「ちっ、俺様をこき使ってどうなるか、わかってるんだろうなっ!」
 いつものような捨てセリフをはくベジータに、分かってるわよ、と艶やかな唇に笑みを浮かべたブルマは、
「それじゃ、頼んだわよ、ベジータっ! 愛してるわ。」
 色っぽくウィンクを飛ばし──かすかに目元を赤らめた夫に、「そんな言葉一つで騙されると思うなよっ」と捨てセリフのような照れ隠しのようなセリフを飛ばされて、上機嫌で彼を見送った。
 そんなベジータの──、未来の世界で見た時よりもずっと、扱いやすい様子に、なんとも複雑な気持ちを抱く悟飯。
 あの人は、孤高の戦士──の、はず、だったんだけどなぁ。
 誇り高く、誰にも従わない孤高の戦士だったと、悟飯も未来のブルマも、トランクスにそう教えてきたのだが──あんなベジータの姿を見て、弟子は父親に落胆してはいないだろうか、と。
 悟飯は少し心配になりながら、チラリと自分の横に立っていたトランクスを見下ろす。
 しかし、トランクスは見る見る内に遠ざかっていく父の後ろ姿を、ひどく楽しそうに、嬉しそうに見ていた。
──あぁ、そうか。
 この子は、ベジータの性格が丸くなりすぎだろう、とか、そういうことではなく──ただ、父と母が仲がよさそうなのが、嬉しくてしょうがないのだろう。
 悟飯は、そんな彼を見下ろして、そ、と優しく双眸を細める。
 ニコニコと笑っているトランクスの顔を見下ろして、悟飯はクシャリと彼の髪を撫でてやる。
 その仕草に、トランクスは驚いたように顔をあげる。
 キョトン、と自分を見上げる弟子に、悟飯はニコリと微笑み返すと、照れたように微笑む。
 そんな愛弟子の姿に、悟飯も嬉しそうに微笑んだところで、
「さて、それじゃ、次は、カメハウスとヤムチャのところに連絡取りましょっか〜。」
 ブルマが後ろを振り返って、遠くに飛んでいく父に向かって両手をバイバイさせていたトランクス(小)を振り返る。
 この際、その少し後ろでいちゃついているようにしか見えない大きな息子たちのことは無視である。
「ママ! 天津飯さんとピッコロさんと、後、悟飯さんのところは、どーするの?」
 手伝う気満々で、トランクス(小)がブルマの服を引っ張りながら問いかける。
 ピッコロやデンデたちが居る神殿には、舞空術を使うか、正規の方法でも使わないと辿り着けることはない。
 一時は、「超緊急手段」として、「神様」が神殿に飛行機で来れるようにはしてくれたが、あれは例外中の例外だ。
 基本的に神殿は、「ひと」が自らの力で登ってくる以外の方法は認められないのだ。
 なんなら、僕がピッコロさんたちを連れてこよっか? と、キラキラと目を輝かせて問いかけるトランクスに、彼の頭をサラリと撫でて、ブルマは、そーねぇ、と首を傾げる。
「私がお披露目パーティの準備をしている間に、孫君にあっちこっちへ行ってもらうのもいいけど──。
 ……あっ、そうだわ、ね、ちょっとトランクスっ!」
 自分で口にした「お披露目パーティ」という表現に、ぴん、とはじけ飛ぶものを感じて、ブルマは少し離れた所に居る二人に呼びかける。
 悟飯に髪を撫でられていたトランクス(大)が、キョトンとブルマを振り返る。
「ね、あんたたち、向こうで結婚式ってあげたの?」
 けろっ、とした表情で問いかけられたセリフに、
「──……げほっ!!」
 思い切り良く悟飯が吹いた。
 トランクスは言われた意味がわからず、目を白黒させて──え、と、と、それでもおずおずと答える。
「あの……まだ、いろいろと復興も大変です、し──まだ、母さんにしか報告してないんです。」
 でも、と──そこでトランクスは、ぽっ、と顔を赤らめると、自分の左手を右手で覆い、チラリと悟飯を見上げる。
 悟飯もその視線を感じて、照れたように目元を赤らめて──同じように自分の左手を……。
 その仕草に、無言でブルマとトランクス(小)も、つられるように視線を二人の手の平に向けた。
 そして、そこを──二人が照れて隠すように覆った右手の隙間から見えた、薬指を見てしまった瞬間、トランクス(小)は落胆にも似た気持ちを抱いた。
 思わず、あぁ……と、口から魂が抜けそうになった。
 ──が、しかし、たくましい母親は、あっ、と明るい声でパァッと顔を輝かせる。
「まぁ、あんたたちっ! なーに、もしかしてそれ、結婚指輪じゃないのーっ!?」
 言わなくてもいいのに──と、トランクス(小)は心から思った。
 しかし、1度目に飛び込んできた物は消えてはなくならない。
 思わず目を細めて見せたトランクス(小)の前で、トランクス(大)が恥らうように睫を伏せる。
──お願い、トランクス兄ちゃん。そういう仕草しないで。
 僕と同じ顔だと思うと……気持ち悪い……しくしく。
「えっ……あ、は……は、はい。」
 言いながら、トランクス(大)は、自分の左手に嵌る指輪を見下ろす。
 ほんのりと頬を赤らめたその顔が、ひどく優しげでうれしげに見えて、トランクス(小)は、ますます複雑な気持ちになった。
 そんな息子の心境に全く気づかず、ブルマは、へー、と一つ高いトーンで感心すると、
「どれ、ちょっと見せてみなさいよ。」
 ほらほら、と、二人に向かって手の平を差し出す。
 その手の上に置けということか、それともその手に手を差し出せというのか。
 トランクス(大)は困惑した表情で、悟飯を見上げる。
 悟飯は優しく──とろけるように優しく、そんなトランクス(大)を見下ろしている。
 見ているこっちが照れてきそうで、トランクスは、居心地悪くモジモジと体を揺らした。
「何、今更照れてんのよ。さっきは私とトランクス(小)の前で、思いっきりキスしてたくせにー。」
 あははははは、と、とびきり明るい声で、真昼間の庭先で言うセリフではない。
 笑い飛ばした途端、ボッ、と二人の顔が真っ赤に染まった。
「な……ななな、ぶ、ブルマさんっ!
