃないかと思うほどの執拗な責めに遭い。
さらにその獄寺を抑えつつも、同じようにノートにツナの悪口か何かが書かれていたのではないかと考えた山本の、こちらは天然ながらも逃げ道を失わせるかのような口調に。
ツナは──元々、争いごとや口論などが苦手な少年は、あっさりと、白旗を振らざるを得なかった。
結果として。
「な……ンじゃこりゃーっ!!!!!!!」
バリィィィッ──と。
いつもの屋上の、いつもの指定席で。
獄寺が、誰の物かも分からないノートが、引きちぎられるという現象が、成立したのであった。
ばりばりばりっ、と、親の敵でも切り刻むかのような状態で、一気にノートを細かく引きちぎった獄寺は、それでも納まりが聞かないのか、懐からダイナマイトを取り出して、そのノートの存在ごと抹消しようとしてくれた。
「わーっ、獄寺君、待って、それだけはダメーっ!」
慌ててツナは、後ろから抱きつくように羽交い絞めにして、ブンブンと首を振る。
「止めないで下さい、十代目っ! あんな──……っ、あんな屈辱的、かつ、はらわたが煮え来るかえるような物の存在など、認めていいはずがありませんっ!!!」
「そ、その気持ちは分かるけど、でも、ここ学校だからっ! だから、燃やしてもいいけど、ダイナマイトだけはダメだってっ!!」
ツナとて、その気持ちが分からないでもないのだ。
そう思ったからこそ、この二人にだけは隠しておいてあげたいと思っていたのだから。
当事者ではない自分でも、見た瞬間、天国の門が見えたかと思うほどのショックを受けたのだ。
当事者である二人の衝撃がいかほどの物か──とてもではないが、ツナには推し量れなかった。
はぁはぁ、と肩で息をする獄寺を見上げて、ツナはへにょりと眉を落とす。
ギリリと眉を極限まで吊り上げ、凶暴な目つきでノートの切れ端を睨み饐える獄寺の顔は、正直言って、凶悪だ。
元が美形なだけに、物凄く……怖い。
けれど、ここで手を離すわけにはいかないのだ。
獄寺と出会った当初なら、怖くて怖くて、止めることすら出来なかったけれど、今なら、殺気すらまとう獄寺を必死で止めることも出来るのだから──やっぱり怖いけど──、ダメツナでも成長するのだ。
「あ、あとで、焼却炉に燃やしに行こうよ、……ね?」
なだめるように、必死で言い募れば、獄寺は肩で大きく二回息をついて──それから、ふぅ、と必死で落ち着かせるかのように手を二度三度握りこんだ。
けれど、やはり怒りは収まらないのか、
「Shit!
test● di
cazz●!(自主規制) ……──っ!!」
なにやら早口に、ツナではとても聞き取れないようなイタリア語で罵ると、忌々しそうな顔で、ツナが見ていなかったら、ノートの切れ端にツバでも吐き捨てそうだった。
────そこまでイヤか……と、思わずタラリと冷や汗を流してしまう光景である。
確かに──、よりにもよって自分が、男と恋愛関係のように描かれていて──しかもこの話だと、獄寺君、ものすごい乙女っぽいっていうか……、女扱いされてたもんな。
こんなのを見せられて、機嫌が悪くならないはずがないよ……。
むしろ、今すぐ学校自体を爆破しようとしないだけ、獄寺も大人になったのだと──そう褒めるべきなのだろうか。
うーん、と、悩むツナの後ろでは。
「……──うーん、そっか……それで最近、俺と獄寺が話してると、キャーキャー言う声が聞こえたんだなー。」
山本が、妙に能天気な声で、納得したように、うんうんと頷いていた。
「や──っ、山本ーっ!?」
思わず振り返ったツナの頭の上から、
「山本っ! てめっ、気づいてたんなら、なんで言わねぇんだよっ!!?」
今にも噛み付きそうな勢いで、獄寺ががなりたてる。
その声に、山本は、こりこりと困ったように頬を掻くと、
「そんなこと言われても、俺だって、まさか──こんなことで盛り上がってるなんて思わなかったしさ。」
こんなこと、の地点で、山本は心底困ったような視線をノートの切れ端に向ける。
確かに──獄寺を見て、女子がキャーキャー言うのはいつものことだし。
まさか、その理由が、「こんなの」だとは──誰も思わないだろう。
特に、天然である山本は。
「だからってなぁっ!」
そのまま、ズカズカと山本に近づき──怒る対象を山本に変更したらしい獄寺が、腕を伸ばして彼の襟首を掴む前に、慌ててツナは彼と山本の間に割り込む。
「ま、まぁまぁ、落ち着いてよ、獄寺君っ!」
両手で獄寺の胸を押して、必死の表情で見上げ──引きつった笑顔を浮かべるツナに、激昂した獄寺は、両手でツナの肩を掴むと、