 だだだ、だって、アレは、その……もう、二人ともベジータさんを呼びに出て行ったと思ったから……。」
 頬を赤く染めて、悟飯はどこか拗ねたような口調で言う。
 ブルマは彼が見せたその表情に、思わず、ふふ、と笑った。
 顔に傷が走っていて強面のイメージがあるけれど、そういうところは幼い頃の──こちらの悟飯が今でも見せる無防備な顔にソックリだと思った。
 育った環境が環境なせいか、二人とも少し生真面目すぎる感はあるけれど……あら、でも、生真面目すぎるのに、男同士で恋愛できるんだから、それってなんだか変よねぇ?
「はいはい、私たちが出て行ったかどうかもわからないくらい、お互いに夢中だったって言いたいんでしょ!
 あー、もー、ご馳走様! 夏でもないのに、あっついったらないわ。」
 パタパタ、と、わざとらしい仕草で顔を仰ぐブルマに、トランクス(大)が大仰に眉を寄せる。
「か、母さんっ! からかわないでくださいっ!」
「からかってるつもりなんてないわよ? 私はただ、結婚式とかしてないんだったら、この機会にする? って聞きたかっただけで。
 ──あぁ、でも、やっぱりちゃんとした式をするんだったら、トランクスの世界の私が居たほうがいいに決まってるわよね。チチさんも。」
 トランクスたちの世界が、どれほど復興が進んでいるのかはわからないけれど、もし、「式」なんていうものをする余裕がないのなら、こっちですればいいじゃないか。
 ブルマは単純にそう思っただけだった。
 お気楽な調子の母の言葉に、トランクス(小)は、こっそりと溜息を零す。
「ママ……、それ、多分……巻き込まれる僕たちのほうが、むしろ不幸になると思う……。」
 想像するだけで頭が痛い。
 もしかして、「僕」の未来と同じ姿を持ったトランクス(大)は、ウェディングドレスを着たりするのだろうか?
 悟飯さんと同じ顔をした人のタキシード姿は、ちょっと見て見たいような気もするけれど、僕の将来の姿のウェディングドレスは──見たくないなぁ、と。
「それならやっぱり、こっちでは、ただのお披露目式にしたほうがいいわねっ!」
 そうしましょう、と、さっさと一人で決めてしまうブルマに、トランクス(大)は慌てたようにブンブンとかぶりを振った。
「そ、そんな、いいですよ、母さんっ!
 俺と悟飯さんは、ただ、その──け、けけけけ、け……っ、の報告に来ただけで、そんな、パーティだなんて大げさなこと──……っ。」
 ぽそ、と単語は小さく、もごもごと口の中に消えていくようだったが、ブルマにもトランクス(小)にも良く聞こえた。
 実はブルマはとおの昔に感づいていたため、スルーされてしまっていたが、トランクス(小)は、その単語をまともに聞いたのは今が初めてだった。
 かぽ、と開いた口から魂が抜けていきそうな衝撃を覚えたが、だてにブルマの息子ではない。一瞬で正気を取り戻すと、口から出て行った魂を吸い込んで回収しておいた。
 かぁぁ、と顔を赤らめるトランクス(大)を、ブルマは面白い物でも見るような目つきで──けれど、息子を見つめるのと同じくらいの優しい目で見つめると、
「やーね、遠慮することなんてないのよ。
 だって、お披露目パーティって言うのはね、本人たちのためにすることでもあるけど──、それを祝いたい人たちのためにする物でもあるの。
 だから、私たちにも、『おめでとう』と言わせなさい……、ね?」
 遠慮をしているわけではない。
 本当に、心のソコから、恥ずかしいから遠慮したいだけだった。
 何せ、本当の本当のところは、未来の母に言われたとは言えど、こっちの世界にまで報告に来るつもりはなかったのだ。
 なのに、未来のブルマが、「何言ってるのよ、あんたたち! そもそも、悟飯君が生き返ったのは、過去の皆のおかげでしょう? ちゃんと報告しないと駄目よ。どうせなら、孫君とかベジータとか──あぁ、悟飯君は、ピッコロにも報告したいでしょ? 言ってらっしゃいよ。」と、強引にことを進めたあげく、タイムマシンにエネルギーチャージまで始めてしまったのだ。
 その時のブルマが、「そういった」時と同じような顔で、同じような表情と声音で、そう言われてしまっては。
 トランクス(大)は、もう何も言い返せなくなって、ぐ、と言葉に詰まった。
 そんな彼の頭を、ぽんぽん、と悟飯が軽く叩く。
「あきらめて、パーティの人形になろうじゃないか、トランクス。」
「悟飯さん……。」
「俺もお前も、ブルマさんには勝てないよ。……未来も過去もね。」
 苦笑を滲ませて、な? と見下ろす師匠に、その弟子はガックリと肩を落とす。
 そうだ──まったくもって、その通りだ。
 ふぅ、と小さく息を零して、トランクス(大)は、未だに羞恥で赤らむ頬を手の甲で拭い取るような仕草をすると、せめてこれだけは、と母に願った。
「わかりました……けど、母さん。お願いですから、あまり派手なことはしないでくださいね?」
「分かってるわよ。安心して、この美人のお母さまに任せなさいっ!」
 下手から願い出るように見上げる息子に、どん、とブルマは豊かな胸を拳で叩いて宣言してくれる。
 宣言してくれる、のだが。
 その宣言内容こそが、不安の元なのだと、トランクス(大)と悟飯は思った。
 ──思っていても、実際口にしてみても、もう、どうしようもないのは分かっていたけれど。
 ブルマは、さて、と抜けるような青空を見上げる。
「集る時間で問題があるのは──そうすると、悟飯君ね。」
 ベジータが向かえに言ったパオズ山の面々は、基本的に時間にフリーダムだ。働いていないから。
 カメハウスの面々にしても同じ。──クリリンと18号は、時々ボディガードや賞金が出る試合に出たりして稼いでいるが、常勤の仕事があるわけではないから、これも特に問題はないだろう。
 ヤムチャと天津飯にしても同じ。常勤仕事は持っていない。
 ピッコロとデンデについては、言わずがもな。
 となると、やはり問題は、今のこの時間も高校に行っているだろう悟飯だけだ。
「ここから、悟飯君が通ってる高校って、大分遠いんですか?」
 首を傾げて問いかけてくる悟飯に、そうね、とブルマは頷く。
 ここからだと、最速ジェットの最速で12時間弱。
 パオズ山からサタンシティまで3時間強。(一般で出回っている最速ジェットフライヤーなら5時間もかかる!)──と言ったところだろう。
 悟飯たちなら、空を飛ぶ速度がフライヤーに対して段違いだから、もっと短くて済むだろうと思うのだが──彼は今、「グレートサイヤマン」という正義のヒーローをしている。
 しかも、一人でしていた頃と違って、今は相棒までいる。──その相棒であるビーデルがまた、正義感が物凄く強い少女なおかげで、けっこうギリギリまで正義のヒーローをやっていることが多いのだ。
 ある意味、一番時間に融通が利かないのが悟飯なのである。
「パオズ山から、北に2000キロくらいのところにあるのよ。ここからだと、1万キロちょい、ってところね。」
「あー……なるほど、なら、だいたい舞空飛で1時間くらい……ですかね。」
 スーパーサイヤ人にでもなって本気を出してかっ飛ばせば、ほんの数分で地球を一周できるのだろうが、何もそこまですることはないだろう。
 肉体の負担が少ないように飛べば、だいたいそれくらいになるはずだ。
 こりこり、と頬の傷跡を掻きながら呟く悟飯に、ブルマは眉をあげる。
「それは、ベジータと同じ速度で、……ってことよね?
 だったら、悟飯君はもう少しかかると思うわよ。」
 何せ、最近の悟飯は、みんなで集りがあるということになれば、必ずと言っていいほどに、ビーデルをつれてくるのだ。
 チチと悟空が、すでにもう「嫁」扱いしているも同然な状態なので、誰もがそれを当然だと受け止めている節もある。
 そのため、1時間で着くということは、まずありえないだろう。おそらくはその倍か──3倍の時間はかかるはずだ。
 となれば、学校が終わってから西の都に到着するのは、夜遅くということになってしまう。
「そうなんですか?」
 その辺りの事情がわからない悟飯とトランクスには、説明するのも面倒だったので、「そうなのよ」の一言で終わらせると、ブルマはしょうがないわね、と腰に手を当てた。
「それじゃ、お披露目式は、明日か明後日にするとして──今日は、悟飯君抜きにして、みんなに結婚したことだけの報告だけにしとく?」
 ──まぁ、実を言うと、悟空の瞬間移動さえあれば、どうとでもなるのだけれど。
 年頃のくっついたばっかりのカップルに、突然「今日、あんたにそっくりな顔をした男が、男との結婚お披露目式するから、参加しなさいよね!」なんて言うことを言うのも、野暮というか、可哀想だろう。
 せめて、一日くらいは猶予をあげないとね! ──ブルマは、ちょっと間違った方向に優しさを発揮してみた。
 何にしろ、悩む時間を一日くらいは与えてやろうと思ったのである。
 なかなか私って、寛大よねっ! ──このときブルマは本気でそう思ったが、これを高校生の悟飯が聞いていたら、泣きそうな顔になっていたに違いない。
「あ、は、はい。分かりました。
 それじゃ──えーっと、ベジータさんが、お父さんたちを連れて戻ってくるのが、2時間か3時間くらい後、ですよね?」
 きっと帰りは、悟空の瞬間移動になるのだろう。
 それなら、向こうでゆっくりしている時間も考えて──それくらいか、と導き出した悟飯は、今からの行動の予定を考えるために呟く。
 そうすれば、トランクス(大)が心得たように、
「なら、俺たちは、神様の神殿に向かいましょうか、悟飯さん。」
 あそこなら、二人の舞空術なら1時間と経たないうちに到着する。
「ああ、そうだね、そうしようか。」
 少し話が弾んでしまって長居をすることになってしまっても、悟空が瞬間移動を使うときに、悟飯たちの気を探るだろうし──その時に、自分たちが神殿に居るのに気づいたら、神殿に瞬間移動してくるに違いない。
 そこなら、突然悟空たちが降って涌いて出ても何の問題もないだろう。
 ──オレンジスターハイスクール、とか言うところに、突然涌いて出るよりも、全然マシなはずだ。
「そ、なら、ピッコロとデンデ君にも伝えといてよ。
 あんたたちのお披露目式は、明日の昼にやります、ってね。」
「って、えっ!? 明日のお昼なんですかっ!?」
 決めるのが早っ、と、驚いたように振り返る悟飯に、当然よ、とブルマはしれっとして答える。
 さすがはカプセルコーポレーションの社長とでも言うべきか──決断は早い。
「祝い事は早いほうがいいじゃないの。」
「は、はぁ……、分かりました。」
 未来の世界で、さんざんブルマに世話になった身としては、悟飯もトランクス(大)も、彼女の決定に否を唱えられなかった。
 いや、もし言ったとしても、有無を言わせずブルマは実行してくれただろう。
 素直に頷きながら──チラリ、と視線を交し合う二人に、ブルマはニコリと微笑を向けると、
「じゃ、いってらっしゃい。遅くとも夕飯には戻って来なさいよ。」
 孫家も交えての、お披露目式イブになるんだから! と続けた。
 これもある意味、結納式みたいなものかしらね〜、と声を弾ませて、クルリと踵を返すブルマの背中に、「結納式って……っ!」と裏返った声が届いたが、そういう抗議は綺麗に無視して事を進めることにする。
 なんたって、男たちの意見を聞いていたら、全然ことを進ませることはできないのだ。
 これは、過去、チチと共に何度もパーティを企画しては潰されてきた、「戦いに挑む男たち」の妻としての、しみじみとした実感である。
「さ、そうと決まったら、明日はトランクスをお休みさせます、って学校に電話しないと。」
「えっ! 僕、明日は学校休めるのっ? やったーっ!!」