「これが落ち着いてられますか、十代目っ! 俺は……俺はよりにもよって、cul●(自主規制)だと思われてんすよっ!?」
情けないといわんばかりの顔で、くしゃり、と顔を歪めた。
「──え、えーっと……。」
なにを言ったのか良くわからなかったが、おそらく、言ってはいけないような単語だったのは分かる。
ツナは少し視線を揺らしてから、
「と、とにかく、この件に関しては、ほら──や、山本だって、被害者なワケだし……。」
言いながら、ちらり、と肩ごしに山本を振り返れば、山本は、激昂しては居ないが──どこか疲れたような、精神的に磨耗したような表情をしていた。
「だ……大丈夫、山本?」
恐る恐る問いかけてみれば、山本はのろのろと顔をあげて、いつもよりも精細さを欠いた表情で笑うと、
「まーな。」
ひらり、と手を振るが──視線を合わせようとはしない。
これは、ツナが考えているよりも、相当参っている証拠に違いない。
「……山本……。」
あぁぁぁ──これもそれも、俺が、うっかり二人の迫力に負けて、あんなノートなんか見せちゃったからだーっ!!! ──と。
ツナが、心の中で頭を抱える前で。
「──……ちっ。」
獄寺は大きく舌打ちをすると、懐に手を突っ込んでタバコを取り出し、かちかち、と乱暴な手つきでライターに火をつける。
さすがにツナの目の前では吸えないと思ったのか、数歩後ろに下がり──がしゃん、とフェンスに背をもたれさせて、小さく煙を吸い込むこと、数回。
なんとか平常心を取り戻そうとしているのだと、見て分かった。
「……獄寺君……山本……。」
心配そうに、二人を見回すツナに、獄寺はタバコを吸ったまま──少し気持ちを落ち着けるように眉をゆがめて笑みを刻むと、
「わーってます。──山本が悪いわけじゃねぇってのは。」
「わるいな、ツナ。心配かけちまって。」
ひらり、と手を振る山本も、少し顔色が戻ったように見える。
そんな二人を交互に見て──ツナは、困った、というように肩を落とす。
視界に映るのは、ノートの切れ端のゴミ。
今、これを処分するのは簡単だ。
これをまとめて、焼却炉に持って行けばいい、それだけの話しだ。
けれど──問題は、これで終わるわけではないのだ。
「──……なんで、こんなことになったんだろ……。」
当惑した気持ちで、ツナはポツリと呟いたが──その声は、屋上に吹く風に流されていくばかりで、決して、答えは浮かんでくることはなかったのである。
──さて、その三人組が、音楽の次の授業をサボって屋上で、どんよりと精神的ショックに黄昏ている頃。
教室内に見えない、最近話題の的の二人組みの姿に──この場合、ツナは全く数に数えられていなかった──、教科書の影で、こそこそと女子たちが楽しい話しに花を咲かせていた。
教師が朗々と読み上げる声に隠れて、きゃーっ、と漣のような悲鳴があがるのを聞いて、京子は軽く首を傾げる。
「みんな、どうしたのかな?」
何か、とても楽しそうだけど、と。
噂話からは遠い場所に居る天然少女は、不思議そうにパチパチと目を瞬く。
そんな京子の斜め後ろから、彼女の親友である花が、少し体を前に押して、
「何よ、京子、あんた何も知らないの?」
最近、けっこう有名なのよ、と。
彼女はチラリと空白の獄寺の席と、教室の後ろに位置する──やはり空白の山本の席とを見比べる。
さっきの音楽の時間にはいたのに、数学の時間には居ない二人。
獄寺は時々サボるように消えることはあったが、山本は基本的に、教室で堂々と寝サボリするタイプだ。その二人が同時に消えるなんて、怪しい。
怪しいことこの上ないと、女子たちは口元を教科書で隠しながら姦しくひそやかに秘密の話題で盛り上がったり。
時には、ノートの切れ端に妄想らしきものを描いて受け渡ししたりと、大忙しだ。
まったく、楽しそうで結構だこと──と、花は溜息を零す。
そんな花に、京子はますます不思議そうな顔をして彼女をチラリと振り返る。
「何、って──……何かあったの?」
「今、噂の注目カップルが、二人そろってサボってるから、今頃何をしてるのかー、……って、皆が興味津々なのよ。」
「……注目の、かっぷ、る?」
聞きなれない言葉に、京子は口元に指先を押し当てて──ええ? と、軽く眉を寄せる。
噂話には鈍感な京子は、噂の注目カップル、と言うのが誰なのかは全くわからない。
けれど、今、この時点で教室に居ないのが誰なのかは知っていた。
ツナ君と、獄寺君と、山本君。
仲良し三人組だ。──と京子は認識している。
けど。
「……でも、今授業に出ていないのは、3人でしょ? カップルじゃないわよ?」
一体、皆は、何の話をしているのだろう?