 話しは決まったとばかりに、さっさと部屋の中に入っていこうとするブルマの後ろで、トランクス(小)が万歳をする。
 ピョンピョン飛び跳ねて喜ぶトランクス(小)を肩越しに振り返りながら、
「その代わり、母さんから宿題出すから、ちゃーんとやりなさいよ。」
「えええーっ! 横暴だ、ぶーぶー。」
 唇を尖らせてブーイングしながら、室内に消えていく母を見送る。
 ちぇ、と呟いて、トランクス(小)は、頭の後ろで手を組むと、母に続いて部屋の中に戻っていこうとする。
 ──と、その途中でチラリ、とトランクス(小)は、悟飯とトランクス(大)を振り返ってみた。
 悟飯が、肩を落としてなにやら呟いているトランクス(大)の肩を抱いて、困った顔で何かを囁いているようだった。
 その様子は、とても仲睦まじく見えて──そう言えば、「未来」に行った時も、あの二人は隅っこで、良くああやって話してたっけな、と、トランクス(小)は思い出した。
 あの時は、「あの二人は10年ぶりに再会したばかりなのよ」という未来のブルマの言葉に、そっかー、と納得しただけで終えたんだけど。
「……こうしてみてると、パパとママが夜にイチャイチャしてるときと、おんなじ雰囲気がするや。」
 なんできづかなかったんだろう、と。
 年の割りに、ちょっとませたところのあるトランクス(小)は、コリコリと頬を掻いて──なんだか、見ている方が気恥ずかしくなる雰囲気を垂れ流している二人から逃げるように、たっ、と室内に飛び込んだ。
 その後ろで、体を寄せ合った二人が、ふわり、と空に飛び立っていく気配を感じながら──……。





「俺たち、結婚しました















「む……そ、そうか。」
 再会を喜び、いくつか言葉を交わした後──むしょうに、ピンク色をしたオーラを撒き散らしながら、照れあうように見つめあい……何からゴソゴソと肘でつつきあった二人が、ようやく、照れながらそういった瞬間。
 ピッコロは、腕を組んだまま──たら、と汗を流しつつも、そう答えるのが精一杯だった。
 微かに目を見張っただけで済んだのは、幸いだったと思う。
「えっ! ええっ! そ、そうなんですかっ!?」
 あまり動転した様子を見せずに済んだピッコロとは違い、地球の神であるデンデは、今にも後ろにすっ転びそうな勢いで驚いてくれる。
 隣に立つミスターポポも、表情はあまり変わらないままだが──驚いて目を丸く見開いていることだけは分かった。
「男同士で結婚、できるものなのか?」
 平淡な声で問いかけるミスターポポに、悟飯はコリコリと頬を掻いて、
「んー──こっちの世界では、まだ出来ないらしいね。
 俺たちの世界では……色々あったから、同性婚も、けっこう普通なんだけどね。」
 言いながら、ス、と目を細めるその表情は、こちらの世界の弟子には決して浮かべられない表情だ。
 確かに、この世界の孫悟飯も様々な苦悩を経て生きてきた。──数年前のセルとの戦いのときには、自らの手で父を殺してしまったようなものだと、長い間夢にまで魘されていたくらいなのだ。
 その魘されていた相手である孫悟空は、その間も暢気に死後の世界で、「やーっぱ、過去の強いやつも一杯だよなっ! おら、はりきっちまうぜっ!」──と、修行三昧を楽しんでいたようだが。
 けれど、こっちの世界の悟飯には救いがあった。──世界が平和であることと、父が残した忘れ形見が存在することだ。
 最初の頃は、笑顔も少なかったが、時を経るにしたがって、あの子は昔のような朗らかな笑顔を浮かべるようになった。
 無邪気だけという笑顔はなくなったが、それはどの人間でも成長するにしたがって、そうなっていくものだから、問題はない。
 でも……目の前に立つ、異なる未来の世界の悟飯は。
 もっと残酷で、もっと過酷な状況下で生きてきたためか、表情の中に哀愁が漂うのだ。
 こちらの世界の悟飯よりも、孫悟空に似た雰囲気を持っているのに、彼以上に戦いの匂いがする──。
「悟飯……。」
 あの地に助けに行ったときにも、チラリ、と胸にうずくように覚えた感情が再び蘇ってきて、複雑そうな表情になるピッコロに、悟飯は丸く目を見開くと、
「ピッコロさん? どうかし……あ、やだな、気にしないで下さいよ。」
 不思議そうに問いかけた言葉は、すぐに彼の中で形になったらしい。
 悟飯は、あはは、と明るく笑い声をあげると、ピッコロの腕に、そ、と自分の手を触れさせて──そのぬくもりを分け与えるかのような仕草で、ピッコロの顔を覗き込む。
「俺は──今、すごく幸せですよ。」
 未来の世界の……自分が育ててきた愛弟子とは、随分違う雰囲気を持った──けれど、確実に同じ存在である愛弟子は、やはり、愛弟子であることには違いないらしい。
 ピッコロが心に思った戸惑いと憂慮を、一目で見抜くのだ。
 そんな──小さい頃から変わらない気遣いに、ふ、とピッコロは笑みを零す。
「そうか。──幸せか。」
「はい、なんてったって俺は、今、新婚さんですから。」
 な、トランクス? ──と振り返った瞬間、
「ご……っ、悟飯さんっ。」
 なぜかトランクスは、顔を真っ赤にして、キュ、と唇を噛み締めた。
 その表情と、奥ゆかしい態度に、悟飯は嬉しそうに目元を緩ませる。
 もう、可愛くて可愛くてしょうがない──と言った顔だ。
 この姿をクリリンが見たら、「ほんと、二代揃って師匠バカだよなー」と呟いたに違いない。
 何せ、ピッコロは全く自覚がなかったが──嬉しそうに、幸せそうに頬を緩める悟飯を見下ろすピッコロもまた、悟飯と良くにた表情を浮かべていたからである。
「なんだい、トランクス?」
「そういう……し、新婚さん、とか言うのは……言わないで下さい。」
 なんか恥ずかしいです、と、もごもごと呟くトランクスが俯くのに、悟飯はますます嬉しそうに目元を緩める。
「どうして? だって、本当のことだろ?
 まだ結婚して半年も経ってないんだから、新婚さんじゃないか。」
 にこにこにこにこ、と相好を崩しまくってトランクスを覗き込む悟飯を、ピッコロは微笑ましげに見守る。
 その隣でデンデは、ナメック星にはありえない単語に、必死で頭の中の「地球人辞書BYミスターポポ作」を辿ってみた。
「しんこんさん、というのは──えーっと……。
 【結婚してから、6ヶ月以上1年未満で、新婚さんいらっしゃいに出演することが出来る】、と。」
「……デンデ、それは少し違う知識だな。」
 すかさずピッコロが、デンデの独り言に突込みをいれる。
 というか──あんな下世話な番組に、愛弟子と孫弟子が出ようものなら、即効でピッコロはカメラをすべて壊して、両脇に二人を抱えて連れ去るつもりであった。
「えっ、ち、違うんですかっ!?」
 拳を握り締めて記憶を探っていたデンデが、驚いたように顔を跳ね上げるのに、ピッコロはコクリと頷くと、
「俺も良くはわからんのだが、正しくは、結婚をして2、3年に満たない期間のことを言うらしい。
 ハニームーンだとか、蜜月だとか言う表現もあり──む、そうだな、早い話が、イチャイチャする期間ということではないか?」
 ナメック星では、恋愛という概念は存在しない。
 だから正直、ピッコロには理解できなかった。
 妻に頭があがらない悟空のことも理解できなかったのだ──だが、愛弟子という存在が出来て以来、感情の種類は違うが、「頭があがらない」という意味は、なんとなく理解できた。
「は、はぁ……なるほど、そうですか。
 さすがはピッコロさんですね! 地球生活が長いだけあります!」
 僕はまだまだですね──神様なのに、と。ますますこれからの勉学の向上を心に誓うデンデに、そうだな、とピッコロはそっけなく答えてやった。
 デンデには、ピッコロにとっての悟飯のような──そういう存在がいないから、まだ理解できないだろうが、それでも身近な例を見て学ぶのはいいことだ。
 この機会に、様々な地球人の感情を理解するのもいいだろう。
 あの「神」も、さまざまな人とふれあい、そうやって人の感情を知っていったようだから。
 ──今のピッコロのように。
「けど、ブルマとベジータ、結婚(?)して随分たつが、まだイチャイチャしてる。あれはどういうことだ、ピッコロ?」
 不思議そうに、ミスターポポが首を傾げて問いかけてくる。
「む。」
 それは難しい質問だ、とピッコロは思った。
 確か、「新婚」というセリフは、随分昔に、チチから聞かされた事があるものだ。
 人造人間との戦いの準備期間中に、悟飯を鍛える名目で悟空の家に行くことがあったのだが、その時にチチから、新婚期間中の悟空のことについて、延々と愚痴を聞かされたのだ。──牛魔王いわく、惚気半分らしいのだが。
 当時のピッコロには、何が惚気で何が愚痴なのかは分からなかったが──その時に脳裏にしみこまれたのは、たった一つ。
 悟飯が「新婚夫婦」とやらになったら、何が何でも、そのイチャイチャできる期間を邪魔してはいけない、ということだった。
 邪魔をしなかったら、その一年後には、ピッコロも「ピッコロおじいちゃん」と悟飯そっくりの小さな子供から言われる「かも」しれない、ということだった。
 なので、ブルマたちの例は、ピッコロの頭の中にある知識ではとてもではないが説明できなかった。
 それでも、生真面目な神様とミスターポポに答えるべく、ふむ、とピッコロは考えて推測してみた。
「新婚と呼ぶ期間というのは、人それぞれだと言うことらしいからな。
 ブルマとベジータは、それが長かったというだけの話だろう。」
 俺は知らん、と、ピッコロは苦々しく言い切り、プイと横を向く。
 これだけ説明してやれば十分だろう。
 それに──ブルマとベジータのことなど、ピッコロにはどうでも良かった。
 あの二人がイチャイチャしていようがしてまいが、その間に二人目が生まれようが生まれまいが、ピッコロには関係がないのだ。
 ただ、関係があるとすれば──今、目の前に居る悟飯である。
 彼は今、チチがあの時言っていた「新婚夫婦」とやらなのである。
 それで行くと、ピッコロたちは目の前の二人のイチャイチャとやらを、邪魔してはいけないのである。
 そうすれば、しかるべきときに、二人の間に子供が──。
「……だが、人間は確か、男女間でしか生殖行為は出来なかったんじゃなかったか?」
 このまま1年間、イチャイチャするのを放っておいたら、この二人の間にも、悟飯そっくりの小さな子供が生まれるのだろうか?