本当に心底不思議そうに呟いた京子に、花は、あぁ、と片眉をあげる。
「そういや、ダメツナも居ないわね。」
存在感がないから、全然気づかなかった、と。
悪いとも思っていない口調で告げる花に、京子はそろりと視線を天井辺りに彷徨わせて。
「あ……、もしかして、皆が言うカップルって言うのは、獄寺君か山本君と、その彼女のこと?」
わー、あの二人、恋人居たんだねぇ、と。
京子は、にこにこ、と笑顔を浮かべて、知らなかったなー、と呟く。
だって、つい先日行われた(らしい)相撲大会のときだって、女の子の姿はまるで見かけなかった。
──あ、でも、ランボの退院&相撲大会優勝パーティの時に、見かけない人は来ていた。
「ぅーん……もしかして、あのバジルって言う男の子……、男の子だと思ってたけど、女の子だったのかな?」
少し時代劇かかった喋り方をしていた子の姿を思い浮かべ──柔和な面差しをしていたから、ボーイッシュな女の子だと言われたら、そうかもしれない。
あの子が、実は、獄寺か山本の「彼女」だったのだろうか、と。
京子がノホホーン、とそう思った瞬間、
「違うわよ。……あんた、ほんっとうに、そういうの疎いわよねー。」
呆れたように花がぼそぼそと突っ込んでくれた。
「え? 違うの?」
それじゃ──と、京子が脳裏に思い浮かべるのは、彼らのそばにいる女性の姿だ。
ツナ君のお母さん──は、ツナ君のお父さんにベタ惚れみたいだし。
ビアンキさん──は、獄寺君のお姉さんで、山本君のことを料理のライバルだ、みたいに言っていたし。
ハルちゃん、は……ツナ君のことが大好きで。
イーピンちゃんは、まだ子供だし。
「うーん、でも、私がそういうのに疎いだけで、本当は違うのかな?」
そう思うと、なんだか自信がなくなってきて──ビアンキさんと山本君が付き合ってるとか、ハルちゃんと獄寺君が付き合っているとか、そういう展開だったりするのだろうか、と。
へにょり、と京子が眉を落として、それは考えもつかなかったなー、と、溜息を零したそのタイミングで、
「だーかーら、違うってばっ。
付き合ってるのは、山本と、獄寺の二人よっ!」
「……え、じゃあ、山本君と、獄寺君、二人とも恋人がいるの?」
「山本と、獄寺が、恋人同士なのっ。」
まだボケてる京子に、もうっ、と言いたげに花が、声を少し大きくして、断言した。
──瞬間、
しーーーーーーーん、と。
教室内が、静まり返った。
とたん、花は、ハッとしたように口を噤む。
しまった、あまりに京子が鈍いから、思わず大きな声をあげてしまったわ!
そろり、と辺りをうかがうように、顔をそのままに目線だけを動かしてみたら、クラスメイトが、驚いたように自分達を見ているのが分かった。
あっちゃー……と、花は額に手を当てる。
そんな彼女を、京子は、きょとん、とした目で見つめると、
「……え?」
ワンテンポずれて、ぱちくり、と、大きな目を瞬いた。
そんな京子の声に釣られたのか、周りから、囁くような声が零れ始める。
「……ね、今の、聞いた?」
「あの二人と良く話してる黒川さんが言ったってことは……本当ってこと、よね?」
「えっ、じゃ、やっぱりあの二人、付き合ってるってことぉっ?」
「うっそー……獄寺くぅーん……。」
「でも、下手な女に獲られるよりは、いいかも──。」
「おいおい……マジかよ、あの二人、仲悪そうなのって、演技だったってぇことかー?」
「ぅええー、男同士だぜ?」
ざわざわざわ──……。
女子同士は席から身を乗り出して、隣や後ろの席の友人と、声を押し殺しながらも──弾んだ声音で話し合い始め。
男連中も男連中で、体を横向けたり後ろ向けたりで、顔を顰めながら会話を始めてしまう。
途端に騒がしくなった教室内に、呆然としていた教卓上の教師が、はっ、と我に返った。
「こ……こらーっ! お前ら、静かにせんかっ!!」
バンッ、と、手の平で教卓を叩いて、自慢の喉で叫ぶ。
──が、しかし、
「やっぱり、今、あの二人が一緒に居ないのって……っ!」
「うそうそーっ、やっぱり、そういうことなのーっ!」
キャーッ、と甲高い声で叫ぶ最前列に居た女子の声によって、あっさりとかき消されてしまった。
「やぁだーっ、見に行きたいぃぃーっ!」
興奮を抑えきれない様子で、グルグルと握った拳を振り回す彼女たちの姿に、教師は気おされたように、ジリ、と後ずさると、
「し……静かにしろ……。」
それでも一応、そう呟いていた。
それを横目で見ながら、花は無言で頬杖をつくと、はぁ、と溜息を零す。
「あっちゃー……こりゃ、ちょっと悪いことしちゃったかな。」
まだ本決まりって言うわけじゃないっていうのに、この分だと、二人がサボリから帰ってきたら、「もう出来ちゃってるカップル」扱いになるんだろうなー、と。
少し他人事のように、花がそう思っていた傍で、。
「──……山本君と、獄寺君が、……恋人、同士?」
やはり人よりも鈍い反応で、京子が、不思議そうに口の中で繰り返して、くり、と小首を傾げていた。
どんどん噂は広がっていくのでしたvvv