 うーむ、と腕を組んで目を閉じ、内心焦りながら悩むピッコロに気づかず、デンデが、
「あ、そ、それじゃ……もしかして、お二人は、しんこんりょこう、と言うのに来たんですかっ!?」
 ようやく分かった! ──と言いたげに、明るい笑顔でそんなことを告げてくれた。
 途端、ええっ、とトランクスが顔を真っ赤に染め上げる。
「しし、新婚旅行、で、ですかっ!?」
 その単語は、ナメック星人にはとにかくとして、地球人には甘美な甘い響きを持って聞こえる。
 そしてそれの指し示す意味は──まさに、蜜月期間。
 思いっきり、「イチャイチャしに来たんですかっ!?」と聞かれたような気がして、トランクスは赤らんだ顔を隠したくなった。
「ちち、ち……。」
 違います、と、──羞恥のあまり、小さな声にはなったが、なんとかそう否定をしようと、口を開いたところで、
「新婚旅行、か──……うん、そうだね、そう言えばそうかもしれないなぁ。」
 悟飯がトランクスの先手を打って、顎に手を当てながら、なるほど、と頷いてしまった。
「あっ、や、やっぱりそうなんですかっ!?」
 やったっ、当たったっ! ──と、そんな表情でデンデが両手をあげて喜ぶ。
 満面の笑顔で無邪気に喜ぶデンデに、「全然ちがいます!」──なんて、言えなくて。
 トランクスは、恨みがましそうな目つきで隣の悟飯を睨みあげた。。
「悟飯さんが、あんなこと言うからですよ──……っ。」
 もう、どうするんですか! ──と、トランクスは指先で軽く悟飯の腕を抓った。
「あいたたっ──、トランクスっ。
 今の君の力だと、大分痛いんだけどっ?」
「知りませんっ、もうっ。」
 ぷく、と軽く頬を膨らませて、顔を背けるトランクスの耳まで赤く染まっているのを見下ろして、悟飯は小さく笑みを零す。
 その笑い声を聞きとがめて、なんですか、とトランクスはジロリと彼を睨む。
「ごめん、トランクス。でもね、俺たちが新婚さんなのは、間違いないだろう?」
 だから、新婚旅行というのも、あながち間違ってないんじゃないかな、と続ける悟飯に、トランクスは大きく眉を顰め──、あれ、と、そこで何かに気づいたように目を瞬いた。
 今、何かが頭の隅を掠めたような気がする。
「新婚旅行というのも、間違ってない、って──そういえば。」
 そんなことを、どこかで思ったことがあったような気がする、と。
 首を傾けて、あれは──と思い返すように視線をめぐらせたところで、あぁ、と思い出した。
 そうだ、ブルマに──自分たちの世界の母に、この世界へ行って来いと言われた時のことだ。
 あの時、ブルマは微妙な言い方をしていた。
 その言い方が、妙に引っかかったのだ。
 確か、「向こうの世界に報告に行くなら、どうせだからゆっくりしていらっしゃい。こっちはまだまだ復興途中で、遊びに行くようなところもないけど、あっちは色々と遊ぶところがあったはずよ。こっちのことは気にせずに、ゆっくりしてらっしゃい。」──とか言う感じだったと思う。
 その時に、「まるで旅行代わりに行って来いと言われてるみたいだな」と思ったのだ。
 ──同時に、自分たちが「新婚」と呼ばれる類だから、ある意味、新婚旅行みたいなものかな、なんて思ったりも……。
「──……っ! ぅわっ、今のなしっ。」
 思わず頭を抱えてその場にしゃがみたくなって、トランクスは赤らんだ目元をそのままに、ぐ、と強く目を閉じる。
「? トランクス?」
 どうしたんだ? と不思議そうに覗き込んでくる悟飯に、なんでもないです、と頭を振って答えながら、──もしかしたら、と思い当たった。
 もしかしたら、あの時は、「新婚旅行だなんて、俺、何を考えてるんだ」と、羞恥を覚えたものだけれど──もしかして、もしかしなくても。
 アレは、そのまんま──「そういう意味」だったのかもしれない。
 今思えば、そういった母の目は、にんまりとカマボコ型をしていたような気がする。
「……いえ……その──母さんは、もしかしなくても、新婚旅行に出したつもりでいるんだろうな、と……思い当たっただけです。」
 それに思い当たった途端、なんだか、どうしようもないくらいに切ないような、いたたまれないような気持ちになって、はぁ、とトランクスは溜息を零す。
「──あ、なるほど。」
 それは確かにありうるね、──ならそれで行くと、やっぱり「これ」は、新婚旅行って言えるのかな。
 なんて、悟飯が能天気に言った途端。
 デンデは、ぱっ、と顔を輝かせた。
「そうですか、やっぱり、しんこんりょこう、だったんですねっ!」
 自分の推測が当たっていたのだ! と、デンデは嬉しそうに続ける。
「それじゃ、今夜は、えーっと……しんこんしょや? ですかっ!?」
「──ぶっ!」
 さしもの悟飯も、思いっきり噴出さずにはいられなかった。
 トランクスは、毛が逆立ったネコのように、ババッと毛並みを逆立てて、ぱくぱくと口を開け閉めする。
 新婚初夜、──って、絶対、デンデは意味を深く知らないと思う。
「ちょ、で、デンデ……そ、それはさすがに……、聞いちゃ駄目だよ。」
 いくら地球の神様になったとは言えど、やっぱり、ナメック星人には恋愛は難しいらしい。
 未だに理解不能で──勉強してはいるだろうが、それだけ、なのだろう。
 教えているのもミスターポポとピッコロだから、余計に「何が駄目」なのかはわからないに違いなかった。
「え? そ、そうなんですかっ!?」
「そうなんだよ。それを普通に聞いちゃ駄目だよ。」
 悟飯は淡い微笑を浮かべると、羞恥のあまり、全身を真っ赤に染めているトランクスの背中を、ぽんぽん、と落ち着かせるように優しく叩いてやった。
 トランクスは頬の赤みを拭い取るように手の甲でゴシゴシと顔を擦ると、
「うう……、まさか、ここまで来て恥ずかしい思いをするとは、思ってませんでした……。」
 小さく──小さくポツリ、と、泣き言を漏らした。
 そんな彼に、はは、と笑った悟飯は、背中に添えていた手を彼の肩に置いて、自分のほうに引き寄せる。
 ピッコロたちの前なのが恥ずかしいのか、トランクスは首をすくめる。
 そんな彼の髪の毛に顎をうずめて、す、と息を大きく吸い込んだ悟飯の、酷く幸せそうな──本当にもう、とろけてしまうのではないかと思うくらいに幸せそうな横顔を見つめて、ピッコロは笑みを口元に刻む。
 愛弟子が孫弟子にあたる青年と仲良く寄り添い、幸せそうな表情を見せている姿は、師匠としては微笑ましいものがあった。
 彼の幸せを祈ることに否やはない。それどころか、彼にはもっと幸せに──世界で一番幸せになってほしいとすら願っている。
 そのためには、まず──新婚生活、とやらに、自分たちがちょっかいをかけてはならないのだ。
 そう、二人きりにしてやらねばならないだろう。
「……ふん、なら、悟飯、トランクス。」
 こほん、と少しわざとらしい仕草で咳を零して、ピッコロは二人の注意を自分に引きつける。
 きょとん、と首を傾げあう仲良く寄り添う二人に、に、とピッコロは笑みを向けた。
「お前たちの世界には無い場所に、行って見たらどうだ?」
 とどのつまりは、お披露目会を兼ねた観光に来たようなものなのだろう?
 そう促がすように問いかければ、二人は間近で視線を交し合った。
「あ、そうですね、それはいいアイデアですよ、ピッコロさん。
 確かに俺も、こっちの世界には興味があったんです。」
 悟飯たちの居る世界とは違う発展を遂げる世界。
 人造人間たちによって、世界のほとんどが荒野に変えられてしまった世界への見本にもちょうどいいかもしれない。
 いや、それよりも何よりも──悟飯自身、「あの時人造人間に攻撃を受けなかった」世界が、どのようなものなのか、見てみたかったのかもしれない。
 20歳を越えるほどの月日を重ねたが、悟飯はそのほとんどを戦いに費やしていた。
 ──だから、平和な世界の町というものを、まるで見た事がなかった。
 幼い頃はパオズ山から出たことはなく……初めての遠出が、あのラディッツ襲来のカメハウスで。
 その後は、父を失い、ピッコロに攫われて荒野で荒修行。
 それが終わったと思ったら、サイヤ人の襲来で、更にナメック星への渡航。
 ようやく帰ってきて、ゆっくりしたのはほんの1年だけ──それも父が居なかったから、やっぱり寂しくて、パオズ山で勉強の日々を送っていたのだ。
 父が帰ってきたら帰ってきたで、フリーザの来襲、そして2年後に悟空を心臓病で失い、さらにその1年後に──「仲間」と呼んだそのすべてを失うことになる。
 後はただ、たった一人の戦士として、死ぬまでの間──およそ10年以上もの月日を、彼はたった一人で戦い続けたのだ。
 悟飯が子供らしく──人らしく生きていられたのは、ほんの8年間だけ。その中で父と過ごしたのは5年の月日があるかないかという、もの哀しい人生だったのだ。
 それを哀しいだとか、悔しいだとか、思うことはない。
 そういう時に生まれ、戦いの運命を受け入れたのは、自分自身だから──それに後悔することはない。
 けれど、悟飯は時々思わずにはいられないのだ。
──結局俺は、父たちが命がけで守ってきた【世界】を見ることは、1度もなかったんだな、と。
 だから、今──ほんとうの意味で、父たちが守ってきた世界とは違う世界だけれど、それでも、その美しい世界の形を見ることが出来るのは、とても喜ばしかった。
 そして同時に──、
「えーっと……トランクス、遊園地とか行ってみるかい? 君は、1度もああいうところに行った事がないだろう?」
 それは、自分の隣に立つトランクスにも言えることだった。
「え、あ、は、はい。──そうですね。…………その……悟飯さんがいいなら、俺も、ちょっと興味があります。」
 ちょっと、と答えながらも、トランクスの目はキラキラと輝いていた。
 遊園地と言う響きに、子供の頃に見た古い映画やドラマの中のシーンでも思い浮かべたのだろうか。
 アレ、面白そう! ──とテレビに向かって笑っていた子供時代を思い出して、悟飯は柔らかな笑みを浮かべる。
 この世界の悟飯もトランクスも、遊園地にも映画館にもプールや海水浴だって、子供が遊びに行くところには、一通り行った事があった。
 悟空が亡くなってからも、悟飯が寂しがるといけないからと、ブルマが気を利かせて悟飯や悟天を一緒に誘ってくれたりしたからだ。
 けれど──トランクスから伝え聞いた未来から考えるに、目の前の悟飯もトランクスまた、遊びとは無縁の生活を送ってきたに違いないのだ。
 そう思えば、愛弟子が不憫で仕方なく思えてきて、そうだな、とピッコロは自分の知識をひっくり返して、今の二人がすぐさま体験できそうなところを考えてやることにした。
 そこで最初に脳裏にヒットしたのが、
「……映画とかはどうだ? 興味はないか?」
 この間やってきた愛弟子が、「デートしよう、って言われて、映画に行ったんですよ」と言っていたセリフだった。
 新婚=いちゃいちゃ=デート=映画。
 ピッコロの頭の中で、一瞬でこの連鎖式が成り立ったのである。
「映画ですかっ?」
 二人が驚いたようにピッコロを見上げる。
 その双眸には、純粋に、「えっ! ピッコロさん、映画見るんですか、もしかしてっ!?」という驚きの色が滲み出ていた。
 デンデなら、興味があるからと、もしかしたら悟飯やクリリンたちと一緒に映画を見に行くかもしれないが──ピッコロには、ありえない場所だ。
 そんなありえない場所がピッコロの口から飛び出してきたのに、二人は驚き──さらにデンデが、ええーっ、と不満そうな声をあげる。
「ひどいです、ピッコロさんっ! もしかして、僕にナイショで映画に行ったりしたんですかっ!?」
 ずるいですっ! と、ぷっくりと頬を膨らませながら拗ねたように責めるデンデに──「行きたいなら勝手に行け」と苦々しげに思いながらも、ピッコロは誤解だけは解いておくことにした。
「違う、俺が行ったのではない。この間、悟飯が映画を見たと言っていたんだ。遊びに行く場所のひとつなのだろう?
 お前たちの世界には、そういうのはあるのか?」
 話の矛先を悟飯たちに向ければ、二人はフルフルと仲良く頭を振ってくれた。
「俺、見た事ないです。……いいなぁ、こっちの悟飯君は、見た事あるんだ。」
「テレビとか、母さんが持っているディスクとかで見た事はありますけど──実際の劇場? に行った事はないです。
 ──そもそも、映画館は随分前から機能してませんし。」
 未だって、まだまだ復旧作業が忙しくて、テレビがようやく蘇るようになってきた、程度なのだ。
 娯楽番組はバラエティ以外に存在しなくて──そのバラエティだって、むしろ人造人間ドキュメントに近い状態になっている。
 みんな、生きるのに必死で、演劇なんてしている余裕は、全くなかったからだ。
 それに、書物の類もほとんど壊されてしまっているため、劇の台本や小説などの類も、まるで残っていない。
 映画館で、ディスクに保管されていた過去のドラマを放送することくらいなら、明日からでも開演することが出来るかもしれないが、新しい映画なんてものを撮るのは──きっと、あと5,6年は先のことになるだろう。
 そんな映画を、今、ここで見れるかもしれないなんて。
「悟飯さん、俺──映画を見て見たいです。」
「そっか。それなら、行ってみるかい?」
「はい!」
 嬉しそうに笑顔で頷くトランクスに、悟飯も嬉しくなって、ニッコリと微笑む。
 ピッコロもデンデも、そんな二人を微笑ましそうに見下ろすと、
「今から行って来い。確か、夕方からも上映をしていると、悟飯が言っていたからな。十分間に合うだろう。」
 くい、と顎で下界を指し示すような仕草をする。
「え、で、でもピッコロさん──俺たち、お父さんたちが来るのを待っていないと……。」
 何せこれから一応、顔見せ──というか、一緒に夕飯を取ることになるみたいですから。
 困ったように悟飯が眉を寄せて告げれば、なーに、とピッコロはそれが些細なことであるかのように笑みを見せる。
「問題はない。俺が悟空の家に行って、出発は明日にしろと伝えよう。
 どうせお披露目会とやらは、明日になるんだろう? ──なら、明日の昼までは、ゆっくりしておけ。」
 どう考えても、連中が集れば──ものすごい騒ぎになるのは、目に見えて分かっているからな。
 そう笑って告げるピッコロの言葉に、確かに……と、トランクスと悟飯は顔を見合わせて苦笑を浮かべた。
 未来の世界でも──あの面々は、顔をあわせるたびに、何やかやと、騒動が尽きなかったのだ。
「でも、いいんですか?」
 心配性のトランクスは──あの両親から生まれたとは、とても思えない表情で、ピッコロを不安そうに見上げる。
「なーに、文句は言わせん。」
 ふっ、と鼻で笑うピッコロに、悟飯は、パッと笑顔を見せると、はい、と大きく頷いた。
 まだ不安そうに眉を寄せているトランクスの肩を、明るくポンと叩くと、
「それじゃ、トランクス。ピッコロさんに甘えて、映画でも見て──あ、それから俺は、クレープとかアイスとか、そういうのも食べたいかな。」
 未来の世界で言っていた悟天とトランクスの「食べたいものリスト」を思い返しながら呟く。
 クレープだって、アイスだって、ブルマの作ったお料理ロボが作ってくれる。
 作ってくれるのだけれど──そういうのじゃなくって、普通に街中を歩きながら食べてみたい。
 そんな、ささやかな願いを口にする悟飯の言葉に、トランクスは、ふ、と目元に弧を描いて、
「──はい! それなら俺は、この世界のコンビニ弁当を、食べてみたいです、悟飯さん。」
「トランクス……それはちょっと、いつでも食べれるし……、もう少し違うものにしない? せめて、ハンバーガーとかさ。」
「え、そ、そうですか? だって、こっちの世界には、コンビニにも、たくさんの種類があるんですよっ! 色々見て見ないとっ。」
「うん、君がコンビニ弁当が好きなのは分かってるけど、デートにそういうのは食べないだろ、だから。」
 楽しそうに──心から嬉しそうに笑いあう二人を見ながら、ふふ、と、デンデも釣られたように笑う。
 ミスターポポも、ピッコロも、間近で微笑みあい、こづきあう新婚さんを見ながら──幸せで何よりだ、と……心からそう思ったのであった。













このカップルは、ものすごく天然です。